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日向薬師
 日向薬師のまわりは林となていて、自然保護地域になっている。立派な大きさの木が多く、参拝とともにハイキング気分も満喫できるといった感じだ。
 木に囲まれているのと、山並みが迫っているために眺望が抜群という眺めではないが、自然に囲まれた景色は心をなごませる。
(FUJIFILM X100)
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2017.10.31 Tue l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
日向薬師
 日向薬師の境内に入った。茅葺屋根の本堂が現れた。
 山の中とあって周囲はとても静かだ。本堂に手を合わせたあと、境内を回ってみた。
 境内には樹齢八百年という大きな杉がある。その堂々たる構えに見とれる。こういう山の中にあるお寺って良いものだなと思いながら、時間の経過も暑さも忘れるひとときだ。
(FUJIFILM X100)
 日向薬師 ホームページ
2017.10.29 Sun l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
日向薬師
 日向薬師の入口に着いた。階段の先に山門が見える。山門をくぐると、山道になっていく。石が土に埋め込んであるが、なかなか大変な道である。
 木が生い茂り、太陽をさえぎってくれる中を登っていく。だいぶ山の中という景色になってきた。
(FUJIFILM X100)
2017.10.28 Sat l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
日向
 だいぶ坂道を上った気がする。山が迫ってきて道幅も狭くなってきた。バス停の名前が「坊中」である。もうすぐ目的地だ。
 バスと車がすれ違うのが大変そうな道を、伊勢原駅行きのバスがやってきた。一時間に一本から二本の間隔で走っている。
(FUJIFILM X100)
2017.10.26 Thu l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
藤野入口
 道は少しずつ上りになっていく。あまりの暑さに自販でお茶を買って飲み、木の陰で一休み。
 周辺の雰囲気は歩くほどの山の農村という景色になっていき、車もあまり走っていない静かな環境となった。小学校の横を通れば、体育館から生徒達の声が響いてきた。
 藤野入口というバス停がある。待合室があった。伊勢原駅からここまで、待合室があるバス停は初めてだ。もっとも、待合ベンチと呼んだほうがいい代物だが。
 その待合ベンチの雰囲気がまた良い。なんだか、タヌキが座っていそうな。座っていたら似合いそうな。そんなベンチである。
(FUJIFILM X100)
2017.10.24 Tue l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
洗水
 日向方面に向かって緩やかな上り道を歩く。天気は良く、帽子を被ってきたものの、暑さで汗が帽子に滲んでいく。
 彼岸花が咲いている箇所があったり、だんだん農村の風景に変わっていく。「洗水」というバス停が現れた。なんと読むのだろうか。バス停に読み方が書かれてあった。「あろうず」と読むようだ。F1のチーム名みたいな名前だが、バス停のまわりはのどかである。
(FUJIFILM X100)
2017.10.23 Mon l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
伊勢原
 津久井方面へと延びている道を歩いていく。結構、車の往来が多い。東名高速道路の高架をくぐったあたりからは、遠くに山が見えてきて眺めがよくなってきた。
 歩いてきた道と分かれて、日向(ひなた)方面への道に入るあたりで、大きなコンクリートの四角が林立する風景になった。高架の工事に違いない。場所的にもしかして?と思って、工事内容に関する掲示を見たら予想通りだった。
 工事は「新東名高速道路」のものだった。本当に造るんだなと思いながら掲示を見つめた。もう静岡県内などでは完成している区間もあるのだから、本当に造るも何もないのだが、神奈川県内の区間を造るのは、その住宅密度からいって難しいのではと思っていた。
 必要だから造るのだと理解はするが、コンクリートの四角が山に向かって延びているのを見ると複雑な気持ちになる。数年前に開通した圏央道は、相模川の土手の上にそびえ立ち、津久井城や八王子城のあった山をトンネルでくり抜いて造られた。
 自然保護、環境破壊について、色々と語れるだけの知識はないけれど、こんなのどかな地に延びていくコンクリートの列に、強い違和感を抱き、悲しい気持ちになった。
 さて、私が歩いている日向方面への道は、そんな工事現場からは、だんだん遠ざかり、前方に広がる山並みに向かって延びている。夏を思わせる暑さの中、黙々と歩く。
(FUJIFILM X100)
2017.10.21 Sat l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
伊勢原
 よく使うデジカメは同じメーカー、出来たら同じカメラがいいのだと理解はしている。フィルムカメラと違い、デジタルは各社ごとに操作感が異なるので、それを頭に叩き込んでおくのが大変だ。
 何か月ぶりかで、フジのX100を持ち出した。光学ファインダーで写真を撮ってみたい気分だった。
 X100は最近のフジのカメラの方向性、つまりマニュアルカメラのようなダイヤル操作を採用したデジカメのファーストモデルである。なので、基本的には説明書いらずで撮影ができる。筈だ。
 しかし、フジのデジカメのメニューは少し独特で、いろんなメーカーのデジカメを持っている自分でも、フジのインターフェースは慣れない。
 そういう事もあり、X100を使っていると、どうもカメラに撮らされている気分になって仕方がない。写りとカメラのスタイルは気に入っているので、使っていて楽しいことは楽しいのだが。
 この日も、撮影を始める段階になって、はてと困ってしまった。「ISO感度を変える時はどうするんだっけ?」と固まった。他社なら、こういう事で困ることはない。「ISOボタン」が用意されているメーカーだってある。
 結果、間違えて高感度で撮った昼間の街角の写真が出来上がった。面白いし、色が良いからボツにはしなかった。
(FUJIFILM X100)
2017.10.20 Fri l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
IMG_2413_R.jpg
 横浜駅の東口に出て、そごう百貨店の二階を通って外に出る。そこから屋根付きの歩道を行くと、日産自動車の本社に入ることができる。最寄駅は、みなとみらい線の新高島駅だが、横浜駅からのアクセスも悪くない。
 日産の本社は元々は東京の銀座にあったが、横浜市の要望などもあり、こうして移転してきた。一階はショールームになっていて、最新の車や往年のクラシックカーも展示されている。この日、歩いていると、電器自動車の展示が目立つところにあった。
 外には、小型の電気自動車が試乗用に置かれてあり、日産の取り組みがよく伝わってくる。その熱心さに、そう遠くない将来、電気自動車は当たり前の存在になっていくのだろうなとも、改めて感じるのである。
(iPhone5)
2017.10.18 Wed l 横浜港周辺 l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆ヶ作
 入り組んでいる路地をぐるぐる回りながら、ひとつふたつと発見していく。結構、古い建物は健在だ。さすが横須賀である。
 一通り歩いてきたあとは、駅および国道に向かって歩く。仲通り商店街の周囲も、かつてそういうエリアだったそうだ。その雰囲気はまだ残る。
 遊里には大抵ある銭湯がまだ残り、その近くには小さな路地裏飲み屋街。立派な造りの料亭も残っていたりする。
 船越小学校(ここも石川梨華さんの母校だ)の近くにあった緑色の風格ある「元」な建物は最近取り壊されて、今は普通の建物になってしまったのは残念だが、仲通り商店街の周りは今でも昭和が息づいている。
 京急田浦駅に着いた。この駅も今世紀初めまでは開業当初の雰囲気の残る駅で、木造の白い柱が並ぶホームは、なかなかレトロだったが、今は改築されて綺麗な駅になった。
 そういえば、同じ横須賀の遊里だった町の駅、京急安浦(現・県立大学駅)も、今世紀に入ってから昭和初期のモダンな駅舎を壊してしまったのは、単なる偶然だろうか。昭和も遠くになりにけり。レトロな町横須賀も、少しずつ今を歩いてる。
(RICOH GR)
2017.10.15 Sun l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆ヶ作
 田浦中学校の裏手にあたるエリアを歩く。
 田浦中学校は海を見下ろす丘の上に建っている。元モーニング娘。の石川梨華さんの母校でもある。
 その丘の後ろは窪地になっていて、そこに道路が通り、集落が連なっている。不思議なことに細い路地が多い。遊里があった名残りである。こういう所は表通りから見にくいよう、道をわざと曲げていたりもする。
 路地に入ると、次々と「元」であることを思わせる造りの家屋が現れ始めた。窓の形、玄関、二階の造り、往時を偲ばせる建物がまだ残っているのだ。
 もちろん、それらの建物は今は民家だ。一部、飲食店になっているケースもあるが、それらも含めて、建物の形以外は昔を引き継いでいるものはない。
 子の手の建物は出自が出自なだけに文化財指定は受けにくいそうだ(勿論、受けているケースもある)。ここにある建物も、やがては建て変えられてしまうだろう。
 まだまだ昭和が残る町横須賀の、表に出て来にくい昭和の風景。
(RICOH GR)
2017.10.13 Fri l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
田浦町役場
 深浦から船越に出た。小山をひとつ越えただけで、風景は一変する。船越は自衛隊の船が浮かぶ海と坂道の町だ。
 そんな船越には、かつて「皆ヶ作」という赤線があった。その名残りを残す建物は五十年以上の時を経て、少しずつ消えつつあるが、昭和レトロの建物を求めてあちこち歩いている身として、消えゆく昭和の面影を記録しておきたい。
 そんなわけで、皆ヶ作の跡地を訪ねる前に、旧田浦町役場に向かった。田浦中学に向かう交差点の近くにある脇道の坂を上がると、旧役場はある。
 かつて、この辺りは「三浦郡田浦町」だった。横須賀市に合併され、その名は消えたが、町役場の建物は残っている。少し前に訪れた時は、まだ住民に利用される建物だったが、今は閉鎖され、時の流れのままに建っている。
 もう訪れる人も少ないであろう、この建物の周囲では、開発の名のもとに、マンションなどが建ち始めている。
(RICOH GR)
※旧田浦町役場 - 横須賀市サイト
2017.10.11 Wed l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
深浦
 入り江の南側には横須賀市が管理する「深浦ボートパーク」という公園がある。小さいながらも、管理棟もあり、のどかで良いところだ。ここにはクサフグの産卵観察所というものもあって、教育的なことにも利用さrているようだ。
 公園の先は関係者以外立入禁止だが、そこにクレーンが立っている。私が深浦を瀬戸内海みたいだと思う理由が、このクレーンのある眺めだろう。呉あたりの造船所と海の風景を思い出す。
 もっとも、旅が好きで地名に強い人だと、深浦と聞けば青森県の五能線の深浦を思い出すだろう。こちらは、日本海に沿った港町。
 横須賀の深浦も落ち着ける地だ。住宅街に近い割に旅気分が味わえる町だと思う。
(RICOH GR)
2017.10.09 Mon l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
深浦
 深浦の眺めは好きだ。入り江の先端は小山がそびえ、背景にも小山が広がるので、視界の角度によっては瀬戸内海あたりの、海の向こうに島々が並ぶ眺めに通じるものを感じる。
 入り江の一番奥は集落になっていて、北側は工場、南側は真新しい一戸建てと集合住宅などが並ぶ。奥の集落の前に小さな公園があるので、そこで一休みをする。
 公園を出て、入り江の南側を歩き始めた。海に沿って遊歩道があり、のどかな景色だ。
(RICOH GR)
2017.10.07 Sat l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
深浦
 貝山を左に見上げながら歩き、深浦の工業団地に入った。工業団地と言っても規模は中規模だ。歩いていると、すぐに深浦湾に着く。
 深浦湾は、その名のとおりに入り江が深く入り組んだ地形になっている。幅は狭いので、細長い入り江だ。同じ横須賀市内の浦賀よりも幅は狭く、三浦市の北条湾にイメージは近い。
 横須賀なので海の近くまで山が迫り、深浦湾周辺の集落も細長い。追浜と船越(京急田浦)に挟まれた町である。
(RICOH GR)
2017.10.06 Fri l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
貝山緑地
 追浜駅に降り立った。京急に乗って、横須賀市に入った最初の駅となるこの駅は、周辺は住宅地であり、駅前は国道16号線が通る。なかなか賑やかな所だ。
 駅前通りを海に向かって歩く。商店街が延び、その商店街が途切れた頃に横須賀スタジアムという野球場が現れる。以前、ここで湘南シーレックス(横浜ベイスターズの二軍チーム。現在はこの名前では存在しない)の試合を観に行ったことがある。シーレックスは横須賀を本拠地にしていたのだ。
 野球場を過ぎると、道の両脇には工場が並び始める。臨海部の工業地帯という感じで、自然とはかけ離れたな景色の中に、緑に包まれた丘が出現する。ここは貝山緑地と呼ばれる。
 貝山緑地はかつて海軍の飛行隊の滑走路があった場所である。ここで飛行機の訓練が行われていた。
 入口には説明が書かれ、「予科練誕生之地碑」という記念碑も建っている。
 丘であるので園内は坂が続く。杏の畑もあり、自然に溢れた場所に、現在の平和を噛み締める。
 坂を上がっていった場所に、砲台跡に立つ展望台がある。東京湾が広がり、とても眺めのいい場所だ。
 襟を正す気持ちになりながら、緑地をあとにして、私は今回の散歩の次の目的地に向かった。
(RICOH GR)
 ※貝山緑地について
2017.10.04 Wed l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
西寒川
 西寒川駅跡に石碑があった。ホーム跡などはないので、駅があったことを示すものはこれくらいだろうか。
 西寒川支線は廃止時で、朝一往復、夕方三往復というダイヤだったそうだ。元々、貨物列車用の支線だったので、旅客輸送は二の次という事だったのだろう。
 駅の先は土手が近い。貨物用の線路はこの土手沿いに、もう少し先まで延びていたようだ。こちらは旅客営業廃止より早くに廃線となっているので、もはや痕跡はほとんどない。
 人影もない寂しい相模川支流の土手に立ち、夕方の空を眺めた。土手に至る道は草の中の小道だったが、すぐに帰ろうとその道に戻ると、土手に向かう女性とすれ違った。散歩だろうか?
 帰りは八角広場バス停から寒川駅行きのバスで帰ってもよかったが、まだ余力があったので一之宮緑道を引き返した。夕方だからか、緑道は犬の散歩をする人をちらほら見かけた。
 鉄道廃止から三十年以上が経過し、線路跡は人を運ぶためのものから、人を歩かせるためのものに変わり、住民の憩いの場になっているのだとしたら、一日四往復しかなかった現役時代よりも地域貢献している事になるのだなと、複雑な思いを抱きながら、寒川駅を目指して歩いた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.10.03 Tue l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
西寒川
 緑道を更に歩いて行くと、公園の敷地は尽きて、ふたたび住宅地の中の道となる。そして、すぐに小さな広場に出た。
 広場の脇に路線バスが停まっている。バス停の名前は「八角広場」と書いてある。この広場の名前らしい。そこが、相模線西寒川支線の終点である西寒川駅の跡だった。
 広場の中には再びレールが現れた。ここに駅があったとは信じがたい景色だが、西寒川駅は駅舎もない小さな無人駅だったようなので、これくらいの敷地で収まるのだろう。
 西寒川駅が廃止されたのは、昭和54(1984)年の3月31日。年月の経過が、景色を変化させている。

 西寒川駅について
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.10.01 Sun l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top