大和郡山城
 大和郡山の町並みを撮影しながら近鉄郡山駅のほうに出る。町の中心地はJRではなく近鉄の駅のほうで、これは元々、私鉄のほうが国鉄より発展していた関西ならではの立地関係である。
 近鉄の線路に沿って北に歩くと、すぐに大和郡山城の石垣が見えてくる。先ほどJR駅から歩いている途中、外堀公園という堀を埋めて作られた細い公園があったのだが、線路の外側にも道路沿いに石垣が残っていたりする。往時は、かなり立派な城下町だったようだ。
 城への入口は駅の近くだが、私は堀に沿って周囲を歩いてみた。堀の幅は10m以上あり、石垣の高さも堀と同格か、それ以上の規模。かつて、豊臣秀長(秀吉の弟)の居城だったということもあり、相当な規模の城である。
 郡山高校のグラウンドの脇を抜けると、江戸時代の城主であった柳澤家の資料を揃えた柳沢文庫と柳澤神社がある。参拝して境内を歩くと、その先に、しばらく工事中だった天守台がそびえていた。
 大和郡山城は現存天守の城ではなく、復元された天守閣はないが門の近くに復元櫓がある。櫓の横を通り、堀に沿って歩いていくと、本丸に向かって建っていたという極楽橋の跡があった。復元を目指しているそうで、実現したら是非とも見てみたい。イメージ図があったので、それを見ながら、当時の風景を想像してみる。
(FUJIFILM X100)
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2017.04.05 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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