FC2ブログ
熊本
 一時間半ほど「くまモン列車」に揺られ、熊本県にやってきた。水俣駅だ。
新幹線はお隣の新水俣に駅があるのでこちらは小ぶりな駅舎だ。写真集「水俣」を写した社会派写真家ユージン・スミスを偲びながら駅の周辺を歩く。いつか泊まってみたい。1970年代の喧騒も遠くに。今は静かな海沿いの町であった。
 水俣から乗った列車は普通の仕様だった。車窓は夕陽の有明海に変わってゆく。あの海の向こうに天草があるのだ。逆の陸地の奥に阿蘇があるのだ。熊本県でもっとのんびりしていたい。だが、今夜は帰るのである。名残り惜しい。九州、特に南九州は通り過ぎるような土地ではない。
 高校生で少し賑わう八代駅で降り、ここからは再びJRの旅となる。
 一駅で新八代。九州新幹線さくら号に乗り換えるが自由席は混んでいたのでデッキへ。次の熊本で下車した頃は既に空は夜。18時を回った。
 熊本から乗った豊肥本線の肥後大津行きは帰宅の人で少し混んでいた。ロングシートの通勤型電車。肥後大津駅は熊本のベッドタウンのような所で、高校生や会社員が何人も下車していった。
 南口改札を出るとワンボックス車が停まっていた。これから乗る町営の空港行きの無料バスである。家の灯りの少ない道路を15分ほど走って熊本空港に着いた。時間はまだ余裕がある。空港内を散策する。
 熊本空港は小ぶりな空港だが、土産もの屋はそれんりに揃っていて、三階にはレストランコーナーもあった。ラーメンのいい匂いに誘われるが、そろそろ土産ものでも買ってチェックインの時間である。
 19:55のJAL羽田行きは五分ほど遅れての出発となった。JALの出発ロビーはビジネスマンの姿も見られ、既に旅気分は終わりになろうとしている。
 九州の会社であるソラシドエアのようなローカル色も薄く、洗練された都会の空気が夜の空港に充満している。神戸、那覇、与那原、コザ、首里、浦添、糸満、そして鹿児島に川内に水俣に熊本。旅を振り返り帰路だった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.30 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
肥薩おれんじ鉄道
 太陽が昇りきっていない時刻、六時半。私は宿を出た。鍵は部屋に置いて出ればよいとフロントで言われていたので、その通りにした。
 宿の前は運河だ。夜は静寂な景色にさえ見えたが、朝も同じような印象である。バス停には続々と人が増えてきた。
 予定より早く宿を出たのは何もない宿だからではなく、道路の通勤渋滞を避けたためであった。糸満から那覇への道はスムーズに流れ、ほぼ定刻にバスは赤嶺駅に着いた。
 日本最南端の駅に朝日が射す。もっと沖縄に居たい気持ちだが、08:55の飛行機に乗らなくてはならない。一駅隣の那覇空港駅に向かった 。
 OKICAの残高を自販機で確認する。380円あった。予定より少し余った。次回の沖縄訪問で使おう。昨夜、糸満西崎の宿近くのファミマで買ったパンを那覇空港のベンチで食べてから、お土産ゾーンで買い物。那覇空港の売店空間はとても広い。40分ほど品物を物色する。
 ソラシドエアの鹿児島行きで那覇を出発した。空は今日も快晴だ。今回の旅は毎日好天続きで有り難かった。
 飛行機はあっけないほど早く沖縄諸島を離れ、あっという間に鹿児島空港に着く。山の空港だ。高速バス乗り場に行き、切符を買って乗り込んだ。35分も経った頃、景色が街に変わり駅前に着いた。
 鹿児島中央駅でゆっくりしている時間はなく、すぐに切符を買い、JR鹿児島本線の普通列車川内(せんだい)行きに乗る。二両編成だ。列車は鹿児島の街並みを抜けると、すぐに山間に入っていく。伊集院、松元、小規模な町を過ぎ、一時間もかからずに川内駅に着いた。ここで昼食をしようと決めた。
 川内(せんだい)駅前は店が少なく、散策を少しして諦め顔で駅前に戻る。だが、駅前によさげな食堂があり、そこに入る事にした。
 生簀のある食堂だ。日替わり定食990円。紅鮭にハマグリの味噌汁が美味しい。デザートのミカンも甘い。いい店だった。
 川内からはJRではなく肥薩おれんじ鉄道になる。ホームに向かうと停まっていたのは「くまモン列車」だ。ラッピングだけでなく車内も演出してある。かわいい。気分が盛り上がる。
 だが、午後の昼下がりのローカル列車は気の毒なほど空いていた。空いているのは楽だが、気分は悲しい。
 線路と並行する海はひたすら青く、それを包む空も眩しいくらい青かった。そんな景色の中を列車は一両で走る。乗る人も降りる人も少ない。だが、風景はどこまでも明るい。突き抜けるような明るい鉄路、九州のローカル線だなと思った。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.29 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
糸満
 おもろまち駅で荷物を取り出した私は、糸満に向かうことにした。予定では赤嶺駅からバスだったが、始発から乗った方が楽だと思い、那覇バスターミナルに向かう。旭橋駅で降りれば隣である。
 予定では赤嶺駅を17:45発だった。那覇バスターミナル3番乗り場が糸満方面という事で向かい、ベンチに座った。LED案内によると、17:05糸満行きがある。あと数分。いいタイミングだ。
 だが、バスは来ない。まあ、時刻通りバスが来ないのはもう慣れてきた。道路渋滞が激しいのだ。私はベンチに座り直す。
 メモに行程を綴ったりしているうちに、LED案内表示がいつの間にか17:14糸満行きに変わっている。視線を落としてはいたが、バスが来た気配はない。仕事帰りのOL風な人が案内を見て数秒思案して立ち去った。
 バスを待っているのは私一人だ。17:14の便は定刻に来たので乗車する。
 バスは夕刻の那覇の街を何度も曲りながら走っていく。もう方角は把握できないほど曲がった。途中から何人も乗車があった。15分ほど経過した頃、車内放送が告げた。
「次は旭橋、那覇バスターミナル前」
 なんという事だ。バスは市内を回り、ターミナルに帰ってきた。バスは、乗車した時のターミナルビルの中ではなく、外の通りに立つバス停に停車した。察しがついた。17:05の便はここから出ていったのだろう。
17:30に那覇バスターミナルを出たバスは、赤嶺駅を五分遅れの17:50に出た。私が予定で乗ろうとしていたバスは、まさにこのバスだったのだ。
 せっかく予定より早く那覇に居たのに…と思いながらも、夕刻の豊見城市の風景をぼんやり眺める。海が近いのに意外に起伏のある地形だ。
 豊見城の市街地を抜けると、糸満市に入った。空は暮れ、風景はすでに夜景だ。それでも関東より日没が一時間ほど遅い。西崎入口バス停に着いた。私と一緒にバックパッカー風の白人夫婦が降りた。もしかすると同じ宿かもしれない。
 私は明日の朝、予定より早いバスで帰る事にしたので、バス停の位置の確認のため反対車線に向かう。西崎は運河に囲まれたような町で、要するに埋立地だ。バス通りから外れると寂しい空気に変わった。
 予約した宿は運河の前に立つ雑居ビルだ。スナックなどが入店していたビルをリノベーションした宿らしく、予約していた五階の部屋はソファやキッチンが備え付けられた一角の隅にドアがあった。一泊2500円。和室。
 荷物を置いて少しだけ休んだあと、鍵を持って部屋を出て、外に出た。
 西崎という町は糸満漁港に近く、ちょっとした歓楽街を形成している。現役のスナックビルもまだあるし、飲み屋も何軒もある。コンビニもあった。後で明日の朝食を買う事にしよう。
 いくつもの道を歩き、大体の雰囲気を掴んだ頃、店の名前で海鮮が食べられそうな雰囲気の店の暖簾をくぐった。L字型のカウンターだけのその店は席のほとんどが埋まっていた。私は入口近くの席に案内された。
 まずはオリオンビールの瓶。三夜連続で注文している。刺身盛り合わせとメニューにある。
「五点、三点、どちらにしますか?」と店主。
「いろんな魚が食べたいです」と私。五点盛りとなった。
~糸満には勇敢な漁師がいる~「街道をゆく 沖縄・先島編」に書いてあった。
「仕事ですか? 観光ですか?」
「観光です。糸満は漁港として名高い所だと司馬遼太郎さんの本に書いてあったもので」
 沖縄に来る観光客で糸満に泊まる人は珍しいのだろう。周囲の常連が私に質問をしてくる。どこから来た?
 話が弾んだ。隣の二人組は宮崎と熊本出身の人だった。宮崎の人が言う。
「都会は嫌なんだよ。それで沖縄に来た。那覇は都会すぎる。本当はもっと田舎に住みたいんだよ」
「与那国島とか南大東島とか」
「そう! その辺。でも仕事がないからね。糸満がぎりぎりの線だった」
 でも、とても楽しいそうだ。豆腐チャンプルーが美味しい。泡盛を頼んでみた。店主の後ろに置かれた壺から注ぐという。味は驚くほど濃厚で、少し甘みもあって、でもいい香りだった。沖縄の海だなと思った。沖縄の海は潮の匂いではなく少し甘みのある匂いがする。
ただ、やはり泡盛だ。度数は高い。すぐにほろ酔いとなる。楽しい。
 九州出身の二人の向こうに座るのはコザ出身の人だった。私が昨夜コザに泊まったというと喜んでくれた。帰り間際、その人がまた沖縄に来たら俺の所に電話してくれ、一緒に飲もうという。
「次回も糸満に来ますんで、ここに寄ります」
「おお、そうか。じゃあ俺は毎日いるからまた会えるな」
 店内に笑いが広がる。店主から名刺をいただき、店を出た。
 宿は店のすぐ近くだった。コンビニで朝食を買って帰り、シャワールームでシャワーを浴び、コンビニで買った「さんぴん茶」を元スナックのソファに座って飲んだ。前日サッカー会場で買ってハマった味だ。色は黄だが、ジャスミン茶の一種らしい。
 とても静かな夜だ。部屋には一応テレビはあるが、何もする気がしない。元スナックのソファで少しくつろいだ後、部屋に戻って布団を敷いた。部屋の窓の向こうに運河が広がっているのが見える。
 明日は五時半に起きる予定だ。西崎入口のバス停を06:50に出るバスに乗って日本最南端の駅赤嶺を目指す。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.25 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
瀬長島
 首里駅前の食堂で昼食して、ゆいレールで赤嶺駅にやってきた。日本最南端の駅。ここから瀬長島に行く。30分間隔で運転されているシャトルバスの時刻まで少しあったので、日本最南端のブックオフに行って時間を潰す。
 バスは小型タイプ。赤嶺駅から10分ほどの距離だった。橋を渡ると、そこはエメラルドグリーンの海に包まれた世界だった。バス停そばに神社があった。
 バス停はホテルの前にあり、丘の上にあるので眺望のいい場所だ。丘の中腹にはレストランやカフェが並び、観光スポットとなっていた。中国人が多い印象。
 丘を下りると売店があったので、そこでオリオンビールを買って海岸線を歩いた。店が並ぶこの界隈は賑やかすぎて馴染めない。何より、飛行機が見にくい。 先ほど降りたバス停から見えた砂浜に着いた。ここは那覇空港に着陸する旅客機がよく見える。戦闘機の着陸まで見ることが出来た。
 何よりも静かだ。人はいるが騒がしくない。ビールを飲みながら海と飛行機を眺めるのに最適な空間。私はのんびりと景色を眺め続けた。時間の概念など脳裏から消えていく。
 思えば今回の旅で初めて海を訪れた。あやうく沖縄に来ているのに海を訪問せずに帰るところだった。瀬長島、来てよかった。旅の間、毎日オリオンビールを飲んでいて、今夜も飲むだろうけれど、ここで飲んだのが一番おいしかった。
 そして、気が済んだところでバス停へ。赤嶺駅に戻り、コインロッカーに入れた荷物を取ってくるため、おもろまち駅に向かう。
 少しずつ陽が沈み始めた。明日の朝早くに沖縄を出発する。名残り惜しい気持ちが芽生え始める。
だが、まだ旅は終わりではない。今夜は糸満に泊まる。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.21 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
浦添城
 首里からは、10月に開業したばかりの区間を乗って終点へ。終着駅「てだこ蒲西」駅の周りは開発中の原っぱのような風景。カーブを利かせた駅のデザインだけが未来を今ここに表現していた。する事もないまま折り返して一駅隣の浦添前田駅へ。
 ここもまだ開発中の駅。駅に浦添城への道順が掲示されていたので、それに従い歩き始めた。徒歩数分で浦添城の入口に着く。
 道を登り始めると「浦添城の前の碑」というものがあった。1597年に浦添と首里を結ぶ石道が完成した時に建てられた石碑。浦添は琉球王府の尚寧王の故郷である。
 ここからはゆいレールの方向がよく見渡せる。眺めのいい場所。
 主郭跡がすぐ上にあった。ここからは海が見えた。とても眺望が利く場所だった。近代はこの城跡の丘は前田高地と呼ばれていたそうで、今は公園として整備されている。アメリカ人の家族が散歩をしていた。
 主郭跡を下りていくと石垣が現れた。この先に「浦添ようどれ」があるので、更に歩いていく。それほど比高は高くないのに眺めのいい城である。暑いけれど楽しい散策。
 石垣の道を歩き、石垣をくぐると浦添ようどれが現れた。浦添ようどれは、元々は13世紀に造られた英祖王の墓だったそうで、17世紀に尚寧王が造った王陵である。左に尚寧王とその一族、右に英祖王の墓があると説明版にあった。厳かで静かな空気が流れている。
 浦添城を下りて、レストハウス横の自販機で飲み物を買って小休止したあと、浦添前田駅に戻った。ここは食事をする所がないので、首里駅前にあった食堂に行ってみる事にした。
 空は青く、気温は夏で、風は秋だ。青と緑の中をモノレールはゆっくりと駆けていった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.18 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top