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大船
 大船駅前から湘南モノレールに沿って歩き始めた。横須賀線を歩道橋で越え、南に向かっていく。
 住宅街の真ん中でJRの引き込み線の跡を発見した。線路は道路の手前で金網によって分断されており、レールも錆びている。道路の反対側はレールそのものがなく空き地となっていた。
 街の中に突然現れる廃線というのは、なんとも哀愁を感じるものだと思いながら、立ち止まってそれを眺めていた。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 PRIME ※135判換算47mm F1.9)
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2019.02.27 Wed l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大船
 大船駅東口を歩きながら、湘南モノレールと並行して通っている道路に出る。
 大船駅の周辺は商業地域で建物も密集しているため、高架を建設するのは容易ではなかっただろう。或いは、建設当時は今ほどは建物はなかったのか。
 大船を出てすぐに左カーブがあり、そこを曲がりきると、S字カーブとなっている。複雑な線形だが、これは建物を避けるためというよりも、カーブの際の遠心力の軽減が目的なのだろうか。答えは定かではない。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2019.02.24 Sun l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大船
 午前中は晴れだった。だが、大船駅に着くと曇りになっていた。残念ではあるが、曇り空なりに楽しもう。そう思いながら改札を出た。
 駅前のバスターミナルの上にはモノレールが行き交う。懸垂式モノレールという、ぶら下がって走るモノレールである湘南モノレールだ。今回は、この湘南モノレールに沿って湘南深沢まで歩いてみようという散歩だ。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2019.02.23 Sat l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
伊勢原
 伊勢原駅に向かって歩き出す。小田急線の線路に沿っていけば大丈夫だろうと考えていたが、それは甘かった。
 伊勢原駅周辺は起伏のある台地らしく、駅のある位置は平地だが、周囲の町は坂の多い景色である。そのため、駅の姿が現れず、しかも道は線路に沿わず曲がっていく。
 あっちに行ったり、こっちに行ったりをしながら、どうにか駅に到着した。さすがに駅の周りはそれなりに賑わいは感じられる。
 伊勢原駅は橋上駅舎だが、駅前には大山阿夫莉神社の鳥居もあり、雰囲気のある駅である。
 そんな伊勢原駅のホームを見ると、ロマンスカーが停まっていた。たまには、ロマンスカーでも乗って旅をしてみたいものだ。そんなことを思いながら、伊勢原駅を後にした。
(FUJIFILM X100)
2019.02.22 Fri l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
伊勢原
 鈴川公園を出て、伊勢原駅方面の道を歩く。位置的には市街地のはずれではあるが、交通量は多い。通りに出ると工場の建物から少し離れて眺望がきくので、産地の麓に広がる工業団地という風景がよくわかる。
 小さな川を境に、工業団地から住宅地に変わった。東に向かう道は斜めに延び、坂になっているので駅から離れていきそうな雰囲気があった。私は先ほど来た道に向かい、小田急線の線路を目指した。線路沿いに歩こうと決める。
(FUJIFILM X100)
2019.02.20 Wed l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
鈴川
 伊勢原の工業団地のある地区は鈴川という町名である。丹沢山地を背景に、いくつもの工場が並ぶ。自然と人工が同居した風景だ。
 工業団地の敷地内を歩いていると、鈴川公園という所に出た。休憩しようと考えていたが、憩いの場としての公園ではなく、スポーツ公園なようである。といっても、出来るのはテニスと野球だけのようだ。それほど広い公園ではない。
 歩き疲れてきた。一時半過ぎにバスを降りてから、ずっと歩きづめである。もう三時半を回った所だ。寒くなってきたので伊勢原駅に向かう事にした。バスに乗ろうかと考えたが、ちょうどいい時間にないため、駅まで歩くことにした。
(FUJIFILM X100)
2019.02.18 Mon l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
鈴川
 台地と台地の間の切通しの下を走る小田急線を陸橋で超え、線路の北側に出る。丹沢山地がほんの少しだけ近づいた。
 そんな山麓の町の中に工業団地がある。道路が綺麗に縦横で区画され、地図で見ていると不思議な町である。そこに足w踏み入れることにした。
 工業団地内にはバス路線が通っている。本数は少ないが、関係者向けの路線なのだろう。工場が並ぶ姿は殺風景ではあるが、背景に山が見えるという景色が新鮮だ。
(FUJIFILM X100)
2019.02.17 Sun l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
東大竹
 八幡台の石器住居跡から小田急線の線路の方に向かって、まっすぐに歩いた。細い道の先に広がるのは丹沢山地だ。
 地形的には、小田急の線路が切通しになっていて、家と畑が並ぶこの辺りは台地である。伊勢原駅の辺りは平地な感じだから、伊勢原駅周辺は結構複雑な地形である。
 こうして山並みを眺めていると、神奈川県も結構な山国だ。この山並みは相模川を挟んで、高尾や秩父の方まで連なっているのだ。
(FUJIFILM X100)
2019.02.14 Thu l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
八幡台
 伊勢原と平塚を結ぶ県道を歩き、いくつかの交差点を過ぎる。八幡台入口という交差点を左に曲がった。ここは先ほどバスで通ってきた道だ。
 道は少し上りとなっている。台地に上がっていく感じがあり、地名そのものな場所である事がわかる。
 やがて団地が現れた。先ほども、バスの乗客の多くはこの辺りで降りていった。幼稚園を過ぎたあたりで、右手に小さな公園が現れた。
 鉄塔の立つその公園は、八幡台石器時代住居跡。発掘作業は今は行われていないので、住居跡らしき遺構はわからない。土が少し盛り上がっているので、そうなのかなという程度だ。公園の名前は「山王塚公園」となっている。
 北の方向には丹沢山地が広がる、長めのいい場所だ。小田急沿線もここまで来ると、山の麓を往く鉄道の趣きがある。天気もいいので、のんびりしたくなるところだが、まだ三時前と時間は早いので、次の場所に移動しよう。
(FUJIFILM X100)
2019.02.13 Wed l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
岡崎
 無量寺を出てから、横の道に行ってみた。城址という事で、その雰囲気がもう少し残っていないかと調べてみようという訳である。
 無量寺の立つ場所は台地の上なのだが、なるほどという感じで、周囲が一段低くなっている。空堀などの類は見つけられなかったが、丹念に捜せばあるのかもしれない。
 高い位置であるので眺めはよい。麓の里を見下ろせるところでシャッターを切ってみた。
(FUJIFILM X100)
2019.02.12 Tue l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
無量寺
 無量寺の境内に入って参拝した。本堂に三浦家の家紋がある。
 かつてこの地には岡崎城という城があった。城を築いたのは源頼朝の功臣である岡崎義実。義実は横須賀にある衣笠城の城主だった三浦庄司義継の四男で、この地に城を築いた際に地名から苗字をとり岡崎を名乗った。
 岡崎家は三浦氏の四棟梁(三浦、和田、佐原、岡崎)と数えられる重臣として、この地に君臨した。
 室町時代が終わりを告げ、戦国の世がここ関東から始まろうとしていた黎明期。三浦家の当主となった三浦義同(よしあつ)のちの三浦道寸が、居城である新井城を子の三浦義意(よしおき)に任せ、この岡崎城に入った。
 そんな頃、伊豆から相模へと進出を図っていた伊勢宗瑞(北条早雲)がこの岡崎城に攻めかかった。攻めるに難い岡崎城に伊勢宗瑞は手こずるが、やがて攻め落とし、三浦道寸は弟三浦道香の居る住吉城(逗子市小坪)に入って抗戦するも、住吉城も落ちて、新井城に籠城する。そして、日本の合戦史上最長の合戦となったこの戦で、三浦氏は滅亡となった。
 ※三浦氏と一族についての記事。(三浦半島の地名にちなんだ苗字がいくつもありました)
 無量寺で参拝し、この地に城があったことを想像する。本堂が建っているあたりが本丸に相当する場所だっとそうだ。この岡崎という土地は台地であるから、堅固な城だったことが窺えた。
 場所は離れているが三浦半島とのつながりを感じ、そこに、親近感を感じる。三浦半島の台地の景色を思い出した。
(FUJIFILM X100)
2019.02.10 Sun l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
無量寺
 集落の間を歩きながら目的地を目指す。想像していたよりは家が多く、家と家の間の細い道を歩きながら捜すので、風景では見つけられない。
 少し歩いたところの三叉路に案内が出ていた。それに従い緩い坂を上がると、無量寺が現れた。
 無量寺が建つ辺りは、かつて岡崎城の本丸が築かれていた場所である。お寺の入口にここが岡崎城址であることを示す大きな看板あ立っていた。
(FUJIFILM X100)
2019.02.09 Sat l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
腰取神社
 今回の伊勢原散策の目的は、無量寺への参拝である。無量寺とは戦国時代の岡崎城の跡に建つお寺だ。
 細い住宅路を歩いていくと、小さな丘が現れた。この周辺そのものが台地で、バスが通ってきた道路からも高い位置になっている。
 城址ということで丘とその周囲がそれかもしれないと、近づいてみることにした。地図を見ていた記憶を辿ると、もう少し歩く筈だが、この丘が気になった。
 丘の入口に石の鳥居が立っていた。神社だ。細い坂を上っていくと、丘の頂に立つ本殿が現れた。
 腰取神社。腰とは台地を意味し、台地の上に築かれたことから由来する名前だそうである。四方を木に囲まれている感じではないので、明るい境内である。
 御祭神は木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)と 大物主命(おおものぬしのみこと)。説明版によると、木花咲耶姫命は富士山本営浅間神社の祭神で美しい女神とのこと。大物主命は出雲大社の祭神である大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名である。
 事前に調べていなかったので、思わずところで神社に出会い、散策のスタートしては良いものになったと、気分を弾ませて丘を下りた。
(FUJIFILM X100)
2019.02.06 Wed l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
城所
 小田急線に乗って伊勢原駅にやってきた。伊勢原駅で降りる時は北口に降りることが多い。北口に降りると向こうに見える山々。ひときわ目立つ山容が大山だ。その大山に向かうバスは北口から出ている。
 私は南口に降りた。南口に降りるのは八年前の春に芝桜を撮りに来て以来だ。南口も店は並んでいて、それなりに賑わいはある。ただし、伊勢原は町の繁華街自体はそれほど規模は大きくないので、南口駅前広場も広くはない。
 平塚駅北口行きのバスの乗り場は列が出来ていた。乗り込んてはみたものの、空いている席はない。まあ、10分くらいで目的地に着くだろう。
 バスは伊勢原の町はずれを、平塚に向かう道を迂回しながら走る。どうやら団地があるらしい。多くの乗客がそこで降り、結局座ることができた。
 景色が農村っぽくなってきた頃、目的地の城所入口で降りる。城所は「きどころ」と読む。城があったという意味だろうか。
 出発前に地図は見てきたが、頭に入っている道は大雑把である。とりあえず西に向かわないといけないので、バス停の脇の細い道に向かった。
(FUJIFILM X100)
2019.02.05 Tue l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
保土ヶ谷
 保土ヶ谷駅前の細い道を歩き、横須賀線の踏切を通って反対側に出る。
 すぐに国道一号線と合流した。ここに保土ヶ谷宿の本陣跡がある。現在はそれを示す看板があるだけで、往時の面影はない。
 その案内板によると、保土ヶ谷宿の本陣を代々務めていたのは苅部(かるべ)家で、小田原北条家の家臣苅部豊前守康則の子孫と言われている一族だそうである。
 調べてみると、この苅部康則は北条家の主要城のひとつである鉢形城(埼玉県)にて城代家老を務めていた。
 天正十八年(1590)の豊臣秀吉の小田原攻めで難を逃れた康則の孫吉重は、先祖供養のため信濃の善光寺に向かったが、のちに吉重の二男苅部精兵衛が徳川家康の命を受けて保土ヶ谷宿の本陣に勤めることになった。そういう流れだそうだ。
 交通量の多い国道だけに、江戸時代の街道の面影がないのは残念だが、都市の片隅に残る史跡に、この町の歴史が刻まれていることは確かだ。
 本陣跡の脇には今井川という小さな川が流れている。そこを渡ると、京急線の井土ヶ谷方面に抜ける道が分岐する。谷のつく地名のとおり、起伏の激しい道を歩きながら井土ヶ谷に向かうのだった。
(RICOH GR DIGITAL)
2019.02.02 Sat l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
保土ヶ谷
 JR保土ヶ谷駅までやってきた。保土ヶ谷駅は東海道線は停まらず、横須賀線の電車が停まる駅である。
 駅前はそれなりに広いが、大きな商業施設はなく、郊外の駅の雰囲気が漂う。だが、保土ヶ谷区の代表駅なので乗降客は結構多い。
 駅の近くに川が流れているからか、駅前の道は少し複雑で歩きにくいと感じた。道が区画整理されていないから、開発が中途半端なのかもしれない。まあ、その少しのどかな感じも良いものだ。
(RICOH GR DIGITAL)
2019.02.01 Fri l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top