魚津
 宇奈月温泉から電鉄富山行きに乗った私は電鉄魚津駅で降りた。今朝出発した駅である新魚津の富山寄り一駅隣りの駅である。魚津市の玄関としての駅は新魚津(および隣接する魚津)駅になるけれど、この電鉄魚津も駅前に商店街もあり旧市街といった雰囲気がある。しかし、その商店街は寂れた雰囲気が漂っている。
 電鉄魚津は北陸地方で初の高架駅なのだそうで、富山地方鉄道のお隣を走るあいの風とやま鉄道(元北陸本線。こちらには駅はない)ともども高架になっている。北陸本線の車内から何度かこの駅を見たことがあり、随分と古びた高架駅だなという印象があった。その印象の元になっていた「電鉄魚津ステーションデパート」はもうない。近年撤去され、今はエレベーターの付いた小さな駅舎がホームまでを結んでいる。 (電鉄魚津ステーションデパートについてはこちらを参照)。
 その古い建物はもうないのにここで降りたのは、この地にかつてあった城跡を見るためなのである。富山県の城というと富山城や高岡城が知られているが、ここ魚津にも魚津城という城があり、そこでは戦国史に残る悲劇があった。 ~魚津城の戦いについての
Wikipediaの記事~

 孤立無援の中、篭城が極限まで達し敗北を決意した上杉家の武将たちが、敵に降伏するくらいならと自刃を選び、耳にそれぞれの名前を書いた板をくくりつけて自刃を行なったという地。魚津城の跡は現在は小学校になっている。電鉄魚津駅から徒歩で10分とかからない距離にある。
 学校の門にやってくると魚津城についての説明板と、大河ドラマで魚津城の戦いが取り上げられたのを機に訪問者が増えたために設けられたと思われる旗差しの飾りつけがあった。学校のまわりを一周してみようと時計回りの逆の方向に歩いてみた。やがて校舎の裏手にあたる入口に着くと、そこには魚津城の戦いで自刃した13人の武将たちの名前と署名の写しを掲載した説明板があった。学校の敷地という制約がありながら、ここまで城跡であることを今に伝えているのは嬉しく思える。静かに手を合わせた。
 そこからは先ほどの校門はすぐで、改めて校門を眺めて駅に戻った。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
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2015.07.15 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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