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6 Hermony ディズニーリゾートラインの車両は、ドアのガラスの部分が丸い形状になっており、サイドの窓はミッキーマウスのシルエットになっている。
 ホームには、ホームドアが設置され、構内にはディズニーの音楽が流れている。鉄道ではあるが、列車そのものがアトラクションのひとつというコンセプトに思えた。
 車内はロングシートを基本としており、つり革のデザインにもミッキーマウスの意匠が取り入れられている。車内にも音楽が流れ、乗客の気分を高める。
 私は、一駅めの「東京ディズニーランド・ステーション」で下車した。ホームからは。欧州の宮殿を思わせる建物が見える。天井は高く、照明も落ち着いた位明るさである。券売機を挟んで、両側に自動改札機が並んでおり、この造りが各駅共通のようだ。
 来園目的でなければ長居はし辛い雰囲気で、あまり駅のまわりを歩くことはせず、次の列車を待った。
(RICOH GR)
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2017.04.29 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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 久留里線と久留里城の旅から、次は真逆な方向の旅である。真逆なのは方角もだが、とりあえず、東京方面に向かい、蘇我で京葉線の快速に乗り換えた。
 舞浜駅に降りる。既に17時が近い。駅構内は春休みの学生たちも多く、平日なのに賑わっている。
 改札を出て、デッキを東に少し歩くと、イクスピアリという商業施設がある。オープン後、15年以上が経過している建物だが、欧風の華やかな構えは綺麗さを保っていた。
 イクスピアリの中に包容されるように、ディズニーリゾートラインの乗り場があった。この時間は、乗る人より、帰る人が多いのだろう、改札前を歩いている人は、それほど居ない。
 自販機で一日有効の全線フリーパスを購入した。投入式の磁気カードになっていて、かつてのパスネットを思い出す体裁だ。図柄はディズニーのキャラクターが描かれており、複数の種類がある。各自販機には、この機械が発行する図柄のサンプルが掲示されているので、好きな図柄を選んで購入できる。私は、ピンクの背景のミッキーマウスたちの図柄を選んだ。
 さて、この旅では、全線フリーパスを使って、リゾートラインの全駅を降りてみる予定である。全国の私鉄の乗りつぶしのためにやってきたとはいえ、せっかく来たのだから、存分に楽しみたい。
(RICOH GR)
2017.04.27 Thu l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
久留里城
 久留里駅前から城址に延びる道は商店が少し並び、入口には天守閣を模したアーチが飾られていた。
 徒歩三十分くらいで低い山間の中にある城址の入口に着いた。
 尾根に上がっていくと、やがて資料館が現れたので入館。無料である。館内は久留里の歴史の紹介、甲冑や刀や槍、農耕器具の展示があり、なかなか面白かった。
 資料館を出て、更に道を登っていくと、井戸の跡もあり、本丸が近づいてきた雰囲気がある。すぐに本丸に到着。
 本丸には模擬天守が造られていて、そこに全国の現存天守(江戸期の天守)十二城が紹介されていた。
 私の興味は、戦後に造られた模擬天守ではなく、横にある天守台である。ここに建っていたであろう建物を想像して、この山の上の城を楽しんだ。
 久留里城は、戦国時代に房総半島を治めていた里見氏の拠点であった。このような山間に造ったのは、攻められにくいからだろう。もちろん、麓には城下町が形成されていたようである。
 帰りは裏道のような存在になっている山道ルートを通って帰った。このルートの方が、山の斜面に造られた堀切などを見学しやすいからだが、まあ、山道なので歩いている人は居ないだろう。そう思っていたのだ。しかし、好きな人は居るもので、ご婦人のグループが登ってきた。この急な道に苦戦しているようで、少し会話をして、私は麓に向かったのだった。
(RICOH GR)
2017.04.26 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
久留里
 最近、神奈川県の写真が少ないですが、もう少し県外の話が続きます。お付き合いのほどを。
 青春18きっぷで、日帰り千葉県の旅をしようと、やってきたのは木更津駅。ここから、久留里線というローカル線が出ている。
 久留里線に乗るのは、多分四回目で、いつもは終点の上総亀山駅まで乗って、周辺の散策をするのだけれど、今回は途中の久留里までである。
 前回来た時は、国鉄の頃の旧いディーゼルカー。それも全国でここでしか走っていないキハ38という車両が走っていたのだが、いつの間にか新しい車両に置き換えられていた。快適ではある。
 沿線は田畑が多く、景色が広い。久留里線の広い空は好きである。久留里が近づいてくると、だんだんと山が迫ってくる。この列車は久留里止まり。私も久留里で降りる。駅も待合室で持参のパンを食べる。さて、午後は山の方に向かう。
(RICOH GR)
2017.04.25 Tue l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
ソフト
 桜を撮りに行こうと思っているうちに、花は散ってしまった。近所の公園はいろんな花が結構咲いていて、旬を過ぎた桜の花も撮りつつ、少し楽しんで来ようと出かけてみた。
 デジカメ業界を取り巻く状況が変わりつつあり、最近は一眼レフを外で見かけるのは、観光地か、趣味の人が集まる撮影スポットくらいになってきている。この近所の公園も、花を撮るには良い環境だと思うのだが、一眼レフを構えている人は、ほとんど見かけない。
 昨年購入したミノルタの100mm ソフトフォーカスを、CCDセンサーの一眼レフで試してみようと、やってきたのだが、私以外で一眼レフを持っている人は皆無だった。
 公園には、小さな子供も大勢いる。最近は、写真撮影に対する警戒心というものが過剰なのでは?と思える時代なので、そういう場所では、それなりに気を遣わなければいけないのだが、私は我が家の犬を撮ったりしながら、花の撮影も楽しんだ。
 スマホで犬の撮影をしている女の子もいたりして、時代はスマホなのだよなと、改めて感じながら、そのうち、こういった公園で一眼レフを持っているだけで異様な目で見られる時代になるかもしれないと思ったのだった。
 いや、すでにそうなっているのかもしれない。しゃがんでローアングルで花を撮っている場合ではないのか。
(SONY α200 LENS:MINOLTA AF 100mm F2.8 SOFT)
2017.04.23 Sun l カメラエッセイ l コメント (0) トラックバック (0) l top
興国寺城
 原駅の方向に戻り、線路を超えて、しばらく歩くと、国道1号線に出た。国道を沼津方向に向かうと間もなく、興国寺通りという道を北に曲がる。
 根古屋という城下町を示す地名が出てきて、原駅から徒歩三十分ほどで、興国寺城の城址に到着した。
 興国寺城は、今川~北条~武田~徳川と、城の持ち主の武家が何度も変わった城で、それは駿河国の東部が領界の境だったゆえである。その歴史を示す説明版が本丸跡に建っていた。
 城址は、三の丸の途中に入口が設けられ、二の丸を抜けて、本丸に至る。圧巻なのは、本丸の後ろにそぼえる、高さ10m以上はあろうかいう土塁で、この上には櫓が築かれていたそうである。
 土塁の上からの眺望は素晴らしく、駿河湾が見えるほどなのであるが、原駅を出たあたりから空は曇り気味になっている。
 櫓が築かれていた土塁の裏は、大きな空堀が切ってあり、その向こうには新幹線の線路が通っている。数分おきに、電車が高速で駆け抜けていく走行音が聞こえる。
 じっくりと遺構を見学したあと、原駅に向かうことにする。城址は現在工事中。この城は、北条家初代当主の伊勢新九郎盛時(北条早雲)が、今川家から最初に賜った城という説があり、神奈川県、東京都、埼玉県、静岡県、岡山県の12市町が推進している、大河ドラマ「北条五代」が実現したら、観光客が訪れるようになるかもしれない。
 実際には、伊勢盛時はその頃、京の都で仕事をしている事が多く、この城に在任していた期間は短いとも言われる。それでも、「民のための国を作る」と、関東に拠点を作っていく北条家の礎となった地として、「国を興す」と書く、この城の名前は絶妙である。
 原駅に向かう道。空に雨雲が広がってきたと思ったら、雷が鳴り始めた。急いで駅に戻る。このあとは、沼津で史跡めぐりをするつもりでいたが、それはまたの機会としよう。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm F3.5-5.6 PZ OSS)
2017.04.19 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
原
 沼津駅に着いて、ここからは東海道本線に乗り換える。二駅めの原駅で降りた。この駅で降りるのは初めてである。
 案内地図を見ると、駅の南側はすぐ海岸のようなので、まずは海岸に行ってみることにした。
 南側に出る道が駅前からはないため、少し大回りを強いられて踏切を渡り、住宅地の中を歩いていくと、旧東海道に出る。この道の向こうが松林になっている。海岸だ。風がここちよい。
 海岸には建物がほとんどなく、浜には小舟が置いてあるだけ。そんな広い眺めだ。海の向こうに広がる陸地は、西伊豆の大瀬崎や三津海岸。三津には北条水郡の拠点城であった長浜城の城址が案内板完備であるので行ってみたいが、今回は残念ながら、遠くから眺めて、「あの辺りかな」と思いを馳せるのみである。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm F3.5-5.6 PZ OSS)
2017.04.16 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
谷峨
 谷峨駅前は人家は少ない。駅の位置から一段高くなった所に少し固まって建っているだけである。
 その駅前に神奈川中央交通と富士急行のバス停が立っている。谷峨からは、武田信玄の隠し湯と言われる中川温泉に行く事が出来る。山沿いに深く奥に入っていくという、その立地に惹かれる
ところだが、バスの本数は少なく、寄り道は諦める。
 このまま御殿場線でまっすぐ沼津に向かうか、山北に一駅戻り、周辺を散策してから沼津に向かうか、駅の時刻表を見ながら検討した結果、まっすぐに沼津に向かうとした。ここからは神奈川県の旅ではなく、静岡県の旅となる。
た。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm F3.5-5.6 PZ OSS)
2017.04.15 Sat l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
谷峨
 谷峨駅は山に囲まれた駅である。西の山を抜けると静岡県で、駿河小山に出る。そのすぐ先は御殿場だ。
 ペンションみたいなデザインの駅舎は無人駅で、それでも、観光客が来ることを想定してか、飲み物の自動販売機があったりする。駅舎の前には、この駅を起点としたハイキングコースの案内板が設置されている。天気もいいし、思わず山に行ってみたくなるが、外は実は割と寒い。やはり山の駅だ。
 温泉帰りだろうか。ドライブ族のオジサマが駅のトイレを借りにやってきたついでに、駅舎の中を覗いてきて、同行者たちに大げさな口ぶりで言った。「おい!この駅、無人駅だよ」。私は心の中で「無人駅ですけど何か?」とつぶやいていた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm F3.5-5.6 PZ OSS)
2017.04.14 Fri l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
谷峨
 静岡県東部。いわゆる駿東・伊豆に出かけようと出発。まずは、やってきたのは御殿場線。まっすぐに静岡県を目指さずに、大回りするのが何ともだが、神奈川県でもっとも西にあるこの駅の風景は好きだ。
 近くに東名高速道路があるので、自動車の走行音がひっきりなしに聞こえてくるのが難点だが、山間ののどかな無人駅である。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm F3.5-5.6 PZ OSS)
2017.04.13 Thu l 足柄 l コメント (0) トラックバック (0) l top
豊川稲荷
 旅の三日目は、奈良からJR関西本線に乗って始まった。柏原で降りて、近鉄道明寺線に乗って道明寺に向かう。日本一営業路線の総距離が長い民鉄である近鉄。この道明寺線で、その近鉄の全線乗車を達成した。
 午後、東海道本線で東に向かっていく。大阪~米原~大垣と乗り継いで、やってきたのは豊橋。駅が改装されて、コンコースが新しくなっている。一旦、改札口を出て、ここからは青春18きっぷではなく、旅の初日に買ったmanacaを財布から取り出し、自動改札機にタッチして入場する。私が向かったのは名鉄線のホームである。
 名鉄名古屋本線で二つめの国府(こう)駅で乗り換える。ここからは名鉄豊川線が出ている。思っていたより乗車率がよく、座席の七割くらいが埋まって発車。
 電車は、やがて豊川市の町並みに入り、終点の豊川稲荷駅に着いた。これで、私は名鉄の全線にも乗りつぶした。名鉄は近鉄に次ぐ路線規模を誇る民鉄である。どちらも日が出ている間に一日で全線に乗るのは不可能な規模だ。
 豊川稲荷は開けた景色な境内で、本殿も大きい。参拝のあと、参道沿いの商店街を歩く。どの建物も、裏道も、とても昭和していて好ましく感じる町。時間の関係でゆっくり出来ないのが残念だ。
 帰りは青春18きっぷを使って、JR飯田線で豊橋に向かう。時間的には、豊橋まで乗換がない、このルートの方が行きより早い。豊川駅は真新しい駅舎で、豊川稲荷への案内も充実していた。商店街の各店舗の案内マップを掲げているのは、観光客にとってありがたいサービスと思う。
 そして、御稲荷さんということで、きつねのマスコットもいくつか飾られている。こういう演出も好ましく思うのである。
(FUJIFILM X100)
2017.04.12 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
宝山寺
 生駒山上駅から発車するケーブルカーは40分間隔で運転されている。宝山寺~生駒山上は本数が少ない。20分ほど滞在して折り返し便に乗った。
 帰りはまっすぐ帰らず、生駒ケーブル乗車の一番の目的である宝山寺に向かう。駅を出ると、細い一本道が左に延びる。斜面に作られた駅前道である。道なりに飲食店が数軒あり、すぐに麓の生駒駅方面に向かう階段道が現れた。ここを下りていくと住宅街で、その先の麓の風景が広がる。
 階段の入口には瓦の立派な旅館が建ち、駅前道のその先にも旅館が連なる景色になっている。道端には旅館案内の看板があった。ここの旅館街がどんな旅館であるかは詳細は書かないが、まずは宝山寺に向かう。
 参道に向かう階段は古い家屋が並ぶ、その階段を上がると木々の生い茂る山になり、宝山寺の入口に出た。宝山寺は生駒聖天と呼ばれ、歓喜天(聖天)を祀っている。そのためか、お寺でありながら大きな鳥居が参道に建っている。
 山門をくぐり、境内に入っていくと、限られた平地のスペースにいくつもの建物が建っていた。階段を上がりながら奥に入っていくと、次々とお堂が現れる。山の斜面を利用した造りで、とても奥行きのある境内である。森の中に延びる参道の両側にはたくさんのお地蔵さんが並び、静かで厳かな空気を醸し出す。
 予定していた時間を超えるほど境内は広く、ゆっくりと回りながら参拝を済ませて旅館街に戻ってくると、日はだいぶ傾いていた。改めてまた訪れたいと思いながら宝山寺の参道を出る。
 先ほど歩いていない道を歩きながら旅館街を眺める。どれも昭和レトロな和式旅館である。玄関に小さく「十八歳未満は宿泊できません」と断り書きを掲げている旅館もあれば、普通のちょっと洒落たカフェもある(参拝客向けだろうと思われる)。
 地形に沿って曲がりくねった細い道の両側に、このような商店や旅館が並ぶ風景は、黄昏時に深く溶け込みながら夜を待っているかのようだった。歩いている人も少なく、日の傾きとともに寒くなってきた。
 先ほど通った、住宅街に向かう下り階段から小さな女の子を連れたお父さんが歩いてくる。地元の人なのだろう。二人の後ろを歩き宝山寺駅に入ると、閑散とした構内に誰も乗っていないケーブルカーが待っていた。
 このまま三人だけで麓に下りるのかと思いきや、発車時間が迫ると生駒山上駅からのケーブルカーが到着し、カップルや家族連れが乗り込んできて少し賑やかになってきた。急に俗世間に帰ってきたような気がして戸惑いを感じながら、数分で生駒駅前の賑やかで洒落た町並みに着いた。
 宝山寺ホームページ
(FUJIFILM x100)
2017.04.09 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
生駒
 夕方、近鉄電車で生駒に着いた。駅前から連絡通路を歩き、すぐの場所に鳥居前駅がある。この駅はケーブルカーの駅で、正式には近鉄生駒鋼索線という。開業は1918(大正7)年。日本最古のケーブルカーである。
 生駒ケーブルは他のケーブルカーに比べ少し変わっていて、途中で乗り換えがある。鳥居前を出たケーブルカーは。ひとつめの駅である宝山寺駅までの運転で、その先の生駒山上駅方面へは乗換となっているのだ。路線名も、宝山寺線と山上線に分かれている。
 そういう訳で、まずは宝山寺線に乗る。ケーブルカーなので急勾配を登っていくが、沿線が宅地化されていてマンションまであったりする。そういう立地なので踏切も存在する。宝山寺線には三カ所の踏切がある。普通のケーブルカーは観光路線である事が多いが、宝山寺線は通勤通学にも使われているという。
 私が乗っているのは、犬のマスコットをデザインした「ブル号」で、猫の「ミケ号」という車両もある。写真の右に停まっているのは予備車両で、多客時などに運行されるそうだ。
 宝山寺駅で降りる。左に改札口があり、その先に階段を上がると生駒山上行きのホームである。山上線の車両はケーキをイメージしたデザインの「スイート号」。他に、オルガンをデザインした「ドレミ号」という車両も山上線で走っている。
 山上線は観光路線であるので、宝山寺線と比べ本数も少なく、終電も早い。基本的には山上にある遊園地のための路線という感じである。
 山上線は途中駅があり、梅屋敷、霞ヶ丘の二駅ある。宝山寺線と異なり山上線は山の中を走る。後方の窓からは、生駒の町並みがパノラマ展開している。
 終点の生駒山上駅は、駅を出てすぐ遊園地の入口という立地だった。空が広い。猫がのんびりくつろいでいる。のどかだ。
(FUJIFILM X100)
2017.04.07 Fri l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大和郡山城
 大和郡山の町並みを撮影しながら近鉄郡山駅のほうに出る。町の中心地はJRではなく近鉄の駅のほうで、これは元々、私鉄のほうが国鉄より発展していた関西ならではの立地関係である。
 近鉄の線路に沿って北に歩くと、すぐに大和郡山城の石垣が見えてくる。先ほどJR駅から歩いている途中、外堀公園という堀を埋めて作られた細い公園があったのだが、線路の外側にも道路沿いに石垣が残っていたりする。往時は、かなり立派な城下町だったようだ。
 城への入口は駅の近くだが、私は堀に沿って周囲を歩いてみた。堀の幅は10m以上あり、石垣の高さも堀と同格か、それ以上の規模。かつて、豊臣秀長(秀吉の弟)の居城だったということもあり、相当な規模の城である。
 郡山高校のグラウンドの脇を抜けると、江戸時代の城主であった柳澤家の資料を揃えた柳沢文庫と柳澤神社がある。参拝して境内を歩くと、その先に、しばらく工事中だった天守台がそびえていた。
 大和郡山城は現存天守の城ではなく、復元された天守閣はないが門の近くに復元櫓がある。櫓の横を通り、堀に沿って歩いていくと、本丸に向かって建っていたという極楽橋の跡があった。復元を目指しているそうで、実現したら是非とも見てみたい。イメージ図があったので、それを見ながら、当時の風景を想像してみる。
(FUJIFILM X100)
2017.04.05 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大和郡山
 大和郡山の町は格子戸の残る家、古い看板を掲げた商店、板張りの二階建て家屋、様々なレトロ建築が残っている。道も拡張されず狭いままで、その道の真ん中に小川が流れているような道もある。
 一般的には観光コースから少し外れているようだが、大和郡山から橿原、下市口といったあたりは、こういった古い建築物の残る町である。定番観光コースから外れているという事は、落ち着いて見学できるという事でもある。
 大和郡山も、そういう意味で歩きやすい町であった。道が狭いゆえに写真を撮る際は後方から来る車にも気を遣うが、とても良い雰囲気に包まれた町である。定番観光コースではないので土産物屋が並んでいたりする事はないが、旅は非日常に触れるものであるという定義に沿って言えば、十分すぎるほど非日常(もちろん地元の方々には、これが日常)に触れられる町なのである。
(FUJIFILM X100)
2017.04.02 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大和郡山
 四日市から関西本線を亀山で乗り継ぎ、伊賀の山並みを眺めつつ奈良県へ。
 郡山駅で降りて、大和郡山市内を歩く。一般的には古い町並みの残る街というイメージは奈良より京都なのだろうけれど、実は奈良の方が雰囲気がある町が多い。大和郡山もそんな町のひとつである。
 まず私が向かったのは、洞泉寺(とうせんじ)町。ここは、かつて赤線があった場所である。今は静かな住宅街だが、往時を偲ばせる古い木造建築の家屋がいくつも残っている。
 細い道にそびえ建っている三階建ての家屋。夜になると現役なのではないかと錯覚してしまいそうなほど、独特の雰囲気に満ちた町並みである。
(FUJIFILM X100)
2017.04.01 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top