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一之宮
 一之宮公園の辺りからは明確に線路跡がわかるようになっている。やがてレールの下の枕木も姿を現した。
 ここまで残っていると、現役当時の雰囲気も少し感じられる。もっとも、廃止当時の映像を見ると、今のように公園整備されていないのか、草むらの中にレールが延びている。
 線路跡は尽き、西寒川支線の終点である西寒川の駅跡が近づいてきた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
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2017.09.29 Fri l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
一之宮
 一之宮緑道という名になっている相模線の西寒川支線跡をひたすら歩く。支線は途中駅はなく、寒川駅から徒歩三十分はかからないだろうと予測して歩いている。
 中間地点ほどの場所に一之宮公園というものがあった。入口近くには駅名標を模した案内板が建っていて、そこに駅名の如く「いちのみやこうえん」と書かれてある。
 そして、公園の敷地に入ると、廃線跡にレールが現れた。当時の線路を残してあるらしい。
 公園の周囲は住宅街。西寒川支線は元々、川で採れた砂利を運ぶための路線だったそうで、旅客運行は片手間のようなものだったが、今も残っていれば、それなりに需要はあったのではないだろうか。そんな事を想った。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.28 Thu l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
一之宮
 相模線の線路から離れた廃線跡は、左にカーブしていく。細い道路を越えると、そこから先は遊歩道になった。
 相模線西寒川支線の廃線跡は、こうして散策のできる道に変貌を遂げていた。線路は単線だったので道幅も狭い。「一之宮緑道」という名前が付いている。
 やがて遊歩道の左に公園が現れた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.27 Wed l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
寒川
 山北からは沼津に出ようと考えていた。函南に出て散策しようというプランを考え、更に伊東線の来宮に向かい、熱海の温泉街の古い建物を撮り歩こう。そう考えていた。
 しかし、電車の時間が合わなかった。御殿場線は昼間の本数は少ない。一時間以上間が開くこともあり、国府津行きに乗る。真鶴に久しぶりに行ってみようかと考えたのだ。真鶴から来宮に向かってもいい。しかし、小田原駅に着くと下り電車が停電トラブルで、ダイヤが乱れていることを知った。
 次の熱海方面が来るまで時間が開くようなので、再度プランを変更することにした。降りたのは茅ヶ崎駅である。
 茅ヶ崎からは相模線が出ている。以前から行ってみようかと考えていた西寒川支線の廃線跡に行ってみることにした。
 寒川駅を降りると、西口に向かった。ロータリーがある東口と比べるとこじんまりとしている。住宅街の道を線路に沿って北に歩くと、やがてそれらしき跡が見えてきた。
 相模線の線路から分かれる砂利道。道の脇には柵がある。いかにも線路があったという雰囲気である。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.25 Mon l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
山北
 山北駅に戻ってきた。途中、沿道にある盛翁寺に立ち寄る。境内には猫が横に伸びて昼寝をしていた。暑い昼下がりだ。
 駅の南側には山北鉄道公園というものがあり、そこにはかつて御殿場線が東海道本線だった時代に活躍していたD52型蒸気機関車が保存されている。
 東海道本線は開通当初は、熱海を経由せず今のの御殿場線のルートで沼津に抜けていた。山北は山の入口駅であるので、ここで機関車が増結されていたりしたという。つまり、昔は大きな機関庫のある鉄道の要所だったのだ。
 今でも駅の周りは大きな敷地が残り、往時の賑わいを感じさせてくれる。これから訪れる温泉も、おそらく鉄道敷地の跡に建ったものだろう。
 鉄道公園の脇に真新しい建物がある。リハビリセンターなども入っている高齢者向け施設で、この中に「さくら湯」というものが入っている。
 さくら湯に来るのは二回目だ。今日はちょっとしたハイキングをしてきたので温泉日和である。中は建物同様新しく、休憩室も備える。浴槽は露天風呂もあるので、ゆっくりとくつろぐ事の出来る施設だ。
 一時間近くのんびりしたあと、山北駅に向かった。駅前はひっそりとしている。熱海線と呼ばれていた国府津~熱海間が、丹那トンネルの開通で沼津まで繋がると、熱海線ルートが東海道本線となり、国府津と沼津を結んでいたルートは御殿場線と改称されローカル線になった。
 現在の御殿場線は単線であるが、所々に複線だった東海道本線時代の遺構が残る。使われなくなったトンネル。錆びた鉄橋。そして、山北駅も山の麓のローカル駅として、静かに佇んでいる。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.24 Sun l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
河村城
 障子堀を見て、広い芝生のような郭を歩く。この辺りには屋敷もあったらしい。
 やがて芝生が尽きると、その先に眺望が開けた。かつては、ここから小田原を見ながら、この地を守ってきたのだろうか。北条家はだいたい四里以内の間隔で城を築き、支城ネットワークというものを形成していた。ここ河村城も、矢倉沢往還(大山街道)の監視と共に、小田原と山北の防備にあたる城であったのだろう。
 私は駅の方から来たので、本来の城の入口とは違うコースを辿っていたようだが、城の大手口はこの先にあったようだ。位置的にも、こちらの方が山北駅側よりも小田原に近い。
 帰りはその大手口を通って山を下りることを一瞬考えたが、そうすると山北駅から離れてしまう。このあと山北駅前の温泉に入る予定なので、来た道を引き返すことにした。
 天正十八(1590)年の豊臣秀吉による関東制圧、いわゆる小田原合戦では関東のいろんな城が戦場となったが、ここ河村城に於ける詳細は不明だそうだ。北条家は近代的な政治系統を築いていた武家なので、記録が豊富である。それでありながら記録がないというのは不可解であり、倒した側にもそれが残っていないのは謎だ。こういう場合は、勝者が強引な攻め、つまり残虐な手段を用いた可能性もあるが、史実の流れだと、豊臣軍がこの地を通過した時期に大きな戦があったとは考えにくいようでもある。
 色々と謎もあるが、城の遺構も程よく残り、眺望もよく、公園として整備もされている(本郭のところにトイレもある)ので、ちょっとしたハイキングで訪れる人も少なくなさそうである。山北駅から三十分もあれば頂まで登れる手頃さもおすすめ。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.23 Sat l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
河村城
 本郭をはさんで東側に郭に移動する。こちらは広々とした草地になっている。
 東側の郭との間には堀切があり、そこに橋が架かっていた。その橋を渡るとすぐに新たな橋が現れる。この橋はコンクリート製。草刈りの人達も車でここまで進入しているので、車が通れる造りにしたのだろうが、見てくれ的には味気ない。
 突如現れたコンクリートという現代物に戸惑ったが、橋の下は見事な堀切で、深くV字型に堀が切られていた。
 その堀の下は、間隔を開けて土を盛って区切られている。「障子堀」と呼ばれる機構だ。河村城は平安時代に作られた城だが、こういった遺構は戦国時代に北条氏が作ったものである。伊豆の三島、東海道を挟むように広々と位置する山中城にも障子堀がある。
 山中城はもともと東海道の関所的な城だったものを、豊臣秀吉が関東攻めを行なうという噂を聞きつけ、北条家が大改築したもので、小田原合戦最初の激戦地にもなった。そういう場所だから、山中城の障子堀はかなり大がかりな造りで、それに比べると河村城のものは小規模ではある。
 それでも、突然現れたコンクリート橋を凌ぐインパクトが、この障子堀にはあった。私はしばらく佇み眺めた。
 ちなみに、小田原合戦に於ける河村城の記録は残っていないらしい。記録の豊富な北条家に於いて、これはミステリーだが、そういう謎めいた歴史も、また魅力的である。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.20 Wed l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
河村城
 本郭から西に移動する。森の中を歩くような道になった。尾根道ではあるのだが、起伏のある道を木に囲まれながら歩く。
 馬出郭というものが現れた。郭(くるわ)というものは、城の中に造られた、人や馬を待機させたりする場所だ。しかし、木に囲まれているせいか、郭というには平地に思えない。城だった頃は見晴らしのために木は切ってあっただろうが、地面の形も今とは違うものだったのだろうか。
 更に歩いていくと、北郭、西郭などが現れた。いずれも、それほど大きくはない。河村城の西側の郭は小規模である。
 一通り回ったあと、本郭に戻り、今度は東側に向かう。見取り図を見ると、こちらの郭は広そうだ。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.17 Sun l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
河村城
 山の麓の登城口から山道を上がっていくと間もなく、茶臼郭という所に出た。その脇には姫井戸という井戸の跡があり、その部分は土がうず高く積もっている。ちょうど夏草の草刈りが行われており、作業者の方から声をかけていただいた。
 さらに登っていくと、階段の上に門が見えた。もちろん復元だが、こういう演出は悪くない感じがする。門をくぐろと、そこは本郭。幅は100mあるかないかだろうか。山の頂でもあるので、木々の隙間から周囲の山がよく見える。
 本郭にはトイレやベンチが設けられている。この城址は山北町によって公園として整備されているのだ。
 この本郭あたりを境にして、城の造りが二つに分かれている。まずは西側から見ていくことにする。西側は小さな郭が点在している。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.16 Sat l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
山北
 山北駅の南側には「さくらの湯」という施設があるが、こちらは山を下りてから行くことにして、河村城を目指す。
 駅前からは随所に案内板が立っているので迷うことはない。山の入口への道までくれば、あとは一本道である。国道246号線の下をくぐっていくと、やがて道は上りになる。日差しは割と強いが、木陰が多いのでそちらを選んで歩く。残暑といった天気だ。
 山北駅から徒歩10分ほどで、城の入口と言えそうな登山口に着いた。城址の看取り図、つまり城の縄張り図が立っている。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.14 Thu l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
山北
 残り一回分となった今季の青春18きっぷを使うため、私は御殿場線に乗って山北駅にやってきた。
 今回の予定は、山北で河村城址を見てから駅前のさくら湯に入り、そのあとは沼津に出て、未訪の函南の散歩をするか、熱海の温泉街の古い建物でも撮り歩くか。あるいは、沼津方面の接続が合わなかったら、神奈川県内のどこかに行くかという感じである。
 まだ少し夏の残像が残る山北駅の駅前に立つと、駅の向こう、南側に小山が見えている。今から向かう河村城は、この山である。駅を跨ぐ南北連絡橋を渡って南側に出る。橋は少し古い造りだがスロープ付きだった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.13 Wed l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
養老鉄道
 山科駅から新快速に乗って米原に着いた。すぐに接続している大垣行きは混んでいたので乗らず、次の電車にした。米原~大垣間はだいたい三十分置きに電車が走っている。
 大垣駅に着くと空腹を感じた私は駅ビル内のうどん屋で昼食を済ませると、まっすぐ名古屋に向かわず、養老鉄道という路線に乗った。
 この鉄道は、かつて近鉄養老線という線だった。その時に乗ったことがあるのだが、途中で日没してしまったので景色がよくわからなかった。運営会社も変わったことだし、乗り直してみようというわけだ。
 車内は帰路に就く高校生が多かった。登校日なのだろう。走り始めると、景色は平野から山の麓へ変わっていった。そして、山が近づくにつれ車内は閑散となり、曇り空だった天気は、突然の豪雨に変わった。
 窓には雨水が滝のように流れていく。駅に着くと、屋根のない部分から車内に向かって、斜めに激しい雨が吹き込んできた。
 私は傘を持っていない。このまま愛知も静岡も雨なら途中下車はせず、ひたすら帰るだけだが、豪雨で電車が停まってしまう事が心配だ。
 しかし、そんな心配は無用であった。終点の桑名に着く頃には雲の切れ間から青空もうかがえるくらいになり、電車も定時に桑名駅に到着した。約一時間ほどの旅。都会と田舎のはざまの風景に突然降り出した雨が、まるで幻であったかのように、名古屋に出た私は、晴れ間の空の下、東海道を東に向かった。
(RICOH GR)
2017.09.11 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
京都地下鉄
 京都駅に着いたのは21時過ぎだった。地下鉄烏丸線で四条駅に向かい、軽く食事をしてから宿に入る。長い一日だった。和歌山から京都。まっすぐ電車で向かえば、紀州路快速と東海道山陽線新快速の乗り継ぎで二時間弱。それを13時間かけて大回りしてきたわけである。

 三日目の朝は、京都市営地下鉄のフリーきっぷを券売機で購入してスタートした。
 烏丸線の南側の終点竹田駅にまずは向かう。8時になろうかという時間なので、それなりにラッシュの混雑である。京都駅を過ぎても割と混んでいたが、竹田に着く頃にはだいぶ空いてきた。ここから先は近鉄京都線と接続しており、今乗ってきた電車も近鉄奈良行きだった。
 竹田で降りようかと思っていたが、普通の住宅街といった風情なので降りず、そのまま引き返す事にした。京都方面は混んでいるので、近鉄から来る電車ではなく、竹田始発の地下鉄電車に乗る。
 烏丸線の北側の終点である国際会館駅に着いた。ここは駅名になっている建物の他に、私立学校もあり、それなりに利用者は多そうだ。近くには宝ヶ池公園もある。昔、ここにある球技場で京都サンガの試合を観た事を思い出した。当時はまだ地下鉄がここまで来ていなかったので、叡山電鉄の宝ヶ池駅から歩いたと記憶している。
 国際会館駅の構内にはアニメ絵のポスターがいくつも貼ってある。地下鉄のイメージキャラクターらしい。キャンペーンポスターもアニメ絵で、広報担当者がそういう路線が好きなのだろうか。京都には有名なアニメ制作会社もある。
 国際会館駅から折り返して、御池駅で東西線に乗り換える。西側は終点太秦天神川駅まで乗った事があるので、東側に向かう。
 東西線はミニ地下鉄で車両は小ぶり。ホームドアも設置されていて最新地下鉄という雰囲気に満ちている。電車は京阪京津線に乗り入れて、琵琶湖のほとりにある浜大津駅まで乗り入れており、大津市内では路面上を走るという、変わった地下鉄電車である。
 浜大津までは乗ったことがあるので、今回は途中から分岐する六地蔵駅行きに乗る。電車は京都市内の南東を宇治市方面に走っていく。
 私の座っている座席の窓に「アニメ展示車両は矢印の方向の二両です」という案内が貼られてあった。気になったので六地蔵駅に着いた時に見に行ってみた。どんな車両なのかは写真のとおりである。
 六地蔵駅は低い山がほど近い、郊外の駅という雰囲気の駅で、地下鉄の上にJR奈良線の駅が接地しており、少し離れた所には京阪宇治線の六地蔵駅もあり、こちらの駅は京都市伏見区に所在する。
(RICOH GR)
2017.09.09 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
谷川
 西脇市から乗った一両の電車は、ローカル線の味わいがあった。終点の谷川駅は閑散としている。ここからは福知山線で大阪方面を目指すが、接続時間が少しあるので、駅の外に出てみた。
 時間は18時をまわり、帰宅ラッシュの時間であるが、駅前は人通りもとても少なく、店も少ない駅前の通りは走る車も少ない。
 以前に訪れた時と比べて駅舎が綺麗になったような気がするが、昔ながらのスチール椅子の並ぶ国鉄風景な待合室は変わっていないような気がした。
 谷川から乗った電車を、途中で大阪方面の快速に乗り換えると、車両はロングシートの通勤型だった。もうローカル線ムードは終了し、窓外も夜となった。
 尼崎で京都方面の新快速に乗り換えると、文字通りの帰宅ラッシュである。大阪で乗客は入れ替わるので無事座れたが、京都までの約三十分、旅というより帰宅気分のような面持ちで転換クロスシートに収まっていた。
(RICOH GR)
2017.09.08 Fri l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
西脇市
 新長田駅の構造はシンプルなもので、地下鉄のエスカレーターを上がると、すぐにJRの乗り場だった。私は難なく、やってきた下り電車に乗れ、須磨で快速に乗り換えて加古川駅に到着した。
 久々の加古川駅は高架化されていて綺麗になっていた。山陽本線と加古川線の乗り場の境には中間改札が設けられていて、そこで改めて切符を見せてホームに上がる。エメラルドグリーンの電車は満員だった。登校日だったのか、高校生の姿が目立つ。
 加古川線は低い山並みを望みながら、平地をひたすら走る。現れる風景は農村そのものであり、特に絶景があるという訳でもなく、変わった建物もある訳でもなく、平凡な風景ではあるが、ここまで都会の中をさまよってきた道中なので、そういう風景が好ましく思えた。
 この電車の終点の西脇市駅で、ほとんどの乗客は改札を出ていった。わずかな乗り換え客が跨線橋を渡って、隣のホームへと移っていく。停まっている電車はここまでの電車と同じ色だが、一両である。
 西脇市までの電車は103系という国鉄時代からの古い電車だが、ここからの電車は割と近年に製造されたもので、車内はいかにもJR西日本な内装の転換クロスシートだ。
 そんな内装に似つかわしくないほど、西脇市駅からの車窓は山間となっていく。家の数も減り、駅も簡素な造りのものばかりとなった。もう、この風景は近畿地方というより、中国山地のものに近い。私は姫新船や伯備線あたりの風景を思いだしながら、加古川線に乗りに来てよかったと、空いている車内で思った。
(RICOH GR)
2017.09.06 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
西神中央
http://digicame-info.com/2017/08/rx0.html#more ポートライナーを乗り終わった私は、三宮駅前の地下街「さんちか」を抜けて、神戸国際会館の方に向かった。地下鉄海岸線の起点駅である三宮・花時計前駅に向かうためである。
 海岸線はミニ地下鉄。大阪でいうなら長堀鶴見緑地線、京都でいうなら東西線、東京でいうなら大江戸線のような、小ぶりな車両である。
 三宮・花時計前駅は、三宮駅とは地下街を挟んで位置するため乗り換えが不便ではある。だからなのだろうか、利用者はそれほど多くはない。私は、とても丁寧な接客対応をしてくださった駅員さんからフリーきっぷを買い、ホームに向かった。
 海岸線は文字通り、海沿いを走る路線で、途中にはJリーグのヴィッセル神戸のホームである神戸ウィングスタジアムもある。元ドイツ代表で現在神戸でプレイするポドルスキ選手はどこに住んでいるのだろう。さすがに地下鉄に乗っている事はないだろうな。などと思っているうちに、終点の新長田駅に到着。
 新長田からは地下鉄西神・山手線に乗る。この線は神戸市営地下鉄の本線とも言える路線で、新幹線と連絡する新神戸から三宮を経由して、西神中央までを結んでいる。まだブルーウェーブがあった頃、神戸グリーンスタジアムに行くのに乗った事はある路線だが、球場の最寄り駅から終点の西神中央までは初乗車である。
 電車は西神ニュータウンが近づくと地上に出る。海沿いの三宮からは山を挟んだエリアなので、風景は山に囲まれた丘陵といったものである。近畿地方の他のエリアでいうと奈良県の生駒あたりの風景に似ていると感じる。緩やかな勾配の中に真新しい住居群が並んでいる。
 西神中央駅は地下鉄の駅というより、ニュータウンに建つ私鉄駅のような構えで、昼下がりの駅構内は多くの人が行き来していた。おしゃれなパン屋が通路に面してあったりするのが神戸ならではである。
 さて、これで二日目の目的は果たした。あとはどうするか。宿泊地の京都に向かうか。新長田駅での接続次第だが、私は少し足を延ばして加古川線に乗ってみようと思った。ローカル線に乗りたくなったのだ。新長田での乗り換え時間は五分ほど。地下鉄からJRへの乗り換えなので、間に合うかどうかは覚束ない。
(RICOH GR)
2017.09.03 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top