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大井川鐡道井川線
 諏訪原城から金谷駅に帰ってきた私は、その日は静岡市に泊まり、夕食は焼津駅近くの店で刺身を食べた。
 翌朝、静岡から東海道本線で再び金谷に向かう。天気はあいにく雨だった。
 大井川鐡道の一日乗車券を買ってホームに向かう。やってきたのは元近鉄の特急車で、オレンジと紺色の、関西の人にはおなじみの電車である。
 雨の大井川の筈だったが、終点の千頭が近づいてくると晴天に変わっていった。それとともに風景は山深くなってくる。
 千頭までは大井川本線で、ここから先にも線路は延びている。車両は機関車が牽く小さい客車で、こちらは井川線という。車内は昔ながらの硬い座席のクロスシートだ。
 千頭駅の井川線乗り場の前に駅員が立ち、乗客全員に検温を行ない、済んだ乗客は黄色の紙テープを受け取る。これを荷物に付けて乗車する。
 井川線は見所の多い路線で、日本一急勾配の区間にはアプト式機関車を増結したり、ダム湖の中の小島に設けられた駅があったり(ホームから湖のほとりまで橋で結ばれている)、周囲にまったく人家のない秘境駅があたり、降りたくなる駅が多い。まずは終点の井川まで向かう。
 井川は集落からはずれた位置に駅があるが、古びた駅舎にストーブを備えた待合室もあり、駅員もベテラン男性と若い女性と二人も居た。だが、土産物屋だという簡素な板張りの店は休業していた。昼食を当て込んでいた私は仕方なく自販機でお茶を買って折り返した。
 いくつかの行程を考えていたが、昼食を優先するためにまずは接阻峡(せっそきょう)温泉駅で降りた。木造駅舎の森の中の小駅だ。
 駅前に露店風呂を備えた温泉があるが、ここは後にして、まずは昼食目的で温泉会館に行く。線路脇に広がる森を抜け、広い谷を形成している大井川を渡り、温泉会館に着いた。ダムカレーという品を注文する。
 時計は一時半を回っている。二時間近い余裕時間があるが、カレーの完成まで時間がかかり、食べ終わった頃には二時を回っていた。手間がかかったのは当然で、ダムに見立てた凝った盛りつけに具だくさんの美味しいカレーだった。食後に付いたコーヒーもいただいて温泉会館を後にした。残り時間は一時間もない。
 駅前露天風呂は小ぶりだが意外に近代的な造りで、野趣に富んだものではないが暖まった。時計を見ると、急いで駅に向かえば行程は何とかなりそうだった。一旦、駅\に着いてからタオルを鏡の雨に置いてきたことに気づき引き返したが、何とか列車には間に合った。
 次は一駅井川方面に戻って秘境駅の尾盛(おもり)で降りる。列車は空いていたし、降りるのは自分だけだろうと思ったが、意外にもカップルが降りていった。
 駅の周囲は深い杉の森で、線路の傍に廃屋があるくらいで後は自然に包まれた駅である。晴天だった接阻峡とは変わり、雨が降ってきたので、駅を一通り見てから木の下で雨宿りして列車を待つ。千頭行きは三十分弱でやってくる予定だ。
 一緒に降りたカップルは写真を撮っていたが、やがて姿が消えた。道なき里で、行くあてがあるとすれば川に向かって下りていくくらいである。今の時期は熊も冬眠しているが、冒険心に溢れた行動に感心しながら列車に乗り込む。
 井川線は本数が少ない。もう選択肢は千頭に向かうだけとなった。ダム湖の小島の駅奥大井湖上は車内から眺めた。ここからは女性客が何人も乗ってくる。
 千頭駅に着き、乗り換え時間を利用して駅前を歩いているうちに日は暮れた。帰りの電車は元南海の電車だった。あとは自宅まで帰るだけだ。人家の少ない夜景をぼんやりと眺めていると金谷に着いた。二日続けての夜の金谷駅だ。
 年末を東京方面で過ごすらしき人もちらほら、夕食のために降りた熱海では温泉帰りの人もそれなりに居た。駅前は年末モードで早じまいとなっていた。
(Panasonic LUMIX GX7 markⅡ LENS:Panasonic 20mm F1.7)
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2021.01.31 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
静岡鉄道 田中城 諏訪原城
 年末、青春18きっぷを使って静岡県に行ってきました。健康状態には細心の注意をはらい、消毒手洗いを頻繁に行い、電車の移動以外は出来るだけ人の少ない場所で行動するなどして、一泊二日の行程で行ってきました。

 二年ぶりに清水駅に降り立った。二年前の年末に三重県の名松線に乗ってJR全線の完乗を達成した帰りに立ち寄り、商店街にある居酒屋で飲んで帰ってきた時以来だ。
 静岡鉄道に乗ること自体も久しぶりだ。都市間鉄道として本数の多い路線で、昼時でも乗客も多い。新静岡駅は大きなショッピングビルの中の綺麗な駅だった。
 静岡駅のホームで蕎麦を食べ、東海道本線で西焼津駅に向かった。田中城に行くためだ。田中城はここからバスで行けるのだが、休日は北口から出ることに気づかず(言い訳するなら、案内が書かれていなかった)南口で待っていたため乗りそびれて徒歩となった。
 駅から郊外の風景を歩く。国道や川を越えて、歩くこと25分ほどで田中城だったエリアに到着した。と言っても、周囲は宅地化されており、わかる人にしかわからない風景だ。
 田中城は駿河国主の今川氏によって築城された城で、のちに駿河が武田家の領地となった最に武田家の城となり大幅に改築された。本丸を囲む堀が幾重にもなる円形となっており、現在も道路にその形をとどめている。
 本丸跡に学校が建ち、所々に残る堀跡に面影を見る感じだが、説明版もあり、また大きな三日月堀も残っている。三日月堀はその名のとおりに曲線を描いた堀で、武田家の城によく見られる造形だ。
 のちに徳川家の城となった田中城は、東海道藤枝宿に取り込まれ、江戸時代は田中藩の城として明治まで続いた。徳川家康が亡くなる時に倒れた場所がここであるとも言われている。
 本丸櫓を移設した資料館もあるが年末休みで入れず、私はバスで西焼津駅に帰ってきた。
 ここからは再び東海道本線で西に向かう。次は金谷駅だ。
 金谷駅は山が迫る場所にあり、その山に向かって歩いていくと旧東海道の石畳がある。勾配のある坂の途中に「すべらず地蔵」が立っている。旅人の足がすべらないよう見守っている地蔵尊で、その名にあやかって受験生も多く訪れるという。
 坂を登りきった上に、やがて諏訪原城が現れる。駐車場の横にある入口から森のような敷地に入っていく。
 ここは、遠江国に進出した武田家が、三河国の徳川家の牽制のために築いた城で、三日月堀、丸馬出しといった武田家ならではの築城術の遺構がきれいに残っている。
 時刻は四時近いが、先客の学生グループが何組か居る。入口近くに建つ諏訪神社で手を合わせてから見学を始めた。巨大な空堀跡が凄い。郭の跡も広い。歩いていてわくわくする城だ。寒さも忘れて楽しく歩いた。
 一通り見ているうちに、だいぶ陽が傾いてきた。普段は金谷駅とバスで結ばれているが、あいにく年末は運休だ。暗くなってから帰るのは心細いので、これまた年末休みで閉まっている資料館の脇にある自販機でコーヒーを買って飲み、資料パンフレットをいただいて金谷駅に向かった。
 行きに歩いた石畳は下りだと歩き辛そうなので、帰りは峠道を選んだ。しかし、ここは歩道などない道で、しかも結構通行があるために背後から車が来ると立ち止まってやり過ごした。空は暗くなりかけてきた。走って道を下っていき、金谷駅に着いた頃には五時をだいぶ過ぎて暗くなっていた。
(Panasonic LUMIX GX7 markⅡ LENS;Panasonic 20mm F1.7)
2021.01.27 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
早川
 小田原漁港のすぐ横には自動車道の橋が架かっている。それが黄昏の風景の中で幻想的な雰囲気を醸し出している。
 海のそばに巨大な人工物が存在していると興ざめするものだが、これは橋がいいアクセントになっているケースに思える。
 しばらく風景を眺めたのち、港に沿って歩いていくうちに道路に出た。この先に箱根の山裾が海岸にせり出す景観が迫ってきている。今回はそこまでは行かず、早川駅に帰る。駅に着く頃にはすっかり夜が始まりかけていた。
(SONY RX100)
2021.01.25 Mon l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
早川
 漁港に着いた。護岸された小さな入り江のような区画となっている。周辺は倉庫が並び、家も多い。
 海岸側にちょっとした休憩所があり、そこで佇んでいる人や釣りをしている人がいる。海岸には長い防波堤が延び、その先には灯台があった。眺めのいい場所だ。
(SONY RX100)
2021.01.24 Sun l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
早川
 熱海市にある十国峠に行き、旧国十国を眺められるそのパノラマを満喫して、帰りのバスで途中下車して来の宮神社に参拝したあと、伊東線の来宮駅から熱海乗り換えで東海道線の早川駅にやってきた。
 駅のすぐそばに漁港があることは知っていた。夕暮れ時なので写真を撮ってみたいと思って、そちらに向かてみることにした。
 駅前の信号を渡り、西に歩くとすぐに港に向かう道が現れる。さして時間はかからず漁港に到着した。港には橋が架かり、独特な景観である。
(SONY RX100)
2021.01.23 Sat l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
ことでん
 伊予鉄道全線に乗ったあとは、特急で一気に高松に向かい、高松市内の民泊を利用した。アーケード街近くにあるマンションで、1DKでなかなか広くて快適だった。
 高松はまだそれなりに商店街文化が残っていて、アーケードも長い。店も多いのだが、Tさんリクエストのさぬきうどん屋はなかなか見つからない。捜し回って、ようやくうどんも出す居酒屋を見つけて、そこでうどんとおでんで飲んだ。
 翌朝、高松城のそばにあり、ホームの横に石垣がある「ことでん」こと高松琴平電鉄の高松築港駅にやってきた。フリーきっぷで三路線すべてを乗ろうという計画だ。
 まずは停まっている電車に乗り、琴電琴平を目指した。琴平線は結構長く、終点まで約一時間だ。景色は琴平に近づくにつれ山の風景となっていく。
 琴平と言えば「こんぴらさま」こと金比羅宮である。本宮までの785段の階段を上り、町を見下ろす眺めに圧倒されながら参拝した。
 本宮から更に先には奥社があり、そこまで上ると麓からの合計1368段となるののだが、そこまで行って手を合わせた。
 琴平線で瓦町駅まで戻ってきた。ここでは三路線が分岐している。次は長尾線だ。低い山を眺めつつ、郊外の風景の中を電車は走る。長尾は洋館のような駅舎だった。
 再び瓦町駅にやってきて、そこからは志度線に乗る。琴平で時間を使ったので、日はだいぶ傾いてきた。途中の八栗(やくり)から出ているケーブルカーに乗りたかったが、それは時間的にも難しく諦める。
 琴電志度駅に着いた。もう夜の一歩手前といった空だが、こういう暮れなずむローカル駅の雰囲気は好きだ。すぐ近くにあるJRの志度駅に向かい、ここから徳島駅行きの特急に乗ることにした。今夜の宿は徳島だ。
 徳島はホテルも綺麗で、駅近くにある居酒屋に入ってみれば、そこがとても美味しかった。徳島の地酒、魚、野菜、あらゆる磁場の味が高い品質なのだ。勿論、板前さんの腕も良いという訳だろう。思い出深い夜となった。
 翌日、徳島線で阿波池田まで行った。阿波池田は吉野川の渓谷の入口といえる町で、谷と平地の境となる決して大きな町ではないが、駅前にアーケードがある。そこで徳島名物の半田そうめんを食べた。
 折り返し、途中駅の穴吹で降りた。吉野川に架かる橋を渡り、広い風景に圧倒されながら、夕方徳島駅に帰ってきた。ここからは鳴門線で終点鳴門に向かい、そこからバスで徳島空港だ。もう少し四国に居たいが、名残惜しいくらいが旅としてはいい。空港で食べた徳島ラーメンが美味しく、名産品を買い込んで帰路に就いた。
(RICOH GR)
2021.01.19 Tue l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
伊予鉄道
 四国の旅二日目は中村に泊まった。応仁の乱で京の都の戦火を逃れてやってきた一条教房が築いた町中村は、京を偲んだ教房によって町作りがされ、それが今日の小京都中村を築いた。町には京都と同じ地名や御所跡がある。
 中村は山に近い小さな町だが案外飲み屋が多く、四万十川流域の自然の恵みも美味しかった。翌日、その四万十川に沿って走る予土線(よどせん)に乗り、いくつかの駅で途中下車をしながら、三種類ある観光列車すべてに乗って夕方宇和島に着いた。
 宇和島から松山に到着して泊まった翌日、伊予鉄道の三路線と市内電車に乗ることにした。伊予鉄道のターミナルである松山市駅はデパートを併設した大きな駅で、JR松山駅よりも規模は大きい。まずは郡中線に乗る。この路線は伊予市の郡中港が終点だ。駅周辺は住宅街で、港という駅名ほどの風情はない。商店街を歩いて隣の駅まで行き、そこから電車で松山市駅に戻った。
 次は横河原線に乗る。こちらは山を眺めながら郊外を往く車窓。終点横河原は駅前に細い商店街があり、駅の利用者もそれなりにいる感じだ。ここまであまりローカル線な雰囲気はない。
 すべての路線が行き止まりの構造なので同じルートを戻ってくるしかないのだが、松山市駅に戻り、今度は高浜線に乗る。こちらは終点に近づくと瀬戸内海が現れ、終点高浜駅前からは島に行く船も出ていて景色のいい所だった。
 また松山市駅には戻らず、古町(こまち)駅で降りて市電に乗り換える。ホームが並んでいて乗り換えはしやうし。目的地は道後温泉だ。
 終点の道後温泉駅は市電でありながら駅舎がある。駅前には「坊ちゃん列車」の蒸気機関車が保存されていた。アーケードを通って温泉に行き、和菓子屋でお茶をして何度目かの松山市駅へ。
 ここでコインロッカーから荷物を取り出し、市電の支線に乗りに行く。あとは松山駅に向かうだけだ。
 本町線というこの支線は一時間に一本から二本くらいの頻度で、ちょうど行ってしまったあとだったのでベンチで待つ。次々とやってくる市電はすべて本線系統だ。
 本町線という支線は城の周囲の道に沿って走る単線の路線で、周囲は町の中心地のような所で交通量も多い。なので、それほどローカル度はない。だが、終点で乗り換えた本線系統の環状線の駅がローカルだった。そこは、家に挟まれたような路地にあり、ホームも狭く小さい。道路上ではなく独立した線路でもあるので、町中のローカル線な雰囲気だ。ここから電車で松山駅に向かう。着いた頃には陽が沈み始めていた。
(RICOH GR)
2021.01.13 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
とさでん
 高知は快晴だった。晩秋とは思えない陽気だ。高地駅前の案内所で一日乗車券を買い、私達は「とさでん交通」の路面電車の旅を始めた。
 まずは高知駅前から出ている路線で桟橋通五丁目を目指す。地名から海が見えそうな区間だが景色は下町である。古い家や商店が並ぶ昭和な風景だ。
 終点のひとつ手前に電車の車庫があるので徒歩で向かい見に行った。ちょうど電車が出庫してくる場面が見られたのでよかった。
 高知駅方面に戻り、はりまや橋で降りる。ここから西に向かい、三つめの高知城前で降りて城を見学した。近くにある山内神社もとてもよかった。川のそばの静かな神社で、ちょうど結婚式が行なわれていた。
 更に西に向かう。乗った電車は鏡川橋行きという行先で、そこは町と郊外の境のような場所だった。道路の真ん中にある狭いホームで次の電車を待つ。ここからの区間は単線に変わった。
 単線の線路は狭い住宅路に敷かれている。こんな所を電車が走るなんてという楽しい違和感。窓外に山並みが近づいてきた。既に高知市内ではなく伊野市内だ。
 終点の伊野からはJR線で引き返すことにした。路面電車だと時間がかかりすぎるのだ。ちょうど高知行きの列車がやってくる。高地で更に特急を乗り継ぐ。その短い時間の合間に昼食を購入した。
 一駅めの後免(ごめん)で降りる。商店街のような細い道を歩くと、斜めに分岐する道が現れた。ここがとさでんの後免駅に向かう近道だ。そこは「やなせたかしロード」と名付けられ、アンパンマンのキャラクターのオブジェが並ぶ道となっていた。ここはやなせさんの出身地なのだった。
 後免駅から電車に乗り、はりまや橋を目指す。車内は午後の陽気に包まれている。景色は町と郊外の中間といった感じで、伊野周辺のようなローカル感はないが、のどかな電車である。これから高知駅に向かい、今夜は中村に宿泊する予定だ。
(RICOH GR)
2021.01.10 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
阿佐海岸鉄道
 新年第一弾の更新ですが、まだ去年の写真が残っているので、そこから始めます。
 サンライズ瀬戸号のシングルツインに乗って東京駅を出発した私とTさんは、東京駅構内の紀ノ国屋で買った酒を酌み交わしながら、やがて睡眠に就き、まだ薄暗い岡山駅に降り立った。
 サンライズ瀬戸号は高松行きだが岡山で降りたのは、四国は初めてだというTさんのために、快速マリンライナーで瀬戸大橋を渡ろうと思ったからだ。マリンライナーの先頭車は二階建てグリーン車が連結されており、高松寄り先頭車は運転席の後ろから前方風景を見ることができる通称「パノラマ席」がある。運よくこの指定席が取れたので、私達は瀬戸内海の朝焼けを堪能しながら四国入りし、坂出駅でフリー切符を購入した。
 高松から特急で徳島に着き、徳島から牟岐線(むぎせん)で途中下車を楽しみながら南下する。南小松島ではたぬき協会の偉い人からオススメされた、たぬきの置物が並ぶ公園に行き、その人からはお土産としてたぬきグッズをいただいた。阿波中島では大きく古いトラス橋の脇に並ぶ人道橋を途中まで渡ってみた。
 そうして、牟岐線の終点海部(かいふ)までやってきた。現在、この海部から少し手前の牟岐までは工事の関係で代行バスが走っている。そのバスが数分遅れて海部に到着したのだ。
 高架ホームに上がると、黄色い気動車がゆっくりとホームから離れていった。阿佐海岸鉄道の列車だ。私達は呆然と立ち尽くした。バスの遅れを待ってくれなかったのだ。
 この先バスを乗り継いで室戸岬経由で高知に行く予定だ。高知のホテルも予約してある。途中で日没となりそうだが、私達は次の便で向かうことにした。
 次の列車は隣の宍喰(ししくい)止まりだ。宍喰は私が昔泊まったことがある。海岸の公営宿舎だった。真っ暗な海岸は星が綺麗だったことを思い出す。昼食をまだ食べていない私達は、宍喰で何かを食べることにした。
 記憶では小さな商店街があった。10分ほど歩いてようやく見つけたが、それは記憶よりも随分と店が少なくなっていた。地方ではよくあることだ。
 海部駅前には食堂が一軒だけあった。そこにしておくべきだったかと悔やみ始めた頃、小さなスーパーを見つけた。救いの紙。そんな言葉が頭に浮かぶ。昼食用としてはパンくらいしか買うものがないが、ビールを目ざとく見つけたTさんによって私達は笑顔で駅に向かうことができた。
 次の列車まで少し時間がある。ホームでビールを空け、列車に乗り込んだ。列車の車内は飾り付けがしてある。地元の子供たちによるメッセージが書かれている。ありがとう、さようなら、そんな言葉が紙に躍る。
 阿佐海岸鉄道は11/30を持って休止する。2021年度から道路を走れるDMVという車両に変わり、列車が終点の甲浦(かんのうら)から先は道路を走って室戸方面に向かうダイヤとなるらしい。その工事が12月から始まるのだ。
 この引退する車両は宮崎県の高千穂鉄道からやってきた車両だった。高千穂鉄道は台風災害で廃止されてしまった鉄道だ。四国で第二車生を過ごしていたという訳だ。
 列車は宍喰を出ると次が終点の甲浦。途中駅がひとつしかない短い路線だ。甲浦駅はログハウス風の駅舎だった筈だが、DMV化のために線路から道路に下りるスロープが造られ、駅舎はなくなっていた。
 バスの接続はよくなかった。これもDNV化によって改善されるのだろうか。バスは室戸岬に通じる険しく寂しい眺めの海岸線をひた走り、室戸市内に着く頃には夜となった。
 私達が高知に着いたのは予定より二時間以上遅れの、八時過ぎだった。久しぶりの高知駅は高架駅となっていて、駅から少し離れた繁華街はネオンが輝いていた。
(RICOH GR)
2021.01.06 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
DSC00571_R.jpg
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 旅や散策が気楽にできない状況が続きますが、細心の注意をはらいながら、たくさん撮っていけたらいいなと思っております。
 特に大きな変化のないブログですが、単なる観光ブログにならないよう、今後も町を細かく歩いていきたいと思います。
(SONY RX100 写真は十国峠から見た富士山)
2021.01.01 Fri l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top