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慶覚院
 高来神社の隣にお寺がある。神社の参道の脇からそのお寺に向かった。
 慶覚院という名のそのお寺は、高麗寺の末寺で慶長十八(1613)年に創建された。当時は大磯の別な場所にあったが、明治に起きた大火で消失し、この地に移ったとのこと。
 付近は国道一号線から奥に入った静かな場所で、高麗山を見上げる位置にある。本堂の手前にある鐘楼が印象的だった。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
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2019.11.30 Sat l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
高来神社
 頂から石段が延びている。そこを下りると山道になり、男坂と女坂という道に分かれる。女坂を歩いて下りた。
 とはいっても、道の勾配はなかなかなもので、歩くのは決して楽ではなかった。ハイキングコースですれ違う人達が皆、疲労を顔に浮かべていたのが納得できる。高麗山ハイキングコースはなかなか大変な道である。
 やがて整備された石段が現れ、その先に神社の境内があった。
 高来(たかく)神社である。頂に上宮を構えていた高麗神社は現在高来神社として麓にのみ社を構えている。創建は古く、千年以上の歴史があると言い伝えられている。
 海を渡り日本にやってきた高句麗の人達はこの地に移り住んだが、やがて若光を始めとした王族一族も含め、皆は武蔵国に移り住んだ。現在、埼玉県の高麗川(こまがわ)という地名になっている一帯がそれである。
 神奈川県のこのあたりも高麗山を始め、麓のこの一帯も「高麗」という地名であり、いにしえの時代の歴史をその名に刻んでいる。

(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.11.27 Wed l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
高麗山
 高麗山の頂にやってきた。ここは高麗山城の主郭でもあった場所で、古くから寺院が築かれていた場所だという。
 七世紀に高句麗の人達が日本に亡渡来した。この高麗山の頂に高麗若光を祀った高麗寺が造られた。更に高麗神社も造られた。そのような場所だけあって、頂は思ったより広い空間であった。
 江戸時代にはこの寺が権現信仰があった事から、ここに東照宮、つまり徳川家康を祀り、上野寛永寺の末寺とした。
 しかし、明治時代に入り政府によって廃寺とされてしまった。徳川家と縁が深いためだろうか。そして、麓に高来神社が造られた。
 広い空間の隅に祠があり、若光と高句麗の人達についての説明板もある。この頂の広場は今も大堂と呼ばれている。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.11.23 Sat l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
高麗山
 高麗山ハイキングコースは思った以上に山道であった。すれ違う人達の表情を見れば想像出来た事ではあるが、なかなか大変な道である。
 湘南平から高麗山の山頂までの道のりは1.3kmという事で、30分以上かかる距離である。木に囲まれた山道はここが城跡である事を感じにくい。多分、歩いている人の多くもそれは意識していない事だろう。案内も書かれてはいない。
 そんな事を思った頃、木橋が現れた。深くえぐられた窪地に道が寸断されているのである。「堀切」だ。ようやく城跡らしい風景が現れた。
 堀切は結構深い。あるサイトによると6メートルほどの深さがあると書かれてあった。いろんな角度から写真を撮ってみたが、その深さを表現するには下りてみるしかなさそうだ。
 更に山頂を目指して歩くと、また堀切が現れた。先ほどのものより浅いが、やはり木橋が架けられている。
 高麗山城は伊勢宗瑞(北条早雲)が築城したとされるが、それ以前に足利持氏が室町幕府と関東管領上杉氏に反旗を翻した蔡、討伐に向かった上杉持房が高麗山を本陣としたと言われる。
 堀切などの城の造成はおそらく伊勢宗瑞の時代に造られたものかと思える。急峻な山だけに堅固な城だったかと思われるが、小田原北条家の時代になってからは城として活用されなかったようだ。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.11.20 Wed l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
浅間山
 高麗山ハイキングコースを歩き始めた。尾根道だが結構アップダウンが多い。すれ違う人は少なくない。壮年の方が割と多いが、若い女性の一人歩きもいる。湘南平の眺望が人気のコースなのかもしれない。
 歩いているうちに浅間山の頂に着いた。高麗山の西に連なる山である。「せんげん」と読む。つまり富士山信仰の山である。
 祠があり、説明版がある。江戸時代、富士山までは足を運べない庶民がここに浅間社(やしろ)を建て、富士山に願いを送ったという。
 綺麗に整備され、今でも地元の人に大切にされている事が窺え、そっと手を合わせた。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.11.17 Sun l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
湘南平
 湘南平展望台は高麗山(こまやま)公園という名前がついている。この辺りは高麗山という名で、展望台のある辺りは千畳敷という。
 レストハウス内に昔の写真が展示されていた。開発される前は広い頂に小屋がぽつんとあるだけの景色だったようだ。
 さて、私はこれから高麗山の尾根を歩く。ハイキングコースが整備されている。今回初めて知ったが、湘南平とその麓は平塚市に属している。位置的に大磯町だと思っていたのだのだが、湘南平周辺だけ突き出るような感じで平塚市になっている。ハイキングコースも展望台も平塚市が管理している。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.11.16 Sat l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
湘南平
 湘南平の展望台に上がってみた。とても見晴らしがいい。海もいいが、山並みが美しい。西を見れば箱根、北を見れば丹沢。いい景色だ。
 山の麓に広がる伊勢原や平塚市北部の家並みもすごい。郊外のように思える地域だが、こうして眺めると町である。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.11.14 Thu l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
湘南平
 展望台広場に立つテレビ塔に上がってみた。ここは金網に南京錠がいくつも付けられている事で有名である。何度か撤去はしているようだが、この日の訪問でもいくつも発見する事ができた。
 何のためにそのような事をする人が居るのかというと、要するにカップルで訪れた人が、二人の名前を南京錠に書いて金網に結んでおくと幸せになるという願掛けをしていくからなのである。
 階段や通路にはスプレーで描かれた落書きも酷い。夜景の眺めの良さそうな場所ではあるが、夜の訪問は治安の面で不安がありそうな場所でもある。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.11.10 Sun l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
湘南平
 金目川まで来た。時間はまだ大丈夫そうだ。バスに乗ることに決め、バス停を探す。橋を渡るより、平塚駅方向に少し戻ってみた。古花水というバス停があり、そこで湘南平行きの時刻を確認していると、ちょうどバスがやってきた。
 バスは花水橋で金目川を渡ると、高麗山の東麓を回り込むように走り、北から山を登り始めた。住宅地が少しずつ下になっていく。
 何度もカーブをして山を上がっていくと、突然頂に出た。駐車場の手前にバス停があった。
 一日四往復の路線バスでやって湘南平にやってきた。バス停の脇から階段で上がると展望台のある広場である。展望台にはレストハウスもあり、レストランや売店を備えている。
 展望台からは相模灘の海と丹沢の山々が見渡せる。広場の先に立つのはテレビ塔である。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM 135判換算 27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.11.09 Sat l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
撫子原
 平塚の海岸寄り住宅街を歩く。桃浜町、黒部丘、花水台と次々と町名が変わっていく。一戸建ての多いエリアである。
 広い空地が現れた。今、湘南ベルマーレの新スタジアムの候補地が選定中だが、ここ悪くないんじゃないか? と思いながら眺める。周辺に家が密接しているから難しいだろうが、広さは充分足りそうだ。何かの工場があったらしい事は残された遺構で想像できたが、帰宅後に90年代の地図で確認したらJTの工場だったようだ。
 住宅街はやがて金目川の土手と突き当たった。撫子原という町である。撫子は「なでしこ」と読む。土手の向こうにこれから向かう高麗山が見える。一気に町はずれな景色となった。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 PRIME(135判換算47mm F1.9)
2019.11.07 Thu l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
平塚
 平塚駅にやってきた。秋晴れである。今回はまず湘南平に向かうのだが、バスの時刻まで一時間ほどあるので、平塚駅から少し町中を歩いて、途中のバス停でつかまえてみようと思う。間に合わなければ回り方を変えて対処しよう。
 平塚駅北口から出ている平35系統湘南平行きは一日四往復。9時から16時までの間、約二時間おきくらいに出ている。私はそれを後回しにして、南口に出た。日差しが眩しいほどの好天である。
 少し道幅のある道路で右折し、西の方角に向かう。歩道脇に石柱があり「弦斎通り」と書かれてある。由来は何であろうかと思っていると、すぐに公園が現れた。幼稚園の子供だろうか、遊ぶ声がする。
 公園の名は「村井弦斎公園」という名だった。明治・大正に活躍した作家の名前を付けた公園だった。
 村井弦斎は日本のSF小説の草分け的存在と言われる方だそうで、更に食事についての薀蓄を書いた{食道楽」という小説が明治に大売れしたという。その印税で、平塚駅南側に屋敷を建て野菜などを育てた。その跡地がこの公園だそうだ。
 平塚駅の北口は繁華街だが南口は住宅街で静かな土地である。海も近く、いい所だ。天気もいいので散歩が楽しい。こうして大磯方面に向かって更に歩き始めた。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 PRIME(135判換算47mm F1.9)
2019.11.06 Wed l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
逸見
 池上のトンネルの前で折り返し、逸見駅に戻ってきた。
 逸見やお隣の汐入は駅前商店街がレトロでいい味を出している。看板建築が残る横須賀の商店街という事では、横須賀中央駅の南に延びる上町商店街を推したいが、逸見も規模こそ小さいものの良いレトロ風味である。
 汐入駅前に比べると人通りはずっと少ないが、懐かしい風景がそこにある。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.11.02 Sat l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top