韮山城址
 山中城址を見たあとバスで三島駅に戻り、三島から伊豆箱根鉄道駿豆本線に乗って韮山に向かった。電車はクロスシートだったので気兼ねせずに買ってきた「伊豆の国ビール」を飲む。雨は少し弱まり、傘を差さなくても歩けそうなくらいにはなってきた。
 韮山には最近世界遺産に登録された「反射炉」があるが、こちらの最寄駅はひとつ先の伊豆長岡駅であり、韮山駅は観光客の姿もなくひっそりとしていた。駅前から東の方角にそびえる山々の方に向かって歩き始める。途中、少し道に迷いながらも江川邸に到着。江川家は反射炉を造った人を生んだ家系でもあり、北条家に仕えて韮山城のすぐそばに江川砦という防備のための砦を構えていた土豪の家系でもある。
 その江川邸のすぐ近くに城池という池がある。昔はこのあたりは湿地帯だったそうで、池はその名残りなのだろう。この城池の北西の位置に、すぐ横の小山に上がっていく道があり、その道の入口に韮山城址についての解説版が立っていた。
 韮山城は北条五代の初代当主である北条早雲こと伊勢宗瑞が築城したと言われ、天正18年の小田原合戦の際には、北条氏規が城主として豊臣軍の攻撃を四ヶ月以上に渡って耐え抜き、遂には攻撃中止命令が秀吉から出され、家康の仲介のもと降伏に至ったという歴史を持つ。
 緩やかな坂を登ると、それほどまでの堅城には思えないが、辺りが湿地帯だったこと、周辺の山々に設けられた砦が機能したこと、北条氏規が知将であったことなどが攻撃を耐え抜くことが出来た理由かと想像する。
(FUJI FILM X100)
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2015.12.29 Tue l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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