興国寺城
 原駅の方向に戻り、線路を超えて、しばらく歩くと、国道1号線に出た。国道を沼津方向に向かうと間もなく、興国寺通りという道を北に曲がる。
 根古屋という城下町を示す地名が出てきて、原駅から徒歩三十分ほどで、興国寺城の城址に到着した。
 興国寺城は、今川~北条~武田~徳川と、城の持ち主の武家が何度も変わった城で、それは駿河国の東部が領界の境だったゆえである。その歴史を示す説明版が本丸跡に建っていた。
 城址は、三の丸の途中に入口が設けられ、二の丸を抜けて、本丸に至る。圧巻なのは、本丸の後ろにそぼえる、高さ10m以上はあろうかいう土塁で、この上には櫓が築かれていたそうである。
 土塁の上からの眺望は素晴らしく、駿河湾が見えるほどなのであるが、原駅を出たあたりから空は曇り気味になっている。
 櫓が築かれていた土塁の裏は、大きな空堀が切ってあり、その向こうには新幹線の線路が通っている。数分おきに、電車が高速で駆け抜けていく走行音が聞こえる。
 じっくりと遺構を見学したあと、原駅に向かうことにする。城址は現在工事中。この城は、北条家初代当主の伊勢新九郎盛時(北条早雲)が、今川家から最初に賜った城という説があり、神奈川県、東京都、埼玉県、静岡県、岡山県の12市町が推進している、大河ドラマ「北条五代」が実現したら、観光客が訪れるようになるかもしれない。
 実際には、伊勢盛時はその頃、京の都で仕事をしている事が多く、この城に在任していた期間は短いとも言われる。それでも、「民のための国を作る」と、関東に拠点を作っていく北条家の礎となった地として、「国を興す」と書く、この城の名前は絶妙である。
 原駅に向かう道。空に雨雲が広がってきたと思ったら、雷が鳴り始めた。急いで駅に戻る。このあとは、沼津で史跡めぐりをするつもりでいたが、それはまたの機会としよう。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm F3.5-5.6 PZ OSS)
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2017.04.19 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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