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九戸村
 二戸駅は東北新架線の駅も設けられているので、構内はとても綺麗だ。西口に通じる通路に九戸政実ののぼりが立ち、九戸城のパンフレットが置いてあったので、さっそく頂いた。
 西口は新幹線が近年開通してから整備されたようで、真新しい土産物屋があった。帰りは此処で何かしら買うことになるだろう。私達は駅のコインロッカーに荷物をしまい、喉が乾いたというTさんのリクエストに応え、土産物屋で地ビールを買ってバスの待合室に向かった。二日目の朝の秋田駅、三日目の夕方の花巻駅に続き、今日もコインロッカーのお世話になる日である。
 東口は昔ながらの風情を残していた。狭い駅前通りには僅かながらの駅前商店街が形成されている。私が初めて東北を旅した時、盛岡で新幹線から特急に乗り継ぎ、旅で最初に降りた駅が、この二戸だった。ちなみに「にのへ」と読む。これからバスで向かうのは九戸村で「くのへ」と読む。
 二戸駅から出たバスは橋で馬淵川を越えると、市街に出た。山間の僅かな平地に築かれた町である。市街の脇に見える丘は九戸城の城址だ。
 市街を抜けると道は上りになり、しばらくは家並みが続き、店もちらほらあったが、やがて峠越えとなる。折詰トンネルという長いトンネルを抜けると、高原のような風景となった。九戸村である。
 30分弱のバス旅は長興寺バス停で降りた。ある程度の場所は記憶してきたが、バス停の周りにはそれらしき景色はない。ちょうど道路工事をやっている人がいたので、交通整理を担当していた人に道を尋ねた。
 バス停としては次の長興寺小学校前の方が近いようだったが、無事に長興寺に着いた。ここは九戸家の菩提寺であり、九戸政実の生誕の地と言われる。政実については、二戸市内に帰ってきてから解説する。
 九戸家の家紋がある本堂の前で手を合わせ、脇に立つ大銀杏を眺める。九戸政実が出陣の際に植えたと伝わる。かなり古い木で、それだけの年月を過ごしてきたのだと実感できる風格があった。
 天正十九年(1591)に行なわれた豊臣秀吉の奥州仕置。当時、長興寺の住職だった薩天(さつてん)和尚は九戸政実の師匠であった。九戸城での籠城戦にて開城勧告の使者として城に入ったのが、薩天和尚だった。そして、戦は終わり、その後に悲しい結末が待っているのだが、それは九戸城の話の時に書こう。
 私達は長興寺から南に少し行ったところにある九戸神社に向かった。道路から神社まで、思っていたより遠かったが無事に到着。
 九戸神社は、九戸政実が戦勝祈願を行なった社とも言われる。緑に包まれた静かな社である。九戸政実公に訪問の挨拶をする気持ちで、本殿で手を合わせた。
 九戸神社の手前の林には、九戸政実が処刑された後、家臣がこっそり持ち帰った首を埋め祀った首塚もある。私達はバスの時間が気になってきた頃で早足になっていたので、林の中までは行けなかった。私は心の中でそっと手を合わせるのだった。
 道路に戻ると、そこに九戸神社前のバス停だ。なんとかバスに間に合った。本数の少ないバス路線に乗って、あちこちを回るのは中々大変であるが、とても心に残る風景である。空の青さと、山並みの美しさ。青森県との県境も近い。遠くにやってきたという実感があった。
(RICOH GR)
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2018.10.09 Tue l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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