FC2ブログ
保土ヶ谷
 保土ヶ谷駅前の細い道を歩き、横須賀線の踏切を通って反対側に出る。
 すぐに国道一号線と合流した。ここに保土ヶ谷宿の本陣跡がある。現在はそれを示す看板があるだけで、往時の面影はない。
 その案内板によると、保土ヶ谷宿の本陣を代々務めていたのは苅部(かるべ)家で、小田原北条家の家臣苅部豊前守康則の子孫と言われている一族だそうである。
 調べてみると、この苅部康則は北条家の主要城のひとつである鉢形城(埼玉県)にて城代家老を務めていた。
 天正十八年(1590)の豊臣秀吉の小田原攻めで難を逃れた康則の孫吉重は、先祖供養のため信濃の善光寺に向かったが、のちに吉重の二男苅部精兵衛が徳川家康の命を受けて保土ヶ谷宿の本陣に勤めることになった。そういう流れだそうだ。
 交通量の多い国道だけに、江戸時代の街道の面影がないのは残念だが、都市の片隅に残る史跡に、この町の歴史が刻まれていることは確かだ。
 本陣跡の脇には今井川という小さな川が流れている。そこを渡ると、京急線の井土ヶ谷方面に抜ける道が分岐する。谷のつく地名のとおり、起伏の激しい道を歩きながら井土ヶ谷に向かうのだった。
(RICOH GR DIGITAL)
スポンサーサイト



2019.02.02 Sat l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://seasonz.blog18.fc2.com/tb.php/1883-20e9fa8a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)