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小田原城
 城山陸上競技場から更に山を登っていく。このあたりは八幡山というそうで、小田原城の八幡山古郭などと呼ばれているようだ。
 説明版が現れた。八幡山は縄文時代の遺跡も出土されているそうで、かなり前から人が住んでいた地域なようだ。
 小田原城は北条氏が城主となる前は大森氏だった。大森氏の時代はどのあたりに主郭があったのかは諸説いろいろなようだが、やはり八幡山ではないだろうかと思える。
 北条氏は、この八幡山の曲輪群と詰城として整備したという。自然の地形を生かして広い曲輪や大きな堀を作っている。豊臣軍は二十万人の兵をもっても、結局は小田原城を落とすことは出来なかった訳だが、山側もこれほどの巨大な仕掛けが施してあるのだから当然だと思いながら歩いた。
 現在は公園として整備されているこの八幡山古郭の巨大曲輪群だが、この辺りは毒榎平(どくえだいら)という地名だそうだ。毒榎というのは、油の原料になる植物のことで、それを栽培していたということなのだろうか。
 現在は公園や浄水場となっているが、あちこちに存在するちょっとした広場の空間がすべて曲輪だったと考えると、小田原城の大きさを改めて思い知る。
(FUJIFILM X100)
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2018.03.26 Mon l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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