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逗子
 披露山公園にやってきた。披露山に上がるには鎌倉方面への道から逸れて昇っていくのが一般的で、車だとそのコースになるが、今回は逗子海岸の北端から上がった。
 浪子不動の脇から伸びる登山道。沢づたいに上がっていく道だ。途中、少し開けている場所もあるが、木が生い茂っている涼しい道である。
 15分ほど登ると披露山公園の駐車場となる。ここから園内に入ると動物公園だ。
 山の上から北の方を見やると、小坪の集落と鎌倉の海が見える。手前は本物の高級住宅街披露山である。
(SONY NEX-6 LENS:PENTAX DA 21mm F3.2 Limited ※KIPONマウントアダプター使用)
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2018.04.30 Mon l 逗子 l コメント (0) トラックバック (0) l top
逗子
 ソニーEマウントに装着するペンタックスKマウント用のアダプターを購入した。マウントアダプター界隈では割とお求めやすい価格帯にラインナップをしているKIPONというブランドのものである。
 今回買ったアダプターは、ボディ寄りに絞りを調節するリングが付いている。この絞りリングは数値は表示されていないが、レンズを前から覗いて開き具合を確認しながら撮るので特に不便はない。
 なぜ絞りリング付のアダプターを買ったかと言えば、ペンタックスDAレンズを使うためだ。DAレンズはデジタル時代になって登場したAPS-Cサイズのレンズだが、当然のように絞りリングはない。ニコンで言う所のG表記されているレンズみたいものである。そのDAレンズで絞りリングのないアダプターを付けると、絞りが開放で固定されてしまうので、絞りリング付のアダプターを購入した次第。
 そういう訳で買ったアダプターだが、手持ちのKマウントレンズには実はDAレンズはそれほど多くない。多くはフィルムカメラ時代のレンズを中古で買ったものだ。それでもDAレンズでの使用を考慮してアダプターを買った理由は、今回持ち出したレンズにある。
 DA 21mm F3.2 リミテッド。小さくて、金属の質感もよく、キャップ式のフードもなかなか素敵。ただ、写りに関してはそれほど好みではなかった。リミテッドシリーズは画質云々よりも小ささや写りの味を追及したレンズだそうだが、その味というものが今一つに思えていた。
 そこで、マウントアダプターを使ってソニーのボディで使うとどういう写りになるだろうかと思い、今回テストに持ち出したのである。これで結果が良ければ、NEX-6のスナップ用広角レンズとして活かせそう。そんな期待を胸に逗子にやってきた。
(SONY NEX-6 LENS:PENTAX DA 21mm F3.2 Limited ※KIPONマウントアダプター使用)
2018.04.29 Sun l 逗子 l コメント (0) トラックバック (0) l top
由比若宮
 横須賀線の線路を踏切で越えると、海が近い雰囲気に満ちてきた。次に向かったのは元鶴岡八幡宮である。
 予備知識がなく、妙本寺の近くにあった周辺案内図を見てやってきた。周辺案内図は地図というより絵図だったので、具体的な場所がよくわからず、今歩いている道を踏切の向こうに行った場所という事だけしかわからない。
 踏切を渡り、少し先に行った所を右に曲がると、入口を示す石碑が路地に立っている。道はまさに路地で、人がすれ違うのがやっとの道幅だ。この先で合っているのか半信半疑になりつつ、道を歩く。
 路地を少し歩くと赤い鳥居が見えてきた。家と家の間に境内がある。鳥居の前に説明版がある。
 元が付くので、鶴岡八幡宮と何か歴史的関係があると思い、気になってやってきたのだが、ここはいわば鎌倉幕府につながる鎌倉源氏の始まりとなった地と言えそうな場所だった。
 河内源氏の源頼家が陸奥に向かう際に鎌倉に立ち寄り、ここに源氏の守り神である京都の石清水八幡宮を勧請した。のちに、移転して大きくしたのが今の鶴岡八幡宮。ということだそうである。
 かつてはこの辺りが海岸だったそうだ。この辺りまで来ると観光客の姿も少なく、静かに散歩できる落ち着いた場所だ。現在の鶴岡八幡宮とその周辺の賑わいとはまるで正反対だが、今もこうして社があるのが地域に密着しているような趣きが感じられて、鎌倉の奥の深さを改めて思う。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 STANDARD PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2018.04.28 Sat l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
八雲神社
 妙本寺から海の方向に歩く。すぐ近くに八雲神社がある。
 源義光が鎌倉に疫病で苦しむ人が多かったのを見て、京都の八坂神社を勧請したのが起こりと言われ、厄除けの社として地元の人からは「八雲さん」と呼ばれているそうだ。
 境内に伸びる御神木の下には「森羅三郎手玉石」という石が置かれている。森羅三郎とは源義光のことである。甲斐源氏、つまり武田氏や、東北の南部氏の祖の人だ。
 境内からは裏手にある祇園山への登山口がある。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 STANDARD PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2018.04.26 Thu l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
妙本寺
 木々の向こうに本堂が見えてきた。日が差して暑い午後だからか、屋根の下で休んでる人たちもいる。
 鎌倉幕府二代将軍源頼家の後継者争いで起こった比企の乱。そこから難を逃れた比企能本(ひきよしもと)が日蓮聖人に帰依して、比企家の屋敷跡であるこの地を提供して法華堂を建てたのが、妙本寺の起こりであるという。
 広々とした境内と、木に囲まれた環境。誘われるように多くの人がやってくる。門の前では、プロの撮影スタッフにより記念写真を撮っている新郎新婦もいた。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 STANDARD PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2018.04.25 Wed l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
妙本寺
 滑川を渡り、少し山側に向かう。鎌倉駅からそれほど離れていない山の麓に妙本寺がある。
 山門の横には幼稚園があり、参道は山に向かって緩い登りになっている。木に囲まれた道を歩く。その先に、本堂に向かう階段がある。この辺りは比企谷というらしい。源頼朝の重臣比企能員(よしかず)の屋敷があったそうだ。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 STANDARD PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2018.04.24 Tue l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
本覚寺
 蛭子神社から近くの本覚寺に向かう。本覚寺には夷堂というものが建っている。源頼朝がこの地に建てたと伝わる。その後、明治の神仏分離令によって、先ほど参拝してきた蛭子神社に合肥されたが、昭和になって本覚寺の境内に夷堂が再建された。
 本覚寺の境内には観光客の姿もちらほら見かけた。駅からほど近いから足を運びやすいのかもしれない。境内は広々としていて明るい。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 STANDARD PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2018.04.22 Sun l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
蛭子神社
 小町のこのあたりは静かで、歩いている人もそれほど多くない。落ち着いた道である。蛭子神社(ひるこじんじゃ)にやってきた。
 蛭子神社は明治の神仏分離の際、近くの本覚寺からこの地に移ってきたそうで、境内のすぐ横を滑川が流れているという静かな環境にある。
 静かで落ち着いた周囲の雰囲気の中で手を合わせていると、穏やかな気持ちになっていくものである。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 STANDARD PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2018.04.21 Sat l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
妙隆寺
 鎌倉駅で降りると初夏を思わせるような陽気だった。桜が咲いているうちに訪れようとやってきた。
 若宮大路を渡り、細い道に入っていく。訪れるのは二回目となる妙隆寺にやってきた。ここは鎌倉幕府に仕えた千葉氏が日英上人を迎えて建立したお寺である。
 室町幕府六代将軍足利義教(よしのり)の悪政を戒めた第二祖の日親上人は、弾圧されて拷問を受けたと説明版にある。ついには焼けた鍋を被らされ「鍋かむり日親」と呼ばれたとも書かれてある。
 信念の人、日親上人が寒中、百日間水行をしたという池も境内に残されている。背筋が伸びる思いで手を合わせた。
(PENTAX Q LENS:PENTAX 01 STANDARD PRIME ※135判換算47mm F1.9)
2018.04.19 Thu l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
浅野
 天気が良い午後。猫たちは昼寝の時間だ。黒白の猫はしばらく自分にくっついていたのち、ホーム上に寝転んだ。
 鶴見線の駅の猫は人に懐いている。乗客が多い路線ではないが、最近は観光で訪れる人も少なくない。私がカメラを構えている間も、おそらく海芝浦に向かうと思われる家族連れやカップルがホームに居た。こうして訪れる人達から可愛がられているのだろう。
 のどかな時が流れる無人駅で猫と遊び、機材テストを済ませ、風の強くなってきた道をあとにした。
(SONY α7Ⅱ LENS:MINOLTA AF 50mm F1.4 AFマウントアダプターLA-EA4使用)
2018.04.18 Wed l 川崎南部・鶴見 l コメント (0) トラックバック (0) l top
浅野
 一匹の猫を追っていくと、もう一匹も現れた。この二匹は仲がいいらしい。三毛の方が黒白の尻尾を触ったら軽く喧嘩となった。まあ、じゃれあっているような展開である。
 すぐ喧嘩は止み、黒白の方は自分にくっついてくつろぎ始めた。写真を撮ろうにも近すぎて撮り辛い。そうこうしているうちに、三毛は寝てしまった。
 フルサイズは毛の一本一本を描写してくれる。ブログだと圧縮画像になってしまうのが残念だが、猫の毛並みの質感が伝わってくれば幸いである。ミノルタのこの50mmは絞り開放付近だと妙に柔らかい描写になるので、なかなか扱いは気難しいレンズだけど、APS-Cで使うより本来の画質の良さが出るような気がした。設計の古いレンズなのに大健闘だ。
(SONY α7Ⅱ LENS:MINOLTA AF 50mm F1.4 AFマウントアダプターLA-EA4使用)
2018.04.16 Mon l 川崎南部・鶴見 l コメント (0) トラックバック (0) l top
浅野
 カメラやレンズを購入するとテストする場所。私にとっては鶴見線である。勝手知る場所で、今までに何度か撮ったようなシチュエーションで撮影する。違いがわかるのだ。まあ、細かく分析している訳ではないので、気楽に撮影していこう。
 やってきたのは浅野駅。ここは鶴見線の本線と海芝浦へ分かれる支線とが分岐する駅。本線は一面二線の島式ホーム。支線は二面二線の対向式ホームとなっている。
 鶴見線は鶴見駅以外は無人駅となっているので、この浅野駅も駅員の姿はない。ただし、貨物列車を管理する職員の詰所があり、その建物が駅舎のように建っている。
 改札を入りまっすぐ行くと支線ホーム。右手の構内踏切を渡ると本線ホームとなっている。支線ホームの所には猫が住んでいるので、遊びながら撮影できたら良いなと思っていると、さっそく姿を現した。まずは風景用に装着していた28mmレンズで後ろ姿を撮ってみる。
(SONY α7Ⅱ LENS:MINOLTA AF 28mm F2.8 AFマウントアダプターLA-EA4使用)
2018.04.15 Sun l 川崎南部・鶴見 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大岡川
 蒔田から南太田に向かって歩いた。途中、大岡川が流れている。この川は川沿いに桜並木があり、もう少し下流である黄金町から伊勢佐木町あたりだと桜まつりも行なわれているほど、桜が身近な川だ。
 空は曇りだが、桜の花が並ぶ眺めは綺麗だ。橋の上で足を止めてパノラマ撮影する。
 私はパノラマ写真はもっぱらiPhoneで撮っている。通信手段は携帯電話に、ネット閲覧はタブレットにしたので、今はスマートフォンの使用目的は、このiPhoneでの写真撮りと音楽を聴くためのものとなっている。撮影もこの通り、スイングパノラマで撮影することが多い。
 パノラマ撮影に特化したコンデジがあったら欲しい。撮影者がスイングするのではなく、レンズがスイングするようなカメラ。フィルム時代はあったようだが、デジタルで出ないだろうか。1インチセンサーあたりを積んで、レンズ描写もいいものが欲しい。
 パノラマモードが独立しているソニーのカメラ、特にRX100あたりを使えば、その要求に近いものとなるが、レンズがスイングするギミックが欲しいのだ。などと考えたが、まあ売れないだろうと冷静になった。
(iPhone5)
2018.04.14 Sat l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
蒔田
 桜が咲いた頃、iPhoneを片手に横浜市南区界隈を歩いてみた。パノラマ写真を撮ろうという訳である。
 横浜駅から市営地下鉄ブルーラインに乗ってやってきたのは蒔田(まいた)駅。ここは中世には蒔田城という城があった所である。
 蒔田城は戦国時代に北条氏に仕えた吉良氏の居城とされる。ただし、あまり史料がないため「まぼろしの城」とも言われている。
 現在、城があったとされる場所には「横浜英和学院」という女子校が建っている。明治時代に設立された歴史のある学校で、この学校のグラウンドの改修工事の際に、戦国時代のものと思われる火鉢のかけらが出土したそうだ。
 学校とあって、迂闊に城跡には入り込めないが、周囲には桜が見事に咲いていた。地下鉄の駅から徒歩5分ほど。階段を上がって小山の上に出た場所である。この小山が城の一部だったのだろう。
 大船の玉縄城もそうだが、城跡が女子校になっているというケースは、「現在も容易には侵入できない」という堅牢さが感じられて、「さすが北条氏関連の城だ」と唸ってしまうのだ。桜を撮ったら手短に退散するしかない。と言いつつも、学校の周囲を一周してみてから小山を下りたのだった。
(iPhone5)
2018.04.13 Fri l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
猫
 以前からソニーα7Ⅲが発売されたら、型落ちとなるα7Ⅱを買うつもりでいた。今年のCP+の開幕前日に電撃的に登場したα7Ⅲの性能は惹かれるが、ここは予定通りに計画を実行しようという訳で、某有名店の通販ページを利用して相場よりも安いα7Ⅱを遂に手に入れた。
 α7Ⅲの人気が凄いことになっている。その余波でFEレンズ(ソニーEマウントのフルサイズ用レンズ)が品薄になっている。標準ズームである24-105mm F4Gは特にそうで、α7Ⅲ発売と共に巷から消えて、注文から一カ月待ちという状態だそうだ。Eマウントに於ける最高スペックレンズシリーズであるソニーのGMレンズも、ソニーのツァイスレンズも、Gレンズも、はたまたリーズナブルなレンズである85mm F1.8辺りまでも品薄となっている。
 更に、シグマから発売されている「キヤノンEFマウントレンズをソニーEマウントにてAFで動かすマウントアダプター」であるMC-11という商品も品薄である。あちこちでソニーα7Ⅲまたはα7RⅢなどでキヤノンEFレンズを使ってみた使用感のレポートが上がっているようである。

 そんな世の流れとは少しズレているのだが、α7Ⅱを手に入れた私も早速その性能にハマってしまっているところである。といっても、GMレンズだの、ツァイスだの、Gだのとすぐには買えない身であるので、まずはミノルタレンズなのである。手持ちのミノルタレンズなら、Gレンズもあるし、ツァイスは持っていないが(いずれプラナー85mm F1.4は買うと思うけど)、隠れツァイスことソニー85mm F2.8(※)は持っている。ということで、ミノルタソニーAマウントアダプターの出番である。

 ※ ソニー85mm F2.8は、レンズ構成が、ヤシカコンタックスマウントの「カールツァイス ゾナー85mm F2.8」に似ていると言われる。

 AマウントレンズをEマウントカメラに付けるアダプターはソニーから四種類出ていて、その内訳は、APS-CとフルサイズそれぞれにMF用とAF用が出ているというラインナップだ。このMF用でも、レンズ内にモーターが付いているレンズだと、EマウントボディのAFが作動して高速なAFで使えるのだが、その手のモーター付レンズをあまり持っていない自分は、今回アダプター本体でAFが出来るタイプを購入した。ソニーLA-EA4という名のアダプターである。
 このアダプター、Aマウント一眼レフのα99相当の部品が搭載されているそうで、トランスルーセントミラーおよびAFモーターが付いている。そのため、普通のマウントアダプターのような只の筒と違い、なかなかごつい。外見はこちらの公式サイトで見てください。
 手にしてみると、思っていたよりは手にフィットした。モーターの入っている下の出っ張りが指の置き場となって、それなりにホールディングできる。
 肝心のAFの速さだが、ウチにあるAマウントのデジタル一眼レフは、コニカミノルタ時代の二機種に、ソニーのはα700にα200にα55と完全に旧機種なので、それらのどの機種よりもAFが速い。自分にとっては実用レベルである。
 人の瞳に自動でピントが合う(驚くことに実際の人間だけでなく写真の瞳でも合う)という「瞳AF」というEマウント機の武器の一つは使えないし、画像面ほぼいっぱいにAFが動くα7Ⅱ本来のAF性能が活かせないのは悔しいが、それは純正FEレンズを買った時の楽しみとしておこう。

 まあ、α7Ⅱ購入の理由のひとつは「フルサイズAマウント機」として使うというもの。いくつかのレンズを試してみたが、画質は所有Aマウント機より飛躍的に良いし、なんといってもフルサイズである。レンズ本来の画角で使えるというのは嬉しい。
 最初に外で試したのは、ミノルタの35-70mm F4ズームだ。1985年「世界初の本格AF一眼レフ」としてデビューしたα7000のキットレンズである。近所の公園を犬の散歩に出かけた時のショットで、カスタム設定などを自分向きにセッティングする前の写真だが、中古で確か1.5kくらいの値段で買ったズームレンズでここまで写れば万歳である。

 今後は他のマウントのアダプターも買う流れになりそうだ。そのあたりの話も、少しずつ書いていきたいと思うこの頃である。
2018.04.12 Thu l カメラエッセイ l コメント (0) トラックバック (0) l top
平塚
 春の訪れとともに花粉症がやってくる。春野訪れとともにJリーグが始まる。ということで、BMWスタジアム湘南(平塚競技場)にマスクをして行ってきた。
 平塚駅から徒歩でスタジアムに向かう。20分ほどの所要時間だ。バスも出ているが、歩いている人も多い。今日は満員になると思われる試合だ。湘南ベルマーレもコンスタントに集客できるようになった。J2でも面白いサッカーを継続していれば人気は出るという見本だ。
 そんなベルマーレがJ1に復帰した今季もなかなか好調だ。湘南という地域に合った攻撃的なスタイルはJ1に上がっても継続されている。
 スタジアムのある公園に着くと大勢の市民がくつろいでいた。梅の花が咲いている。そういえば、平塚駅前にあった百貨店は梅屋という名前だった。
 公園では、サッカーに行く人も大勢くつろいでいた。試合開始のずっと前から来て、いろいろと並んでいる屋台のスタジアムグルメを楽しむ人達、フリーマーケットには雑貨だけでなくサッカーユニフォームなどを出している人もいる。
 子供広場のようなコーナーが設けられている。のどかな光景。こういう平和なスタジアム風景は海外に誇れるものだ。外国からやってくる選手たちも、家族連れが安心して観戦できる日本の風景を絶賛する。いつまでも変わらないでいてほしい風景である。
(SONY α55 LENS:SONY 85mm F2.8)
2018.04.11 Wed l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
備中高松城
 再び伯備線の旅となり、高梁川に沿う渓谷を眺めていたが、景色はやがて平野となった。私は倉敷まで行かず、総社駅で降りる。接続よく吉備線の列車がすぐに発車するようだ。
 吉備線は平野を走るローカル線で、沿線には歴史のある神社仏閣が多い。今回は備中高松駅で降りることにした。
 改札を出ると駅舎に備中高松城への道についての説明が貼られてあった。駅舎を出て右に行き、踏切を渡ってまっすぐに行く。徒歩10分ほどだ。
 備中高松城は平地に築かれたいわゆる平城という造りで、湿地を活かした構造になっていたそうだ。
 天正十年(1582)に織田信長の命令を受けて中国地方を攻めてきた羽柴秀吉の隊が、この備中高松城を攻めにやってきた。城主である清水宗治は抵抗を見せ奮闘するも、秀吉の水攻めという奇策によって湿地に建つこの城が水で溢れ、戦は終わった。
 この備中高松城での戦が終わったところで秀吉は本能寺の変の知らせを受け、急いで京の都に向かい、天王山で明智光秀と戦うことになる(山崎の戦い)。
 城址は今でも湿地であることを示すような景観だ。岡山市が蓮池という地名が残るこの地に沼を再生させたところ、自然と蓮が花を咲かせるに至ったという逸話があり、そこを城主清水宗治にちなんで宗治蓮と名付けている。
 本末跡に来ると、地元のガイドさんがツアーの人達に解説をしていた。己を貫き、秀吉軍に抗った清水宗治は地元の英雄なのだと実感した。
 備中高松駅に戻ってくると帰宅の高校生達がホームに立っていた。時計は午後三時を回っている。あとは岡山に出て、山陽本線に乗って東に向かうだけである。
 京都で途中下車して夕食にしてから、京都タワー地下にある大浴場に向かった。一風呂浴びれば、あとは大垣に向かい、大垣から夜行列車で帰ることとなる。京都から乗った新快速は帰宅ラッシュで草津まで座れなかったが、疲れなどなく、旅を振り返りながら東に向かった。
(RICOH GR)
2018.04.10 Tue l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
備中松山城
 江津から山陰本線に乗って米子にやってきた。出雲市を出た頃には外は暗くなり、宍道湖の眺めは堪能できなかった。
 米子では駅の近くの安いホテルを予約してある。実際に足を運んでみるとホテルといううより旅館のような建物である。寝るだけなので内装は気にしていないが、狭い部屋にいるより外出だ。折り畳み傘を持って外に出た。
 ここまで二日間は夕食にお金を使っていないので景気よく行こうと、構えの良さげな店を見つけて入る。入口にJ3のガイナーレ鳥取のポスターが貼ってある。造りは和風でいい店だ。
 さすが日本海沿岸の町、刺身も焼き魚も美味しい。メニューに隠岐島の岩ガキを見つけたので注文。合わせる酒も隠岐島にしようと、隠岐誉という地酒を見つけて注文。岩ガキは手のひらほどの大きさの貝殻に大きな身が入っている。とても美味。
 鳥取県はネギも名物である。ネギの漬物が想像以上に美味しく、米子の地酒稲田姫の大吟醸を飲んでしめる。
 翌日、小雨の中を伯備線で岡山県を目指した。当初予定した計画よりも早い電車で出発したので、途中下車する駅を乗りながら決める。岡山県に入ると雨が上がったので、備中高梁で下車。
 この町に来るのは久しぶりだ。前回降りた時は泊まった。駅が綺麗に改築されて、二階の書店、一階にカフェやバスセンターが入っている。バスの運転手に城への最寄りバス停を尋ねた。ここで降りた目的は備中松山城である。
 運転手は丁寧に説明をしてくれながら、バスで行くよりもタクシーを勧めてくれた。その助言に従いタクシーに乗る。
 タクシーは町はずれにそびえる山に向かっていく。運転手は沿道に史跡が現れると徐行して解説してくれた。武家屋敷や殿様が暮らした御殿は麓にあったという。御殿跡は高校になっている。
 タクシーは八合目までしか登れない。一般車は更に下までとなり、そこからは有料のシャトルマイクロバスで八合目まで行く仕組み。道が狭いのが理由だ。
 親切な運転手に礼を言って、ちょっとした山登りのような道を往く。木の間から麓が見下ろせる。いい眺めだ。20分ほどで天守が見えてきた。
 備中松山城は全国に十二しかない現存天守、つまり江戸時代の天守を残す城である。ちなみに、関東には現存天守はない。すべて現代になって復元されたものである。
 やはり現存天守は素晴らしい。そして、石垣が野趣に富んで素敵だ。思っていたより戦の匂いのある城という印象を受けた。見せる城という雰囲気はあまりない。山城だからだろうか。
 帰りは麓まで歩いた。麓にバス停があるのだ。バス停に辿り着くと、15分ほど待てばバスが来る時刻。
 帰りのバスの運転手も丁寧な人だった。少し遅くなった昼食は駅一階のカフェに入る。カレーを注文した。美味。高梁はいい町。
(RICOH GR)
2018.04.09 Mon l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三江線
 都賀大橋から美郷町営バスで潮(うしお)にやってきた。バスと言ってもワンボックス車である。乗客は私だけだったが、石見都賀駅から鉄道ファンが一人乗車。
 潮駅前で降りた私は、まずホームに上がった。この駅は江の川の横に作られた駅だ。眺めはとても良い。ホームに沿って道には桜の木が並ぶ。まだ開花はしていなかった。
 駅近くの潮温泉大和荘が10時から入れるので、少し駅を見学してから行くことにした。駅は駅舎はなく、待合室がホームにあるだけだ。駅ノートがあったので記入した。三江線の廃止を惜しむ声で頁が埋め尽くされていた。
 潮温泉は白い湯で、温度も適温で気持ち良かった。小雨の中を歩いてきてよかったと思えた瞬間である。
 駅に戻り写真を撮っていると、石見川本行きがやってきた。私が宇都井で降りてから四時間ぶりにやってきた江津方面の列車だ。車内は予想通り混んでいて座れず、ドアの所に立って景色を眺める。
 石見川本では乗り継ぎの江津行きまで一時間半ほどある。時計は12時を回り昼食時。改札を出ると、町の人が駅周辺の飲食店が書かれた案内マップを配っていたので受け取り、駅前を散策した。
 駅の近くに「昔ながらの」という言葉が似合う食堂があったので、そこに入ってうどんを食べた。棚に並んでいる漫画が昭和のものであった。そういう小道具がとても似合う店内で、小鍋に入って運ばれてきた肉うどんを食べて暖まった。
 駅に戻るとテレビカメラの姿が見えた。廃止の日が近づき取材が入っているのだ。一泊目の宇部のホテルで見た朝のニュースでも三江線の話題を取り上げていた。この賑わいが以前から存在していれば廃止になることはなかった。しかし、廃止になるからこそ、こうして大勢の人が訪れている事も確か。自分もそんな一人である。
 ツアーなのか、お年寄りの団体も乗り込んだ車内は賑やかなまま江津に向かった。なんとか席に座れた私は、石見川本駅のホームに並ぶ町の人達に見送られ発車した列車で、午後の三江線を満喫するつもりだったが、江津までの約一時間、早起きと朝からの長い歩きで眠くなり、半分ほどの時間を眠りこけてしまったのは残念であった。
 江津駅に着くと、そのまま三次方面に戻る人が多く、ツアーの人はバスが待っているのか駅の外に出ていった。やってきた山陰本線の出雲市行きは先ほどまでの喧騒が幻のように静かな車内で、私は窓枠に肘をつきながら雨の日本海を眺めたのだった。
(RIGOH GR)
2018.04.07 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三江線
 宇都井駅前から延びる道は少しだけ上りになっている。そこを上がると江の川に出る。私は川に沿って延びる細い道路を北に向かって歩き始めた。
 宇都井で降りた人はおそらく一時間ほど後にやってくる三次行きに乗って三次方面に戻るのだろう。江津方面は四時間後なので、そのプランで動いていると思われる。
 そんな中、私は温泉に入るという目的のために、こうして歩いている。歩いて移動した区間は乗れないが、三江線には一度全線乗っているので、そこは気にせず歩く。
 天気は小雨。用意してきた折り畳み傘をさし、ひたすら川に沿って歩く。時折車が追い越していくが、20分に一台くらいのペースである。歩行者に至っては鉄道ファンと宇都井駅近辺ですれ違ったきりだ。
 行程の半分くらいにさしかかった頃、鉄橋が観えtきた。時計を見ると、件の三次行きがそろそろ通過しそうな時間だ。休憩を兼ねて列車を待つ。しかし、なかなか来ない。
 もういいかなと思い始めた時、レールを叩く音が聞こえてきた。慌てて仕舞いかけていたカメラを取り出す。
 宇都井駅を出てから一時間ほど経過した頃、ようやく集落が見えてきた。久しぶりに見る人の営みに、とてつもない安心感で胸がいっぱいになった。
 しかし皮肉なもので、集落に入ったあたりで雨が強くなってきた。急ぎ足で先を急ぐ。目的物の都賀大橋が見えてきた。赤いトラスが美しい。
 橋を渡ると「都賀大橋」バス停がある。一日数本のバスなので間に合ってよかった。到着までまだ20分ほどある。幸いバス停にはサッシ戸の付いた小さな待合室があり、清掃の行き届いたトイレも隣にある。田舎道のバス停なのに設備が揃っている。小さなベンチに座ってやっと朝食。前夜、ホテル近くのコンビニで買ったパンを食べる。時計の針は九時を回った。
(RICOH GR)
2018.04.06 Fri l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三江線
 口羽を出た三江線は更に混雑を増した。口羽から地元の人数名を含め乗客が増えたのだ。私は二駅先で降りるので席を譲り、その二駅先の宇都井(うづい)駅で降りた。
 宇都井は谷あいに設けられた駅で、高さ20メートルほどの高架上にホームがある。下に下りるには110段の階段を使って移動するしかないという、一風変わった作りの駅なのだ。
 一日の平均乗降客は0人という宇都井だが、私を含めて男女5~6人が降りた。狭いホームにちょっとした賑わいが生まれる。
 ホーム上の待合室が駅舎のような役目を果たしている。そこに駅ノートがあった。こういう旅情溢れる駅はやはり駅ノートが置いてあるものだ。全国から訪れた旅人の思い出が詰まった駅ノート。廃止後も三江線記念館のようなものが出来るのなら、そこに置いてほしいものである。
 ホームからの眺めを堪能したあと、110段の階段を下りた。上りの人のために、ホームまであと何段なのかを示す紙が随所に貼られている。
 上からの眺めもよかったが、やはり下から見上げる宇都井駅は絵になる風景だった。廃止後はこの駅はどうなってしまうのだろうか。解体するにも一苦労だと思える駅だ。
(RICOH GR)
2018.04.05 Thu l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三江線
 サッカーを観たあと急いでアストラムラインに乗って大町駅を目指す。先ほど可部線に乗り買える時に駅前の造りを確認してある。私はタクシー乗り場に直行した。
 大町から東に数キロ、タクシー代で1200円ほどの距離に芸備線の安芸矢口駅がある。芸備線は広島駅から出ているが、広島駅まで向かうと大回りになるのでタクシー代をケチらずにこういうルートとなった。わかりやすく言うと、逆三角形の下二辺を回らず上一辺で安芸矢口駅に出るという訳だ。
 安芸矢口に着くと日が暮れ始めていた。小さな駅舎は無人駅。住宅街ではあるが、山の麓、川の土手の横にある小さな駅だ。ライトもまばゆく三次(みよし)行きの快速がやってきた。
 二日目は三次泊まりである。以前から泊まってみたい町だったので飲みに出かけたいが自重してホテル近くのラーメン屋に入った。ホテルも駅近くである。何しろ日曜とはいえ、よく駅周辺の宿の予約が取れたと自画自賛な状態な今の三次なのだ。ここは明日に備えておとなしくしておきたい。
 翌朝、四時半頃起きた私は、まだ暗い駅前の道を歩いていた。当然だれも歩いていない筈、なんてことはなかった。駅に近づくにつれて人の気配がしてくる。ディーゼルエンジンのアイドリング音が響く三次駅に着くと、待合室には何人もの旅人がいる。登山か?釣りか?いえ、鉄道です。
 三次5:38発の三江線一番列車は、ホームに列を作って並ばなくてはいけない状態であった。背広を着たJR職員が整理にあたっている。日本有数の過疎ローカル線である三江線が、座席が埋まり、立つ人まで出るほどの賑わいになっている。それには理由があった。三江線は三月いっぱいで廃止となるのである。
 秋の頃から一両では足りず、二両ないし三両に増結しているという話は伝わってきていた。この列車も二両である。窓の外はまだ夜のようなもので景色はよく見えず、車内も混んでいて風情はないが、贅沢は言っていられない。廃止されればもう乗れなくなるのだ。
 三次を出て一時間ほどで口羽に着いた。ここは開通当初は終着駅だった駅である。当時は三江線は北と南に分かれつながっていなかった。山間の小さな平地にある集落の小駅。今でも終着駅のような雰囲気は残っている。ここで三十分近く停車。空は雨だがだいぶ明るくなったので、降りて撮影をしてみた。
(RICOH GR)
2018.04.04 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
広島ビッグアーチ
 一日目は宇部に泊まった。宇部線の宇部新川駅で降り、夜の町を歩く。十年以上前にも泊まった町だが、やはり商店街は寂れていた。駅前通りに灯るネオンは飲み屋ばかりである。
 宇部というと個人的には「道重さゆみさんの故郷」というイメージだ。泊まったホテルは町の中心部からやや離れていた。近くのスーパーで朝食を買うついでに酒のコーナーを見たら「さゆり」というピンクのラベルの酒があったので思わず買ったが、部屋に入ってラベルをよく見たら山口の地酒ではなく、白鶴が出している酒だった。まあ、それなりに美味しかった。
 二日目は宇部線で新山口に出て広島に向かった。新白島という駅で降り、アストラムラインという新交通システム鐡道に乗る。大町というニュータウンの割と大きめの駅でJR可部線に乗り換え、終点の,あき亀山駅に向かう。可部からこの駅までは、一度廃止になった区間を復活させたものである。それほど、広島は山側のニュータウン化が進行している。
 大町に戻り、アストラムラインの終点である広域公園前へ。車内は混雑。紫色の服を着た人が多い。そうサンフレッチェ広島である。
 駅は選手の写真などが貼られ、階段も壁も紫である。駅からスタジアムは緩い坂になっており、徒歩15分ほど。スタジアムは山にあるのだ。
 現在首位を快走中とあって、バックスタンドもゴール裏も満員。私はアウェイ寄りの席に空いている箇所を見つけて落ち着いた。場内を包む熱気がメジャー感に溢れていて、これがJ1なんだと実感する。
 客層は幅広く、家族連れが結構多いし、中高年も多い。そして、男子学生も多い。これはいい傾向だと思う。野球のイメージの強い広島だが、実はサッカーどころでもあり、競技人口は野球よりサッカーの方が多いそうだが、学生が気軽に足を運ぶ環境が構築されていると感じた。
 スタジアムの雰囲気もよく、チームも好調。これでスタジアムが陸上競技場ではなかったら。そして、もっと街中にあったら。そう感じてしまう。新スタジアム計画は必然であると改めて思う。いつか実現することを祈る。
(iPhone5)
2018.04.03 Tue l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
門司レトロライン
 試合を観たあと、小倉駅から門司港駅に向かった。門司レトロラインという観光鉄道に乗るためである。
 門司レトロラインは使われなくなった貨物線を利用して作られた。機関車と客車は九州の南阿蘇鉄道と島原鉄道で走っていたものを持ってきたものだ。
 JRの門司港駅の駅前広場を挟んで乗り場がある。九州鉄道博物館の最寄り駅ともなっている。スタッフさんの親切な対応で切符を購入して乗車。切符はカラーである。いい記念となる逸品。
 列車はかなり遅い。添乗員さんの説明によると「日本一遅い鉄道」らしい。門司の町をじっくり見るには良い遅さである。
 やがて窓外には海が見えてくる。西日を浴びた関門海峡の海だ。終点はトンネルを抜けた場所にある。トンネルを抜けると景色が一変した。
 駅の前には海が広がる。向こうの陸地は下関だ。駅横に関門トンネル専用機関車だったEF30形電気機関車が旧型客車と一緒に展示されている。その向こうにそびえるのは関門大橋だ。
 ゆっくりしたくなる風景だが、乗ってきた16:40発の列車は折り返し乗車が出来る最終便。つまり今から出るのが門司港に戻れる最終便なのだ。
 駅前で写真をのんびり撮っていたら、帰りの席は塞がった。短い旅なので立ったまま景色を眺めるのはまた楽しい。トンネルに入ると天井が魚のライトアップされる演出を撮った。
 古い建物の多い門司港に作られた新名物。また乗ってみたい鉄道だ。
(RICOH GR)
2018.04.02 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
ミクスタ
 宇部線に乗って宇部を目指す。宇部は町の中心から離れた郊外の駅で、中心地は宇部線の宇部新川だ。今夜は宇部に泊まるのでこの駅には夜に再訪となる。
 宇部で青春18きっぷに日付印を入れてもらい、山陽本線で小倉に向かった。午後は此処でサッカーを観る。小倉駅北口から徒歩15分ほどでスタジアムに着いた。
 現在、J3に所属しているギラヴァンツ北九州のホームとして昨年オープンした「ミクニワールドスタジアム北九州」。以前のホームだった本城陸上競技場はアクセスは良くない上に見辛いスタジアムだったが、ここはターミナルから徒歩圏でフットボール(サッカーとラグビー)専用スタジアムという贅沢な仕様である。
 今のサッカーのスタジアムは「スタグル」を充実させることが必須みたくなっていて、ここミクスタも地元の名物などが販売されている。私は「蛸勝ちバーガー」というものを食べた。ハンバーガーに蛸が入っているというたこ焼きテイストなもので、美味しかった。
 ミクスタの特徴は、バックスタンドの後ろがすぐ海という立地である。ここまで海に近いスタジアムは他のスポーツにも国内では無いのではないだろうか(アメリカにはある)。
 試合はというと、FC琉球のカウンターにやられて敗戦。北九州は一時期はJ1昇格も狙える強さになっていて、J1基準のスタジアムとしてミクスタが完成した訳なのだが、タイミング悪く昨年からJ3に降格している。この試合を観るかぎり、今季も苦戦しそうに思えたのだった。
 ハーフタイムに門司の地ビールを買って、後半はホーム側のゴール裏で観戦した。サポーターも熱いし、家族連れと若い人が多いスタンドには熱があった。北九州はJ3で一番お客さんが入るクラブである。もう少し中高年を取り込めば人気クラブになりそうだと思える。がんばってほしい。ビールはとても美味だった。
(RICOH GR)
2018.04.01 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top