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叡山ケーブル
 ロープ比叡駅から少し歩くと、叡山ケーブルのケーブル比叡駅が現れた。
 木の駅舎は雰囲気がある。駅の横には休憩スペースのような芝生があり、そこで景色を眺めているグループもいる。駅は結構混んでいた。
 列に並んで改札に向かう。若い男女が改札係を務めており、現金を払ってケーブルカーに乗り込む。ホームから京都の市街地が見下ろせる。
 叡山ケーブルは1.3kmの路線で、頂と麓の高低差561メートルはケーブルカーの高低差日本一だそうだ。速度はケーブルカーなのでゆっくりだが、一気に山を下りたという気分である。
 麓のケーブル八瀬駅からは川を渡って叡山電鉄の駅に向かう。ここからは電車だ。この道は、以前大原に行く時にバスの乗り換えで歩いた事があった。八瀬は駅の周辺が道が狭いため、バス乗り場が駅から少し離れているのだ。
 京都もこの辺りは里山のような風景で、のどかなものだ。八瀬比叡山口駅はすぐだ。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
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2019.04.28 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
比叡山
 坂本ケーブルは森の中を登って行く。途中、琵琶湖をと大津の街を見下ろせる箇所もあり、途中駅まである全長2kmの日本一長い距離を走るケーブルカーを楽しんだ。
 ケーブル延暦寺駅からは徒歩で舗装路となっている山道を登る。とても寒い。いつしか雪が降ってきた。上の方からは鐘の音が聞こえてくる。
 延暦寺は改装工事中であった。工事の模様が見学できたので、それを見てから境内を歩き、御朱印をいただいた。
 鐘は参拝者が撞いていた。いい音だ。雪の舞う山に響く清らかな音色。一時間弱の滞在で、バス停に向かう。
 当初予定していたバスの一本あとのバスになった。予定を変更して、この後のコースもゆっくり回ることに決め、夕方に行く予定だった大阪府内の神社などを明日に回し、乗る予定の鉄道を明日から今日の夕方に変更した。
 境内のはずれにある東塔バス停からバスに乗る。つづら折りの道を上っていくと、高い位置から琵琶湖と大津の街が見下ろせた。雪は止んだが、空は相変わらず曇りだ。
 着いた比叡山頂バス停は駐車場もある広々とした場所で、展望台も兼ねているらしい。ここからは徒歩となり、数分で叡山ロープウェイの比叡山頂駅に着く。
 ロープウェイのホームからは京都の市街が見える。宝ヶ池や修学院のあたりだろうか。
 ロープウェイに揺られながら、三分で少し麓のロープ比叡駅に着いた。ここからまたケーブルカーに乗る。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.04.27 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
坂本
 岐阜の安いホテルに泊まった。最近はこういう安宿も女性客が増えて治安は良い。部屋が狭いのと、トイレと風呂が部屋にないだけで、設備も清潔な宿だった。
 さて、岐阜からは東海道本線の各駅停車である。日曜日とあって早朝から混んでいた。米原で乗り継いで、膳所(ぜぜ)で下車。ここからは京阪電車の石山坂本線に乗り換える。
 石山寺と坂本を結ぶ電車。京都市営地下鉄もそうだったが、アニメラッピング電車である。
 京阪の坂本駅は近年、坂本比叡山口駅と駅名が改称された。ここから緩い坂道を上っていくと、ケーブルカーの坂本駅となる。
 坂本ケーブルは日本で一番長い距離を走るケーブルカーだそうで、途中駅も存在する。ケーブルカーは森の中を走り、ちょっとしたローカル線風味が感じられる車窓である。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.04.25 Thu l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
豊田スタジアム
 春の青春18きっぷ旅の話その2。今回からは愛知県から京都府に向かった話を。

 熱海から新幹線こだま号で浜松に向かった私は、浜松から東海道本線を乗り継いで刈谷にやってきた。
 刈谷からは名鉄三河線に乗る。大手私鉄ではあるが単線で、途中何度か対抗列車の行き違いで数分停車があった。
 豊田市駅に着くと、名古屋の中心部からやってきた豊田線の電車もちょうど着いたらしく、さして広くない改札前は大混雑になっている。ほとんどの人がサッカー観戦だろう。私もそうだ。前売りを遅く買った私はバックスタンド席完売を知り、ゴール裏自由席のチケットを持ってやってきた。
 近年、名古屋グランパスは人気が上昇し、豊田スタジアムは満員状態が増え、名古屋市内にある瑞穂陸上競技場での試合は今季完売が続いている。
 駅からスタジアムまでは1km以上離れているが、沿道はグランパス関連の飾りつけが施され、商店が集客アピールに忙しかった。駅前から既に非日常な風景となっていた訳だ。
 スタジアムに入ると、そのスケールに圧倒された。話には聞いていたが、上の席からピッチを見下ろすと、かなりの傾斜を感じる。最上段に近い場所しか空いていなかったので、そこに座った。
 周囲は家族連れと若いカップルが多い。駅までの道もそんな印象だった。私の前にはいくつかの家族が合同で観に来ているようで、賑やかで楽しそうだ。子供はグッズに身を包み声援を送っている。
 名古屋グランパスの攻撃的なスタイルが如何なく発揮され、前半から点がよく入る。後半はアウェイ側に移動し、コンサドーレ札幌サポーターの後ろで観戦した。一階席からだと視界がまた違って見える。その大きさは圧倒的だ。
 さて、今夜の宿は岐阜である。雨が降ってきたので寄り道はせず、再び刈谷に戻った私は各駅停車でのんびりと岐阜に向かった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 PZ)
2019.04.24 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
結城
 土浦から常磐線で友部に出て、水戸線に乗り換えた。目指すは結城である。結城で降りるのは初めてだ。
 左窓に筑波山を眺めながら、午後の暖かな陽に包まれた結城駅に着いた。ロータリーは大きいが駅前から延びる道路は細く、商店街というほど店は多くない。だが、歩いていくうちに店が増えて、かつて結城藩の藩庁が置かれた町としての賑わいの面影が現れてきた。
 私が向かっているのは結城城だ。町はずれの台地にあるようだが、駅からは遠い。推定40分と見込んで歩き始めたが、途中で道を間違えたりしたため、一時間ほどかかって到着。
 城址は公園になっている。城址に辿り着くまでの道がゆるい上りになっており、公園の裏は台地の下の広大な畑である。
 隣接する神社に参拝して、本丸跡の公園を歩いてみるが、特筆するようなこともない。一応説明版はあるが、それ以外に歴史を感じさせる遺構はほとんどないように思えた。
 結城城は室町時代に結城合戦の舞台となり、戦国時代は小田原合戦以降、徳川家康の次男が結城家に養子に入って結城秀康と名乗った。そういう歴史のある地である。
 城址のある台地は住宅地となっており、開発によって遺構の多くは失われたように思えた。しかし、公園の入口に空堀らしき窪地があった。説明板が立っており、やはり空堀だとわかる。その空堀に沿って住宅地を回ってみた。
 竹藪のような林の中に空堀は続いていく。歩いていくうちに公園の入口に戻ってきた。なんてことはない散策だが、城の遺構が見られたので満足だ。
 帰りは別の道を選択した。そこは格子戸の店や、蔵の残る店など、江戸時代の雰囲気が残る道だった。想像していたよりも旅情が感じられる町で、妙に観光地化していないのが、情緒溢れる景色に繋がっているのかもしれない。
 来てよかったと思いながら、夕方の日差しの中を水戸線で小山に向かい、帰路に就いた。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM(135判換算27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.04.21 Sun l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
土浦城
 今回から少しの間、春の青春18きっぷ旅の話になります。旅の雰囲気を簡潔にまとめるため、組写真となり一枚あたりの圧縮度が高まり画質が劣化しますが、ご了承ねがいます。

 常磐瀬に乗って土浦にやってきた。正月に関東鉄道竜ヶ崎線に乗った帰りに土浦に寄り道して以来で、今年二回目の訪問である。
 前回、時間がなくて土浦城に行けなかったので、今回は場所を地図で確認してからやってきた。
 土浦城は町中にある。江戸時代からこの地域を代表する町だったので、その面影はほのかに残っている。城が近づくにつれて細い小路が現れ、かつての隆盛が偲ばれる風景となってきた。むろん、今は他の地方都市がそうであるように、商業施設の中心は町中から郊外に移っている。
 平安時代に平将門の砦として築かれたという伝承がある土浦城。文献上では、若泉氏に始まり、菅谷氏の城となり、小田原合戦後は結城氏、松平氏、朽木氏を経て土屋氏の城となった。
 土浦の町が水害にあった時、水に浮かぶ姿が亀の甲羅に似ていたことから「亀城」という呼び名もある。
 現在は公園となっているが、入口の霞門と、その奥の本丸前に設けられている櫓門は江戸時代のものである。櫓は戦後復元されたものだが、この門はさすがに風格があった。
 公園として整備され、横には博物館。敷地にはミニ動物園もある。市民の憩いの場といったところで、実際、散歩をしている市民が多数いた。町中にある城ならでは
といった感じである。
 城を見たあとは、常磐線の線路寄りに移動し、サイクリングロードに転用された筑波鉄道の廃線跡の入口を見てから駅に向かった。ここからは常磐線と水戸線に乗り継いででいく。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 02 STANDARD ZOOM(135判換算27.5-83mm F2.8-4.5)
2019.04.20 Sat l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
長井
 長井の漁港から公営住宅を抜けて、小田和湾に沿って歩き始める。このまま国道に出て、長井バス停から横須賀中央駅までのバスに乗ろうと決めた。
 荒崎公園から長井バス停までも結構ある。一時間くらい歩くつもりでいたが、さすがに疲れてきた。
 この辺りは長井でもっとも家の多いエリアで、細い道路には車の通行も多い。富浦公園にさしかかったので、公園の中を歩くことにした。ここは小田和湾がよく見える。
 浜には小学生の女の子たちが水遊びをしている。サッカーの練習をしている男の子もいる。女子高生が岸壁に上り、浜にある廃墟のような建物の上を目指している。
 少し浜で海を眺めたあと、国道を目指した。バスはすぐにやってきた。乗車率は結構いい。林や武山や衣笠の集落を抜けて、上町の商店街を抜けると横須賀中央駅だ。
 駅に着くと、だいぶ陽は傾き、夜が近づいていた。ここからは京急の電車に乗って帰るだけである。
(SIGMA DP2)
2019.04.17 Wed l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
長井
 荒崎公園を出て、荒崎バス停の方に向かい歩く。途中、住吉神社に立ち寄り参拝。児童公園のような小さな公園の奥にある。静かな神社だった。
 荒崎バス停に着いたが、まだ時間はあるので歩く事にした。バスが走る細い海岸線に沿って行く。
 このあたりは小さな漁港がいくつかあり、集落も漁村の風景だ。わかめを干す台が浜にある。のどかで黄昏の風景がよく似合う海岸だ。
 長井の集落の中心に近いところまで来た。風景はのどかだが、家はそれなりに多い。
 (SIGMA DP2)
2019.04.16 Tue l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
荒崎
 今回の訪問で知った事だが、ここ荒崎にはかつて城があったという。案内板によると、三浦一族の三浦荒次郎義澄の居城と伝わるそうだ。
 城の名ははっきりとしていないようだが、便宜的に長井城と呼ばれているようだ。
 どんどん引きの脇にそびえる「潮騒の丘」という隆起した丘は城山と呼ばれており、ここが城址らしい。丘の下は岩が切り立った崖で、海側から攻められる事はない地形だ。
 三浦一族である長井氏の居館があったとも言われ、築城は三浦義明の五男である長井五郎義季と言われる。また、宝治合戦で三浦一族が滅亡したのち、佐原盛時の弟である佐原光盛の子孫がここに在城したという話もあるなど、この長井城に関しては様々な説が唱えられている。
 いずれにしても、鎌倉時代前後に何らかの形でここに城が築かれ、歴史を刻んできたのだ。三浦半島の中世史が語られる機会は少ないが、三浦一族の歴史を始め、鎌倉幕府や、のちの室町幕府の関東管領(かんとうかんれい)の与えた影響など、三浦半島にも語るべき歴史は少なくない。
 今は風光明媚な公園となっている荒崎も、かつては城址だったなんて、歴史浪漫を感じる話である。
(SIGMA DP2)
2019.04.13 Sat l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
荒崎
 荒崎には色々と見所があるが、そのひとつが「どんどん引き」だ。細い入り江のように岩がえぐられているのが、その場所である。
 この不思議な名前は、引き潮の時に「どーん、どーん」と潮の音がこだました事に因むそうだ。岩の壁に当たる波は、私が訪れた時間には見られず、ただただ静かな景色だった。
(SIGMA DP2)
2019.04.11 Thu l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
荒崎
 荒崎公園にやってきた。夕方という事で、夕陽を撮りに来た人がちらほら居る。駐車場の前のベンチで少し休み、海岸に出る。
 荒崎とはいい名前だ。その名のとおり、海岸の隆起が荒々しい。三浦半島の海岸は概して岩が転がっている印象だが、ここは格別だ。
 私の前で海岸を撮影していた女性が、ふらりと海岸を歩き始めた。非常に歩きにくい海岸線だが、歩き慣れているのか、あっという間に遠ざかっていく。
(SIGMA DP2)
2019.04.10 Wed l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
熊野神社
 粟谷浜からの道を歩くと、やがてソレイユの丘の方から延びている道と交差した。この道を左折し、海の方角に向かう。
 道は下りになり、畑と家が並ぶ中を歩く。やがて前方に漆山湾が見えてきた。この辺りからは農村ではなく漁村となる。
 左折して海岸線に沿って歩き始めた。この先は荒崎だ。荒崎から更に海岸沿いに磯を歩くと、また粟谷浜に出るが、今回は荒崎まで歩くことにする。海岸線を見下ろす小さい丘に熊野神社が立っている。階段を上がって境内に向かう。
(SIGMA DP2)
2019.04.09 Tue l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
粟谷浜
 粟谷浜漁港に着いた。それほど大きくない入り江には岸壁もあり、小さいなりに港の風情が漂う。
 港から集落へは未舗装の道が延びていて、その脇に大きな老人ホームが立っている。
 港から延びるこの道の入口に直販所があり、しらすなどを販売している。静かで、なごむ海岸である。
(SIGMA DP2)
2019.04.07 Sun l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
粟谷浜
 ソレイユの丘から下りて、磯を歩く。大きな岩が連なるという三浦半島によくある風景。岩をくりぬいた石段を上がり、岩から下りてをしているうちに入り江に出た。
 海を挟んで向こうに見えるのは荒崎海岸。荒崎は岩の形が更に険しいのが、こちらからでもよくわかる。
 海岸瀬に沿って歩いていると、錆びたドラム缶があった。小さな板をロープにくくりつけて木に吊るしたブランコもある。周囲に家はないが、誰が作り、誰が使っているのだろうか。
 更に先に歩くと、漁港に出た。粟谷浜漁港である。
(SIGMA DP2)
2019.04.05 Fri l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
長井
 ソレイユの丘の端まで来た。海が見下ろせる。更に階段を下りていくと海岸に出られるのだ。
 この海岸は一年ほど前も歩いた。和田長浜海岸から荒崎方面に通じる海岸線である。岩が多いのが三浦半島らしさに溢れている。
 少し海を眺めてからソレイユの丘に戻るつもりだったが、このまま海岸を歩いてみようと思い立った。荒崎方面に向かい、北の方向に向かった。
(SIGMA DP2)
2019.04.04 Thu l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
ソレイユの丘
 ソレイユの丘に着いた。ちょうど菜の花が見頃なようで、思っていたよりも人が多い。なかなかの賑わいである。
 入口すぐ近くに菜の花畑があり、そこで記念撮影をする人が多い。天気も良く、広い風景の園内は春の日差しに包まれている。
(SIGMA DP2)
2019.04.03 Wed l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top