總持寺
 總持寺の境内をぐるりと歩いた。日差しは暑いが、木陰があちこちにあるので助かる。山門の前の参道では学生グループらしき人達がホースで水を撒いて掃除をしていた。水が道に染み込んでひんやりとした空気を作り、参道はとても涼しかった。
(PENTAX K-01 LENS:smc PENTAX DA 40mm F2.8 XS)
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2016.07.31 Sun l 川崎南部・鶴見 l コメント (2) トラックバック (0) l top
總持寺
 京急線の京急鶴見駅で降り、JRの鶴見駅の西口に回る。やがて大きな總持寺(そうじじ)の境内が近づいてくる。
 總持寺に着いた。予想していたより境内は広い。何しろ大学などの学校も併設しているくらいなので、その規模は相当なものだ。広い角レンズを持ってくればよかったと思いながら、建物を撮っていく、
 總持寺は福井県の永平寺とともに曹洞宗の大本山であるそうで、建物の数が多いだけでなく、そのひとつひとつが大きい。仏澱は周囲が開けていて広角を使わなくても全容を撮影することが出来た。
(PENTAX K-01 LENS:smc PENTAX DA 40mm F2.8 XS)
2016.07.30 Sat l 川崎南部・鶴見 l コメント (0) トラックバック (0) l top
新横浜
 新横浜駅のほうに向かって歩いていくと、面白い店があった。こういう仕掛けは楽しい。新横浜も日産スタジアムが出来た頃より更に飲食店が増えたような気がする。もっと日本のスポーツ文化が成熟してくると、あちこちにスポーツバーが増えてきたりするのかもしれないけれど、きっと自分が知らないだけで、試合の日はマリノスの話題や映像などで盛り上がっている店はいくつもあるのだろう。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.07.23 Sat l 川崎北部・横浜港北 l コメント (0) トラックバック (0) l top
新横浜
 毎日暑くなってきた。暑い中を歩く体力はあるけれど、日焼けしたくないし、カメラを持って歩いても熱で壊れそうで怖い。おのずと出歩かない休日となっていく。
 そんなある日、ふと夕方新横浜に行ってみた。駅から日産スタジアムに向かう道の途中に橋がかかっている。さんかく橋というのだと知った。スタジアムが出来た年のJリーグの開幕戦と第二戦に続けていったのを始め、今までに何度も足を運んでいるスタジアムである。開幕戦は横浜ダービーが組まれ、五万人を超える大観衆で埋まった。私はフリューゲルス側の自由席で観たのだった。フリューゲルスはその年が最後のシーズンとなったのだった。
 そういえば、その年、イタリアに行く前の中田英寿選手もここで観た。ベルマーレ平塚戦と、ワールドカップ前のキリンカップ日本対チェコ戦である。
 まだ夕方の日差しは暑いので、コンビニでビールを買ってベンチに座って飲む。初めて飲んだビールだったが麦の薫りが美味しかった。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.07.20 Wed l 川崎北部・横浜港北 l コメント (4) トラックバック (0) l top
大林寺
 長津田地区センターをあとにして、少し南に歩く。道なりにそびえる斜面に鳥居があるので階段を昇ってみた。大石神社という神社で、その名の通り大きな石を御神体として祀っている。境内からは長津田の町を見下ろせ、長津田十景のひとつ「大石観桜」や、大山街道を照らした「上宿常夜燈」がある。
 大石神社から駅の方向に更に歩くと、やがて長津田駅への交差点になる。そこを右折して、すぐの所に大林寺がある。
 大林寺は、先ほど見てきた板部岡江雪展で紹介されていたお寺で、江雪斎の菩提寺である。開基は江雪斎の子で長津田の初代領主であった岡野房恒であるということで、板部岡江雪のゆかりの地を訪ねる旅に相応しいお寺である。
 大林寺には長津田十景の「大林晩鐘」と呼ばれる鐘がある。長津田は単なるニュータウンではなく、歴史のある町であると改めて実感しながら、参拝を済ませ駅に向かった。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.07.18 Mon l 川崎北部・横浜港北 l コメント (0) トラックバック (0) l top
長津田
 戦国時代、北條家に仕え外交官として大活躍した家臣に板部岡江雪という人物がいる。伊豆国の田方郡の出身の江雪は文武に優れた人物であり、外交の仕事で上杉家、武田家、織田家といった大家と交渉を行ない、豊臣秀吉との交渉の場にも北条家代表の使者として赴いている。その後、秀吉によって北条家が討伐されると、その才を買われて秀吉の御伽衆となり、さらに家康に見出されて徳川家に仕えた人物である。あの関ヶ原の戦で、勝敗のキーポイントとなった小早川秀秋の内応に活躍してもいる。
 そんな凄い人物である江雪は姓をのちに岡野と変え、江戸時代に子供が長津田と淵野辺の領主になっている。そんな縁もあり、この度長津田地区センターにて歴史展が開かれた。
 館内に入ると、二階に上がる階段から有志が作成した資料が壁に掲示されていた。更に二階に上がると、廊下にずらりと資料が掲示されている。貴重な写真もあり、また長津田の話だけでなく、岡野家と淵野辺、更に徳川家との関係を深く考察した展示だった。
 歴史的にはかなりの大物なのに、これまであまり大きく扱われることのなかった人物が、大河ドラマのおかげでスポットライトを浴びるテレビは功罪混ぜこぜなメディアであるけれど、こういう良い面もあるのだ。長津田の人たちに、地元にそんな凄い人が居たことが少しでも伝わったら良いなと思い、建物をあとにした。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.07.16 Sat l 川崎北部・横浜港北 l コメント (0) トラックバック (0) l top
荒井浜
 油壺バス停を抜け、油壺マリンパークの脇を抜け、荒井浜海岸へとやってきた。バス停から海岸にかけては、三浦一族の新井城の跡が残り、以前に土塁の横などを通ったことがあるけれど、今回はもう時間も遅いし、天気も良くないので海を見るコースになる。
 前回、ここに来た時は冬で、海岸が道の間から見えてきた頃、オレンジというより真っ赤な夕日の空が広がってとても美しい景色だった。今回はこういして曇り空だけれど、それはそれでいい海岸である。遠くに浜諸磯の灯台が立っている。三浦の海は晴れでも曇りでも美しい海である。
(FUJI FILM X100)
2016.07.08 Fri l 三浦 l コメント (2) トラックバック (0) l top
小網代
 小網代湾に小さな桟橋がある。そこで釣りを楽しんでいる人たちがいる。私はそこに立って海の方向に向かってカメラを構えた。
 空は曇ってきたが、それがいい感じに景色を色付けていく。漁船の並ぶ向こうに見える建物はシーボニアというリゾート施設である。私はシーボニアの横を通り、油壺方面に向かうことにした。
(FUJI FILM X100)
2016.07.06 Wed l 三浦 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小網代
 名向崎に到達するという目的を一応叶えたので、次はどこに行くかと考えた。20分ほどかけて名向崎へと向かう農道の入口まで戻ると、そこからは小網代が近い。ということで小網代に向かった。
 小網代と言えば天然の干潟と小網代の森である。もう時間的にゆっくりしてもいられないので、今回はその辺は見送りにして、干潟と森の入口をまずは眺めた。小網代に来るのは久し振りだけれど、いつ来てもここの風景はとても良い。波が穏やかな入江の風情に、ひたすらまったりしてみる。
(FUJI FILM X100)
2016.07.04 Mon l 三浦 l コメント (0) トラックバック (0) l top
名向崎
 農道を歩いて行くとやがて陸橋に出た。この陸橋を渡るにはどうしたらいいのか?以前ずっと思案していた。三崎から油壺方面に向かって歩いていくと、この陸橋が視界に入ってくる。この陸橋は名向崎に向かっている道。名向崎は海岸線に沿って行くのが基本的に難しく、この陸橋を通れば岬の先端まで行けそうだというのはわかるのだが、陸橋までのアプローチがよくわからなかったのだ。
 今回、こうしてそのアプローチを試みて、ついに辿り着いたわかである。下から見上げた時にも感じたが、上からだとかなりの高さで怖いくらいである。金網で仕切られているので落ちる心配はないが、遥か下を通る道路。広大に広がる諸磯湾の景色。高さと広い眺望に思わず駆け足で橋を渡り抜けた。
 橋の先は木が生い茂る暗い道である。その木の隙間から諸磯湾が見える。思わず写真を撮ってみた。
 付近は別荘地帯になっているようであり、そういう建物がいくつか並んでいる。現役なのかどうか判別しにくい物件もあったが、人の気配がしない道を更に行くと、雑草の茂る行き止まりとなってしまった。たぶん、ここが岬の先端だろう。「名向崎緑地」という小さな案内標が立っていた。この地は自然保全地域になっていると知ったのは帰宅後だ。何年か経つと違う景色になっているかもしれない。その時、また改めて訪問したいと思った。
(FUJI FILM X100)
2016.07.03 Sun l 三浦 l コメント (0) トラックバック (0) l top
名向
 国道を北上して、三崎港から油壷方面に向かった。油壷入口バス停の所の交差点を油壷方面に曲がり、少し行ったところに名向(なこう)小学校前バス停がある。そのすぐ脇に農地に入っていく道がある。現地に来てわかったのだが、「名向崎緑地入口」と書かれた案内板が立っていた。
 穏やかな丘陵の中に畑が広がり、幼稚園もあり、小学校もある。その先は完全に畑の中の道である。左右に蛇行する道を歩きながら、その先にある岬に向かう。その岬は下からは基本的には上がれない。この今歩いている道をずっと海の方向に歩いていくしかないのである。
(FUJI FILM X100)
2016.07.01 Fri l 三浦 l コメント (0) トラックバック (0) l top