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羽沢横浜国大駅
 今月はまだ神奈川県で写真を撮っていなかった。写真を撮りに行ける日は天気が悪かったり、そんなめぐりあわせのよくない月だった。
 さて、大晦日だ。私は開通したばかりの相鉄とJRの直通線に乗りにきた。武蔵小杉で横須賀線の電車を降り、相鉄直通海老名行きを待つ。直通電車は30分間隔と決して多くはないが、タイミングよく次の電車がそれだった。
 やってきたのはJR埼京線のE233系。武蔵小杉を出るとしばらくは横須賀線と同じ区間を走る。やがて鶴見に出る。鶴見から東海道線や京急と並走する。鶴見線の高架をくぐって少し経つと、線路は地下に潜り、未体験な区間に入った。これまでは貨物専用だった区間だ。
 長い地下区間が終わると、左窓に貨物ターミナルが現れた。辺りは郊外の風景だ。武蔵小杉から18分ほどで羽沢横浜国大駅に着く。
 駅は高台に挟まれたような立地で、平地に貨物用の線路が並び、旅客列車用に新たに造られた駅は半地下ホームである。
 電車の本数が決して多くはないので便利かというと難しいが、思っていたより乗客が多かった。相鉄沿線から新宿や渋谷が一本で行けるようになったのだ。羽沢横浜国大駅もそれなりに人が降りた。
(Yi4K)

 今年一年、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。とりあえずストックは少ないです。先日行ってきた伊豆の写真を新年早々にアップする予定です。
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2019.12.31 Tue l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
熊本
 一時間半ほど「くまモン列車」に揺られ、熊本県にやってきた。水俣駅だ。
新幹線はお隣の新水俣に駅があるのでこちらは小ぶりな駅舎だ。写真集「水俣」を写した社会派写真家ユージン・スミスを偲びながら駅の周辺を歩く。いつか泊まってみたい。1970年代の喧騒も遠くに。今は静かな海沿いの町であった。
 水俣から乗った列車は普通の仕様だった。車窓は夕陽の有明海に変わってゆく。あの海の向こうに天草があるのだ。逆の陸地の奥に阿蘇があるのだ。熊本県でもっとのんびりしていたい。だが、今夜は帰るのである。名残り惜しい。九州、特に南九州は通り過ぎるような土地ではない。
 高校生で少し賑わう八代駅で降り、ここからは再びJRの旅となる。
 一駅で新八代。九州新幹線さくら号に乗り換えるが自由席は混んでいたのでデッキへ。次の熊本で下車した頃は既に空は夜。18時を回った。
 熊本から乗った豊肥本線の肥後大津行きは帰宅の人で少し混んでいた。ロングシートの通勤型電車。肥後大津駅は熊本のベッドタウンのような所で、高校生や会社員が何人も下車していった。
 南口改札を出るとワンボックス車が停まっていた。これから乗る町営の空港行きの無料バスである。家の灯りの少ない道路を15分ほど走って熊本空港に着いた。時間はまだ余裕がある。空港内を散策する。
 熊本空港は小ぶりな空港だが、土産もの屋はそれんりに揃っていて、三階にはレストランコーナーもあった。ラーメンのいい匂いに誘われるが、そろそろ土産ものでも買ってチェックインの時間である。
 19:55のJAL羽田行きは五分ほど遅れての出発となった。JALの出発ロビーはビジネスマンの姿も見られ、既に旅気分は終わりになろうとしている。
 九州の会社であるソラシドエアのようなローカル色も薄く、洗練された都会の空気が夜の空港に充満している。神戸、那覇、与那原、コザ、首里、浦添、糸満、そして鹿児島に川内に水俣に熊本。旅を振り返り帰路だった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.30 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
肥薩おれんじ鉄道
 太陽が昇りきっていない時刻、六時半。私は宿を出た。鍵は部屋に置いて出ればよいとフロントで言われていたので、その通りにした。
 宿の前は運河だ。夜は静寂な景色にさえ見えたが、朝も同じような印象である。バス停には続々と人が増えてきた。
 予定より早く宿を出たのは何もない宿だからではなく、道路の通勤渋滞を避けたためであった。糸満から那覇への道はスムーズに流れ、ほぼ定刻にバスは赤嶺駅に着いた。
 日本最南端の駅に朝日が射す。もっと沖縄に居たい気持ちだが、08:55の飛行機に乗らなくてはならない。一駅隣の那覇空港駅に向かった 。
 OKICAの残高を自販機で確認する。380円あった。予定より少し余った。次回の沖縄訪問で使おう。昨夜、糸満西崎の宿近くのファミマで買ったパンを那覇空港のベンチで食べてから、お土産ゾーンで買い物。那覇空港の売店空間はとても広い。40分ほど品物を物色する。
 ソラシドエアの鹿児島行きで那覇を出発した。空は今日も快晴だ。今回の旅は毎日好天続きで有り難かった。
 飛行機はあっけないほど早く沖縄諸島を離れ、あっという間に鹿児島空港に着く。山の空港だ。高速バス乗り場に行き、切符を買って乗り込んだ。35分も経った頃、景色が街に変わり駅前に着いた。
 鹿児島中央駅でゆっくりしている時間はなく、すぐに切符を買い、JR鹿児島本線の普通列車川内(せんだい)行きに乗る。二両編成だ。列車は鹿児島の街並みを抜けると、すぐに山間に入っていく。伊集院、松元、小規模な町を過ぎ、一時間もかからずに川内駅に着いた。ここで昼食をしようと決めた。
 川内(せんだい)駅前は店が少なく、散策を少しして諦め顔で駅前に戻る。だが、駅前によさげな食堂があり、そこに入る事にした。
 生簀のある食堂だ。日替わり定食990円。紅鮭にハマグリの味噌汁が美味しい。デザートのミカンも甘い。いい店だった。
 川内からはJRではなく肥薩おれんじ鉄道になる。ホームに向かうと停まっていたのは「くまモン列車」だ。ラッピングだけでなく車内も演出してある。かわいい。気分が盛り上がる。
 だが、午後の昼下がりのローカル列車は気の毒なほど空いていた。空いているのは楽だが、気分は悲しい。
 線路と並行する海はひたすら青く、それを包む空も眩しいくらい青かった。そんな景色の中を列車は一両で走る。乗る人も降りる人も少ない。だが、風景はどこまでも明るい。突き抜けるような明るい鉄路、九州のローカル線だなと思った。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.29 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
糸満
 おもろまち駅で荷物を取り出した私は、糸満に向かうことにした。予定では赤嶺駅からバスだったが、始発から乗った方が楽だと思い、那覇バスターミナルに向かう。旭橋駅で降りれば隣である。
 予定では赤嶺駅を17:45発だった。那覇バスターミナル3番乗り場が糸満方面という事で向かい、ベンチに座った。LED案内によると、17:05糸満行きがある。あと数分。いいタイミングだ。
 だが、バスは来ない。まあ、時刻通りバスが来ないのはもう慣れてきた。道路渋滞が激しいのだ。私はベンチに座り直す。
 メモに行程を綴ったりしているうちに、LED案内表示がいつの間にか17:14糸満行きに変わっている。視線を落としてはいたが、バスが来た気配はない。仕事帰りのOL風な人が案内を見て数秒思案して立ち去った。
 バスを待っているのは私一人だ。17:14の便は定刻に来たので乗車する。
 バスは夕刻の那覇の街を何度も曲りながら走っていく。もう方角は把握できないほど曲がった。途中から何人も乗車があった。15分ほど経過した頃、車内放送が告げた。
「次は旭橋、那覇バスターミナル前」
 なんという事だ。バスは市内を回り、ターミナルに帰ってきた。バスは、乗車した時のターミナルビルの中ではなく、外の通りに立つバス停に停車した。察しがついた。17:05の便はここから出ていったのだろう。
17:30に那覇バスターミナルを出たバスは、赤嶺駅を五分遅れの17:50に出た。私が予定で乗ろうとしていたバスは、まさにこのバスだったのだ。
 せっかく予定より早く那覇に居たのに…と思いながらも、夕刻の豊見城市の風景をぼんやり眺める。海が近いのに意外に起伏のある地形だ。
 豊見城の市街地を抜けると、糸満市に入った。空は暮れ、風景はすでに夜景だ。それでも関東より日没が一時間ほど遅い。西崎入口バス停に着いた。私と一緒にバックパッカー風の白人夫婦が降りた。もしかすると同じ宿かもしれない。
 私は明日の朝、予定より早いバスで帰る事にしたので、バス停の位置の確認のため反対車線に向かう。西崎は運河に囲まれたような町で、要するに埋立地だ。バス通りから外れると寂しい空気に変わった。
 予約した宿は運河の前に立つ雑居ビルだ。スナックなどが入店していたビルをリノベーションした宿らしく、予約していた五階の部屋はソファやキッチンが備え付けられた一角の隅にドアがあった。一泊2500円。和室。
 荷物を置いて少しだけ休んだあと、鍵を持って部屋を出て、外に出た。
 西崎という町は糸満漁港に近く、ちょっとした歓楽街を形成している。現役のスナックビルもまだあるし、飲み屋も何軒もある。コンビニもあった。後で明日の朝食を買う事にしよう。
 いくつもの道を歩き、大体の雰囲気を掴んだ頃、店の名前で海鮮が食べられそうな雰囲気の店の暖簾をくぐった。L字型のカウンターだけのその店は席のほとんどが埋まっていた。私は入口近くの席に案内された。
 まずはオリオンビールの瓶。三夜連続で注文している。刺身盛り合わせとメニューにある。
「五点、三点、どちらにしますか?」と店主。
「いろんな魚が食べたいです」と私。五点盛りとなった。
~糸満には勇敢な漁師がいる~「街道をゆく 沖縄・先島編」に書いてあった。
「仕事ですか? 観光ですか?」
「観光です。糸満は漁港として名高い所だと司馬遼太郎さんの本に書いてあったもので」
 沖縄に来る観光客で糸満に泊まる人は珍しいのだろう。周囲の常連が私に質問をしてくる。どこから来た?
 話が弾んだ。隣の二人組は宮崎と熊本出身の人だった。宮崎の人が言う。
「都会は嫌なんだよ。それで沖縄に来た。那覇は都会すぎる。本当はもっと田舎に住みたいんだよ」
「与那国島とか南大東島とか」
「そう! その辺。でも仕事がないからね。糸満がぎりぎりの線だった」
 でも、とても楽しいそうだ。豆腐チャンプルーが美味しい。泡盛を頼んでみた。店主の後ろに置かれた壺から注ぐという。味は驚くほど濃厚で、少し甘みもあって、でもいい香りだった。沖縄の海だなと思った。沖縄の海は潮の匂いではなく少し甘みのある匂いがする。
ただ、やはり泡盛だ。度数は高い。すぐにほろ酔いとなる。楽しい。
 九州出身の二人の向こうに座るのはコザ出身の人だった。私が昨夜コザに泊まったというと喜んでくれた。帰り間際、その人がまた沖縄に来たら俺の所に電話してくれ、一緒に飲もうという。
「次回も糸満に来ますんで、ここに寄ります」
「おお、そうか。じゃあ俺は毎日いるからまた会えるな」
 店内に笑いが広がる。店主から名刺をいただき、店を出た。
 宿は店のすぐ近くだった。コンビニで朝食を買って帰り、シャワールームでシャワーを浴び、コンビニで買った「さんぴん茶」を元スナックのソファに座って飲んだ。前日サッカー会場で買ってハマった味だ。色は黄だが、ジャスミン茶の一種らしい。
 とても静かな夜だ。部屋には一応テレビはあるが、何もする気がしない。元スナックのソファで少しくつろいだ後、部屋に戻って布団を敷いた。部屋の窓の向こうに運河が広がっているのが見える。
 明日は五時半に起きる予定だ。西崎入口のバス停を06:50に出るバスに乗って日本最南端の駅赤嶺を目指す。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.25 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
瀬長島
 首里駅前の食堂で昼食して、ゆいレールで赤嶺駅にやってきた。日本最南端の駅。ここから瀬長島に行く。30分間隔で運転されているシャトルバスの時刻まで少しあったので、日本最南端のブックオフに行って時間を潰す。
 バスは小型タイプ。赤嶺駅から10分ほどの距離だった。橋を渡ると、そこはエメラルドグリーンの海に包まれた世界だった。バス停そばに神社があった。
 バス停はホテルの前にあり、丘の上にあるので眺望のいい場所だ。丘の中腹にはレストランやカフェが並び、観光スポットとなっていた。中国人が多い印象。
 丘を下りると売店があったので、そこでオリオンビールを買って海岸線を歩いた。店が並ぶこの界隈は賑やかすぎて馴染めない。何より、飛行機が見にくい。 先ほど降りたバス停から見えた砂浜に着いた。ここは那覇空港に着陸する旅客機がよく見える。戦闘機の着陸まで見ることが出来た。
 何よりも静かだ。人はいるが騒がしくない。ビールを飲みながら海と飛行機を眺めるのに最適な空間。私はのんびりと景色を眺め続けた。時間の概念など脳裏から消えていく。
 思えば今回の旅で初めて海を訪れた。あやうく沖縄に来ているのに海を訪問せずに帰るところだった。瀬長島、来てよかった。旅の間、毎日オリオンビールを飲んでいて、今夜も飲むだろうけれど、ここで飲んだのが一番おいしかった。
 そして、気が済んだところでバス停へ。赤嶺駅に戻り、コインロッカーに入れた荷物を取ってくるため、おもろまち駅に向かう。
 少しずつ陽が沈み始めた。明日の朝早くに沖縄を出発する。名残り惜しい気持ちが芽生え始める。
だが、まだ旅は終わりではない。今夜は糸満に泊まる。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.21 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
浦添城
 首里からは、10月に開業したばかりの区間を乗って終点へ。終着駅「てだこ蒲西」駅の周りは開発中の原っぱのような風景。カーブを利かせた駅のデザインだけが未来を今ここに表現していた。する事もないまま折り返して一駅隣の浦添前田駅へ。
 ここもまだ開発中の駅。駅に浦添城への道順が掲示されていたので、それに従い歩き始めた。徒歩数分で浦添城の入口に着く。
 道を登り始めると「浦添城の前の碑」というものがあった。1597年に浦添と首里を結ぶ石道が完成した時に建てられた石碑。浦添は琉球王府の尚寧王の故郷である。
 ここからはゆいレールの方向がよく見渡せる。眺めのいい場所。
 主郭跡がすぐ上にあった。ここからは海が見えた。とても眺望が利く場所だった。近代はこの城跡の丘は前田高地と呼ばれていたそうで、今は公園として整備されている。アメリカ人の家族が散歩をしていた。
 主郭跡を下りていくと石垣が現れた。この先に「浦添ようどれ」があるので、更に歩いていく。それほど比高は高くないのに眺めのいい城である。暑いけれど楽しい散策。
 石垣の道を歩き、石垣をくぐると浦添ようどれが現れた。浦添ようどれは、元々は13世紀に造られた英祖王の墓だったそうで、17世紀に尚寧王が造った王陵である。左に尚寧王とその一族、右に英祖王の墓があると説明版にあった。厳かで静かな空気が流れている。
 浦添城を下りて、レストハウス横の自販機で飲み物を買って小休止したあと、浦添前田駅に戻った。ここは食事をする所がないので、首里駅前にあった食堂に行ってみる事にした。
 空は青く、気温は夏で、風は秋だ。青と緑の中をモノレールはゆっくりと駆けていった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.18 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
首里城
 月曜の朝の道路は混んでいた。バスはどの便も遅れているようだった。予定していたバスの時刻がバス停に記載されていない。反対車線か?
 確認に行き、違う事に気づいて戻ると、予定していた便だけが定刻どおりにやってきて、私は無残にも置いていかれた。気づいた。8時台を見ずに7時台を見ていたと。つまり予定していた便の時刻は変更されていなかった。
 頭が寝ているのだろうか。まあ、仕方がない。他の便は渋滞の影響で遅れている。私が乗りたかった路線は一時間に一本程度の本数なので諦め、那覇行きを掲げて来たバスに適当に乗る事にした。
 やってきたバスは昨日行った真栄原を経由して那覇に向かった。バスは那覇バスターミナル行きだったが、途中でゆいレールのおもろまち駅を経由したので下車。約50分のバス旅だった。
 おもろまち駅のコインロッカーに荷物を仕舞い、私は首里に向かった。コザは曇りだったが、だんだんと空は晴れてきた。暑くなりそうだ。
 首里城は出発の前週に火事があって、見学できる地域に制限があったが、平日の午前でも観光客は結構いた。
 入口から池を過ぎ、やがて大きな石垣が近づいてきた。その高さに息を飲む。この上に主郭があるのだが、火災の事後処理のため立入禁止となっていた。
 土産物を売っている建物に入ってみる。城や王府に関する展示物は思っていたよりも少ない。首里城そのものが戦争で破壊された歴史を持っている。仕方がない事なのだろう。
 建物を下りると、駐車場がある方の入口に出た。観光客的にはこちらが玄関のようだ。守礼門に来た。ここは写真を撮っている人が多い。主殿が見学できないので、首里城に来た記念写真はここで撮るしかないという感じなのだろうか。
 駅から歩いたのでこうなってしまったが、私も出来れば守礼門の側から入りたかった。なんだか裏口から入った気分。失敗である。
 一旦、城の外側に出てみる。裏手は住宅地で関係者用通路が主郭に向かって延びているが勿論立入禁止。
 再び中に戻って、先ほどの巨大石垣の所まで引き返す。歓会門という城郭への入口が圧巻。門の大きさに息を飲んだ。今回の訪問で一番感動した建造物となった。
 改めて石垣を堪能しながら帰ることにした。それにしても立派な石垣。王家の威厳を示す城である事が強く伝わってくる。
 水堀も防御というよりは視覚的要素を意識した存在だと強く感じた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.14 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
lコザ
 サッカーを観てからバスでコザ十字路に来た。近くにコザ吉原社交街跡があるが、さすがに日没しているので探検はしない。
 コザの街の方向を、歩道にいた人に確認。「坂道だし、少し歩きますよ」とのこと。
 近くに銀天街という廃墟寸前のアーケードがある。
銀天街を少し歩いてみる。開いている店はなく、歩いている人もいない。通りに戻る。沖縄の歴史をモチーフにした壁画があり、夜闇にぼんやりと浮かんでいた。
 道は確かに上りになってきた。いつしか家並みもまばらになり、この先に本当に繁華街はあるのか不安になってきたが、バス停の名前で方向は合っていると確信する。
ようやく店が現れ始めた頃、裏道に立つ古いホテルに向かう。今夜の宿だ。
 宿の部屋で小休止して街に出る。一旦、ミュージックタウンのある交差点まで出て、コザの街の雰囲気を眺めたあと、通り沿いにある店に入る事に決めた。
 コザにはいくつもアーケードがある。しかし、銀天街がそうだったように、日曜夜は閉まっている店ばかりだ。FC琉球の応援ペナントが掲げられている。
 こじんまりとした居酒屋に入り、オリオンビールの瓶を頼み、カンパチの刺身、ゴーヤチャンプルー、スーチガー(豚のばら肉を塩漬けしたもの)を注文。
 お通しはミンチコロッケ。出てくるものどれも美味しい。スーチガーはやや野性味ある匂いがあるものの、酒の肴としては最適だ。ゴーヤチャンプルーはボリュームがあり、お腹がいっぱいになって満足しながら店を出る。
 歩くのが難儀なのでバス停のベンチに座って夜風に吹かれて休憩と思ったら、シャッターの下りた店先にいい感じでソファが置かれていた。そこに座る。コザはいい所だなと夜空を眺めて思わず呟いた。
 気を取り直して目的地のライブハウスに向かう。交差点に立つミュージックタウンはイベントスペースだが、日曜夜とあって閑散としている。その先にライブハウスやバーが並んでいて、看板が急に英語だらけになる。
 目当てのライブハウスは休みだった。日曜もやっているという情報を見ていたのだが仕方がない。周辺は開いている店が多いが、アメリカンテイストの雰囲気が独特で、眺めただけで終わる。
 少し歩いてまた交差点まで引き返してきた。コンビニで明日の朝食と今夜部屋で飲む泡盛を買って宿に戻る。
 ホテルまでの道は、アーケードをジグザグに歩いていく。ダンススタジオで若者がヒップホップを踊り、それを外で眺めているカップルも躍っていた。寂れている感じがありながら寂しい気分にはならない街。不思議だ。店の閉まったアーケードの上にJリーグとBリーグの地元クラブの応援ペナントが風になびいていた。
 翌朝、ホテルを出てバス停に向かった。コザの紹介記事に出ていたのを見て選んだ昭和テイストのホテル。だが内装は綺麗だった。またコザに来た時も利用したい。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ  iPhone5)
2019.12.11 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
沖縄
 次のバスまで一時間近くある。ファミレスがあるので時間は潰せるが、ここでのんびりしている訳にはいかない。このあとサッカーを観るのだ。意を決してタクシーに乗る事にした。先ほどから飲食店前に一台停まっていた。
「普天間バス停まで」と告げて乗る。訝しげな運転手。「普天間」というキーワードで邪推されては困るので、バスを乗り着いでサッカーを観に行くと告げ、バスに乗り遅れた事も告げた。私は活動家でもジャーナリストでもない。
 運転手は気さくでいい人だった。初めての沖縄だと言った私に「なんでも聞いてよ」と言ってくれ、楽しい雑談が始まった。
 車社会の沖縄、バス停には疎いと運転手は言ったが、タクシーは無事に普天間バス停に着いた。1600円。バス代の三倍以上だったが楽しい経験が出来たので思い出料だと思えた。
 普天間からは運動公園まではバスで一本だ。「困った時はその辺の人に訊きなよ。沖縄の人は親切だよ」と運転手は教えてくれた
 スタジアムにやってきた。今年J2に昇格したFC琉球である。メインスタンド自由席の券を買った。1500円、とても安い。
 キャリーケースは預けとなったので、係の女の子に渡す。特に番号札などはない。まあ、いいかと入場。
スタンドは結構埋まってきた。バックスタンドは満員。メインスタンドもかなり居る
 観戦後、少し早く退場した。キャリーケースを受け取ろうと向かうと先ほど預けた時に対応した子が居た。「お帰りですか?」という言葉に「時間がなくなってきたので」と私。
 番号札など受け取っていないから、自分のを自分で勝手に持って帰るスタイル。まあ、これでいいのだ。
 18時を過ぎると夜の空になってきた。バス停に人は少ない。ほとんどの観客は車で帰宅するのだ。アウェイの京都サポーターが一人いた。
 バスは時間になってもやってこない。結局10分ほど遅れて到着。
 バスは日の沈んだ沖縄市の町を走っていく。コザまでは10分ほどだ。今夜はコザに泊まる。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.10 Tue l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
真栄原
 那覇バスターミナルに戻り、ファミマのパンを食べたあと、バスで真栄原(まえはら)へ向かった。
 約40分ほどの乗車の第二真栄原で降りた。バス停は古いバス停名「新町入口」のままで直されていない。真栄原二丁目にある社交街跡、そこはかつて新町と言われていたという。そこを目指す。
 ここは置屋が多い時は百軒以上あったという。今は廃墟になっているが、近くに大学があるため、一部は学生向け賃貸住宅になっているようだ。
 自衛隊を礼賛するポスターを貼った建物もあった。バス通りから奥まった場所にある路地のあちこちに店跡は並ぶ。人の気配はない。だが、無人という訳でもない。声が聞こえた。子供の声もする。東南アジア系の人が住む家だった。
 置屋跡には所々、風俗撲滅を呼びかける掲示がしてある。地元は浄化活動に積極的だったという。社交街がなくなってまだ数年である。
 一回りしてバス通りに出てくると、ひとつ先の真栄原バス停に出た。次のバスの時刻は迫っている。今に思えば、ここから乗ればよかったのだが、第二真栄原まで戻ってみた。
 バス停の時刻表が、予定していたバスの時刻と違う事に気づく。反対側車線のバス停から出るのだろうか。これから乗るバスは来た時のとは違う路線だ。
それで反対側車線のバス停に向かう。だが、見当たらない。少し離れてバス停はあった。時刻はやはり違う。よく見てみた。土曜と日曜でダイヤが違っていた。今日は日曜だった。先ほどは土曜を見ていたのだ。
 慌てて反対車線に戻る。しかし、無常にもバスは定刻に着き、去っていった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.08 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
与那原
 翌朝はゆいレールで県庁前駅へ。駅のすぐ隣が那覇バスターミナル。ここから与那原(よなばる)に向かう。所要約30分。
 与那原には戦前まで存在した沖縄県営鉄道の駅跡がある。バスを降り、路地に座っていた老婆に道を尋ねると「そこを渡った向こう」との事。曖昧だが、道路を横断して「向こう」に行くと目的地は現れた。
 与那原駅跡は資料館になっている。入場料100円。地元の少女たちが見学に来てた。
 一時間後のバスで那覇バスターミナルに戻る。
バスに乗る時、運転手に「ちょっと待って」と注意される。沖縄のバスは前乗り前降りで、当然ながら降車優先である。
 もちろん運賃は変動制だが、昨夜、那覇空港駅でICカード「OKICA」を買って必要額分をチャージしてある。
写真は与那原バス停付近。
 那覇バスターミナルに戻って、二階にある店舗ビルで食事するつもりだったが気が変わり、待合室横にあるファミマ(沖縄はファミマが多い)でパンを買って食べ、次のバスの時刻まで休憩だ。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.06 Fri l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
那覇
 一日目は那覇宿泊。ゆいレールの那覇空港駅でICカード「OKICA」を購入し、予め調べ済みの必要額をチャージする。
 ゆいレールの車内放送は琉球音楽のチャイムから始まる。チャイムは各駅で異なるようだ。美栄橋駅で降り、宿に向かって歩き始めた。マンションやビルが並ぶ街だ。
 宿は個室だがゲストハウスとあって設備は最低限のもの。部屋でくつろぐ系の宿ではないので外出。チェックイン時にスタッフのお兄ちゃんと少し会話。元川崎フロンターレの我那覇選手に少し似てた。
 宿から徒歩20分ほどで国際通りが見えてきた。那覇を代表する繁華街だ。飲食店が並んでいるが、歩いている人は圧倒的に中国系の人だ。ここは何処? と異国気分である。
 市場のあるアーケードを少し歩いたが、入りたい店がなく、国際通りは土曜の夜で混んでいるので退散。
 国際通りを離れ、宿のある泊という町に向かって歩き出した。ゆいレール美栄橋駅の手前にも少し店があり、小さな沖縄そば屋に入った。
 そこは、おばちゃんが一人でやっている店で、自分が来た時は東南アジア系女性がおにぎりを買い占め、日本人女性が一人でそばをすすっているだけという状態。店内は狭い。
 オリオンビールの瓶を頼み、沖縄そばを肴に飲む。おばちゃんに「初めての沖縄?」と聞かれた。何故わかったのだろうか。
 明日はコザに行くという話をして、音楽の事を少し。
「60年代とかの昔のロックが好きです」
「あの頃の音楽はいいよね」と、おばちゃん。沖縄そばは美味しかった。
 宿はシャワールームしかないので、帰ったあとはそこで汗を流し、コンビニで買った泡盛「久米仙」を飲んで就寝した。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ iPhone5)
2019.12.04 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
神戸
 今回から11月に行ってきた沖縄の旅のことを書きます。観光要素少なめですが、お楽しみください。

 日本の鉄道全線に乗るという目標が達成に近づきつつある今日この頃、沖縄のゆいレールが10月に延長開業したというニュースを知り、人生初の沖縄県に向かうことにした。
 土曜の朝、羽田空港からスカイマーク703便に乗って神戸空港に向かった。沖縄に行く前に神戸を経由して交通費を安くし、まだ乗ったことのない神戸のケーブルカーに乗ってこようという訳だ。
 神戸空港駅のコインロッカーに荷物をしまい、からポートライナーで三宮、三宮から阪急電車で王子公園駅に着いた。バスの時間まで少しあるので、駅近くのお洒落カフェでカレーライスとコーヒーのランチ。
 王子公園から乗ったバスは小型バスで、山の斜面に作られた住宅街を走り、摩耶ケーブルの駅に到着。
 ここで山頂までの切符を買う。900円。ケーブルカーは空いていた。改札をしていた女性係員が運転席に入り運転士に変身したのは驚いた。
 ケーブルカーの山上駅は「虹の駅」という名前。そこからロープウェイに乗り換え、摩耶山の頂上へ。こちらの駅は「星の駅」。駅名のことは言うまい。景色が良かった。海。山、そして街。神戸って本当いい所だなと改めて思う。
 摩耶山頂は展望台があって家族連れが多く居た。ここで乗り継ぎしようとしたバスの時刻が変わっていた。二カ月前に調べていた便が消滅していたのだ。下調べは早くし過ぎてはいけないという実例である。
 時間が余ったので展望広場でくつろいてから、バスで六甲山頂へ。バスは途中から外国人観光客で混雑。
 バスを降りた人々は当然のように六甲ケーブルの駅へ。ケーブルカーを待つ列に「乗れるのか?」と不安になる。ただでさえバスのダイヤ変更で予定より40分ほど遅れて行動している。
 だが、そんな心配は無用だった。やってきたケーブルカーは二両で、しかもトロッコスタイルで開放感がある車両だった。六甲ケーブル、意外と楽しい路線だ。
 ケーブルカーからのバスの接続は良く、阪急六甲駅からなんとか三宮へ。予定では90分ほど余裕時間を見ていたので、遅れたと言っても50分遅れで神戸空港に帰って来られた。ロッカーから荷物を出してチェックインへ。
 神戸空港は小さい空港なのでチェックインも保安審査もすぐ終わり、あとは座って待つだけ。滑走路を夕陽が照らしている。ここからはソラシドエアで那覇へ向かう。
機内で飲んだブラックコーヒーがとても美味しかった。ソラシドエアの飲み物は色々と美味しい。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.12.02 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
金目川
 参拝を済ませ、近くを通る国道一号線に出た。平塚市内の市街地では大きい道路だが、金目川を渡り大磯町に入ると車線が減少し、にわかにローカル感が出てくる。
 この辺りは化粧坂という地名があり、バス停にもなっているが、次回の大磯訪問の時にじっくり回ってみたい。
 私は平塚駅に向かって歩き始めた。バスで向かってもいいが、まだ少し時間があるので徒歩で行く。三十分くらいで着く距離だ。
 金目川の上に花水橋という橋が架かっている。平塚側に行くと花水台という町名も存在する。私は土手で少し休むことにし、自販機でコーヒーを買って、橋を渡った先の土手にあった談に座った。
 高麗山は西日を受け輝いている。遠くの丹沢の山稜も美しい。のどかでいいところだ。国道がすぐそばにあるから騒々しくはあるが、のんびりと景色を眺めた。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.12.01 Sun l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top