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小金城址
 次の駅は小金城址駅だ。読んで字の如く、城があった場所である。この駅は流山線で唯一行き違いの出来る駅もあり、駅に着くと下り電車が停まっていた。
 駅は橋上駅舎だが、プレハブの簡素な構造だ。周辺は住宅街だが、駅から城跡の丘が見える。徒歩10分ほどの距離だ。
 小金城は戦国時代、高城氏の居城だった。街道筋の城でもあるので重要な拠点城であり、高城氏が仕えtいた千葉氏が小田原北条家の傘下となると、北条家の重要な拠点のひとつとなった。
 関東の城は、小田原合戦を境に主が代わったり、廃城の道を歩んだりと、いくつもの名城が朽ちていったが、小金城もその歴史を顧みられる事はあまりなく、城郭のほとんどは近年宅地開発によって姿を変えてしまったそうだ。このあたり、鎌倉市にある玉縄城と似たケースかもしれない。以前は広大な遺構が残っていたという点も共通している。
 玉縄城もそうだが、ここ小金城も北条家が関東の覇者として戦国時代以降も君臨していたら、このマンションや一戸建ての並ぶ丘の上に天守閣でも出来ていたのではないかと、そんな妄想をしたくなる城である。今のこの風景を高城氏の人々が知ったら嘆くだろうとも思った。
 そんな風景の片隅に「歴史公園」という名で、遺構の一部が残されているのが、せめてもの救いか。北条家ならではと言える築城技術の片鱗を窺う事が出来る事だ。
 特に、伊豆山中城にある事で城マニアには有名な、畝堀、障子堀の一部が保存されている。土が積もっていてわかりにくいが、堀の地面に凹凸が出来ている事が写真でもおわかりいただけるだろう。
 史跡としての面積は広くないが、なかなか雰囲気のある公園である。
(SONY α7Ⅱ LENS:MINOLTA AF 24mm F2.8 NEW ※LA-EA4使用)
2018.08.30 Thu l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
備中高松城
 再び伯備線の旅となり、高梁川に沿う渓谷を眺めていたが、景色はやがて平野となった。私は倉敷まで行かず、総社駅で降りる。接続よく吉備線の列車がすぐに発車するようだ。
 吉備線は平野を走るローカル線で、沿線には歴史のある神社仏閣が多い。今回は備中高松駅で降りることにした。
 改札を出ると駅舎に備中高松城への道についての説明が貼られてあった。駅舎を出て右に行き、踏切を渡ってまっすぐに行く。徒歩10分ほどだ。
 備中高松城は平地に築かれたいわゆる平城という造りで、湿地を活かした構造になっていたそうだ。
 天正十年(1582)に織田信長の命令を受けて中国地方を攻めてきた羽柴秀吉の隊が、この備中高松城を攻めにやってきた。城主である清水宗治は抵抗を見せ奮闘するも、秀吉の水攻めという奇策によって湿地に建つこの城が水で溢れ、戦は終わった。
 この備中高松城での戦が終わったところで秀吉は本能寺の変の知らせを受け、急いで京の都に向かい、天王山で明智光秀と戦うことになる(山崎の戦い)。
 城址は今でも湿地であることを示すような景観だ。岡山市が蓮池という地名が残るこの地に沼を再生させたところ、自然と蓮が花を咲かせるに至ったという逸話があり、そこを城主清水宗治にちなんで宗治蓮と名付けている。
 本末跡に来ると、地元のガイドさんがツアーの人達に解説をしていた。己を貫き、秀吉軍に抗った清水宗治は地元の英雄なのだと実感した。
 備中高松駅に戻ってくると帰宅の高校生達がホームに立っていた。時計は午後三時を回っている。あとは岡山に出て、山陽本線に乗って東に向かうだけである。
 京都で途中下車して夕食にしてから、京都タワー地下にある大浴場に向かった。一風呂浴びれば、あとは大垣に向かい、大垣から夜行列車で帰ることとなる。京都から乗った新快速は帰宅ラッシュで草津まで座れなかったが、疲れなどなく、旅を振り返りながら東に向かった。
(RICOH GR)
2018.04.10 Tue l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
備中松山城
 江津から山陰本線に乗って米子にやってきた。出雲市を出た頃には外は暗くなり、宍道湖の眺めは堪能できなかった。
 米子では駅の近くの安いホテルを予約してある。実際に足を運んでみるとホテルといううより旅館のような建物である。寝るだけなので内装は気にしていないが、狭い部屋にいるより外出だ。折り畳み傘を持って外に出た。
 ここまで二日間は夕食にお金を使っていないので景気よく行こうと、構えの良さげな店を見つけて入る。入口にJ3のガイナーレ鳥取のポスターが貼ってある。造りは和風でいい店だ。
 さすが日本海沿岸の町、刺身も焼き魚も美味しい。メニューに隠岐島の岩ガキを見つけたので注文。合わせる酒も隠岐島にしようと、隠岐誉という地酒を見つけて注文。岩ガキは手のひらほどの大きさの貝殻に大きな身が入っている。とても美味。
 鳥取県はネギも名物である。ネギの漬物が想像以上に美味しく、米子の地酒稲田姫の大吟醸を飲んでしめる。
 翌日、小雨の中を伯備線で岡山県を目指した。当初予定した計画よりも早い電車で出発したので、途中下車する駅を乗りながら決める。岡山県に入ると雨が上がったので、備中高梁で下車。
 この町に来るのは久しぶりだ。前回降りた時は泊まった。駅が綺麗に改築されて、二階の書店、一階にカフェやバスセンターが入っている。バスの運転手に城への最寄りバス停を尋ねた。ここで降りた目的は備中松山城である。
 運転手は丁寧に説明をしてくれながら、バスで行くよりもタクシーを勧めてくれた。その助言に従いタクシーに乗る。
 タクシーは町はずれにそびえる山に向かっていく。運転手は沿道に史跡が現れると徐行して解説してくれた。武家屋敷や殿様が暮らした御殿は麓にあったという。御殿跡は高校になっている。
 タクシーは八合目までしか登れない。一般車は更に下までとなり、そこからは有料のシャトルマイクロバスで八合目まで行く仕組み。道が狭いのが理由だ。
 親切な運転手に礼を言って、ちょっとした山登りのような道を往く。木の間から麓が見下ろせる。いい眺めだ。20分ほどで天守が見えてきた。
 備中松山城は全国に十二しかない現存天守、つまり江戸時代の天守を残す城である。ちなみに、関東には現存天守はない。すべて現代になって復元されたものである。
 やはり現存天守は素晴らしい。そして、石垣が野趣に富んで素敵だ。思っていたより戦の匂いのある城という印象を受けた。見せる城という雰囲気はあまりない。山城だからだろうか。
 帰りは麓まで歩いた。麓にバス停があるのだ。バス停に辿り着くと、15分ほど待てばバスが来る時刻。
 帰りのバスの運転手も丁寧な人だった。少し遅くなった昼食は駅一階のカフェに入る。カレーを注文した。美味。高梁はいい町。
(RICOH GR)
2018.04.09 Mon l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
l小諸城
 入口の近くまで戻ってきた。入場時に四か所の施設に入館できるセット券を購入したので、それぞれ観ていきたいと思う。
 まずは、島崎藤村記念館。実は一年ほど前に藤村の「破戒」を読んでいた私は、その初版本や原稿が展示されていることに感動した。「破戒」の内容については、興味ある人は検索していただくとして、主人公の人柄は教師経験のある藤村だからこそ描けたのではないだろうかと強く感じさせられた。そんな印象を受けた静かで質素な造りの館内は、とても居心地の良いものだった。
 続いて鹿島神社に参拝した。ひらけた境内の明るい雰囲気。太陽はだいぶ傾きつつある。すぐ近くの小山敬三美術館に移動する。
 白い洋館風の建物は靴を脱いで上がるので、中はとても綺麗だった。絵画を語れる知識はないので解説が難しいが、風景画は輪郭がダイナミックで、肖像画は多数の色を使って繊細。印象に残る作品群だった。館内が綺麗だったこともあって癒された気分。
 入口に向かう道を辿り、入場券を買った所まで帰ってきた。脇にある懐古館に入場。ここは小諸城に関する資料を展示した施設。大河ドラマ「風林火山」のポスターも掲示されている。城下町と城のジオラマ。江戸時代の書状など、ゆっくり見ていきたい施設だったが、日没が迫ってきて時間がなかったのが残念だった。
 少し早足気味に、名残り惜し気味に門をくぐり、すぐ近くにある小諸義塾記念館に入る。古びた洋館そのものという施設で、ここも靴を脱いで入館する。島崎藤村も在籍して教育にあたったというこの学校。その設立経緯から教育についての解説などが展示されている。思いのほか展示物が多く、時間に追われて観るのが勿体なく思う。
 一通り見終わったのであとは駅に向かう。二時間ほど滞在していたことになるが、もっと居たかったというのが本音。季節を変えて再訪しよう。そう決めて小諸駅に着いた。寒風が吹いていた上田に比べると気温も穏やかで、きっと小諸城とは相性がいいのだろうと思わされた。城好きも、観光も、どちらを目的にしても堪能できる場所。それが、懐古園こと小諸城だと思った二時間だった。
 懐古園公式サイト
 小諸からは少しずつ暗くなってきた空の下、浅間山を眺めながら軽井沢に向かった。久しぶりにやってきた軽井沢駅は駅舎が改築されていたが、レトロな洋館のような雰囲気は満点だった。日の暮れた駅前を少し歩いたが、かなり寒い。駅の券売機で新幹線の自由席券を買うと、もう今回の旅がラストに迫った実感があった。
(RICOH GR)
2018.02.12 Mon l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小諸城
 石垣がある区域にやってきた。石は浅間山が噴火した時に飛んできた「焼石」と呼ばれる石を試用しているそうで、溶岩が流れて出来た谷を天然の空堀(水を張っていない堀)として活用したり、自然を生かした造りだ。石には苔がついていて、それもまた不思議な味を醸し出している。
 石垣に上がる階段を昇ると天守台跡があった。少し高い位置なので、なかなか見晴らしがいい。柵などがないので橋まで来ると少し怖くもあるが、それもまた野趣に富んでいてよいものだ。
 歩いていくと懐古神社があった。さっそく参拝。小諸城の敷地は全体的におだやかな空気に包まれているので、この神社も落ち着く空間だった。
 公園として整備されているので、随所に案内板があるのが嬉しい。いろいろと優しい小諸城である。
(RICOH GR)
2018.02.10 Sat l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top