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千駄ヶ崎
 野比海岸に沿って通っている道路は左カーブして海岸から離れていく。すぐ前にはパシフィックホスピタルという病院があり、その向こうは久里浜の火力発電所だ。ここからは関係者以外は海岸沿いに進入することは出来ない。
 このあたりは千駄ヶ崎と呼ばれている。その名の岬は病院の先にあるが、進入禁止の場所なので行くことは出来ない。私は道なりに内陸部に入る。
 千駄ヶ崎バス停を過ぎると、その先は千駄ヶ崎トンネルだ。トンネルの向こうは久里浜である。トンネルの手前で左に折れる小道があり、そこに入っていく。道は少し上り勾配で、住宅や建設会社などが建っているが、左側に広々とした草地が現れた。動物の臭いがする。よく見ると、そこに羊が何頭か佇んでいた。
 海を見下ろす台地に、風が少し吹きつける。羊はのんびりと休みながら、時折声を上げていた。
(RICOH GR)
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2018.02.28 Wed l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
野比
 野比に来ると沿道に洒落た店も現れ華やいだ雰囲気になる。砂浜は途切れ始めるので、再び道路の歩道に上がる。
 やがて、左は小山が近づいてくる。野比は小山が海岸に迫っている町である。その山のなだらかな斜面に医療施設が現れる。この辺りは巨大医療ゾーンなのである。
 その麓の海岸沿いは、歩道に沿って水仙の花が並び始めた。ボランティア団体の手によって植えられているもので、この季節にこの地を訪れる楽しみのひとつになっている。
 水仙の香りは大好きだ。潮風とのコラボレーションは癒される。
(RICOH GR)
2018.02.25 Sun l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
野比
 野比(のび)海岸にやってきた。ここは駐車場もあり、ちょっぴり観光要素のある海岸である。
 空はとても青い。火力発電所の煙突が見える久里浜方面は雲がたくさん出ているが、長沢方面は雲がない。広い冬の空だ。
 このあたりはベンチが多いのがまたいい。ジョギングをしている人が何人もいた。
(RICOH GR)
2018.02.21 Wed l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
長沢
 長沢海岸を歩いていると、やがて若山牧水歌碑が現れた。ここ長沢は牧水が婦人の療養のために住んだ町でもある。空気もよく、海も綺麗なこの地を夫妻は気に入り、やがて婦人の病も癒えた。
 こうして澄んだ青空の下に立っていると、確かにいい所だなと思う。三浦半島は岩の多い複雑な地形の海岸が多いが、このあたりは砂浜が長く続いているのだ。
 海の向こうは房総半島だ。牧水も詠んだ鋸山が雲の下にそびえ立っている。
 若山牧水歌碑について
(RICOH GR)
2018.02.20 Tue l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
長沢
 長沢海岸に着いた。国道沿いに砂浜が広がる風光明媚な所だ。このあたりから津久井浜、三浦海岸と南の方角には「ビーチ」と呼びたくなる砂浜が広がっているのだ。
 今回はその方角ではなく、北に向かって歩き始める。こちらも砂浜があり、遊歩道も整備されている。散歩やジョギングに励む地元民の方々の姿を見かけた。
 空気がよく、海の眺めもいい。若山牧水が妻の療養を目的として、この地に移り住んだことがあるという。少し先に歌碑があるようなので行ってみる。
(RICOH GR)
2018.02.18 Sun l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
グリーンハイツ
 京急長沢駅にやってきた。この駅で降りるのは久しぶりだ。海岸まではすぐの駅だけど、まずは山側を見てみる。山側にはグリーンハイツというニュータウンが造られていて、町名にもなっている。
 スーパーマーケットや金融機関がある駅前は、駅の規模の割には駅前広場が広い。バスが発着できそうなほどだ。いわゆる団地町ということになるのだおるが、近くには三浦富士という山もあり、のどかな風景だ。
 集合住宅は海側にも続き、その道が海岸に向かっている。今回は長沢海岸から野比を目指す。
(RICOH GR)
2018.02.17 Sat l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
田奈
 田奈駅に着いた。駅のまわりは緑が多い。自然との調和を目指して開発された田園都市線の沿線は、どの駅も周辺は緑が多いが、それでも開発によって綺麗な街になっている所が多い。
 そういう風景の中、田奈駅のあたりはまだのどかさが残っている。高度成長時代に開業した田園都市線は当初二両編成で走っていた。その時代の面影を微かに残す地かもしれない。
 郊外に庭付き一戸建てを持ち、そこから都心に通勤する田園都市構想というものは、ロンドンをヒントにして東急が考え出したものだそうだ。関西だと奈良県の生駒あたりが、その思想に近い街作りをしているように思える。自然に囲まれたニュータウン、そして街はひたすら瀟洒に開発する。そういうイメージ。
 田園都市線の各駅は、その階発思想で大きくなっていったが、全ての駅が発展していなくてもいい。そんなことを思ってしまうのは、この風景が好ましく思えるからだろうか。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm F3.5-5.6 OSS PZ)
2018.02.14 Wed l 川崎北部・横浜港北 l コメント (0) トラックバック (0) l top
田奈
 東京や神奈川にも雪が降った数日後、郊外ではまだ地面に雪が残っていた。
 東急田園都市線。典型的なニュータウン路線であり、ラッシュ時とそれ以外では混雑も大きく違う。朝の混雑の酷さは国内ワーストとの呼び声も高い。
 そんな田園都市線も、日中は割と落ち着いている。沿線に大学があって広間でも混んでいる小田急線とはそこが違う。
 田園都市線の終着駅は大和市にある中央林間だが、その手前は東京都町田市である。その手前は横浜市だから、町田市の区間の両側を神奈川県に挟まれ、二回県境を超えることになる。
 町田市のあたりも地面には結構雪が残っていたが、横浜市もなかなかだった。渋谷方面の電車が田奈駅に向かう途中、線路脇の丘には雪が残る。田園都市なのである。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm F3.5-5.6 OSS PZ)
2018.02.13 Tue l 川崎北部・横浜港北 l コメント (0) トラックバック (0) l top
l小諸城
 入口の近くまで戻ってきた。入場時に四か所の施設に入館できるセット券を購入したので、それぞれ観ていきたいと思う。
 まずは、島崎藤村記念館。実は一年ほど前に藤村の「破戒」を読んでいた私は、その初版本や原稿が展示されていることに感動した。「破戒」の内容については、興味ある人は検索していただくとして、主人公の人柄は教師経験のある藤村だからこそ描けたのではないだろうかと強く感じさせられた。そんな印象を受けた静かで質素な造りの館内は、とても居心地の良いものだった。
 続いて鹿島神社に参拝した。ひらけた境内の明るい雰囲気。太陽はだいぶ傾きつつある。すぐ近くの小山敬三美術館に移動する。
 白い洋館風の建物は靴を脱いで上がるので、中はとても綺麗だった。絵画を語れる知識はないので解説が難しいが、風景画は輪郭がダイナミックで、肖像画は多数の色を使って繊細。印象に残る作品群だった。館内が綺麗だったこともあって癒された気分。
 入口に向かう道を辿り、入場券を買った所まで帰ってきた。脇にある懐古館に入場。ここは小諸城に関する資料を展示した施設。大河ドラマ「風林火山」のポスターも掲示されている。城下町と城のジオラマ。江戸時代の書状など、ゆっくり見ていきたい施設だったが、日没が迫ってきて時間がなかったのが残念だった。
 少し早足気味に、名残り惜し気味に門をくぐり、すぐ近くにある小諸義塾記念館に入る。古びた洋館そのものという施設で、ここも靴を脱いで入館する。島崎藤村も在籍して教育にあたったというこの学校。その設立経緯から教育についての解説などが展示されている。思いのほか展示物が多く、時間に追われて観るのが勿体なく思う。
 一通り見終わったのであとは駅に向かう。二時間ほど滞在していたことになるが、もっと居たかったというのが本音。季節を変えて再訪しよう。そう決めて小諸駅に着いた。寒風が吹いていた上田に比べると気温も穏やかで、きっと小諸城とは相性がいいのだろうと思わされた。城好きも、観光も、どちらを目的にしても堪能できる場所。それが、懐古園こと小諸城だと思った二時間だった。
 懐古園公式サイト
 小諸からは少しずつ暗くなってきた空の下、浅間山を眺めながら軽井沢に向かった。久しぶりにやってきた軽井沢駅は駅舎が改築されていたが、レトロな洋館のような雰囲気は満点だった。日の暮れた駅前を少し歩いたが、かなり寒い。駅の券売機で新幹線の自由席券を買うと、もう今回の旅がラストに迫った実感があった。
(RICOH GR)
2018.02.12 Mon l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小諸城
 石垣がある区域にやってきた。石は浅間山が噴火した時に飛んできた「焼石」と呼ばれる石を試用しているそうで、溶岩が流れて出来た谷を天然の空堀(水を張っていない堀)として活用したり、自然を生かした造りだ。石には苔がついていて、それもまた不思議な味を醸し出している。
 石垣に上がる階段を昇ると天守台跡があった。少し高い位置なので、なかなか見晴らしがいい。柵などがないので橋まで来ると少し怖くもあるが、それもまた野趣に富んでいてよいものだ。
 歩いていくと懐古神社があった。さっそく参拝。小諸城の敷地は全体的におだやかな空気に包まれているので、この神社も落ち着く空間だった。
 公園として整備されているので、随所に案内板があるのが嬉しい。いろいろと優しい小諸城である。
(RICOH GR)
2018.02.10 Sat l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小諸城
 懐古園こと小諸城跡を歩き始めた。五百円で四つの施設を見学できるセット券があるので、そちらを購入。公園になっている所を歩くだけなら無料で、たぶん前回は無料で中に入ったと思う。
 歩き始めてすぐに巨大な空堀(写真左上)が現れた。この空堀を境にして左上が動物園、右上が公園になっている。公園といっても、石垣などの城の遺構があり本丸跡があるのは右なので、そちらを楽しみにしつつ、まずは左に向かう。
 実は空堀と思ったのは、浅間山が噴火した時に出来た谷である。自然の地形を大がかりな防御設備に活用しているというわけだ。見事なまでの設計だ。私はテンションが上がりまくりである。脳内には大河ドラマ「風林火山」のテーマ曲が流れている。先ほど上田では「真田丸」のテーマが流れていたというのに、変わり身の早いものだ。しかも、昨日は武田氏のライバルである上杉氏の越後で過ごし泊まったというのにだ。私は上杉氏も武田氏も好きだ。
 さて、動物園にやってきた。日曜ということで家族連れが何組か居て楽しんでいる。個人的には城跡に歴史とは無関係な施設を造るのは好ましくないと思っているのだが、なぜか此処の動物園はほがらかな気分になっていった。規模が小さく、全体的に手作り感に溢れているからだろうか。私は資金力全開なものより、こういう施設に弱い。すっかり気分は楽しくなり、ひとつひとつの動物を見て回った。
 心なしか、動物たちものんびりとしているように見える。空気がよく、人混みもなく、落ち着いて過ごせる環境なのだろう。動物園の先まで来ると、その向こうの山々と千曲川の谷が見えた。小諸城の先端は千曲川の崖だということを思い出す。
 ドラマ「風林火山」の案内板が立っていた。放映していたのは十年以上前だった筈。主人公山本勘助が造った小諸城は、山の空気もよく、景色もいい。戦のない時は武田氏の家臣たちもこの風景になごんだのだろうか。
 すっかり癒され気分になった頃、谷に架かった橋を渡り、石垣や本丸跡がある方に向かった。
(RICOH GR)
2018.02.08 Thu l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (2) トラックバック (0) l top
小諸城
 上田からしなの鐡道に乗って小諸に着いた。しなの鉄道は元信越本線だから本数は多い。一時間に二本くらいの割合で走っているので、あまり時間を気にせず乗れるのがいいところだ。
 小諸に来るのは久しぶりだ。前回来たときは確か駅の裏にある懐古園に足を運んだ。今回もそこに行く。前回は懐古園が城跡だということを知らないまま園内歩いた。公園という感覚だったのだ。懐古園は「小諸城」の跡なのである。
 前回は地下道を通って線路の下から入口にアクセスしたが、近年造られたと思われる立派な跨線橋が立っていた。屋根は瓦で雰囲気満点である。
 跨線橋を下りて少し行くと、地下道の出口と合流し、懐古園の門の前に出る。入口の近くに懐古園の案内マップ、というか小諸城の見取図ともいうべき地図があった。実はこの小諸城は他の城にはない大きな特徴があるのだ。
 普通の城は町よりも高くそびえ、町を見下ろすように立っている。町の警護だったり、敵襲を見張るためだったり、理由はいくつかあるだろうが、そのように造られているものが多い。
 だが、この小諸城は違う。町より城が低い位置にあるのだ。つまり門の場所が一番高い所で、城の奥に行くほどに低い位置になっていく。一番奥は千曲川の崖になっている。この変わった造りは「穴城」と呼ばれるもので、非常に珍しいものなのである。
 この変わった設計の小諸城を普請(城の設計)したのは、武田氏の家臣であり、大河ドラマ「風林火山」の主人公にもなった山本勘助と言われている。上田城を普請したのは真田昌幸(真田幸村こと真田信繁の父)だが、真田氏も元々武田氏の家臣だった。武田氏の城は個性的な名城が多く、ここ信濃や本拠の甲斐、のちに領地としていく駿河や遠江にも武田氏の関わった個性的な城は多い。
 ということで、小諸城を見ていこう。上田城、小諸城と大河ドラマの主人公に関連した城めぐりの旅の後半戦である。
(RICOH GR)
2018.02.07 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
上田城
 小千谷駅からは、長岡からやってきた飯山線直通の列車に乗る。日曜の朝のローカル線は空いている。雪まつりで知られる十日町を過ぎたあたりから雪が深くなってきた。
 無人駅のホームは雪で埋もれ、山も樹木もひたすら白だ。飯山線は日本有数の豪雪地帯のローカル線なのである。
 戸狩野沢温泉駅で長野行きに乗り換えとなった。長野県は新潟県とは異なり晴れである。地面に雪は残るが空は青い。千曲川の水面が美しく空を映し出している。
 長野駅からは、しなの鉄道となる。上田駅に到着すると大河ドラマ「真田丸」のテーマが流れてきた。写真を撮ったりして、ゆっくりと階段を上がり、真田関連のおみやげが並ぶ店を過ぎ、改札口に来たところで、ちょうどテーマ曲は終わった。
 駅の入口にも真田家の家紋である「六文銭」が描かれ、とにかくあちこちに真田家にちなんだものが溢れている。上田は真田家の町。そんな演出なのである。
 私は徒歩で上田城に向かった。脳内に真田丸のテーマが再生される。二十分ほどで到着した。上田城は街中にあり、市民の公園として親しまれている。道路などの位置からは少し高くなっているので眺めもいい。真田石という良質の石を用いた石垣も立派で、門の雰囲気もいい。
 戦国時代は真田氏の城だった上田城には真田神社がある。訪問の挨拶ということで参拝して、次は堀に沿って城の周りを歩いた。
 江戸時代は仙石氏の城となった上田城の堀は、やはり江戸期の城らしさに溢れる大きなもので、水は凍っていた。それがまた風流である。
 帰り際、すれ違ったボランティアガイドのお姉さんが笑顔で挨拶してきた。青空の下、どこまでも雰囲気の明るさが印象的な綺麗な城だった。さて、次は駅で蕎麦を食べよう。信州といえば、やはり蕎麦である。
(RICOH GR)
2018.02.06 Tue l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小千谷
 翌朝、私は少し早起きして徒歩で駅に向かった。ホテルのすぐそばにはスナックなどが入っている小さな雑居ビルがあった。タクシーの車内からは気づかなかった。もっとも、このビルに入っている飲み屋が昨夜営業していたのかはわからない。
 駅の方向に太陽が雲間から姿を現してきた。今日は晴れなのだろうか。商店街はひっそりと静まり返っている。歩道の上に屋根が架かっているので雪は防げるため、歩道には積もっていない。昨日の雪の跡は路面に残っているだけだ。
 やがて橋が見えてきた。信濃川だ。昨夜タクシーで渡った時は思いのほか長い橋だと思った。山間だというのに結構川幅が広い。さすが日本一長い川だ。
 橋の歩道に雪が積もって歩きにくいのではないかと心配していたが、歩道の端から温水が噴き出していた。その小型スプリンクラーが一定の間隔を置いて設置されている。
 川のせせらぎは澄んで、静かに流れている。流れている方向が新潟市なのだ。昨日の大雪で街は更に雪深くなっているだろうか。
(iPhone5)
2018.02.04 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
IMG_2505_R.jpg
 定刻に長岡駅を発車した電車は快調に大雪の中を走り、小千谷駅に着いた。この先、越後湯沢方面は山間になっていくが、小千谷は平野から山間部に入っていく入口みたいな場所である。駅のすぐ近くには信濃川が流れている。
 当初は駅前からホテルまで歩き、途中でいい感じの飲み屋でもあればと思っていた。しかし、冬の雪国だけに夜も早いだろうと予想し、長岡で夕食は済ませてきた。
 小千谷駅に降り立った瞬間、そのひんやりとした冷気に、さすがに平野で海沿いの新潟市より一段と寒いと思った。ホテルまで歩く気はあっという間に失せ、素直にタクシーに決めた。幸い、一台停まっていた。駅前は市街地のはずれにあるので駅前広場も割と狭い。新幹線のない駅はこんなものだろうとも思う。
 私と共に降りていった数名の女子高生は出迎えの車に乗って、次々と駅前から去っていく。写真など撮りながらのんびりしているうちに、駅は閑散としてしまった。窓口は夜間閉鎖で、夜八時過ぎのこの時間は無人駅状態だった。
 タクシーの車内から駅前通りを眺める。信濃川に架かる橋が思いのほか長い。寒空の下、これを渡るのはしんどい。タクシーにして正解だったと思う。
 駅前からも、川を渡って市街地に入ってからも、商店街は続いている。歩道には屋根が架かった雪国仕様だ。もとよりやっていない店も多いのだろうが、ほとんどの店が閉まっていた。「ちょっと一杯」という気持ちも失せる。
 ホテルは駅前通りから少し外れた場所にある。建物は真新しく綺麗だ。今夜はおとなしく部屋で過ごそう。長岡駅の構内のコンビニで地酒も買っておいてある。これを飲んで雪見酒だ。
(iPhone5)
2018.02.02 Fri l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
新潟
 先日、新潟に行った。旅ではあるが、家の用事も兼ねたものである。
 出発の日の二日前、信越本線で電車が一晩立ち往生するという事故があった。大雪によって電車が走行できなくなったのだ。新潟平野はそれほど雪が積もらない(それでも東京とは比べものにならない積雪量だが)。そのため積雪対策が山間部ほどではないのかもしれない。
 私を乗せた上越新幹線は冬晴れの関東平野を抜け、雪に包まれた越後湯沢を過ぎ、やがて新潟平野に入った。越後湯沢は空は晴れだったが、長岡を過ぎた辺りから曇り出し、新潟が近づくと雪が降り始めた。
 前夜のニュースでは新潟市が何年ぶりかの大雪だと報じていた。一日の積雪量が70センチを超えている。それでも長岡や山間部の方は1メートル以上積もっていることと比べたら、まだましなのだ。
 私的には新潟市内でここまで積もっているのを見るのは初めてだった。所用で郊外に向かうバスに乗らなくてはいけないのだが、バスが出るバスセンターは駅から少し離れている。私は雪に埋もれた歩道を歩き始めた。
 雪に埋もれていると言っても、人が歩く幅くらいは掻き分けられているし、足跡で踏み固められている。駅前なので、その辺は歩きやすいことになっている。
 だが、郊外はそうではない。バスから降りた瞬間、雪に足を取られながら歩くことになった。ちょっとしたサバイバルである。
 所用を済ませてバスセンターに帰ってきた私は、駅まで歩く途中、親の実家だった所に立ち寄ることにした。
 実は行きは、雪でバスセンターまでの徒歩時間が意外にかかったので、昼食時間の余裕がなくコンビニでパンを買ったきりだった。近くにある某48劇場に行く人たちを横目に、バス乗り場の近くで慌ただしく食べるという始末だったので、少し空腹気味だったのだが、食事は後回しにして、日が暮れるまでにと歩き出した。
 表通りから外れると、駅前であっても道は雪で埋もれていた。先ほど乗ってきたバスも徐行運転だったが、自家用車も皆、悪戦苦闘している。私は膝まで埋もれながら路地に入っていき、実家だった建物を眺めたあと、駅に向かった。
 赤信号で立ち止まっていると、ミニスカートの女子高生が自分の横に来た。見ているだけで寒くなってくる。いや、実際は寒さを感じたのは新幹線を降りてからの30分くらいで、すぐに体が鳴れていた。雪は寒さを和らげてくれる。そして、雪国の雪はさらっとしていて案外きもちよくもある。
 この日の宿は長岡の先の小千谷市だ。信越本線は少しダイヤが乱れていた。7分遅れで新潟を発車した長岡行き快速は、途中二回ほどトラブルで止まった。二回目は二日前の事故の場所から割と近い所で、二日前もそうだったように踏切の所だった。また立ち往生か?
 だが、車内は焦る様子も苛立つ様子もなく、誰もが達観していた。こういうところが越後の人のいい面である。二日前の事故でも、乗客は怒るどころか、雪掻きをする常務員を手伝う人もいたという。
 電車は30分以上遅れて長岡に着いた。私は駅ビルで夕食にして、上越線の小千谷方面の電車に乗るためにホームに出た。夜とあって、おそらく氷点下の気温だと思うが、ホームで女子高生が一人電車を待っていた。私も不思議と寒くはない。
 上越線はローカル線といえど、さすが山間部を走る電車だ。ダイヤは乱れておらず、定刻に発車し、定刻に小千谷に着いた。駅と市街が離れている小千谷は、市街までを結ぶ駅前通りは暗く、店はほとんど閉まっていた。
(RICOH GR)
 ※新潟駅は現在工事中。近い将来、この駅舎は生まれ変わる。私が子供の頃から変わらないこの駅舎。国鉄の空気が感じられて大好きだ。
2018.02.01 Thu l 神奈川県以外 l コメント (2) トラックバック (0) l top