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河村城
 本郭をはさんで東側に郭に移動する。こちらは広々とした草地になっている。
 東側の郭との間には堀切があり、そこに橋が架かっていた。その橋を渡るとすぐに新たな橋が現れる。この橋はコンクリート製。草刈りの人達も車でここまで進入しているので、車が通れる造りにしたのだろうが、見てくれ的には味気ない。
 突如現れたコンクリートという現代物に戸惑ったが、橋の下は見事な堀切で、深くV字型に堀が切られていた。
 その堀の下は、間隔を開けて土を盛って区切られている。「障子堀」と呼ばれる機構だ。河村城は平安時代に作られた城だが、こういった遺構は戦国時代に北条氏が作ったものである。伊豆の三島、東海道を挟むように広々と位置する山中城にも障子堀がある。
 山中城はもともと東海道の関所的な城だったものを、豊臣秀吉が関東攻めを行なうという噂を聞きつけ、北条家が大改築したもので、小田原合戦最初の激戦地にもなった。そういう場所だから、山中城の障子堀はかなり大がかりな造りで、それに比べると河村城のものは小規模ではある。
 それでも、突然現れたコンクリート橋を凌ぐインパクトが、この障子堀にはあった。私はしばらく佇み眺めた。
 ちなみに、小田原合戦に於ける河村城の記録は残っていないらしい。記録の豊富な北条家に於いて、これはミステリーだが、そういう謎めいた歴史も、また魅力的である。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
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2017.09.20 Wed l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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