パシフィコ横浜で開催されたCP+2016に行ってきました。写真を掲載しようと思ったのですが、タテ画像がなぜか横向きにアップされてしまうので、今回は写真はありませんという事で。

 今回は各メーカー話題の新型機が出ていたこともあり、例年よりも混雑していたという印象がありまして、その話題の新型機もタッチ&トライ数十分待ちとか当たり前な状況でした。まあ、話題の新型機は店頭に並んでからでもいいかと思い、シグマの新型ミラーレスsd quattroしか触っていませんが、このカメラは「シグマらしさ」溢れるインターフェースで楽しそうなカメラでした。展示されていたプロの方の写真もとても立体感のある写真が並び(特にフォークを撮った写真の金属感のリアルさ)、好印象でした。
 他社の最新機種のような「高性能を手軽に!」という方向性ではないし、EVFだって一昔二昔前のフィーリングでしたが、そういう本来なら欠点になってしまう部分もどうでもよくなるほど、その写りに惚れるカメラでした。こういう一点突破型というか、どこかひとつ突き抜けた造りのカメラは大好きです。

 新型機では、ペンタックスK-1やニコンD500が特に人気だったように思います。K-1はペンタックスユーザーが待ちに待ったKマウントの135判フルサイズセンサーのカメラ。ハイスペック満載とかではなく、あくまで従来のKマウントのデジタル一眼レフの方向性で作られているようで、そこは好感の持てるところ。
 ただ、今後発売されていくレンズの行方がまだハッキリとした形ではなく、ロードマップを見ても暫くはズームレンズで推していく感じなようなので、そこは残念。要するにレンズでのサプライズがほしかったと思うところです。

 D500は圧巻の高性能です。ニコンブースで行われた中井精也さんによる講演でも、性能を前面に押し出した紹介でしたし、とにかく「有無を言わさぬ高性能」を追及したカメラということはわかりました。ボケの大きさとか、オールドニッコールや最新のFXフォーマットのナノクリレンズを本来の画角で使いたいとか、そういう理由がない限り、ニコンの高性能一眼レフを使いたい!という向きはフルサイズではなく、このD500で充分すぎるくらいに充分だと思えました。そのくらい驚愕な高性能カメラです。

 個人的にはソニーが先日発表した「G masterレンズ」を試したみたかったのです。持参カード使用で試し撮り出来たと後から知りましたが、展示されていた作例はとても良かったです。単に高画質だけを追及したわけでもなく、ボケの美しさも研究したそうで、そのあたりの技術には元ミノルタのスタッフの力が大いに活用されているのだそうです。85mmのレンズは往年のミノルタの名ポートレートレンズ85mm F1.4Gに通じるものがあるような気がするのは、そういう逸話を聞かされたゆえの印象の刷り込みだけでもないように思います。
 ソニーは、このG masterレンズはカール・ツァイスレンズよりも高い値付けをしており、ミノルタファンとしては「Gレンズ」のブランドに新時代が到来したということに嬉しさを感じるところ。現時点ではミラーレスのEマウントだけですが、今後Aマウントでも出ることを期待しています。

 中井さんのソニーブースでの講演を拝聴していて、これからのカメラとレンズは「小さく 軽く でも写りが良い」という方向性が今以上に重要になっていくように思われました。各社とも、小さくて軽いのに良く写るカメラとレンズが次々と出てきている。そんな2016年。
 では、大きいカメラはどこに向かえば良いのか? 奇しくも、中井さんが講演を担当したソニーとニコンのカメラが、小と大の2016年のひとつの解答例なのかもしれません。
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2016.02.28 Sun l カメラエッセイ l コメント (0) トラックバック (0) l top
川崎
 川崎にもかつて市電が走っていた。横浜のようにいくつも路線があったわけではなく、路線はひとつだけであったようだが、川崎駅前から臨海工業地帯の塩浜に向かって走っていた。塩浜では京急大師線と接続していたが、のちに大師線の小島新田~塩浜間は廃止されている。
 川崎市電の塩浜~桜本間はその大師線から譲渡された区間であるそうで、市電が延びてくるまで大師線の終点は桜本であった。今でも産業道路沿いに桜本駅のあった周辺は廃線跡らしき遺構が残っている。
 桜本駅跡から少し歩いたところに桜川公園という公園がある。そこに市電の電車が静態保存されている。屋根も架かっているし、塗装も割ときれいである。
 公園では子供たちが遊んでいて、河津桜の花も咲いていた。それなりに賑やかな場所で、高度経済成長期の工業地帯の通勤者を乗せ走ってきた電車は静かに佇んでいる。走っている電車に乗ってみたいなと思う。タイムマシンがあればと思うひととき。
(iPhone5)
2016.02.25 Thu l 川崎南部・鶴見 l コメント (2) トラックバック (0) l top
太平寺跡
 来迎寺に入る石段の脇に太平寺跡を示す石碑があった。太平寺はかつて鎌倉尼五山第一位としてこの西御門に建っていた尼寺である。
 私がこの太平寺について知ったのは、昨年の夏頃読んだ伊東潤さんの歴史小説「戦国鎌倉悲譚 剋 (講談社文庫)」がきっかけだった。この小説は玉縄北条家を描いた小説で、舞台は玉縄城と鎌倉の町。主人公は玉縄北条家第五代当主である北条氏舜。氏舜は「うじとし」と読む。その氏舜が、北条家と安房の里見家との同盟の証人として相模にやってきた北鎌倉の東慶寺の青蓮尼と、色々な苦難を越えつつ心を通わせていく物語である。その青蓮尼の母が青岳尼という太平寺の住職であった。
 太平寺は源頼朝が自分を助けてくれた尼僧の姪の願い受けて建立したという説もあり、のちに代々足利家の者が住職を務めた。青岳尼もその一人である。しかし、弘治元年(1556年)に安房の里見義弘が三浦半島から相模に上陸、鎌倉の町に侵攻して太平寺から本尊の木造聖観音菩薩立像(のちに東慶寺の要山尼が里見家と交渉して取り戻す)と青岳尼をさらってしまった。青岳尼は里見義弘の許嫁であったとも言われる。
 青岳尼は安房では還俗し里見義弘の正室となっており、どうやら里見家で幸せに暮らしたようなのだが、太平寺はその後、当時の小田原北条家当主であった北条氏康によって廃寺となる。本尊と住職を交戦相手の里見家に奪われたことが、氏康の怒りを買ったことを示す文書も残っているそうである。
 現在、太平寺の本尊は東慶寺に、本尊を安置していた仏殿は円覚寺に移築されて残っているそうである。こちらも機会をみて訪れたい。ちなみに、太平寺のあった場所は、この石碑の近くにあるテニスコートがその跡地だと言われる。
(FUJI FILM X100)
2016.02.24 Wed l 鎌倉 l コメント (2) トラックバック (0) l top
来迎寺
 八雲神社のすぐ近くに来迎寺がある。来迎寺に上がっていく石段の横に太平寺跡を示す石碑が建っていた。太平寺はかつて存在した尼寺である。去年、ある小説を読んでから太平寺の跡地を訪問したいと思っていたので、思わぬ出会いに驚き喜んだ。太平寺については次回書くことにする。
 石段を上がると来迎寺の本堂が現れる。永仁元年(1293年)に建立された古いお寺。現在は住宅地のはずれに位置していて、観光客の多いエリアからは離れているが、緩い坂道の上にゆったりと構えているお寺であります。
(FUJI FILM X100)
2016.02.23 Tue l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
八雲神社
 西御門跡の近く、北の方向に行くと八雲神社と来迎寺があると案内板に書かれてあった。まだ時間はあるので、もう少し歩いてみたくて向かってみることにする。
 静かな住宅地の道を歩き、近くの学校の所有するテニスコートの脇を抜けると鳥居が現れた。その斜め横にある石段を上がると来迎寺である。
 八雲神社はスサノオノミコトを祀った神社で全国にあるが、鎌倉には四つの八雲神社がある。そのうち、この西御門にある八雲神社は「やぐも」と読み、大町、山ノ内、常盤にある八雲神社は「やくも」と読むようである。
 社殿は天保年間に建てられたものだそうだ。
(FUJI FILM X100)
2016.02.21 Sun l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
白旗神社
 荏柄天神社を参拝したあとは、西の方角に向かって歩いていく。すぐに東御門橋に着く。この先にある清泉小学校がある辺りは鎌倉幕府初代将軍である源頼朝の屋敷があり、そこが政庁(大蔵幕府)として機能していた。その東門がここにあったという。
 細い道を更に行くと、やがて白旗神社が現れる。白旗神社は源頼朝を祀った神社で、横にある階段を登っていくと源頼朝のお墓がある。このお墓のある場所は源頼朝の建立した法華堂があったが明治の神仏分離令によって今はなく、こうしてお墓が建っている。
 お墓に手を合わせ、白旗神社の前の道を南に向かうと大蔵幕府跡の石碑がある。源頼朝、源頼家、源実朝、北条政子の時代まで鎌倉幕府はここにあったのだそうである。
(FUJI FILM X100)
2016.02.20 Sat l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
荏柄天神社
 朝比奈や金沢八景方面に行く道は、岐れ路という交差点で文字通り道が二手に分かれる。細い分岐路は「お宮通り」という鎌倉宮に通じる道で、幅の狭い道なのだが鎌倉宮と鎌倉駅を結ぶ路線バスも走っている。
 鎌倉宮の手前に天神前というバス停があり、そのバス停の場所から左に曲がるとすぐ荏柄天神社の階段が見えてくる。階段下にある説明板によると、荏柄天神社は大宰府天満宮(福岡県)、北野天満宮(京都府)と並び日本三大天満宮とされていた由緒ある神社だそうである。
 天神社なので学問の神様菅原道真を祀っていて境内に梅の木がある。門をくぐると梅の花の香りが漂ってきて心地よい。境内の広い神社ではないが、見晴らしも良く、本殿のすぐ横の洞窟に祀られる熊野権現、門の横に力強くそびえるご神木、154人の漫画家によるカッパのレリーフのある絵筆塚がある。
 長治元年(1104年)に建立されたこの荏柄天神社。かつては源頼朝が鎌倉幕府の鬼門の守護社として社殿を造営した歴史もあるそうである。
(FUJI FILM X100)
2016.02.19 Fri l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
荏柄天神社
 寒さで休日は家で本を読んだりしていることが多く、さらに最近メインで使っているパソコンを買い替えたことで余計に外出する機会が減っていた今日この頃。どこかへ行きたいという慾は失っていないのが幸いで、朝の青空に足取りも軽やかにやってきたのは鎌倉駅。しかし、期待とは裏腹に空は曇ってきた。
 週末の鎌倉の大混雑は疲労感を誘うだけでなく、写真を撮る上でもなかなか難儀で、人気スポットの混雑ぶりは、ゆっくりとカメラを構えるのがはばかられるところである。しかし、鎌倉は見どころが多い。人気スポットも良いけれど、あまり知られていない場所にも、いやそういう所にこそ鎌倉の真の良さが溢れているのではないか?という思いで、今日は若宮大路を足早に行く。平日なので混雑度はまあまあだが、それでも人は多く賑わっている。
 若宮大路の突き当たり鶴岡八幡宮の所で右に行き、道なりに突き当たりを左に行く。この通り、というかこの辺りは好きなエリアで、勝手な思い込みで書くなら、この付近を歩いている人は神社仏閣めぐりが好きで鎌倉に来ている人という印象がある。歩いている観光客は皆、歩き方が穏やかに感じられる。住宅街でもあるので地元の人が歩いている姿を多く見かけるのも良い感じ。
 今回はこの付近を色々とまわっていく。まずは梅の花が咲いている荏柄天神社にやってきた。
(FUJI FILM X100)
2016.02.18 Thu l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
横浜
 横浜駅東口から横浜そごう百貨店を抜けみなとみらい方向に行くと日産自動車の本社ビルがある。以前は銀座にあったものを横浜に移転させたものである。その本社ビルの一階に日産ギャラリーというショールームがある。現在発売されている自動車の展示、グッズの販売、過去の名車の展示(ある程度の期間で展示車が変わる。今回は昔のセドリックが展示されていた)といったサービスを展開している。
 現在ロードショー中の映画「さらば あぶない刑事」。この作品が横浜が舞台となっている関係で、今横浜のあちこちでタイアップキャンペーンを行なっていて、この日産ギャラリーでも劇中で使われたGT-R、かつてTVドラマのほうで使われていたレパードが展示されている。
 GT-Rは運転席に入ることも出来たので中に入ってみた。まさに「包み込まれる」という形容詞がぴったりな車内がスポーツカーである。屋根の上の赤ランプがいい意味で違和感。
 この作品が初めてテレビでオンエアされて今年で30年だそうで、GT-Rの隣にあるレパードの角ばったフォルムと、GT-Rの複雑な曲線を描いたフォルムの違いが、そのまま30年という年月を物語っていた。しかし、その間に掲げられたパネルの主人公二人のかっこよさは変わらない。映画には30年前をリアルタイムで体験していない世代の女性も多くつめかけて、映画会社の予想を超える大ヒットとなっているそうである。
(FUJI FILM X100)
2016.02.17 Wed l 横浜港周辺 l コメント (0) トラックバック (0) l top
海老名
 相模国分尼寺跡で少し佇んだあと、海老名駅のほうに向かって歩く。寒いので早く建物の中に入りたい。相鉄の線路に沿って駅に向かっていくうちに駅前に出た。
 海老名駅前には以前からあるショッピングモールもあり、その名も「ビナウォーク」という。大小6棟の建物によって構成されていて、なかなかの規模なのだが、先ほど入ってきた駅の反対側に出来たショッピングモールの影響で客足が落ちているのではないかと思っていた。しかし、店内に入ってみると思っていたよりは人がいた。あちらはファミリーが目立ったが、こちらは若者中心、そんな感じに思えた。
 建物の建つ真中に広場があり、そこに7/3スケールの七重の塔が建っている。相模国分寺のイメージで造られたのだそうで、こういうものがあるのがチェーン系なモールとは違う地域発信のモールならではなのだろう。余所者としては、こちらのほうが海老名らしさがあって好感が持てる。
(FUJI FILM X100)
2016.02.13 Sat l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
相模国分尼寺跡
 国分寺から徒歩20分ほど北の方角に向かって歩き、相鉄線の踏切を超えすぐ近くの所に相模国分尼寺跡はある。まわりは住宅地で、家に囲まれた空き地のような空間である。早速、入口から中に入っていく。木の生えているところに金堂があるので手を合わせる。
 説明文も掲示してあり、庚申塚もあり、近くには水仙の花が咲いていた。尼寺の跡だからか、ひっそりと咲く花がよく似合う景色に思える。
(FUJI FILM X100)
2016.02.11 Thu l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
国分寺
 跡地から、現存する国分寺にやってきた。先ほど訪れた相模国分寺跡から現在の場所に移ったのは、火災で焼失した際に高台の上に残った薬師堂の近くに移ってきたという経緯であるようである。
 階段を上がると駐車スペースがあり、その隣に境内が広がっている。本堂まで向かい手を合わせる。
 国分寺の前の道路を下っていくと駅から歩いてきた道に戻るようだが、周辺案内地図を見ると、ここから1kmちょっと歩いた所に相模国分尼寺跡があるとわかったので行ってみることにした。
高野山真言宗 相模国分寺ホームページ
(FUJI FILM X100)
2016.02.06 Sat l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
海老名
 相模国分寺跡を見たあと、すぐ近くにある現在の国分寺に向かう。距離はだいたい100mくらいといったところ。
 国分寺の入口に大きなケヤキの木がある。説明板によると樹齢300年以上だそうで、元々は船を停泊させるための杭として使われていた木が、年月を重ねて現在に到るとのこと。
 写真を撮ろうとしたが、交通標識が被ってしまう。これも現在の風景と割り切ることにする。
(FUJI FILM X100)
2016.02.04 Thu l 高座 l コメント (2) トラックバック (0) l top
相模国分寺跡
 相鉄線と小田急線が交差する海老名駅はなかなか賑わっている駅で、最近は駅の北側にショッピングモールが新しくできた。昼食持なので、まずはそこから足を運んだ。
 この手の建物はどこも大同小異で、入っているテナントも似たりよったりだし、天井吹き抜け構造の建築もある種のパターンになっているので特筆するようなことはないけれど、地元住民のための便利施設なのだから、これでいいとも言える。ひとつ言うならば、他地域のものと比べてベンチが少ないと感じた。高齢化社会ゆえに、そういう点は重視しなくてはいけない部分だと思ってみたりする。
 午後、今回の目的地に向かう。海老名駅前の道は線路に対して斜めに延びているが、地図で見ると線路が方角に対して斜めなのであって、道は縦横まっすぐだ。そういう位置関係にあるので、実際に歩いていると自分が向かっている方向の感覚がわからなくなってくるが、道そのものは国道なので迷わずに目的地の町内に到着。
 しかし、周囲を見渡してもそれらしきものがない。お寺を目標に歩いてきたが、そのお寺が見当たらない。少し行き過ぎた頃、ようやく周辺地図を見つける。目的地は国道より一段高い所にあった。今歩いてきた所は国道の両脇が切通しみたくなっていたが、その上らしい。
 ようやく最初の目的地である相模国分寺跡に着いた。広々とした芝生が広がる。8世紀にこの場所に相模国の国分寺が作られた。その跡地である。通常、国分寺は国府の近くに造られる。相模国の国府は現在の平塚市にあったそうだが、関東地方の寺院建設に大きく関わっていた壬生氏が高座郡を拠点にしていたので海老名に造られたのではないかと言われているとのこと。
 広い敷地だからか、徒歩や自転車の人が近道の如く芝生を横切っていく。
相模国分寺跡についての海老名市の解説ページ
(FUJI FILM X100)
2016.02.03 Wed l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top