鶴間
 深見城址から鶴間駅に戻る。歩き疲れてきたので、途中のイトーヨーカドーに寄ってコーヒーブレイクをする。
 テラスに出て夕方の空を眺めていると、あたり一面に響き渡る轟音で戦闘機が厚木基地のほうに向かって飛んでいく時間帯であった。数分おきにやってくる戦闘機。先ほどまで厚い雲が現れかけていたが、その雲が切れて太陽が姿を見せていた。
(RICOH GR DIGITAL)
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2016.05.31 Tue l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
深見形城
 一通り見て外に出ると、深見城址への入口があった。私は大回りをしていたのだった。西隣にある下水城の脇を撮っていくのが良いようだ。
 さて、それはともかく、入口近くに「天竺坂」という道があった。道というより空堀そのものなのであるが、実は鎌倉古道なのだそうだ。深見城は鎌倉古道を城内に通していたわけだ。関所のような存在だったのかもしれない。
 天竺坂という名前がまたいい感じである。改めて城の中に入り、天竺坂を歩いてみる。城内には楽器の練習をしているお年寄りが数名。その演奏を聴きながら歩いていく。坂はやがて急勾配になり、境川の横の道、つまり先ほど私が歩いてきた道に出た。私はこの道に気付かず歩いていたわけである。
 改めて主郭に向かい、少し中を歩いた。深見城、割と小さい城だけれど、造りが面白い城だった。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.05.30 Mon l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
深見城址
 看板に従い小道に入っていくと城址の近くに辿り着いた。ここは深見城の城址である。
 深見城は詳しいことが不明な城である。誰が、いつ頃、この城を造ったのか確証となる史料がないというところなのだが、戦国時代中期と末期は地域的に北条家の管理下にある城だったことは間違いない。北条家の城といえば、その卓越した逐城術であるわけだが、この城の場合はどうだろうか?
 城址は森となっている。昔は境川がもう少し大きい川だったかもしれず。この川が外堀の役目を果たしていたことは想像に難くない。中にある土塁はそれほど高くなく、中から主郭を覆う土塁は割と容易に登ることができた。これは経年で土が積もった結果によるものと考えたい。
 さて、中の曲輪なのだが、実は主郭がひとつあるだけである。一旦城の外に出た所に立っていた案内板も見たが、主郭しかないようである。その主郭に虎口が至近距離でふたつ存在している。なぜなのか?どちらかは罠が仕掛けてあって、入って来ようとした敵を貶めるためにそう造ってあるのだろうか?あるいは、出入りする人の立場などによって通る虎口を分けていたのか?
 この小さな城の謎を色々考えてみる。そういうのがまた戦国城址の楽しみでもある。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.05.29 Sun l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
深見
 善行駅から小田急江ノ島線の相模大野行きに乗った。相鉄線が交差して賑わう大和の次の駅が鶴間である。駅の近くにはイトーヨーカトーとイオンが並び、そこに大和市の市役所もあるが、ここは郊外の住宅地という風景で、大和市の中心は大和駅周辺になる。
 駅から北の方角に歩いていくとやがて国道246号線が現れ、その交通量に騒々しい雰囲気になってくる。次の目的地の目印は境川である。境川を越えると横浜市瀬谷区になるのだが、その川が見当たらない。本当にこの道でよかったのかと不安になり始めた頃、「大和橋」という橋が見えてきた。
 境川はそれほど川幅は広くなく、川に沿って遊歩道があった。その右に広がる森が目的地であるのだけれど、入口がよくわからない。結局、森に沿って回り込むことにして境川から逸れた。そこに水田が現れた。その意外な展開に驚きつつ小休止。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.05.28 Sat l 高座 l コメント (2) トラックバック (0) l top
本藤沢
 善行駅の西側に出た。こちらはバス乗り場もあり、東側より少しだけ賑わっている感じはあるが、静かな郊外の駅という雰囲気である。
 ここがかつて丘であったことを思わせるアップダウンの道を行き、大きな通りで左折する。しばらく歩くと、荏原製作所の藤沢事業所が現れた。このあたりは、かつて海軍の藤沢飛行場の滑走路があったところだそうだ。広々とした風景にまっすぐの道。三浦半島の長井や黒崎ほどははっきりした風景ではないけれど、滑走路があったことを思わせる眺めではある。
 中は当然関係者以外立入禁止なので、外側から眺めるしかなく、被写体としては今ひとつに思い。もう少し歩いてみた。航空機器の会社が現れたりして、飛行場跡らしさを感じさせる景色にはなってきた。周辺の景色で広さを感じる箇所で一枚。
 藤沢飛行場は戦後一時期は民間飛行場となっていたが、昭和40年に荏原制作所の工場に生まれ変わった。先ほど歩いてきた体育センターのあたりも飛行場の関連施設があった場所で、善行駅周辺がそういう地であるのであった。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.05.27 Fri l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
グリーンハウス
 グリーンハウスは戦前に造られたもので、設計はアントニン・レーモンドによるもの。この日本最古のクラブハウスがあった藤澤カントリー倶楽部は、プロゴルフ日本選手権が開催されるなど、日本におけるゴルフの普及に大きな役割を果たした施設だという。
 戦時中に軍施設となってしまい、戦後開発されて、こうして体育センターや高校などが建っているのが現在の姿である。
 グリーンハウスのまわりを一周してみた。戦前に造られた建物とあって、かなり老朽化しているが、重厚さに包まれた建物である。現在も合宿所として現役なのだというから驚きだ。
 善行周辺は戦時中、ゴルフ場から藤沢飛行場へ変貌していく。午後は飛行場の滑走路があった場所に行ってみることにする。
RICOH GR DIGITAL
2016.05.26 Thu l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
グリーンハウス
 藤沢駅から小田急江ノ島線に乗ってふたつめの善行(ぜんぎょう)駅で降りる。掘割になっているホームから駅舎へ上がると、東西どちらにも小さな駅前広場がある。まずは東口に出た。
 道は線路を覆うかのようにそびえる丘の上を行く。左には高校、右下は線路である。高校を回りこむように道は続き、ぐるりと歩くうちに体育センターの前に出た。本日は休館日だが、入口から中に入る。どうやらこの道は高校の横を抜けて先ほど通ってきた道に抜ける道、つまり駅と体育センター方面の近道だった。
 木に囲まれた中を歩いて行くと、やがて目的地が見えてきた。「グリーンハウス」と呼ばれるその建物は、かつてこの善行にあった藤澤カントリー倶楽部というゴルフコースのクラブハウスの建物で、日本最古のクラブハウスである。
(RICOH GR DIGITAL)
2016.05.25 Wed l 湘南(藤沢~二宮) l コメント (0) トラックバック (0) l top
鉢形城
 秩父曲輪から大手口に出る。近くには諏訪神社があり、その横をJR八高線の線路が通っている。鉢形城はとても広い城なので城内に鉄道や道路が通っているのだ。
 巨大な空堀には花がたくさん咲いている。城の外周にあたる所に出て歴史資料館に向かった。ここには鉢形城の復元ジオラマがあるそうである。曲輪の上にどんな建物が建っていたのか?それを想像しながら歩くのが戦国城址の楽しさであるけれど、こうしてシオラマにしてもらえるとイメージが湧きやすい。しかし、入口まで来て本日休館日と知る。毎週月曜日は休みらしい。
 気を取り直して再び大手口のほうに戻り、先ほど歩いてきた区画とは道路を挟んで向こう側となっていた区画を歩く。ここは深沢川という川幅は小さいが渓谷を形成している川が流れており、この深沢川が城の内堀の役目を果たしていた。深沢川の近くには高い土塁もある。先ほど歩いてきた曲輪はいずれも広い芝生になっていて、それだけ多くの戦力を置いておける事が出来たと想像させるものであったが、こちらは天然の川と高い土塁で攻められにくさを築いている訳だ。
 少し先は植物公園のようになっていて、少し城址の雰囲気は損なわれているが、こうして一周してくると鉢形城の規模がよくわかった。ちなみに、笹曲輪に戻ってくるまでの所要時間は約二時間だった。
 戦国時代初期には長尾景春が拠点として、戦国時代中期以降は北条家の西武蔵の拠点として北条氏邦の居城となった鉢形城。現在はとにかく芝生が広い城址だが、あちこち興味深い遺構があり、充分に戦国時代の城の雰囲気を今に伝えていた。歴史資料館に入れなかったこともあり、そう遠くないうちにまた足を運びそうである。
※鉢形城について詳しいサイト
(FUJI FILM X100)
2016.05.24 Tue l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
鉢形城
 本曲輪から二の曲輪に出ると、その広大な広さに驚いた。ここから見ると本曲輪が土を結構高く盛った場所に造られていることもよくわかった。
 広い二の曲輪の脇には稲荷神社もある。そこからは大きな空堀がいくつか現れて三の曲輪に到る。ここには秩父曲輪という曲輪もあり、そこが面白い場所だった。
 秩父曲輪のまわりは石垣を組んだ段状の壁があり、池の跡と屋敷跡がある。ここは平時は庭園として使われていたのではないかということである。復元された屋敷に座り佇んでいると穏やかな気分になる。すぐ近くは荒川に続く断崖であり、眺めの良い空間であったことだろう。
 近くには門も復元されており、鉢形城址の中でもっとも復元物の多い区画であるので、観光で来た人はこのあたりを歩くのがいいかもしれないと思った。
(iPhone5)
2016.05.23 Mon l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
鉢形城
 橋を渡るとすぐに右手に鉢形城址の入口が現れる。小田原では5/3だが、ここ寄居では5/8に行われる北条祭りに備えてなのか、のぼりが何本も立っている。
 鉢形城は荒川と深沢川の合流する地点に造られた城なので、橋を渡った右側だけでなく左側も城址ではあるけれど、明確な遺構は右側に集中している。のぼりが立つ入口から中に入ると、広い芝生があり、城の縄張り図を示した案内板もあったので地図としてiPhoneで記録しておく。あとで道に迷った時のためである。
 その芝生広場は「笹曲輪」と名付けられている。曲輪(くるわ)とは城の中にある広場、あるいは区画といった意味で、笹曲輪は殿様のいる曲輪の後方を守るための空間なようである。笹曲輪の後ろ、つまり今歩いてきたエリアは二つの川に囲まれた断崖で、昔は当然先ほど渡った橋は架かっていなかったので、後方から攻められる事はなかったかと思われるけれど、万が一のための空間なのだろう。
 11時半を少し回ったので、笹曲輪にあるベンチで昼食にすることにした。木陰なのでとても涼しい。すぐ前には高い土塁(土を積み上げた壁)があるが、この向こうが殿様のいる本曲輪。
 一息ついていよいよ城内を歩き始める。広い本曲輪を抜け、高い断崖の上に出ると荒川とその向こうの山々がよく見えた。この川が東京の下町まで流れているなんて信じ難いほど、のどかである。
(FUJI FILM X100)
2016.05.21 Sat l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
荒川と鉢形城
 東武東上線の沿線には結構史跡が多い。川越はその最たる例といえる町だけれど、他にもいろいろある。特に戦国時代の城址に関しては、なかなか充実している沿線である。関東では埼玉県は見どころ溢れる城の宝庫なのである。
 池袋から急行に乗って、小川町で各駅停車に乗り換える。終点まで走る急行がないのだ。小川町を境にしてローカル度が増してくる。車両も古いものを使っている。
 東上線の終点である寄居(よりい)は交通の要衝で、東上線の他にJR八高線、秩父鉄道も乗り入れている。しかし、駅のまわりはのどかで、駅のすぐ横にあるスーパーが廃業していたりした。道幅のあまり広くない道を20分ほど歩くと荒川が見えてきた。橋を渡るとすぐそこは、西武蔵地方の拠点の城であった鉢形(はちがた)城の城址である。
 私はまっすぐ城址には向かわず、まずは荒川のそばまで下りてみた。GWに北条祭りが行われるため、川のまわりでは、その準備が行われていた。下から見上げる鉢形城の断崖は圧巻である。ここから攻め上がるのは無理というものである。堅城であったことを十二分に理解できる眺めに、心がわくわくしてきた。さあ、橋を渡って城に行こう。
※写真は帰りにパノラマモードで撮ったものです。
(iPhone5)
2016.05.18 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (2) トラックバック (0) l top
小菅ヶ谷
 飯島市民の森から本郷台駅に戻ってきた。本郷台は横浜市栄区の中心地なので、駅周辺は団地や病院などの公共施設が建っていてそれなりに人通りの多いところである。
 もう少し駅のまわりを歩いてみようと考え、駅に併設されているコンビニでビールを買って散歩を再開した。「インドの青鬼」というビールを、そのネーミングと缶に描かれた鬼(?)の顔の抽象画の可愛らしさで購入して、周辺案内板に従い駅の近くの川に行く。
 駅前から南に延びる道を数分歩くと城山橋という名前の付いた橋がある。こういう名前が付いているという事は、かつてこのあたりに城があったという事である場合がほとんどなのだけれど、周辺の風景は「山」というほどの起状のある地形でもなく、きっとこの先の丘に城があったのだろうと推測した。
 城山橋のまわりは高校や団地があり、けものへんに由と書いて「いたち」書くいたち川という小川は、そんな鉄筋の建物の隅にひっそりと流れていた。川の名を記す看板に描かれた浴衣姿の美少女のイラストに、往時の川ののどかな姿を想像し、「インドの青鬼」を飲む。飲み始めてすぐにアルコールが体内に回ってきた感覚に、缶に書かれたアルコール度数を確認したら「7%」と、ビールとしては高い度数であることを知る。
 鬼の味に浸りながら、小川の昔の風景を思い浮かべる夕方である。

※ 小菅ヶ谷殿館(鎌倉時代の館。城山と呼ばれていた)についての解説
URL
SONY NEX-6 LENS:SONY SEL PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2016.05.14 Sat l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
i飯島市民の森
 森の中を色々と歩きまわり、一通り歩いたので麓に下る。先ほど上がった入口とは違う場所に出たようで、そこはコンビニなどの店が並んでいる。バス停でいうと飯島上町にあたる。
 先ほどの入口の方向に向かって小山の下に沿って流れている小さな清流の横を歩く。この道は「せせらぎ緑道」という名前が付けられていて、先ほどの入口の所の更に先に「清水出会いの滝」というのがあった。
 この滝は、小さな清流に水を流している滝で、そのサイズはとても可愛いものだ。なんとか滝らしさあふれる雰囲気に撮ってみた。実際の大きさはとても小さい。
SONY NEX-6 LENS:SONY SEL PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2016.05.13 Fri l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
i飯島市民の森
 飯島市民の森は県道の脇にこんもりと盛り上がった小山で、出発前に神奈川県の地図で見た感じのイメージでは平地の公園のような場所だと思っていたので、入口を見てその景色に圧倒された。森の中は火気厳禁で駐車場もないためかファミリーは見かけず、地元の方と思われるお年寄りが散歩している。
 入口に簡単な地図があったので写真を撮っておいたが、森の中はあまり案内板もなく気ままに山道を歩く。山を登りきったあとも、ある程度のアップダウンのある尾根道で、小山ではあるけれどちょっとした登山気分を味わえる。
 随所にベンチが置かれているので時折休憩しながら山をぐるりと回ってみた。木の間から下の住宅地が見える。先ほど犬を連れた人と会ったが、この住宅地から来ているのだろうか。人も犬もいい運動になる小山である。
SONY NEX-6 LENS:SONY SEL PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2016.05.11 Wed l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
i飯島市民の森
 根岸線の本郷台駅で降りた。郊外の町だけあって、空気が都会のものとは違っている。駅前から北の方向に向かって延びる道は坂になっていて、自然と共生している町といった雰囲気がある。
 横浜の中心部に行こうかと思っていたけれど、連休の人混みを避けたくなって、この地にやってきた。駅から新興住宅地を20分ほど歩いて「市民の森」というバス停に到着。バス停から更に北に少し歩くと案内板のある細い道があり、そこが入口である。
 飯島市民の森は私有地を解放しているそうで、自然を極力残した小山といった雰囲気があり、突然山の中に入ってしまったような非日常感をいきなり感じる。
SONY NEX-6 LENS:SONY SEL PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2016.05.09 Mon l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
十日市場
 西日の射す上り電車に乗って甲府から東に向かいます。甲府駅で買った赤ワインのワンカップの旨さに浸りながら、次の目的地をどこにするかとTさんと協議。以前行ったことがある春日居町の古い温泉を第一候補にしていたものの、近年廃業していたことが温泉サイトでわかり、どうしようかと思案しているうちに電車は甲州市を抜けていく。流れで大月で降りて富士急行線の旅をすることに決定。
 Tさんが富士急行沿線の各駅を紹介しているサイトを見つけ、どの駅で降りるかを話し合った結果、「無人駅」であるという点に惹かれ十日市場駅にしました。
 大月を出た時は夕陽の日差しに包まれていた電車も、山あいに入っていくにつれ、太陽が山に隠れた黄昏色の中を走っていきます。元京王線の電車による四両編成は前二両が富士山をイメージした青と白、後ろ二両が京王線の色です。すっかり日が落ちてきた十日市場に到着。花が咲くホームが一線だけの無人駅。
 日が暮れるまでに早足で駅の周辺を散策します。小さな駅舎から延びる細い道がゆるい坂になっていて、駅前の風景がとてもいい風景。民家の間を歩いていくと、やがて永寿院というお寺に着きました。小さな境内に入ると湧水がありました。あとでワインを飲むために甲府駅で使い捨てコップを買っていたので、それを使って水を汲み飲みます。「うまい!」透き通った水は味もクリアでとても美味しい。近くにあった説明板により、この湧水が名水百選に選ばれているほどの水であることを知り納得。
 お堂に手を合わせて感謝をして引き上げます。周辺は桜と菜の花が咲いていて静かな里。駅に戻ってきた頃、あたりは暗くなってきました。
 大月に戻り、帰りは特急に乗ろうということで切符を買って特急の時刻を確認したあと、駅前の居酒屋で軽く飲みました。大月の地酒で乾杯。帰りの特急では勝沼で買って昨夜飲んだ際に、まだ少し残っていたロゼワインを飲みながらしみじみ。特急かいじ号は夜の中央本線を快走していきます。
(KONICA MINOLTA α Sweet DIGITAL LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2016.05.07 Sat l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
武田神社
 ほうとうを食べて、甲府駅北口からバスに乗る。すぐ近くに見える山の方に向かって武田通りという道を走っていくとすぐに武田神社が現れる。
 天気はすっかり初夏。暑いので参拝前にバス停横のお土産さんでアイスを買って、ベンチに座り食べました。Tさんは山梨名物ぶどうを使ったソフトクリーム。私は信玄餅のようにきなこと黒蜜がかかった信玄アイス。予想以上に美味しかったです。
 武田神社は境内のあちこちの物に武田家の家紋「武田菱」が入っています。手水場の形も四つの菱形。徹底しています。本殿で手を合わせ、信玄公と武田家の方々にご挨拶しました。
 武田神社は今は神社ではありますが。元々はここに武田家の本拠である「躑躅ヶ崎館」がありました。かつてこの周辺にはツツジがたくさん咲いていたので、その名がついたそうです。
 武田家は長らくここを本城のように使ってきました。「人は城 人は石垣 人は堀 情は味方 仇は敵なり」と信玄公が言ったとされ、巨大な城を作って甲斐府中(甲府)を守ることをせず、民とひとつになって甲斐府中を守るという概念です(一応、後ろの山のほうに防備のための要害山城がある)。
 現在も武田神社のまわりには躑躅ヶ崎館の遺構が残っています。神社の東側にある大手門跡を出ると広い芝生の空間が現れます。巨大な土塁(土を盛って作った壁)、池の跡、ここに屋敷があった雰囲気に満ちています。
 神社の境内に戻り、本殿の裏にまわり神社の北側に出ます。空堀(水をたたえない土の堀)が現れ、そこを渡る土橋を通って神社の外に出ると、そこにも広い芝生の空間。山の麓に広がるこの空間にも戦国時代の風景をイメージさせ眺めます。
 こんな感じで神社のまわりを歩きながら躑躅ヶ崎館の面影を辿り、水堀に架かる橋を渡ってバス停の近くに出ると、はるか東南にそびえる山々の向こうに富士山の頂が見えました。山梨県側から見る富士山は形が美ししい。昔の人々もこうして富士山を眺めて夢を描いたのかもしれません。
(KONICA MINOLTA α Sweet DIGITAL LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2016.05.04 Wed l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top
武田信玄公
 二日目、小雨が降る中、ぶどうの丘の駐車場前のバス停から市営の巡回バスに乗り、勝沼ぶどう郷駅に向かいました。まずは最初の目的地「山梨県立博物館」へ。
 石和温泉駅でコインロッカーに荷物をしまっているうちにバスが行ってしまったので、タクシーで博物館に向かいます。駅前通りから笛吹川を超えて到着。運転手さんが帰りもよろしかったらと連絡先の電話番号を書いた紙をくれました。手際がよく親切だ。
 博物館は入館料1000円のところ、山梨県民か県内の宿泊施設で前泊した方は840円とのこと。ぶどうの丘で泊まったことを告げると担当のお兄さんが「僕は甲州市なので、あそこにはよく行くんですよ」との事で、入口まで案内されながらぶどうの丘の温泉の話をしました。
 今回、この博物館に来たのは特別展「武田二十四将展」を見るためです。入口に武田軍が愛用していた甲斐の馬「黒駒」の実物大模型があり、「どうぞ跨って記念写真を」と係員におすすめされました。
 展示物は貴重な書状などをテーマ別に展示していました。歴史に疎い人でも理解しやすいように、各武将についての解説や、武田家の歴史などが丁寧に解説されておりました。
 一時間くらい展示を観覧し、記念の武将カードをもらって博物館を出ると、ちょうどバスが来る時間。バスで石和温泉駅に戻り、いよいよ甲斐の中心、山梨県の県庁所在地である甲府に向かいます。
 甲府駅に着くと空は夏のような青空。駅ビルで先にお土産コーナーをチェックしたあと、昼食のほうとう店へ。私はいつも甲府に来ると寄る店があるのですが。今回は違う店にすることにしました。駅前に出ると、武田信玄公の銅像が威風堂々と鎮座しております。写真を撮る観光客が何人もいます。私達もその輪に入って撮影。
山梨県立博物館 開館10周年記念特別展 「武田二十四将」 (5/23まで)
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/3nd_tenjiannai_16tokubetsu001.html
(KONICA MINOLTA α Sweet DIGITAL LENS:SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM)
2016.05.02 Mon l 神奈川県外の戦国史跡 l コメント (0) トラックバック (0) l top