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 笹下から港南中央方面に抜ける桜道という道を歩く。ここは前回の訪問でも歩いている。途中の笹下中学校の手前に丘がある。その丘の上に「天照大神宮」という神社があるので階段を上っていく。
 境内からは眺めもよく、周辺もきれいに整備されている。眺めがいい事で推測できるように、ここはかつて城があった場所なのだそうだ。
 横浜市南部はかつて久良岐(くらき)郡と呼ばれていた。この久良岐郡を戦国時代から江戸時代にかけて領地としていたのが間宮氏である。サハリンのところにある間宮海峡の名前の元になった間宮林蔵は、この間宮家の人物である。
 その間宮氏が戦国時代に本拠としていたのが笹下城。ちなみに、笹下(ささげ)という地名は、間宮氏の発祥地が近江国(滋賀県)の篠筍(ささげ)であることから来ていると言われる。
 間宮氏は、戦国時代に相模伊豆から武蔵、さらに東関東や北関東と関東を広く領地にしていた小田原北条家の分家玉縄北条家に仕えてきた。笹下城は江戸湾を見渡し、房総半島の里見氏を警戒するための城でもあった。この天照大神宮のある丘には「松本城」という笹下城を防備するための支城があった場所だと言われる。
 神社の下からは二方向に急な階段が伸びている。今は宅地化されて遺構はほとんどないが、当時は見張りをするに適した場所だっただろうと思える眺めだ。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM ※135伴換算 27.5-83mm F2.8-4.5)
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2016.12.11 Sun l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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