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上鶴間
 町田駅南口の境川を渡った場所は相模原市上鶴間本町という住所となる。町田駅がこんなに相模原市に接しているのは地図を眺めると意外でもある。もっとも、相模原の人達にとっての商圏が町田でもあるので、都県という線を超えて両市の結びつきは強い。
 ここが以前どういう場所だったのかはインターネットで得た知識しかないので、その風景は想像の中の世界である。横浜の黄金町のかつての姿を思い浮かべ、このマンション群の風景と合成してみる。
 ラブホテル街となっているのは面影と言えなくもないが、思っていたよりも規模は小さく、周囲にはラブホテルではないホテルもあり、普通のビルもあるので、そこまで異界な風景ではない。
 YouTubeには夜の風景が公開されていて、今は今で新たな風景が展開されているらしい。境川に架かる橋がポイントとなっているらしい。昼間の今は勿論橋に立っている人は居ない。時折、地元民が散歩しているくらいである。
 それでも、中年男性が一人で二人用の建物に入っていく姿を見かけた。昼間には昼間の風景があるらしい。
 ラブホテル街の間にはボーリングセンターがある。関連性はないが、ラブホテルの建物の間から見えるその昭和めいた建物は、どことなくエモーショナルでもある。
(RICOH GR DIGITAL)
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2021.05.30 Sun l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
上鶴間
 横浜線で町田駅にやってきた。平時なら平日の午前から大勢の人が駅前を行き来している町田も、今は人通りが少ない。JRと小田急を結ぶ連絡通路には東京オリンピックの宣伝がぶら下がっている。ここは以前はJリーグの町田ゼルビアの宣伝がぶら下がっていた。
 駅の南口に出てみる。小さなロータリーは栄えている北口に比べるとあまりに小規模だ。右にヨドバシカメラがあるくらいで、賑わいは感じにくい。
 この南口を歩いたことはない。ヨドバシカメラに入った事が何度かあるくらいである。駅前は住宅地といった風情で、その向こうに大きなマンションが並ぶ。
 歩き始めてすぐに境川が現れた。この川を渡ると神奈川県相模原市である。町田駅は相模原との境に立っているのだ。
 何故ここに来たのか。境川を渡ると景色が一変する。それを見に来たのだ。境川の南、相模原市側は昔「田んぼ」と呼ばれる小型店舗型風俗街のあった場所なのだという。今はラブホテル街であり、それを囲むように大着なマンションが立ち並んでいる。
(RICOH GR DIGITAL)
2021.05.29 Sat l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
塩浜
 オリンパスのBCL-0980はAFレンズではないので手動でピントを合わせる。しかも、ピントリングで微調整できるようなMFレンズでもなく、ピントレバーで合わせるゾーンフォーカスである。
 最短撮影距離から無限遠の間にも主要な距離にクリック感があり、勿論クリック感のない位置で止めることもできる。被写体との距離を考えながら撮る感じだ。
 ピントレバーはレンズの下にある。このピントレバーの位置やデザインが、往年のフィルムコンパクトカメラ「オリンパスXA」に似ているという人もいる。確かにそうかもしれない。ウチにも中古で買った「オリンパスXA2」がある。こういう伝統の継承は演出として嬉しいものだ。
 とにかく軽いので付けていることを意識しないし、持ち運びも楽だ。メインレンズとは別に撮影に携行するのに適したサイズ感だ。
 安いレンズだが、楽しいレンズである。スナップで気軽に使うレンズと言える。レンズがキャップ式ではなくレバー操作で開閉するバリヤー式なのがまたいい。
(Panasonic LUMIX GX7 markⅡ LENS:OLYMPUS BCL-0980)
2021.05.27 Thu l 川崎南部・鶴見 l コメント (0) トラックバック (0) l top
入江崎
 レンズを買った。コロナだなんだと世の中が騒々しく仕事が忙しくて疲労困憊なので、何か楽しみもないとねという訳である。
 とは言いつつも、高いレンズを買う余裕はないので、七千円弱の、しかも中古である。定価も一万円とちょっとらしいが。
 買ったのは、オリンパスのBCL-0980というレンズで、型番が略称になっているのだけれど、ボディキャップレンズというシリーズの9mm F8(固定)フィッシュアイレンズだ。
 9mmだから135判換算で18mmとなり、写し方によっては超広角レンズ的に使える。超広角ゆえに寄れるのがまたいい。
 名前が示すように外観はほとんどキャップで、それでも4群5枚構成なのだからすごい。作例を見ても写りもなかなか良い。
 という訳で早速試し撮りに出かけた。まだ使い慣れていないから、撮ってみると変な写真になる。だが、それも面白い。
(Panasonic LUMIX GX7 markⅡ LENS:OLYMPUS BCL-0980)
2021.05.26 Wed l 川崎南部・鶴見 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大磯
 城山公園をあとにして、国道1号線を歩き始めた。先ほど通った血洗川の橋を渡る。付近はきれいな一戸建てが多い。大磯はハイソな町である。このまま海岸沿いに大磯駅まで歩こうかと思ったが、暑さに負けてバスにした。
 大磯駅前は帰宅の高校生で賑わっていた。と言っても、横浜あたりの駅と比べたらその人数は少ない。大磯は静かな町である。
 駅前の低い台地を巻くように通る道を歩き、国道1号線を横断して海岸に着いた。ここに来るのは久しぶりだ。
 海岸の風景自体は大味である。広い砂浜が延び、その上を西湘バイパスの高架が通っている。この高架がちょうどいい日陰となっている。私は無造作に積まれた築石に座り海を眺めた。
 やがて犬を連れた女性がやってきた。夕方の散歩といったところだろう。犬は私の足元にやってきて動かない。私の家にも犬が居るから匂いがするのか、動物好きを直感でわかる犬の習性なのか、犬の表情も好意的である。「かわいいですね」と声を掛けて、お互い軽く挨拶をした。
 湘南の海岸というと江ノ島あたりの賑わいも、それはそれでいいが、この大磯のような静かな海岸もいいものだ。おそらく地元の方針なのだろうか、海岸沿いに店など並んでいたりしないのがいい。こういう海岸は缶コーヒーでも飲みながらのんびり過ごすのが最適だ。
(SONY RX100)
2021.05.25 Tue l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
城山公園
 さて、小磯城である。ここ城山公園は十五世紀、室町時代に小磯城が築かれた場所で、公演そのものが城址だ。
 小田原城からほど近いので戦国時代も監視所としての機能はあったのかもしれないが、歴史にその名を残すのは十五世紀後半の長尾景春の乱において、景春に呼応して小磯城の越後五郎四郎も決起したという一件くらいのようだ。長尾景春の乱を受けて、相模国を守護であった扇谷上杉氏は重臣太田道灌を使って乱を制圧する。これによって越後五郎四郎は太田道灌に降伏したと史実にある。
 公園を歩いていると城址という風景は感じない。土塁や空堀といったわかりやすい遺構がほぼないからだろうか。ここは古墳が発掘された地でもあり、昔から人が集まる場所だったのかもしれない。そこに砦が築かれた。そういった流れなのかもしれない。
(SONY RX100)
2021.05.23 Sun l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
城山公園
 城山公園の中を歩いていく。地元の人らしき人達が散歩している。子供を連れたお母さんもいる。歩いている人が結構多いのは意外だった。
 緩やかな上りを歩いていくと海が見えた。法雲堂という建物があったという場所だ。三井財閥の別荘時代は様々な建物が園内に造られていた。それらの建物が今はないのが残念である。城址が姿を変えてしまっているのは残念ではあるが、別荘地としての姿も変えてしまったことも残念である。
(SONY RX100)
2021.05.20 Thu l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
城山公園
 道路の山側となる城山公園に向かった。見た雰囲気は城址という感じはある。小磯城があった場所である。
 道路を渡り、入口に向かう。緩い上りを行くと門があった。横に解説と往時の写真が展示されている。ここが三井財閥の別荘地だった時代のものだ。
 中はよく整備されていて、今は公園となっている。中に入ってしまえば、ここが城址であるという史実がわからなくなるくらい整備されていて、ここが別荘地であったという史実の方が現実味を帯びている。
(SONY RX100)
2021.05.17 Mon l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
旧吉田茂邸
 城山公園の近くまできた。まずは海側にある丘に行く。こちらは元総理大臣吉田茂の旧邸宅である。
 戦後の日本復興期に総理大臣を務めた吉田茂が住んだ邸宅を現在は大磯町資料館として一般公開しているもので、調べると2009年に火災で母屋が消失するという事故があったが、改築されて2017年に公開が始まったという。
 吉田茂がこの邸宅に住み始めたのは昭和二十年(1945)で、政治家引退後もここで暮らしたそうだ。海が近く風光明媚な場所である。
 邸内は広い庭園が築かれている。緑の囲まれた環境だ。歩いている見学者も池を眺めてなごんでいる。
 小磯城の跡地は道路を挟んだ山側も別荘として活用された歴史を持つ。そちらは三井財閥の別荘だったという。大磯が都会から離れた海と山の地であり、東京からもさほど離れていない交通の便の良さもあったのだろう。
 宅地開発されている地域もあるが、今でも大磯は別荘の町の風情が残っている。
(SONY RX100)
2021.05.16 Sun l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
小磯
 国道1号線を歩いて西に向かっている。目指すは小磯である。小磯には小磯城という城があって、今は城山公園として整備されているという。
 大磯駅前は別荘地大磯の雰囲気を感じさせる閑静さがあった。駅前の割に静かな空間だった。小磯のあたりまで来ると住宅地といった風情だ。
 地図から大磯駅から徒歩30分と判断していたが、暑いこともあって距離感が長い。ようやく前方にそれらしき山が見えてきた。山は道路を挟んで二つあり、国道が切通しのようになっている。
 手前に小川が流れ小さな橋が架かっていた。川の名は「血洗川」と書いてある。Wikipediaにその名の理由が書かれてある。かつてこの地に身代わり地蔵があり、地蔵に付いた血を洗ったことに因むそうだ。
 血洗川の脇は新しめの綺麗な住宅が並ぶ。駅からは離れているが新興住宅街のようなエリアである。城山公園前のバス停を過ぎ、小磯城址に近づいてきた。
(SONY RX100)
2021.05.15 Sat l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
大磯
 東海道本線の大磯駅にやってきた。手前の平塚までは駅前が広く都会的な駅ばかりだが、このあたりまで来るとのどかさも感じられ、旅に来た感触が味わえる。大磯は昔から別荘地として人気のあった土地である。
 さして広くない駅前にバス乗り場とタクシー乗り場があり、それを挟んで商店が並んでいる。背の高い建物はない。駅前にすぐ丘があるのがまたいい。
 丘の向こうを少し歩くと海岸だが、そちらは後で行くことにしよう。そんなことを考えていると、駅前に「湘南発祥の地」という説明板があった。湘南という地域名は厳格に定められている訳ではなく、一般的なイメージでは江ノ島から茅ヶ崎あたりのようだが、ここ大磯がその呼び名の起こりとなった地であるそうだ。今日はそんな湘南の祖を歩く。
(SONY RX100)
2021.05.12 Wed l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
化粧坂
 東海道本線の平塚駅に降り、二宮駅行きのバスに乗った。一年半ほど前に湘南平に行った時、化粧坂(けわいざか)という平塚と大磯の境まで行っているので、今回の散歩はその化粧坂からスタートする。神奈川県の沿岸を歩くという散歩も過去のトータルで此処大磯までつながるのだ。
 化粧坂バス停は湘南平に連なる高麗山の麓だ。道路の脇に並行する小道がある。これは旧東海道だ。そちらを歩くことにする。
 旧東海道に入ってすぐに「化粧井戸」が現れる。鎌倉時代にこの辺りに住んでいた虎御前が化粧をするための水を汲んだと言われる井戸で、説明版が設置されている。
 更にその先に化粧坂一里塚跡がある。住宅地の生活道路のような道だが、かつては東海道として多くの人の往来があった街道だったのだ。
 旧東海道の道はやがて東海道本線に寄り添い、そして、山の手前でT字路となった。左に曲がって大磯駅前の方に向かう。
(SONY RX100)
2021.05.11 Tue l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
八栗
 丸亀から快速で高松にやってきた。四カ月ぶりの高松である。そして、四カ月ぶりに「ことでん」こと高松琴平電鉄に乗る。
 前回利用したICカード「Iruca」を持ってきているので、まずは駅でチャージする。目的地は八栗(やくり)駅である。八栗は志度線の駅だが、志度線はことでんの起点の高松築港駅からは出ていなくて、二つめの瓦町で乗り換えとなる。
 瓦町駅は橋上駅で駅ビルまである、ローカル私鉄には異例の規模を誇る駅だが、志度線への連絡通路にはなんと「動く歩道」がある。これもローカル私鉄としては異例だろう。
 電車は元阪神の車両で昭和の雰囲気を残す。ことでんには他にも元京王や元京急の電車が走っている。
 八栗駅に着いた。ここからケーブルカーに乗るのだが、ケーブルカーの駅までは徒歩20分ほどだそうである。暑い陽気の下、住宅地の道をひたすら歩く。だんだんと山が近づき、道にも勾配が付いてきた頃、ようやくケーブルカーの駅に着いた。
 駅舎の隣には鳥居が立っている。歩いていく人のための参道だ。山の上に八栗寺があるのである。窓口で切符を買ってホームに向かう。駅員も運転士も皆女性である。
 誰も乗客が居ないまま貸切状態で山上に向かう。観光案内が車内に流れている。のどかな気分に浸っているとあっという間に到着した。山上の駅も女性駅員だ。
 案内版に従い歩いていくと、ほどなく境内が現れた。八栗寺は弘法大師が開いたお寺だ。今回の旅の初日で高野山に行ったので、弘法大師にちなんだ土地から始まった旅だった。
 八栗寺は聖天さまを祀っているという。ひとつひとつ参拝していく。境内は日差しが穏やかだ。参拝が終わってからベンチに座って一休みする。そうしているうちに、参拝客が増えてきた。ちょうど昼時ではある。
 八栗寺を参拝したあと、ケーブルカーとことでんを乗り継いで瓦町駅にやってきた。駅ビルで昼食にする。うどん屋があったので入店してみた。三日連続で昼はうどんとなっている。
 八栗ケーブルに乗ったので、これで四国の鉄道は全路線乗車した。JR四国は随分前に全路線乗っていたのに、この一路線に乗るまでに期間が長く空いてしまった。天気も良く、景色も良かった。八栗寺に参拝して八栗ケーブルに乗れて良かったと思った。
 あとは帰るだけとなった。瓦町駅でのんびりし過ぎて、予定していた電車に乗り遅れた。乗った電車はバスの乗り換えとなる駅の手前で終点となる。仕方なく終点まで行って、駅前にタクシーが居ないことを確認してから電話をかけた。だが、タクシー会社の電話は混んでいた。
 駅員に尋ね、タクシー常駐の駅まで更に戻った。祈る気持ちで駅前を見るとタクシー会社の営業所と車庫があった。「乗れますよ」という言葉に安堵して乗りこんだ。
 私の行き先は高松空港である。運転手は気さくな人で、道中はうどんの話や香川県の町や名物の話で盛り上がった。タクシーに乗ったことで2800円ほどかかってしまったが、良い思い出が出来たと思う。
 高松空港からは成田空港行きジェットスターである。LCCに乗るのは二回めだが、前回のは台湾からの帰りの国際線で台湾の会社だった。国内線のLCCに乗るのは初めてだ。機械でチェックインをしたら最前列の席が出てきた。LCCは席の指定は有料である。運がいいのかもしれない。
 乗った機体は最前列と乗務員スペースとの間に壁がない造りだったのでドアの開閉の始終を見ることが出来た。最前列だからLCC特有の足元の狭さもない。快適に成田に到着した。空はだいぶ黄昏が深まっていた。
(RICOH GR)
2021.05.07 Fri l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
丸亀
 快速マリンライナーで瀬戸大橋を渡ると四国だ。雨が降っていたようで地面が濡れている。坂出で降りて乗り換え、丸亀に着いた。
 丸亀は城のある南口が栄えているが、まずは北口に向かう。まだ空は少し明るい。港を見ておきたいと思った。西の空にオレンジ色の太陽がまさに沈みかけている。急ぎ足で海に向かった。
 瀬戸内海は青い海面をたたえながら、じっと一日の終わりに照らされていた。私はしばらくじっと空を見つめ、海に黄昏た。
 暗くなるまでは案外時間がかかり、南口に出て、城の近くまで来た頃にようやく夜が近づいてきた。城は翌朝に行こうと考えている。
 丸亀はアーケードがシャッター通りになっていると聞いていた。全国各地で見られる現象である。町自体は寂れているというほどでもないが、商業ビルが僅かなテナントで立っていたり、あちこちに現代日本の姿が滲み出ている。
 ホテルに着いてから、アーケードの方へ出てみた。飲食店が点在する。営業中の生活用品店もある。だが、閉まっている店の方がずっと多い。何軒かの飲食店を候補にした結果、アーケードの片隅でひっそりと、だがしっかりと営業している店に入った。入口脇に手書きのサインボードがあったのが決め手だった。
 店内は賑わっていた。外の風景とは別世界だ。出てくる料理の味は確かで、はやっている理由はこれだと実感できた。カウンターで一人飲みながら、店が推している串焼きをいくつか注文しようと思った頃、仕事帰りの男女二人がやってきた。混んでいるから、席を詰めて私の隣となる。
 男女がカウンターにされてしまうほどの混雑だから、余所者の私が理由なく長居するのは申し訳なく想った。味は充分堪能した。串焼きには未練があるが、満足して店を出た。
 翌朝、丸亀城に向かった。ホテルは城のすぐそばだ。水堀を橋で渡り、公園になっている区画を抜け、石垣の横に造られた道を登る。犬を連れた女性が前から歩いてきた。犬がこちらにじゃれてくる。上着に家の犬の匂いが付いているのだろう。「かわいいですね」と声を掛けてお互い挨拶を交わしたあと、天守に向かう。
 丸亀城は日本に十二しかない江戸時代の天守がある。十二のうち、四国には四つある(丸亀、松山、宇和島、高知)から、四国は建築文化への理解が深さがあるのかもしれない。
 天守内を見学して、天守台からの眺めを堪能する。香川県は人口密度の高い県だが、こうして町を見下ろすとそれを実感できる。
(RICOH GR)
2021.05.05 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
明石城
 有馬温泉で一息ついたあと、神戸電鉄で新開地に出た。ここは東西北の逆T字型に路線が交錯する駅で、東に向かうと三宮や大阪梅田方面を阪急と阪神の2ルートで行く事が出来る。
 西に向かうと明石姫路方面で、こちらは山陽電鉄となる。
 神戸と姫路方面はJR山陽本線が圧倒的に利用されている。速いのが理由だ。山陽電鉄はカーブが多く速度の面では勝負にならない。私もこの区間に乗る時はいつも山陽本線の方だが、今回は山陽電鉄を選択する。
 山陽電鉄は須磨海岸の辺りでJRよりも海沿いを走る。曇り空なので絶景とはいかないが、いい眺めだ。JRよりも小ぶりな駅が続き、海に架かる明石海峡大橋が見えた頃、明石市内に入ってきた。山陽明石駅はJRの明石駅と隣合わせで、駅名を揃えて「明石」にしてもいいくらいだが、そうしないのは意地だろうか。
 明石駅は高架駅で大きい駅だ。新幹線は隣の西明石に譲っているが明石市の玄関駅といっていい構えだ。そんな明石駅の北口に出ると大きな公園が広がっている。
 公園は明石城だ。水堀を橋で渡り、広場に出ると芝生の上で春休みの学生や家族連れが遊んでいた。その向こうに大きな石垣と復元天守がそびえる。
 ここも桜が満開だった。石垣の上に登ってみる。道は急な階段というほどでもなく、上に出ると明石の町が一望出来る眺めだった。マンションやビルが案外多い。
 歴史のある城なのだが、説明版などはほとんどなく、城跡を利用した公園といった趣きである。そこにかつて建っていた建物名を地面に掘ってあった篠山城とは城へのスタンスが違うが、町の都市規模の違いなのだろう。
 駅前にあるアクセスしやすい城で、石垣は見応えがあるし、関西在住の人にはおすすめ出来る城だった。現存天守の姫路城は見るべき価値のある城だが、明石城も良い城だ。
 明石からはJRで行く。券売機で丸亀までの切符を買った。今夜は香川県の丸亀に泊まる。丸亀は現存天守の丸亀城のある町である。接続よく一回の乗り換えで17時過ぎに岡山にやってきた。帰宅ラッシュが始まっている岡山からは快速マリンライナーで四国を目指す。
(RICOH GR)
2021.05.04 Tue l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
有馬温泉
 篠山口から福知山線で三田に着いた。前日の夕方以来の三田だが、町歩きはせずに神戸電鉄の乗り場に向かう。
 三田からは前日乗ったウッディタウン線に乗り入れる電車と、神戸の新開地に向かう電車が出ている。今日は新開地行きに乗る。
 篠山も三田も晴れだったが、車窓が山間に近づいてくるとだんだんと曇り空になってきた。六甲山地を抜けると神戸の市街地だが、その手前にも山がある。だいぶ山深くなってきたところで有馬口駅に到着した。
 有馬口では隣に有馬温泉行き電車が停車していた。神戸電鉄と言えば白と赤の車体だが、この電車は黄緑色だ。新開地からやってきた電車からの乗り換え客も合わせ、さらりと席が塞がる程度で電車は発車した。
 次は終点の有馬温泉である。一駅区間をこの電車は行ったり来たりしているらしい。車窓は家がほとんどない山奥だ。以前は途中駅もあったらしい。それが信じ難い風景だ。
 有馬線に乗るのは二回目だが、前回は温泉には行かなかった。今日は行こうと思う。有馬温泉駅は一面二線のホームにこぶりな駅舎。案内板を眺めて、駅から近い共同浴場を選んで向かった。
 山の中の温泉だから道は坂になっている。関西の奥座敷という言葉が似合う眺めだ。大きなホテルが多いが、道路に面して土産物屋や飲食店なども並んでいる。駅から数分で目的地に着いた。
 ちょうど正午に差し掛かる時間だったからか、いつしか浴室は貸切状態になった。奇麗な建物で、湯は茶色のものと透明なものがある。茶色の方にのんびり浸かる。前夜、篠山で転んだ際に作った足の傷、手の痛みがやわらいでいくような感触があった。
 駅の二階は土産物屋を兼ねた食堂になっていた。そこでうどんを食べた。天気は冴えないが、温泉でさっぱりしたので気分は爽快である。
(RICOH GR)
2021.05.02 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top