武田神社
 ほうとうを食べて、甲府駅北口からバスに乗る。すぐ近くに見える山の方に向かって武田通りという道を走っていくとすぐに武田神社が現れる。
 天気はすっかり初夏。暑いので参拝前にバス停横のお土産さんでアイスを買って、ベンチに座り食べました。Tさんは山梨名物ぶどうを使ったソフトクリーム。私は信玄餅のようにきなこと黒蜜がかかった信玄アイス。予想以上に美味しかったです。
 武田神社は境内のあちこちの物に武田家の家紋「武田菱」が入っています。手水場の形も四つの菱形。徹底しています。本殿で手を合わせ、信玄公と武田家の方々にご挨拶しました。
 武田神社は今は神社ではありますが。元々はここに武田家の本拠である「躑躅ヶ崎館」がありました。かつてこの周辺にはツツジがたくさん咲いていたので、その名がついたそうです。
 武田家は長らくここを本城のように使ってきました。「人は城 人は石垣 人は堀 情は味方 仇は敵なり」と信玄公が言ったとされ、巨大な城を作って甲斐府中(甲府)を守ることをせず、民とひとつになって甲斐府中を守るという概念です(一応、後ろの山のほうに防備のための要害山城がある)。
 現在も武田神社のまわりには躑躅ヶ崎館の遺構が残っています。神社の東側にある大手門跡を出ると広い芝生の空間が現れます。巨大な土塁(土を盛って作った壁)、池の跡、ここに屋敷があった雰囲気に満ちています。
 神社の境内に戻り、本殿の裏にまわり神社の北側に出ます。空堀(水をたたえない土の堀)が現れ、そこを渡る土橋を通って神社の外に出ると、そこにも広い芝生の空間。山の麓に広がるこの空間にも戦国時代の風景をイメージさせ眺めます。
 こんな感じで神社のまわりを歩きながら躑躅ヶ崎館の面影を辿り、水堀に架かる橋を渡ってバス停の近くに出ると、はるか東南にそびえる山々の向こうに富士山の頂が見えました。山梨県側から見る富士山は形が美ししい。昔の人々もこうして富士山を眺めて夢を描いたのかもしれません。
(KONICA MINOLTA α Sweet DIGITAL LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
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2016.05.04 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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