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宇部
 今回から数回に分けて、先日行ってきた旅の写真とその話を掲載します。

 3月17日の土曜日。羽田空港からスターフライヤーに乗って山口宇部空港に降り立った。一万四千円弱(28日前予約の割引)という安い運賃であるにも関わらず、シートはゆったりしており、背ずりにはモニタも付いている。
 機体が黒でかっこいいが、CAさんの制服も、シートの色もみんな黒に統一されていて洒落ている。初めて乗ったが一気にファンになった。
 さて、空港からは青春18きっぷを使ってJRで移動である。山口宇部空港は徒歩10分ほどの距離に駅がある。「無人駅」なローカル駅だ。
 宇部線草江駅。電車は各方向とも一時間に一本程度の本数。私の乗った便から乗り継いできた人は皆無だった。駅舎もない簡素な駅で、待合室のベンチに座って用意してきたパンを食べる。7時20分発の飛行機に乗るために早起きしたので、遅い朝食なのだ。
 草江駅。周囲は住宅が点在するが、海がすぐ近くで空が広い。これから北九州市に向かう。
(RICOH GR)
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2018.03.31 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小田原
 帰り道は違う道にしてみた。小田原高校と相洋高校の間を通る道路に下りてきた私は、その道を歩き始めた。住宅地に近くなってきたが、まだ勾配のある道である。
 二つの高校を過ぎると、競輪場が現れた・元々は城があった敷地だからこそ、こういう風にいくつかの広い建物が出来たのだろう。
 少し歩くと、東海道本線と箱根登山鉄道の線路を越える橋が現れた。橋を渡ったその向こうは小田原城址公園の南端である。
 まっすぐ行かずに、脇に入ると、狭い橋がある。撮影者向けに、ロマンスカーの通過予定時刻が書かれた紙が貼ってあった。眺めていると、あと数分で上り列車が来ることがわかった。待機だ。
 やってきたロマンスカーはVSEという愛称を持つ車両だ。慌てたので微妙にずれた写真となった。こういう時は設定が容易な一眼レフの方が便利だと思ったりもする。
(FUJIFILM X100)
2018.03.30 Fri l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小田原城
 小田原城の八幡山古郭は山城のテイストである。ひとつの城で、近世(江戸時代)と中世(戦国時代)の遺構が両方残る城跡は実は珍しい。観光向けなのは復元天守や水堀のある近世城郭の方だが、この中世の遺構も歩いていて面白いものだ。
 公園になっている曲輪跡を歩いていくうちに、大きな空堀が現れた。小峯御鐘ノ台大堀切というものだ。
 写真で伝わりにくいのが残念だが、幅も結構あり、自然の地形を生かしつつ、長く掘られてある。やはり、北条家の築城技術は凄いし面白い。そう改めて感じた。
 豊臣軍の襲来を予測して、北条家は小田原城を大改築した。町を土塁や堀で囲んだ「総構え」は後に江戸時代の城の見本となった。いわゆる城下町を堀などで囲む町作りである。
 小田原の場合、山側も防備がしっかりとられている。こうして大きな堀を作ってあったのだ。
 結果、小田原城は戦いに巻き込まれることなく、降伏開城となった訳だが、これだけの防備がとられていたのだから、攻める側も無理に攻撃できなかったのだろう。
 歩いていると、歴史サークルの人々といった男女が堀切を熱心に見学している光景に出会った。街中の近世小田原城城郭に比べると訪問者は少ないが、この八幡山古郭こそ、北条家の色が強く感じられる場所だと思った。
 それは、三島の山中城や、東京の八王子城、埼玉県の鉢形城などにも共通した、北条流の凝った城造りの真骨頂とも言えるものである。
(FUJIFILM X100)
2018.03.28 Wed l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小田原城
 城山陸上競技場から更に山を登っていく。このあたりは八幡山というそうで、小田原城の八幡山古郭などと呼ばれているようだ。
 説明版が現れた。八幡山は縄文時代の遺跡も出土されているそうで、かなり前から人が住んでいた地域なようだ。
 小田原城は北条氏が城主となる前は大森氏だった。大森氏の時代はどのあたりに主郭があったのかは諸説いろいろなようだが、やはり八幡山ではないだろうかと思える。
 北条氏は、この八幡山の曲輪群と詰城として整備したという。自然の地形を生かして広い曲輪や大きな堀を作っている。豊臣軍は二十万人の兵をもっても、結局は小田原城を落とすことは出来なかった訳だが、山側もこれほどの巨大な仕掛けが施してあるのだから当然だと思いながら歩いた。
 現在は公園として整備されているこの八幡山古郭の巨大曲輪群だが、この辺りは毒榎平(どくえだいら)という地名だそうだ。毒榎というのは、油の原料になる植物のことで、それを栽培していたということなのだろうか。
 現在は公園や浄水場となっているが、あちこちに存在するちょっとした広場の空間がすべて曲輪だったと考えると、小田原城の大きさを改めて思い知る。
(FUJIFILM X100)
2018.03.26 Mon l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
御前曲輪
 小田原駅に戻ってきた。ここからは駅の反対側、つまり山側に向かう。今回の小田原訪問の目的である「小田原城訪問」のためである。
 小田原城に行くなら、その方向は逆ではないかと思われそうだが、今回向かう小田原城とは、室町~戦国時代の方だ。戦国時代途中から北条氏によって城は拡張され、現在の位置にまで延び、町全体を堀と川と土塁で覆い、日本最大の城郭都市となった小田原だが、今回はその礎を見てみようという訳である。
 新幹線口の駅前には北条早雲こと伊勢宗瑞の銅像が立っている。小田原北条家の初代当主であり、ここ小田原を拠点として「関東に民のための国家を作る」ことを始めた人物である。
 その宗瑞さんの銅像に一礼して、山への道に向かう。道は駅前から既に急な登りである。
 右に左に曲がりながら上がっていくこと20分ほど。小田原の町を見下ろせるくらいの高さにまでやってきた。山の斜面の窪地にグラウンドが現れた。「城山陸上競技場」である。ここは小田原城の「御前曲輪(ごぜんくるわ)」があったと言われる場所だ。
 大した調査が行われないままグランドが造られてしまったので、長年御前曲輪は謎のままだった。城跡に学校や役所やグランドを建てるのは全国的な傾向で、史跡を顧みるという風潮が沸き起こるようになったのは割と最近のことらしい。今なら、そのままにしておくことだろう。
 近年、グランドの改修の機会に発掘調査を行なった結果、いくつか出土物もあったようだ。御前という名を見ると、北条家の奥方の住まいがあったのかと思ってしまうが、伸仏を祀る場所という意味だそうである。これだけの広さだから、大勢の人が集まることが出来る。祭事や出陣前に家臣たちが集う空間だったことだろう。
 小田原城の遺構が現れたことで、坂を登ってきた疲れも吹き飛び、気分は盛り上がってきた。さて、更に昇っていく。
 ※小田原城御前曲輪について
(FUJIFILM X100)
2018.03.25 Sun l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
緑町
 伊豆箱根鉄道大雄山線の緑町駅に着いた。街中に突然現れる小駅である。もちろん無人駅で、券売機も設置されていない。
 起点の小田原駅から400mしか離れていないこの駅。繁華街に行くために造られたような立地に思える。駅のすぐ横はJRの高架があり、案外騒々しい場所でもあるが、ローカルムードのある駅だ。
(FUJIFILM X100)
2018.03.23 Fri l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
栄町
 小田原は史跡だけでなく、近代建築物もレトロな物件が多くて見所多い。この辺りもかつての繁栄を偲ばせる風景が残っている。
 レトロなのは飲み屋に限らず、他の業種の店も同様だ。古い建物が多いということは景気が芳しくないという事でもあるのかもしれないので、迂闊に素晴らしいなどとは言いにくいが、昔の雰囲気の残る町というのは情緒を感じることは確かだ。
(FUJIFILM X100)
2018.03.21 Wed l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
栄町
 小田原駅にやってきた。相変わらず風は強い。花粉症がひどくなる風である。
 東口に出て、酒匂川方向、つまり北に向かう。このあたりは飲食店の多い区域だ。奥に行くほどに昭和な雰囲気を強めていく。
 栄町という町名になるこの町の、線路に近い区域は、飲み屋が多い。それもスナックのような類の店だ。しかも、造りはとても古い。旅館めいた重厚な造りの建物もある。ゆくり歩いてみる。
(FUJIFILM X100)
2018.03.16 Fri l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
曽我
 ひととおり見て回り、最初の地点に帰ってきた。もう昼過ぎなので駅に向かう。
 今年は寒かったせいか、開花は遅れているらしく、先ほどのおじさんの話ではこれからが見ごろだという。梅まつり自体は三月初旬で終わりなので、梅の花そのものをじっくり観たい人は祭が終わってからの方がいいかもしれないと思った。
 駅に着くと、次の電車まで三十分ほどあったので昼食。次は小田原に向かう。
(FUJIFILM X100)
2018.03.15 Thu l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
曽我
 天気が良くなってきたので散策が楽しい。畦道のような所を行き、木が並ぶ区画に着いた。
 少し行くと住宅街なようだが、梅林の周りは土と梅の匂いに充ちている。風が強いので撮影に適した日ではないが、せっかく訪れたのだからと、カメラをマクロモードに切り替えて絞りを開ける。
 X100というカメラは絞り開放のF2にすると、途端にソフトな感じになるが、少し絞ってやると自然な雰囲気になる。こういう変化は今時のデジタル向けレンズっぽくなく、フィルムカメラのテイストで好ましく思う。
(FUJIFILM X100)
2018.03.14 Wed l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
曽我
 御殿場線の線路に沿って歩くうち、下曽我駅まで戻ってきた。今度は駅から見て南にある曽我梅林、梅まつりの会場名で言うと、原会場と別所会場に向かう。
 梅林の入口にやってきた。広々とした場所で日当たりもいい。天気が良くなってきたのだ。
 入口近くにいい感じの木があったので撮影していると、自転車に乗った地元の人に話しかけられた。先祖代々曽我に住む人だそうで、戦国時代は北条家の家臣だった家だそうだ。
 この木はとてもいい梅だという梅の話に始まって、曽我の話、小田原の話、身の上話まで。結構色々な話を聞かせてもらった。こういう出会いは大事にしたい。
 撮影を再開した。ここは花の色も白に限らず様々で、よく見るといろんな品種があることがわかる。ゆっくり歩いて眺めるのが楽しい。やがて、広い農地に出た。その向こうにも梅林がある。行ってみることにした。
(FUJIFILM X100)
2018.03.13 Tue l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
中河原
 道路を北に歩く。道路沿いに梅の木が現れ出した。この辺りは白い梅が多い。やがて、道路が少し高い位置になり、梅林が並んでいる様を見下ろす風景となる。
 この辺りは中河原梅林というそうで、曽我の梅林は数か所に分かれて存在していることがわかる。
 梅林に下りていき、中を歩いていると踏切が見えた。40分間隔程度の運転頻度の御殿場線だが、ちょうど警報機が鳴り始めた。梅の木の横を走る電車。いい風景だ。御殿場線はJR東海の路線なのでオレンジのラインが入った電車である。
(FUJIFILM X100)
2018.03.11 Sun l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
下曽我
 三月になって間もなく、私は御殿場線に乗って下曽我へやってきた。梅林で有名な地である。空は曇ったり晴れたり。風はとても強い。いい天気とはいいがたい気もするが、今回はまず梅を観に行こうと思う。
 駅から少し歩くと、あちこちに梅の木が現れ出した。
(FUJIFILM X100)
2018.03.10 Sat l 小田原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
佐原
 慈眼院に参拝したあとは、階段ではなく道路で下に向かった。そこで、先ほど歩いてきた道とは違う風景に出た。
 山が入り組んだ谷戸、そんな地形だろうか。横須賀市内だと田浦あたりによくありそうな風景だ。郊外の住宅地の風景から、いきなり農村の風景に飛んできたような感覚。
 少し歩けば、先ほど通ってきた道に戻る。車の往来も多く、沿道に店がいくつも点在する風景だ。しかし、こうして少し奥に入ると、静かな農地となる。歩けるところまで歩き、行き止まり近くまで行く。番犬が吠えて出迎えてくれたので、素直に引き返した。
 再び先ほどの道に戻る。行き交う車と人を眺めながら缶コーヒーを飲んで暖まり、適度なところで京急久里浜駅に戻ることにした。三浦半島には、まだまだ知らない風景がることを知った午後。
(RICOH GR)
2018.03.08 Thu l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
慈眼院
 坂を下りていくと大きな道に出た。衣笠方面に出る道だろうか。歩いたことのない道なので、少し先に行ってみることにした。
 前方に山が見えてきた。三浦半島はこういう小さな山があちこちにあるのが良い。ちょっとしたハイキング向けな山である。山から連なる丘に急な階段があるのを見つけた。
 階段を上っていくとお寺があった。慈眼院というお寺で、三浦三十三観音のひとつだと知る。
 本堂のある場所からは周辺の町が一望できる眺めだ。階段は苦手な人は、車で近くまで上がることも出来る。なでるとご利益があるというサルスベリをなで、周囲に立つお地蔵さんに一礼した。
 ※慈眼院について
(RICOH GR)
2018.03.07 Wed l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
久里浜
 横須賀線の引き込み線を撮ったあとは、もう少し久里浜の町を歩いてみようと決めた。
 駅の西側はあまり歩いたことがない。私は坂になっている道を上がっていった。辺りは住宅街で新しめの家が多い。
 小学校や幼稚園がある。幼稚園の送迎バスは方面別に複数台発車していく。賑わいのある町だ。
 坂を更に上がっていくと、駅のあたりが見下ろせた。眺めのいい所には人は集まるものだなと実感する。
(RICOH GR)
2018.03.06 Tue l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
久里浜
 京急に乗っていて、京急久里浜から野比方面に向かう車内で進行方向右手、その位置を立って眺めていると線路が見える。家と家の間をひっそりと単線が伸びている。それが、横須賀線の引き込み線である。
 一応、途中までは使用しているようだが、末端近くはレールが錆びている。つまり使われている形跡がない。しかも、末端に近づくにつれて線路内には雑草が増していく。
 活用するほど距離は長くなく、潰して再開発するには敷地が狭い。他にも理由は色々ありそうだが、とにかくずっと何年もこんな状態である。
 個人的には三浦半島にいくつもある、レトロな味わいのある景色のひとつとして、末永くこのままであってほしくも思う。
(RICOH GR)
2018.03.05 Mon l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
久里浜
 バスに乗って京急久里浜駅前までやってきた。意外にも昼下がりのバスは混んでいて、房総に向かう東京湾フェリーが発着する久里浜港のあたりからは立客が出るほどだった。
 駅ビルで一休みしたあと、駅の西側に出た。こちらはJRの久里浜駅があるが、基本的には裏口という感じの賑わいだ。
 このJRの駅近くの空き地にJリーグ横浜F・マリノスの練習場が出来ることが先日決定した。みなとみらい地区にあった練習場が、土地の借入期限の関係で取り壊されてから、専用練習場の建設が待たれていたマリノスにとっては朗報だ。
 実は横須賀市はマリノスのホームタウンに含まれていて、応援ペナントが掲げられている地区もあるのだが、ここ久里浜も掲げられていた。練習場が出来るまではまだ数年あるが、受け入れ準備は万端といったところだ。どんな練習場が出来るのか楽しみである。
(RICOH GR)
2018.03.04 Sun l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
野比
 内陸部にある医療センターの周囲を歩きながら、野比海岸バス停まで歩いてきた。
 ここから京急久里浜駅までバスが通じているのだが、本数は多くはなく、一時間に一本程度の本数だ。まだ次のバスまで20分ほどあるので、備え付けのベンチに座って待つことにする。ちなみに、この路線バスはここが終点である。
 写真の向きだと背中にあたる方向は海岸だ。潮風が吹いてきて、のどかな昼下がりなのである。
(RICOH GR)
2018.03.02 Fri l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
野比
 千駄ヶ崎から野比方面に引き返す。今度は内陸部を通って歩く。海岸沿いは風が強くなってきたので、歩きにくいということもある。
 海岸より高台になっている内陸部には久里浜医療センターという国立の医療施設区域がある。いくつもの医療施設が建ち並ぶ景観は圧巻である。周囲に人家が少ないからこそだろう。
 久里浜医療センターのバス停がある所は山里のような風景で、ここが海岸のすぐそばだとは思えない眺めだ。バス停から少し歩くと医療センターのグラウンドがあった。
(RICOH GR)
2018.03.01 Thu l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top