FC2ブログ
森戸
 今年も当ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
 寒くなってきて、三浦半島の西海岸からの眺めに透明感が増し、箱根の山も富士山も綺麗に見える季節となりました。撮影という行為そのものは、暑いよりも寒い方が捗る気もするので、時間を作って行ってみたい今日この頃です。
 写真は葉山の森戸海岸で撮りました。葉山に行くと出来るだけ森戸神社に参拝するようにしているのですが、最近御朱印に興味を持ち始めた私は、その初回という事で、森戸神社に足を運び、オリジナルの御朱印帳と共に頂いてきた次第です。ちなみに、お値段は1600円でした。
 神社の横は、海の眺めが素晴らしいので、夕陽を見に来た人達が何人もいたのでした。
 今回の撮影はα7ⅡにAマウントの100mm F2を付けたスナップ。100mmレンズスナップというものに挑戦してみました。案外楽しい散歩になった次第です。
 ということで、そちらの写真や話は年明けに順次掲載していきます。来年もよろしくお願いいたします。
(SONY α7Ⅱ LENS:MINOLTA AF 100mm F2 ※LA-EA4使用)
スポンサーサイト



2018.12.31 Mon l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小樽
 国鉄手宮線跡を辿り、手宮駅跡まで来た。ここには「小樽総合博物館」が立っている。
 博物館は駅の跡地を利用して作られているので、構内には北海道で活躍した国鉄車両が色々と展示されている。それも、特急車両のような花形車両だけでなく、郵便車やレールバスのようなマニアックな車両もある。ただし、屋外展示の車両は冬季は見学できない。
 館内には明治時代の蒸気機関車や客車が展示されている。そして、明治に開通した手宮線に関する展示コーナーもあり、鉄道ファン向けな硬派な博物館だった。
 楽しく見学したあと、外に出て、博物館横の旧型客車改造のレストランに入り、コーヒーセットで休憩。
 外はだいぶ暗くなってきた。小樽運河はライトアップをしているらしい。基本的には乙女チックな事やガーリーな事は回避するTさんだが、ライトアップが見たいというので、歩いて向かうことにした。
 少し歩くと「運河公園」という小さな公園があった。誰も居ない凍てつく公園である。その公園を横切ると運河が現れた。
 この辺りの風景は文字通り「運河」であり、港湾地区な眺めだ。歩いている者など私達しか居ない。観光地演出皆無である。我々は夢中でシャッターを切った。Tさんはα9で「高感度性能を発揮」などと言って楽しそうに撮影している。小樽運河をスマホで撮影する女子は多くあれど、α9で撮影した女子はTさんが初めてなのではないだろうか。
 運河に沿って歩いていくうちに、駅前通りと交差した。そして、そこから様相は一変した。話題にしていた「ライトアップ」が施された運河には、屋形船も居た。私達は無言となり、少し撮影をすると、足早に退散した。
 駅前通りの信号の所に、見覚えのある倉庫風な建物がある。私が以前訪れたことがある建物で、「運河プラザ」という土産もの屋であると、近づいてみてわかった。
 此処で昨夜コンビニで購入した小樽ビールとは別の地ビールを発券したので、それを購入してテーブルに落ち着いて飲んだ。旅のフィナーレといった趣があった。
 小樽駅から始発の快速エアポートに乗り込んだ。ゆったり帰りたいので、指定席車「uシート」で新千歳空港に向かうことにした。リクライニングシートで快適である。
 新千歳空港に着くと、その都会じみた喧騒は既に帰路を感じさせてくれた。真冬には早いが、冬の北海道の旅はいいものである。そう改めて実感しながら、ロビーで名残惜しく思い出に耽るのである。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.29 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
手宮線
 銀山駅から乗った列車は観光客で賑わっていて座れなかった。天気は快晴だ。地面は雪だが、気温はそれほど低くもない。列車は小樽に着いた。
 荷物は今朝コインロッカーにしまったままだ。午後は小樽の街を歩く。まずは少し遅めの昼食。Tさんが調べてくれた小樽駅近くのスープカレーの店に行き、ほっと一息。
 駅前通りに出た私達は、海の方に向かって歩いた。やがて線路に当たる。昨夜泊まった旅館の近くにあった廃線跡だ。国鉄手宮線の跡である。
 手宮線は幌内鉄道として開業した鉄道で、北海道で初の鉄道だった。炭鉱で採れた石炭を小樽の手宮港まで運ぶことを目的として建設された。その廃線跡が史跡として保存されている。
 線路は歩くことが出来るように整備されている。廃線跡というものは、大抵は踏切のレールは撤去されるものだが、史跡として保存されている故か、踏切跡にもレールが残っていた。
 20分くらい歩いた頃、線路が分岐して広がっていった。手宮駅の跡だ。今は博物館となっている。その博物館に行ってみることにして、更に奥に向かった。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.24 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
銀山
 余市駅から函館本線の上り列車に乗った。函館本線の長万部と小樽の間は「山線」と呼ばれている。函館と札幌の間を走る特急は長万部からは函館本線を外れ、全て「海線」と呼ばれる室蘭本線を経由している。ゆえに、山線はローカル路線である。
 小樽から余市までと比べると、その先は本数が少なくなる。それに合わせるように景色も山深くなっていく。山線の通称どおりである。
 近年、倶知安(くっちゃん)やニセコがリゾート地として観光客、特に外国人に人気が上昇し、訪れる人が増加した。それを裏付けるように私達が乗った列車も混んでいた。端の席に空きを見つけ、なんとか座ることが出来た。
 列車は急勾配で峠越えにかかる。トンネルではなく、登りで峠を越すところに、この路線の古さを感じるのである。峠をかなり登った所に銀山駅が現れた。
 小さな駅舎はもちろん無人駅だ。ベンチに駅ノートが置いてあり、壁にはそこから抜粋した旅人たちの銀山駅の思い出が掲示されている。
 駅前は狭く、細い道が一本延びているだけだ。集落はその下にある。遥か先には山並みが広がり、その雄大さに私達は息を飲んだ。
 頂にある駅で冬である。寒いであろうと、滞在約30分で折り返せる事を理由に訪問したのだが、飽く事なく眺めていられる風景に、時間が惜しくなるのであった。私達は山並みを眺めながらウイスキーを飲み、駅ノートに記入をし、雪を踏み締めてホームに出た。
 跨線橋はない。構内踏切を渡り、下りホームに出た。森に沿うように曲線を描く線路に、小樽行きの白い気動車の姿が現れた。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.22 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
余市
 四日目の朝、今回の旅で最終日となるこの日の天気は良好だった。気温も十度を超えるようだ。過ごしやすい日になりそう。
 小樽からは気動車区間となり本数も少なくなる。余市方面の列車は席が埋まるほど乗っていた。半数ほどの人が余市で下車。駅舎は真新しいものとなっていて、以前訪問した時とは違う駅舎になっていた。建物は大きくないが、観光案内所も併設されているようだ。
 訪問の目的であるニッカウヰスキー余市蒸留所は駅前の道をまっすぐに数分の位置にある。駅前広場から、その重厚な構えが望める。
 工場見学の開始は九時からだが、受付は始まっていた。今は八時半を少し過ぎたところである。簡単な手続きを済ませ、玄関入ってすぐの所にある待合室で九時を待つ。室内にはこの工場についての簡単な説明が掲示されていた。
 順路に従い、見学を開始する。樽の生成にも職人が精魂込めて取り組んでいること。麦を使って蒸留させてウイスキーを作っていく過程で丹念な手間がかかっていること。ひとつのウイスキーを作るまでに多くの人の手が入っていることを、わかりやすく丁寧に解説している展示だ。
 一通りの製造過程の説明を過ぎると、創業者であり、テレビのドラマにもなった、竹鶴政孝さんと妻のリタさんに関する展示コーナー、居館跡などがあった。二人の人生の一端を知ることが出来、不思議と胸が熱くなってきた。
 展示を一通り見終わった私達は、有料試飲コーナーに向かった。スタンドバーのような造りで、そこにソムリエが居る。説明を聞いてから、一杯千円の限定品を飲み、その香りと味の広がりを満喫して、更に一杯五百円のブランドものの美味しさを楽しんだ。
 更に奥には無料試飲コーナーの建物がある。以前来た時よりも建物が大きく感じられたのは、訪問者の数が多いからだろうか。館内は主に外国人観光客で大賑わいであった。
 無料試飲できるお酒は、「余市シングルモルト」と「スーパーニッカ」と「アップルワイン」である。窓際の席に座り、窓外に広がる山々と、それを包む青空を見ながら飲んだ。ふと、椅子に掛けていた私のマフラーが床に落ちたらしく、帰りがけの中国人観光客の方が声を掛けて教えてくださった。優しい笑顔だった。美味しいウイスキーは人を優しくするのかもしれない。
 一階には売店があった。ここも大盛況だ。日曜日とはいえ、朝からこれだけの人が訪問しているのかと、正直驚く。私は余市シングルモルトの限定品と濃厚なトマトジュースを買い、Tさんは余市シングルモルトの限定品を複数本買って、見学は終了した。
 スコットランドに近い環境であると政孝氏が見込んだ町余市。透き通るような空の色と、澄み渡る空気が、私達を包み込みながら、「また来なさい」と言っているように思え、駅までの短い道をじっくりと踏み締めた。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.19 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小樽

※手違いで更新順序がずれてしまいました。
 この記事の前々に「沼ノ沢駅」と「清水沢駅」を掲載していますので、こちらもご覧ください。順序が乱れて、記事を読みにくくしてしまい、申し訳ございませんでした。

 小樽駅に到着した頃はすっかり夜になっていた。地面は札幌よりも雪が積もっている。小樽は日本海沿岸の街であるのだ。
 今夜の宿は駅から少し歩くが、建物のすぐ傍を旧手宮線の線路が通っている事を予約後に知り、それが楽しみである。雪を踏み締め、徒歩10分ほど。住宅街の中に宿はあった。名前はホテルだが、旅館風の建物だ。
 荷物を置いてから外に出た。宿に向かう途中、寿司屋があった。めぼしい店が見つからなければ、そこにしようとTさんと話し合っていた。しかし、インターネットで調べてみると、どうやらその店は「地元で評判の店」らしい。値段が安めであるのに味が素晴らしいという。観光客向けよりも地元で人気の店に行きたい私達は、勇んで徒歩1分のその店に向かった。
 店内はこじんまりとしていた。カウンターで食べる店だ。愛想よく迎えられた事もあるし、もはや期待しかない。さっそく、にぎり十五貫を頼んだ。2700円なり。
 出てきたにぎり寿司は予想以上の美味であった。光りものや貝が争奪戦になる私達だが、何を食べても美味しい。出てきたお吸い物も美味しい。この旅で何度めかのサッポロクラシック。昼にも札幌ドームで飲んだが、北海道限定ビールは北海道の味にとても合う。
 勢いづいた私達はカニみそを頼んだりしながら、九時で閉店というその店を笑顔で出た。
 一応、二軒目も想定しながら私達は雪の積もる夜の小樽をさまよった。アーケードは昭和の薫りが少し残り、あちこちに古い構えの店が多い。いつしか寿司屋通りに出た。
 寿司屋通りから道を街の中に入っていくうちに、駅前通りに出る。この通りは観光客向けの店が並ぶ。屋台のたこ焼き屋でお持ち帰りをひとつ買い、コンビニで小樽ビール三種類を買った。宿に帰って飲み比べをしようという訳だ。
 小樽は観光地であり、その手の店も少なくないが、レトロな風情を持つ店も多く、実は味わい深い渋みのある街である。Tさんもすっかり気に入ったようで、寒さを忘れて夜の風景を楽しんだ。店を出て30分以上が過ぎ、私達は歩くことに大満足して宿に帰ったのだった。
(iPhone5)
2018.12.15 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
札幌
 夕張支線からの列車を南千歳で乗り換える。新千歳空港からやってきた快速エアポートは大混雑で、途中の恵庭やっ北広島から乗ってきた人達で更に混雑を増した状態で札幌駅に着いた。
 コインロッカーの豊富な札幌駅に荷物をしまい、地下鉄南北線でひとつめの大通駅で降りた。
 地上は雪。札幌市電の西四丁目停留所に向かい、そこから市電に乗った。停まっていたのは古い車両。色も渋く、モーター音も重厚だ。ずっと乗っていたかったが、ふたつめの停留所すすきので降りる。この僅かな区間は近年開業した区間で、これによって市電は環状運転を開始した。地下鉄駅で購入したICカードSAPICAを使って降車。
 市電すすきのから横なぐりになってきた雪を浴びながら、地下鉄東豊線の豊水すすきの駅に向かった。ここから終点の福住駅に向かう。駅構内も、車内も赤黒の応援グッズを身に纏った人が目につく。
 福住は郊外の手前にあるような街で、道路の交通量もそれなりに多い。駅前には大型スーパーが立っている。駅から札幌ドームは徒歩15分ほどと聞いていたが、歩道が混んでいるため、結構距離を感じる。
 無事に札幌ドームに着いたが、入場列が長い。どこをどういう風に回っているかわからないまま、ひたすら列は動き、いつしか雪は小降りとなっていた。
 30分くらいかかっただろうか。或いはそれより短いかもしれないが、とにかくやっと場内に入れた。しかし、買うつもりだったタオルマフラーは品切れとなっており、飲食店はどこも行列が出来ている。それもそのはず、スタンドは満員。バックスタンドやゴール裏はほぼ席が埋まり、メインスタンドも九割以上塞がっていた。
 試合は開始早々からホームのコンサドーレ札幌の怒濤の攻めが展開され、早々に二点を先制。会場は大いに盛り上がった。だが、後半はサンフレッチェ広島の動きが良くなり、遂に同点となって試合は引き分けで終了した。
 今季最終戦ということで、試合後にセレモニーが行なわれた。今季を振り返ってのダイジェスト映像も流れ、最後は選手関係者一同による場内一周。
 外に出た頃は、すでに日没して空は夜となっていた。駅までの道は大混雑で、駅構内も入場規制が敷かれていた。電車を二本見送って座って札幌駅に向かった。今夜の宿は小樽に取ってある。19時前には小樽駅に着けそうだ。
(iPhone5)
2018.12.14 Fri l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
清水沢
 沼ノ沢から乗った夕張行きが雪の中をひた走り、清水沢に着いた。夕張川の谷に沿って線路は敷かれ、沿線は山の鉄道の眺めだが、清水沢の辺りは少し平地が開け、駅の周りには商店も軒を連ねている。
 かつて此処から私鉄が分岐していた。夕張市の中では夕張本町の次の規模の集落である。もっとも、今は小集落といった佇まいで、駅前も静まりかえっている。
 待合室は広く、端にある空間は売店の跡だろうか。この駅は今世紀に入ってからも駅の窓口に駅員が居た駅だ。今はその窓口の跡には飾り付けがしてあり、地元の人達の愛情が感じられる。夕張支線の駅はどこも、こういうう風に駅の中に飾りが施してある。来年春の廃止後も駅は残してほしいと思う。
 飾り付けを見ていると昔の清水沢の写真があった。炭鉱の全盛期華やかりし頃の賑わいに思いを馳せる。その上には手書きの清水沢の住宅地図が貼ってあり、そこに思い出の付箋を貼っていくコーナーが設置されていた。
 かつては跨線橋のあった駅は、今は撤去された線路を跨ぐように通路が敷かれていた。あらゆるものが簡略化された駅に、昭和の頃に造られた気動車が走行音を雪面に吸収されながら静かに近づいてくる。その列車の光景だけが変わっていないように思われた。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.13 Thu l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
沼ノ沢
 朝、ホテルの窓の外は真っ白だった。夕張本町から夕張駅までは歩けない距離でもないが、タクシーを呼ぶつもりでフロントでそれを尋ねたところ、ホテルの方が車で送ってくれることになった。昨夜から夕張の人達の親切に助けられている。
 夕張駅にはそれなりに鉄道ファンがいた。まだ七時になったばかりだが、なかなか賑わっている。やってきた車両は日高本線用の車両で、日高本線に休止区間が長らく発生しているので夕張にやってきたのだろう。車両の側面が錆びて歪んでいる姿が痛ましい。
 列車はワンマン運転だ。私達は四駅先の沼ノ沢駅で降りた。降車時に運転士に運賃を払う仕組みである。
 沼ノ沢の駅舎は古さの滲んだいい駅舎だった。待合室には飾り付けがされている。地元の人達の愛情の溢れる駅だ。駅ノートも設置され、全国から訪れた旅人が書き込んでいる。プロ並みのイラストも散見された。
 駅舎にはレストランが併設されている。東京で仕事をしていたシェフによるものだそうで、興味があったが、朝早すぎてまだ開店ではなかった。
 沼ノ沢からは夕張行きに乗って少し戻る。次の目的地は夕張から二つめの清水沢だ。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.13 Thu l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
夕張
 夕張駅の駅舎は90年代に造られたものだ。現在の夕張駅は三代目で、過去に二回移転している。駅の横にスキー場に隣接したリゾートホテルが建ったのを機に移転したものなのだ。
 駅舎は綺麗だが無人駅であることは言うまでもない。切符はその隣接しているホテルで販売している。待合室は狭いが、綺麗に装飾され、ベンチの上には廃止の日までの日数のカウントダウンボードが設置されていた。
 駅の待合室から繋がっているカフェがある。今夜の宿は駅前ではなく夕張本町にあるので、バスの時刻とバス停の位置を確認し、カフェへ入った。
 カフェの女将さんはとても親切な方で、お客さんから贈呈されたという夕張支線と夕張の風景を撮影した写真を収めたアルバムを見せてくれた。四季折々に美しい景色を見せる夕張。撮影者の土地を愛する気持ちが伝わってくる良い写真だった。
 17:58のバスに乗るため店を出る。女将さんは外まで見送りに来てくれた。夕張駅カフェ「和(なごみ)」、いいお店だった。
 私達しか乗客が居ないバスは数分で夕張本町のホテル前に着いた。チェックインを済ませ、少し休憩したあと、町に出る。
 町と言っても、夕張本町が町の中心として賑わいを見せていたのは昔の話だ。今は全盛時の十分の一の人口となってしまった夕張には、繁華街や商店街というものはない。二軒の居酒屋に当たりをつけて前に来たが、一軒は灯りが点いておらず、もう一軒はドアに貸切の札が掲げられていた。
 ホテルの前の道から一段高い所にある通りに居酒屋があった。貸切だった店は、私が前回夕張に泊まった時に入った店だったが、仕方がない。ホテルの前の道に下り、ホテルのすぐ横にあるイタリアン店に入った。
 店は最近まで居酒屋だったようで、ちょっとした食堂風な内装だ。だが、味は確かな店だった。出てくる料理、どれも美味しい。そして、欧州諸国のワインがメニューに並び、値段もお手頃だったこともあり、グラスでいくつも注文した。こちらも美味しいワインづくしである。
 結構ワインを飲んだこともあり、それなりの金額に達しただろうと思ったのだが、二人で七千円を下回った。正直驚きのお勘定であった。安くて美味しい。ホテルの傍にあることでもあるし、夕張を訪れた方には是非おすすめしたい店である。シェフは若いお兄さん。「イタリアン空」、いいお店だった。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)およびiPhone5)
2018.12.11 Tue l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
鹿ノ谷
 追分から乗った夕張行き列車は、新夕張から夕張支線へ入った。来年三月に廃止となる区間である。
 かつて石炭で隆盛を誇った夕張は、全盛期の人口の約十分の一となった現在、各地に産業遺構や廃墟住宅などが点在している。鉄道もその過去帳にもうすぐ加わるのだ。
 新夕張を出ると、夕張川に沿って谷愛の風景となる。雪はますます深くなり、空はだいぶ暗くなってきた。今日明日と使って、来春廃止となる駅を一つでも多く回ろうという考えで、まず一つめは夕張の一駅手前にある鹿ノ谷で降りた。
 鹿ノ谷のホームは雪に埋もれていた。駅舎の中は割と広々としていて、写真や短歌などが飾り付けしてある。住民が手入れしているのだろう。
 がらんとした待合室。外は夜が始まっている。私はこの駅で降りるのは二回目で、前回は初夏だった。夕方の列車で降りたのは私と女子高生だけで、その女子高生は待合室に備え付けの器具で掃除を始めた。その姿に感心しつつ、掃除が一段落した頃に夕張市内の宿について尋ねた。女子は親切に色々と教えてくれたのだった。別れ際に、記念に写真を一枚撮らせてもらった。そんな思い出のある駅である。
 昔話をTさんにしながら駅舎を出ると、駅前は道なき道となっていた。私がキャリングケースの車輪で雪をならして国道まで道を作りながら出た。
 隣の夕張駅までは1kmない距離なので、徒歩で向かう予定だ。歩道は途中で足跡が消え、雪の深さに注意しながら歩く道となった。困り果てていた私達の横に、突然車が停まった。
 親切な男性が車に同乗させてくれた。夕張駅まで送っていただき、大いに恐縮し、大いに感謝して車を降りたのだった。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.10 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
追分と東追分
 東室蘭からは室蘭本線の鈍行に乗って苫小牧に出た。都市と都市を結ぶ区間なので、この辺りはそれなりに乗客がいる。景色は農村地帯といったころだ。
 苫小牧で路線は分れ、札幌方面は千歳線となるが、私達は室蘭本線の旅となる。一両の車内は思ったより混んでいた。席はほとんど塞がった状態で列車は発車した。
 室蘭本線は苫小牧からは特急の走らないローカル区間となる。車窓は原野を往く。人家はほとんどなく、白樺の姿も見える林の中を線路だけが延びている。
 現れる駅はいずれもホームが長い。複線区間もある。このような人口の少なそうな地域には過剰な設備に思えるが、これはかつて此処が石炭運搬路線として栄えた名残りである。蒸気機関車が最後まで現役で走った区間でもあるのだ。
 太陽が西に傾いてきた頃、追分駅に着いた。ここは石勝線との乗り換え駅だ。私達は列車を降りた。
 構内は広く、空き地もある。そこに以前は貨物用の線路があったのだろう。そして、石炭列車が通っていたのだろう。そんな栄光の運炭路線の駅に西日が映える。跨線橋は木造。駅舎はコンクリート製だったが、造りのがっちりとした造りで、待合室も広い。国鉄の面影の残る駅だった。
 駅前には小川が流れている。橋を渡って集落を歩いた。そんなに大きな町ではないが、店が点在している。北海道の各地に多く展開するコンビニ「セイコーマート」があったので、そこでサッポロクラシックと、つまみのキットカットを買って駅に帰ってきた。
 駅前には蒸気機関車の動輪が飾ってあった。Tさん曰く、先ほど走り過ぎていった幼稚園の送迎車の車体にも蒸気機関車の車体番号のプレートが描かれていたそうだ。石炭列車の駅と町。今もその追憶が漂っている。
 追分から石勝線夕張支線の夕張行きに乗った。来年三月に廃止が決定している夕張支線。名残り乗車で車内はほぼ満員。私達はロングシートに落ち着き、ビールとチョコを開けた。
 途中、東追分信号場で上り列車の待ち合わせで停車した。ここは2016年春まで東追分駅があった場所だ。あたりは畑が広がり、人家の姿は遥か遠く。そんな大地に陽は沈んでいった。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.09 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
森と東牟婁庵
 森駅に着いた。ここは海のすぐ傍の駅である。デパートの駅弁大会の常連として知名度の高い「いかめし」は、この駅の駅弁だが、朝が早いせいか売っていない。
 駅の近くにコンビニがあったので、そこで朝食を買った。砂原線の列車に乗ってきた高校生たちも雪道を歩いていく。空は青いが、空気は冷たい。買い物を済ませると駅の待合室に落ち着いた。
 森からは特急スーパー北斗に乗る。昨日のうちに函館駅で夕張までの乗車券と共に自由席特急券を買っておいた。特急は札幌行きだが、私達は今夜は夕張に泊まり、札幌へは明日向かう。
 空いていた車内は八雲、長万部と停まるごとに席が少しずつ埋まっていく。右窓には内浦湾が広がる。噴火湾の別名の付く広い海だ。向こうに見えるは、火山が連なる胆振(いぶり)地方である。
 森から一時間半ほどで東室蘭に着いた。晴れた空は変わらずだが、外気は冷たく、路面は雪に覆われている。太平洋側である室蘭でもここまで雪が積もるのだ。もう冬真っ盛りなのだ。
 駅前から延びる道を歩く。店はあまりないが、バスターミナルがあり、待合室には売店も入っていた。室蘭市の中心地は東室蘭から分岐した支線の終点である室蘭の方だ。東室蘭は住宅地といった景色である。
 駅前まで帰ってくる途中にあった立ち食い蕎麦屋で昼食とした。町の小さな食堂といった風情で、寒い身が蕎麦で暖まった。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.08 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
砂原線
 朝、五時半にホテルを出た。駅のすぐ傍だが、あたりはひっそりとしていて、まだ夜の続きのようだ。こういう暗闇の早朝の町の景色は大好きである。
 雪を踏みしめながら駅に着いた。発車時刻を数分勘違いしていて、改札からダッシュする羽目になったが、なんとか間に合った。車内はほぼ無人。三両編成に乗っているのは私達以外では一人である。
 5:51に函館を出た列車は国鉄型キハ40という気動車で編成されている。暗い空の下を走っていた列車は、大沼駅に着いた頃に、ようやく空が明るくなってきた。ここで上り列車と待ち合わせのため少し停車。ホームに出ると、朝の冷気が心地よかった。
 大沼で女子高生が一人乗ってきた。ここからは函館本線は二手に分れ、この列車は支線のような区間に入る。途中の渡島砂原駅の名を取って「砂原線」とも呼ばれる。
 砂原線は人家の少ない、まさに原野を走る。駅が現れても周辺の集落は小さい。やがて、山の横から陽光が射してきた。なんと明るく、透き通った光だろうか。
 砂原線は雪の小集落をゆっくりと結びながら、各駅で少しずつ高校生を乗せ、森駅へ向かって走る。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.07 Fri l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
函館
 函館駅に帰ってきた私達は、駅横のホテルにチェックインすると、荷物を置いて外に出た。目指すは谷地頭(やちがしら)温泉である。
 函館駅前から市電に乗る。十字街という停留所で路線は二つに分れる。私達の乗った谷地頭行きは港から遠ざかり、函館山の麓を行く。雪は相変わらず降っており、風も強い。
 谷地頭で降り、徒歩数分の所にある谷地頭温泉に向かった。此処には何度か訪れているが、久しぶりに訪れた谷地頭温泉は建物も駐車場も拡張されていた。入浴料金は銭湯並みなので改良と呼んで差し支えない。
 此処の湯は透明だが、湯の付着したタオルは酸化でやがて茶色に変色するという特色があった。今は湯そのものが薄い茶色となっている。湯温は三段階に分かれて浴槽が用意されていて、体の芯から暖まる。湯上り後、Tさんとロビーで一休みしたあと、停留所に向かった。
 谷地頭の停留所は屋根付の待合室がある。そこで雪を避けながら電車を待つ。乗車後、数分で十字街で下車。
 以前この辺りで何度か食事をしたのだが、街の様相が変わっていた。仕方がないので、函館駅前に向かって歩き始めることにした。寒いのだが、温泉に入った後なのでさほどでもない。
 駅前通りの様相も一変し、歩道の上にあった屋根はなくなり、商店の数も減った感じである。代わって、観光客向けの飲食店が増えた。
 下調べはせずに、店構えで選ぶことにして、通り沿いの店に入った。内装は洋風で、カフェのような店だ。丸テーブルに案内され、まずはビールを注文したが、食事の注文を取りに来てくれない。困り果てているうちに、お通しがやってきた。なんと刺身の盛り合わせである。お値段はおそらく五百円だったと思う。もちろん美味しい。味の確かな店であった。
 もう一軒行こうという事になり、先ほど駅前通り周辺を歩いて店探しをしている時に気になった店に向かった。赤ちょうちんを掲げた居酒屋である。
 カウンターだけの店で、明るい主人が夫婦で営んでいる店だった。先客は一人。主人と会話しているうちに、その常連さんとも会話が始まった。
 会話が盛り上がるうちに、常連さんが私達に地酒を奢ってくれることになり、美味しくいただいた。楽しい気分で店を出ると、雪も海からの冷風も、心地よく感じられたのであった。
(iPhone5)
2018.12.05 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
道南いさりび鉄道
 11月末から12月初めにかけて北海道に行ってきました。今回からはその話を書きます。

 木曜日の朝、上野駅から新幹線に乗った。新青森行きはやぶさ号は曇り空の下を行く。仙台、盛岡などで結構降り、八戸を過ぎた頃には閑散とした車内となる。
 新青森のホームに降りた瞬間、冷気に私も同行のTさんも「寒い」を連発。ここで10分ほどの接続で新函館北斗行きに乗り継ぐ。ここからは北海道新幹線となる。二人とも初乗車路線である。
 北海道新幹線と言えば青函トンネルだが、その前に「新幹線の秘境駅」を見ておかなくてはいけない。その名も「奥津軽いまべつ」駅という。残念ながら我々の乗っているはやぶさ号は新函館北斗までノンストップなので、ゆっくりと眺めることは出来ない。だが、通過していく車窓からでも「山あいの人口の少なげな農村」な風景は堪能できた。
 青函トンネルの手前にもいくつもトンネルがあり、どこからが青函トンネルかわかりにくいのだが、親切にも車掌さんが突入予定時刻を放送で教えてくれ、突入時にも放送してくれた。昔、在来線の快速で初めて通った時は、そういう放送はなかった記憶があり、手前のトンネルに騙されたものだ。いい時代になった。
 海の底を通って北海道に行く。飛行機でひとっ飛びで行くのとは違う良さがある。北海道は青森より更に雲が厚かった。
 新函館北斗からは「快速はこだてライナー」に乗り継ぐ。この駅は函館市ではなく、北斗市にあるのだ。一旦、改札を出て函館エリアのフリー切符を購入し、快速に乗り換える。車内は満席だった。
 函館駅と函館の街は雪に包まれていた。改札を出て、コインロッカーに荷物をしまい、二階にある飲食店コーナーでチキンカレーを食べた。夕方に五稜郭に行くつもりだったが、雪が強いのでやめる事にし、少し早めにホテルに入ってから、市内の温泉に向かう案を私が出して決定する。
 函館からは「道南いさりび鉄道」に乗る。津軽海峡に沿って走る、なかなか景色のいい路線だ。新幹線が開通した時にJRから第三セクター鉄道となったもので、車両はJR時代の気動車の色を塗り替えて使っている。
 終点は木古内駅だ。この駅は新幹線の駅があるが、道南いさりび鉄道の改札は無人駅であった。外に出てみたが、雪が横なぐりとなっているので散歩は諦める。幸い、駅前に「道の駅」があったので、折り返し列車の出る約一時間後まで、そこで一休みとした。
 道の駅で函館の地酒が売っていたので、それを購入し、紙コップで飲んだ。静かで落ち着くが、まったりしているうちに列車の時刻が迫っていた。
 小走りでホームに出ると、まもなく発車。行きは帰宅の高校生で混んでいたので海側に座れなかったため、帰りはそちらに座った。津軽海峡はグレーの雲に包まれ、現れる無人駅もその色に染まっている。渡島当別駅は教会風の駅舎で、この駅だけは曇り空に白い輝きを放っていた。
(SONY α55 LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2018.12.04 Tue l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
武蔵小杉
 東急東横線で武蔵小杉駅に降りた。近年、高層マンションが工場の跡地に続々と立ち、街の景色が一変した。東横線の駅周辺にも店が増えた。ショッピングモールも出来た。
 日本の人口が減っているという事実は、この武蔵小杉の風景を見ているだけでは実感できないくらい、急激な人口増だ。
 このマンション群を一枚で収めることは難しい。駅前に立つ建物だけ収めるのさえ困難だ。そのくらい、多くのマンションが立っている。こういう風景は360度撮影できるカメラで撮ってみたら面白いかもしれない。
(iPhine5)
2018.12.03 Mon l 川崎北部・横浜港北 l コメント (0) トラックバック (0) l top
増毛
 この記事の公開日の頃は北海道に行っております。今回は函館~夕張~札幌~小樽~余市~銭函というルートです。
 主目的は石勝線夕張支線に乗ることでして、来年春に廃止が決まっているこの路線に名残り乗車してきます。二日目は夕張に泊まる予定です。
 夕張は旧炭鉱町で廃墟が多い町です。全盛期の人口の一割ほどにまで落ちた現在の人口。以前訪れた時と風景はあまり変わっていなさそうです。前回は旅館に泊まりました。六月だというのに、夜は結構寒く、部屋にはダルマストーブが置かれ、自分で火種をくべて夜を過ごした思い出があります。
 北海道の鉄道は電車より気動車が多く、しかも国鉄時代の車両がまだ結構活躍している。駅舎も国鉄時代のままの所が多い。というより、大半はそうかもしれない。今回訪れる夕張も、そんな雰囲気の路線です(夕張駅は平成に移転された新しい駅)。
 国鉄からの古い気動車は観光客には快適かどうかというと微妙ですが、旅情という点に於いてはJR時代からの車両にはない趣きがあります。
 今回は夕張の駅すべてを訪問する予定です。旅は一期一会といいますが、数カ月後にはなくなってしまう駅たちを(駅舎は保存されるかもしれませんが)、じっくり味わってこようと思います。こういう場所を撮るなら、本当はフィルムカメラの方が良さげなのですが、今回はデジタルとなります。
(写真は廃止前の留萌本戦増毛駅。2016年11月撮影)
2018.12.01 Sat l カメラエッセイ l コメント (0) トラックバック (0) l top