浄智寺
 ペンタックス645(初代)を持って北鎌倉にやってきた。フィルムは120サイズを装填している。カメラ自体がとても重く長々と歩くのはきついので、今回は北鎌倉にしぼって歩く。ちなみに、装着しているレンズは、smc PENTAX 645 A 55mm F2.8。135サイズ換算で大体35mmあたりの画角に近い。
  やってきたのは浄智寺。弘安6年(1283年)に創建された鎌倉五山の第四位という由緒あるお寺である。山を背にして建つ境内は落ち着いた雰囲気で、静かに参拝したい人には有難い。ここは、鎌倉江ノ島七福神の布袋像があるという。布袋像は小さな洞窟の中に祀られていて、お腹を手でさすると元気がもらえるというご利益があるそうなので、早速触る。
 デジタルと併用しながら、要所ではフィルムカメラでじっくり撮るというスタイルで撮影するのは久しぶり。今回ペンタックス645で撮った写真は現像とともにCD-R化も頼んでいるので、出来上がり次第このブログに掲載したいと思います。
(RICOH GR DIGITAL)
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2015.03.31 Tue l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
厚木基地
 再び基地に沿って歩き出すと、やがて大和方面への道に出た。まだ時間もあるし、もう少し歩いてみたいので大和駅を目指して歩くことにする。大和駅までの所要時間は30分もかからない。これは前回この地を訪れた時と同じコースである。
 道路の左にはやがて相鉄線の線路が現れる。線路はやがてトンネルに入るのでずっと併走している訳ではないけれど、ここは電車と飛行機を合わせて撮影出来るポイントだ。まっすぐ続く道の右側には広大な滑走路が広がっている。歩き始めて少し経った頃、大きな音を立てて頭上を飛行機が過ぎていった。すぐ横が滑走路だから飛行機は着陸態勢で飛んでいるため、歩道と飛行機までのその距離はあまりにも近い。
 私は左のほうの空から大きな音が聞こえてくると立ち止まり、空に向かってカメラを構えた。飛行機は結構な速度で着陸するのでコンデジでうまく撮れるかはわからないけれど、私はシャッターを切り続けた。曇った空と有刺鉄線の金網が、風景を金属的で無機質な空気に演出していた。これも町の風景のひとつなのだなと思いながら歩いた。
(RICOH GR DIGITAL)
2015.03.30 Mon l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
綾瀬
 再び門の前を通って、その先の北凍の方角に向かいながら基地の周囲の道を歩く。右側はずっと基地だが、左の風景は住宅地で、時折畑も現れたりする。
 綾瀬市と大和市の境に近い蓼川(たてかわ)という町の北側に、相鉄線と基地を結んでいた貨物線の廃線跡がある。このブログでも以前取り上げた廃線跡で、曇り空の下で見るとより寂しい眺めである。廃線跡の踏切はまだ形を残していて、その近くにベンチがあったので小休止する。
 少し離れた位置から踏切を見ると、まだ列車が走ってきそうな眺めで、時間の流れが捻じ曲がったような気分になる。
(RICOH GR DIGITAL)
2015.03.29 Sun l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
綾瀬
 店が並ぶ一画のすぐ先に広々とした門が現れた。瓦を上にまとったその門は厚木海軍飛行場、つまり厚木基地の入口である。車が行き来する門の横に通用門があり、そこに受付の係員がいる。その横には交番があり、自販機も並んでいるが、勿論警官は日本の警察官であり、自販のメニューは日本の製品である。
 自販機の横に男性が一人立って誰かを待っている風だったが、やがて基地内から長身の白人男性が現れ、私に「トモダチ?」と声をかけてきた。意味がわからなかったが「違います」と答えると、自販機の前の男性に同じように声をかけて少しばかり日本語で会話をしたあと、「ドウゾコチラヘ」と通用門のほうに案内して行った。基地では軍の関係者による英会話教室が行なわれているそうだから、白人男性は講師で、待っていた男性は生徒なのだろうか。あるいは所用で基地に来ていた人なのか。「トモダチ」というのは待ち合わせの合言葉みたいなものなのかもしれない。
 門の近くには来客用と思われる駐車場があり、その前にはバス停もあった。さすがに門や基地の写真を撮るのは遠慮して、バス停だけ一枚撮って退散した。
 (門の写真はWEB検索すると出て来ますので、そちらをご覧ください)
 基地の周囲に沿って歩道を少し歩いてみたが、一周するには相当な距離を歩くので途中で引き返した。基地の前に並ぶ電線の向こうに飛行機が飛んでいる。
(RICOH GR DIGITAL)
2015.03.28 Sat l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
綾瀬
 横浜から相鉄線に乗ってさがみ野駅に着いた。この駅に降りるのは二回目で、前回は北口で降りて座間市の方角に向かって歩いた。駅前の道に桜が咲いていた時期だった。
 今回は南口に降りる。これといって華やいだ景色のない通りを南の方角にひたすら歩く。やがて東名高速道路が現れると、この辺りから綾瀬市になる。高速道路の騒音も相当なものだけど、先ほどからそれ以上の音が空から響いている。厚木基地の飛行機やヘリコプターが次々と頭上を飛び去っていくのだ。
 かつては陸軍の航空基地であったこの地は、今は米軍基地と自衛隊の駐屯地になっている。先日訪れた愛川町の中津にあった日本陸軍の飛行場跡は工業団地に転用されたが、ここは今でも軍事施設なのである。米軍基地の正門に続くこの道は基地が近づくと店が現れ始めた。その構えは既に和風なものではなくなっている。さて。今回はその厚木基地の周辺を歩いてみる事にする。
(RICOH GR DIGITAL)
2015.03.26 Thu l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三浦
 小松ヶ池で写真を撮っているうちに風が一段と強くなってきた。まだ午後三時を回ったくらいの時間なのでもう少し回りたくもあり、海にでも行きたいと考えていたけれど、海岸沿いは更に強風かもしれない。帰るつもりで畑の中を歩きながら駅を目指した。
 途中、線路脇で小休止。青空は澄んでいるのに、吹く風は冷たく、春はもう少しといった感じの午後。
(SIGMA DP2)
2015.03.25 Wed l 三浦 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小松ヶ池
 線路沿いの河津桜を撮ったあとは、線路の西側にある小松ヶ池公園に向かう。この公園の周りからも河津桜はよく見えて、散策を楽しむ人の姿が結構いる。
 小松ヶ池からは電車が見える。カメラを構えていると2ドアのクロスシート車2100形がやってきた。颯爽と駆け抜けていく。
 小松ヶ池には伝説があるのだという事を池の前にあった説明版で知る。昔、この地で暮らしていた「お松」という女性が姑にいびられた悲話が書いてある。それを読んでから池を眺めると、この静かな池の佇まいがより深い色に思えてくる。
小松ヶ池の伝説
(SIGMA DP2)
2015.03.23 Mon l 三浦 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三浦
 しばらく強風に吹かれ体を少し飛ばされそうになりながらも撮っていたけれど、アングルを変えて撮ったほうが良いのは明白なので移動することにする。
 思い切って橋の真ん中、つまり金網の所にやってきた。ここで撮っている人は居ない。金網が撮影の邪魔になるからなのだけれど、私はズームレンズを200mm側にして金網にゆっくりとレンズを近づけてみた。少し離れると金網が写りこんでしまうが、レンズのフィルター枠の先端が金網に触れるかどうかくらいの所まで寄ると写りこまない。
 今回持っていくレンズのセレクトには悩んだ。初めての撮影地、どういうアングルになるかはっきりとした確信がないので、検討を重ねた末に200mmと85mmの単焦点を二本持っていくよりも、100mm~200mmのズームにしようという結論になった。これが正解だった。
 先ほどの場所に比べて桜に包まれている感じは弱いけど、8両編成を望遠らしい圧縮した絵で撮れた。電車に付いているヘッドマークは、台湾の鉄道局との提携を記念して付けられたものです。
(SONY α700 LENS:MINOLTA AF 100-200mm F4.5)
2015.03.22 Sun l 三浦 l コメント (2) トラックバック (0) l top
三浦
 三浦海岸から三崎口の間には線路を見下ろせる陸橋がふたつある。ひとつめ、三浦海岸寄りの陸橋は歩道のない狭い橋だったので、立ち止まる事は車の通行を妨げる事になり撮影は困難だった。もうひとつの三崎口寄りの陸橋は歩道があり撮影可能だ。しかし、そういう好ロケーションなので先客がいる。
 橋の真ん中、つまり線路の真上にあたる部分は安全のため背の高い金網が張られていて、両端の部分は金網がない。空いているスペースに入りカメラを構える。
 三脚を構えてじっくり撮っている人もいれば、通りすがりにデジカメを構えている人もいる。高い位置から線路と河津桜が見下ろせるので眺めがいい。早速電車がやってきた。撮ってみたが、私の位置からだと電柱が電車と被ってしまう。どうやら三脚を立てている人のいるポジションが良いようだけど、じっくり撮っているのでしばらくは移動しなさそう。さて、どうしようか。
(SONY α700 LENS:MINOLTA AF 100-200mm F4.5)
2015.03.21 Sat l 三浦 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三浦
 案内板に従いガードをくぐって一旦線路の西側に出て少し南の方角に歩いたあと、再びガードをくぐり線路の東側に出る。やがて前方にピンクの花びらがたくさん見えてきた。
 線路の脇に河津桜の並木が続き、木の下には菜の花が咲いている。ピンクと黄色のコラボ。その向こうを赤い電車が走っていく。花に囲まれた電車を淡く撮ってみた。
(SONY α700 LENS:MINOLTA AF 100-200mm F4.5)
2015.03.20 Fri l 三浦 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三浦海岸
 京急線の三浦海岸と三崎口の間の線路際にこの時期になると河津桜が咲きほこる。電車の車内からは何度も見ているが、降りて近くにまで行った事がないので行ってみよう。そう思い立ち、やってきたのは三浦j海岸駅。駅前広場には小さな河津桜の木が花を咲かせ、本来は白に水色の駅名板がこの時期だけはピンクに変身する。
 駅前広場は河津桜だけでなく、地元の農家の方や商店の方がテントを出して三浦の特産品を売ったり、三浦の味を販売している。大根を煮たいい匂いが漂っている。
 そんな駅前の光景を撮ろうとバッグからシグマDP2を撮り出した。DP2を使う時は基本マニュアル露出でマニュアルフォーカス。一枚目で駅名板に向かって試し撮り。斜めになったけど試し撮りなのでいいやともう一回。さあ歩こうと「桜まつり」と書かれた案内板の矢印に沿って歩き始めた。
 帰宅後、PCでデータを読み出すと何故か二枚目だけエラーで読み込めない。そうなのだ。時々、このDP2はRAWデータがおかしくなる。発生頻度は数百枚のうちの一枚なのに、それがここで発生するなんて…。という事で、今回掲載しているのは試し撮りの一枚目。駅名板はこんな感じだと雰囲気が伝わってもらえれば。
(SIGMA DP2)
2015.03.19 Thu l 三浦 l コメント (2) トラックバック (0) l top
横浜
 さて、馬車道にやってきた。この周辺は古い建物が多く、歩道上にはそれぞれにちゃんと解説板も設置されている。色々と撮ってみたが、やはりこの建物は是非紹介しておきたい。神奈川県立歴史博物館である。
 この建物は明治37年に完成した横浜正金銀行本店を、昭和43年に博物館としてリニューアルしたものである。重厚な建築美を誇る建物で、館内の展示物も充実しているそうだ。
 馬車道のあたりは飲食店も多く、これから日が暮れてくるにしたがい人通りも増えてくるだろう。そんな賑わいにはまだ少し早い夕刻、関内駅に向かって帰路に就く。
(OLYMPUS E-410 LENS:OLYMPUS ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6)
2015.03.18 Wed l 横浜港周辺 l コメント (0) トラックバック (0) l top
横浜
 私が初めて買ったデジタル一眼レフはコニカミノルタα-7 DIGITALで、それはフィルム一眼レフはEOSとαをt使っていたからというのが一番の理由だった。しかし、α-7 DIGITALは街撮りをするには大きすぎたし、AFも遅い。もっぱらMFにしてマニュアル露出で使っていたこのカメラ、それはそれで楽しく、写りもとても好きだったのではあるが、街で使う写りの良いデジカメが欲しくて色々と検討を重ねた結果、フォーサーズマウントのオリンパスE-410を二台目のデジタル一眼レフとして買った。
 レンズは、オリンパスを使うならこのレンズを使ってみたいと思っていた、パンケーキスタイルの25mm F2.8を新品で購入した。小さく軽いE-410にこのレンズはとてもよく似合う。この組み合わせで東京の街を撮り歩いた。まだまだ私の知らない東京がそこにあった。
 私がE-410を買った頃、もうすでにマイクロフォーサーズは存在していたが、いつしかオリンパスは一眼レフからそちらに力を入れ始めていた。マイクロフォーサーズはそれはそれで魅力のあるシステムであると思うけれど、私は軽量な一眼レフとしてのフォーサーズに大いに魅力を感じていたので、一眼レフからミラーレスにシフトしていく流れを寂しく見つめていた。やがて、オリンパスはフォーサーズマウントの新規開発をやめてしまい今に至る。
 メーカーからはもう新型モデルは出なくても、手元にあるカメラやレンズは使い続けられる。そういえば最近使っていないなと思い、久しぶりにE-410を持って横浜へやってきた。かつて東京をそうやって撮っていたように、私は設定をモノクロにセットした。
 他社に比べて倍率が低く小さいファインダーも、使い慣れている自分にとってはさして問題はない。ミラーレスと変わらないくらいの小さなボディは構えやすい。さくさくと写真を撮っていく。そんなスタイルが似合うカメラだ。関内駅を降りて、日本大通を歩き、埠頭に出る。先ほどからレトロな建物なかり撮っている。今日は預かり物の14-42mmズームレンズを付けているので、どうしても14mmを使いたくなってしまい、広角写真を量産している。そんな時、かわいらしい象に出会った。
(OLYMPUS E-410 LENS:OLYMPUS ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6)
2015.03.17 Tue l 横浜港周辺 l コメント (0) トラックバック (0) l top
滝川
 春のJRダイヤ改正で寝台特急「北斗星」と「トワイライトエクスプレス」が廃止された。
 トワイライトは北陸を旅している途中に通過していく姿を見た事はあるけれど、結局乗る機会がないまま終わってしまった。日本海側を縦貫する列車は関東住みだと乗るのがなかなか大変で、寝台特急「日本海」、急行「きたぐに」も乗らないまま廃止になった。ちなみに、昼行特急の「白鳥」は廃止直前の二月の週末に乗った。仕事帰りに羽田に直行して青森空港まで飛び青森駅前で一泊。翌日早朝に青森から乗って夜に大阪に着いた。約15時間の旅は景色と天気の変化がとても面白く、思い出に残っている旅である。
 さて、北斗星には一度だけ乗ったことがある。2004年の5月に友人と道南道央を旅した時に行きは北斗星を選択した。乗ったのはB寝台個室で、ディナータイムが終わったあとの食堂車で食事と酒を味わいながら夜行列車の食堂車の旅情を楽しみ、早朝の函館で降りた。
 函館では朝市に向かい、食堂で朝から海鮮丼を食べたりしたあと、夜まで別行動をとり、私は市電に乗って市内の旧蹟を撮ったり、温泉を楽しんだりした。その函館の記憶は鮮明なのだけれど、北斗星の記憶はそれほどでもない。車両そのものはそれまでに乗った事のある他地域の寝台列車と大きな差はないと感じたからだろうか?今となっては、もっと写真などを撮っておけば良かったと思っている。
 そうなのだ。せっかく北斗星に乗ったのにデジカメで撮った写真がないのだ。この時はフィルムのAF一眼レフ「ミノルタα-507si」に、28mm F2.8を一本だけ持って旅をしたのは良いが、デジカメはあくまでサブでメモ的な存在だった。もっとも、フィルムの方でも北斗星の写真は数枚しか撮っていないけれど。
 そんな訳で北斗星の話題なのに掲載した写真は滝川駅に停まる根室本線の鈍行である。この写真を撮ったあと、特急に乗って札幌に向かった。二日目と三日目は札幌に泊まったのだった。この時の旅でデジカメで列車を撮ったのはこの一枚だけである。
 当時と異なり時代はもはやフィルムではなくデジタルで、自分もすっかりそうなってしまった。今同じように北海道の旅をするならば、間違いなくデジタルで撮るだろう。鉄道を取り巻く環境も変わり、この11年の間に次々と夜行列車は廃止されてしまった。夜行で旅をするのが好きな私は、そんな現況を寂しく思っている。デジタルが便利で効率が良いように、鉄道の旅の主軸は新幹線なのだろう。
 JRも新幹線で行きやすい所ばかりをキャンペーンする。それは大衆的には間違ってはいないと思うけれど、せめて時間のある時はゆったりと旅をしたい。そういう時はやっぱりフィルムカメラだろうか。
(MINOLTA DiMAGE Xi)
2015.03.16 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
久良岐公園
 久良岐公園は谷底のような地形で広がっていて、歩いているうちに斜面に段々畑を作っているエリアに出た。斜面の間には川はないけれど、代わりに池がある。池のまわりでは少年たちが遊び、お年寄りたちがくつろいでいる。
 その向こうには梅が咲いていた。プアマンズゾナーの本領を発揮させるには絶好のシチュエーションなのでは?と張り切ってみたけれど、予想以上にコントラストが高く、色々と設定をいじってみても好みの感じが出せず終わる。買ったなかりで開封したなかりのレンズ、これからじっくりと付き合っていけたら良いなと思いながら、日が傾いてきた公園をあとにして上大岡駅に向かった。
(SONY α200 LENS:SONY 85mm F2.8 SAM)
2015.03.15 Sun l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
久良岐公園
 京急の上大岡駅を降りて、東口を線路に沿って歩いていく。道は坂の下にあり起伏のある道。途中で左に曲がり坂を上がっていくと、やがて丘の上に造成された住宅街が広がる。一戸建てや団地が並ぶ住宅街を歩いてくと、広い森のような公園が見えてきた。
 久良岐(くらき)公園は周辺の開発によって生まれた公園で、地形を生かした造りになっているため、私が入った入口は山道のような階段を下りて林の中を抜けるものだった。久良岐とは横浜のこのあたりの古い地名で、かつて横浜市に編入される前は久良岐郡と呼ばれていたため、公募により久良岐公園という名前が付いたそうである。
 階段を下りると芝生広場が広がっていて親子連れで賑わっている。その先のエリアに横浜市電が保存されていた。横浜市電1156号。野外で保存されているにしてはとても奇麗で、関係者の熱意と愛情が感じられる。周辺にはベンチがあって、ちょっとした休憩スペースといった感じ。
(SONY α200 LENS:SONY 85mm F2.8 SAM)
2015.03.14 Sat l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
久良岐公園
 カメラマニアがレンズを評する言葉に「隠れ○○」というものがある。○○という名前は与えられていないけれど、○○に匹敵する、あるいは○○に値する性能を持っているレンズという意味である。早い話が、マニアの言葉遊びみたいなものであるけれど、使う側としては「これは○○に相当するレンズなんだ!」と思いながら使う事でテンションが上がるので、それはそれで良い事かもしれない。
 ソニーの85mm F2.8 SAMという単焦点レンズを買った。軽い中望遠レンズが必要になったので買ったのだけれど、以前から欲しいなと思っていた一本。このレンズはソニーの「はじめてレンズシリーズ」というシリーズとして登場したレンズで、一眼レフを始めた初心者がキットレンズのズームレンズに続いて買う最初の単焦点レンズというコンセプトで登場した。安く、軽く、小さい。ゆえに外観はとてもチープで、マウント部までプラスチックという徹底したコスト安レンズなのである。
 しかし、初心者向けを装ったこのシリーズ、写りはとても良いと評判で、初心者ではないαユーザーにも人気となった。四本あるこのシリーズのレンズの中で、この85mmは唯一の135フルフレームフォーマット(フルサイズ)対応なので、マニアなユーザーにも話題になったのだった。
 登場時、マニアはレンズ構成に注目した。それは、ヤシカ・コンタックスマウントのカール・ツァイス ゾナー85mm F2.8と、レンズ構成がよく似ているというものであった。私の手元には季刊クラシックカメラ別冊「使うコンタックスレンズ」という本がある。その本にこのゾナー85mmの事が掲載されていて、レンズ構成図も載っている。ソニーのカタログに載っているレンズ構成図を見て比べてみると確かによく似ている。
 「使うコンタックスレンズ」に書かれてある特長、ネット上にあるゾナー85mmを持っている人のレビュー、それらによるとゾナー85mmはコントラストが高めで開放からシャープというもので、これはαユーザーによるソニー85mm F2.8の感想とも共通している点が多々あった。「使うコンタックスレンズ」には、プラナー85mmはモーツァルトでゾナー85mmはブルックナーであるという文章もあった。それが的確なのかどうかはわからないけれど、ソニーにもカール・ツァイスのプラナー85mmは出ている。
 以前、ネット上でαレンズの85mm比較のブラインドテストを見つけた。85mmの単焦点および、85mmにセットしたズームで撮った作例を並べたもので、答えを見なくても85mm F2.8は個性的な写りですぐわかった。それは、プラナーとは明らかに違う方向性だった。
 そんなこんなで、マニアはこのレンズを「隠れゾナー」と呼ぶ人もいる。まあ、気分はゾナー85mm、いや「プアマンズゾナー」という事で行こう。某量販店で購入してすぐに、私は横浜の久良岐公園にやってきたのだった。
(SONY α200 LENS:SONY 85mm F2.8 SAM)
2015.03.13 Fri l 横浜郊外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
平山坂上
 勝楽寺を参拝したあと、半僧坊前バス停にやってきて時刻を確認する。次のバスまで17分ほどあるので、もう一つ先のバス停まで歩いてみようと思った。次のバス停名は「平山坂上」で、道路の先は小山がそびえているから、これが平山坂なのだろう。登っていくと眺めが良さそうだ。
 道はすぐに登りになり、それまで沿道に並んでいた民家の姿は無くなる。景色は山の景色になった。ここを登っていけば田代の町を見下ろせそうだと期待していたけれど、木々に遮られて見晴らしは良いとは言えなかった。
 バス停からバス停の距離なんて歩いても数分だろうと思いきや、この坂の辺鄙な景色では停まるバス停は無い。少し小走りに坂を登っていく。大きくカーブしながら坂を上がっていく道は、愛川町から厚木市に入っていく。
 バス停の名前からすると坂の上に出たところにあるのかなと思っていたが、バス停は現れない。建物が無いような場所なのだから当然だけれど、そろそろバスがやってきそうな時間なので焦る。
 再び小走りで走り始めると採石場みたいな風貌の工場?が現れた。少し先に行くとようやく民家が現れ始め、それと共にバス停があった。ここから本厚木駅前までは40分くらいだろうか。夕陽に照らされるバス停で、名残惜しい気持ちでバスを待った。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.12 Thu l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
勝楽寺
 橋を渡る前に田代バス停を眺めていて次のバス停名が「半僧坊前」となっているのを見て、何かお寺でもあるのだろうか?と気になっていた。その場所はすぐにわかった。
 県道の脇から参道が延びている事に気づき、そちらに向かう。ちなみに近くには旅館もあった。
 参道を歩いていくと山門が見えてきた。大きく立派な山門だ。400年以上前に作られたそうだ。半僧坊とは、僧侶の名前であり、その説明書きもあった。地元では勝楽寺と呼ぶより、田代の半僧坊と呼んだほうが通りがいいそうである。
勝楽寺について書かれたサイト
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.11 Wed l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
田代
 田代バス停のある交差点から厚木市内の方に曲がると、すぐに中津川が現れた。いい眺めだなと橋の上から写真を撮っていると、平行して古い橋がある事を発見した。
 この橋は平山橋という橋で、大正15年に出来た橋なのだそうだ。三連トラスが美しいこの橋は「神奈川の橋100選」にも選ばれている。
今歩いている橋を渡りきったあと、平山橋の傍まで行ってみた。橋の向こうに見える田代の町と、この古い橋がとてもよく合っている。
平山橋について
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.10 Tue l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
田代
 田代の町を色々見て回りながら歩いていると、小学校の横に酒造会社があった。小学校からは子供たちが元気よく出てくる。県道に戻って歩いているうちに町のはずれにある交差点に出た。すれ違う子供が「こんにちは」と声をかけてくる。そういう町なのだ。
 この交差点を曲がると厚木方面、そのまままっすぐだと相模原市内に出る(この写真を撮った位置で言うと、左が厚木方向で、背後の方角が相模原で、写真の先の山の方角に半原がある)。昔、この交差点のあたりに駅を作る計画があったのだという。相武電気鉄道という会社が、都内とこの地を結ぶ路線の計画を立て、1927年に横浜線の淵野辺(現、相模原市)から相模線の上溝を経て田名までの区間を着工している。しかし、資金難により建設途中で頓挫、この鉄道路線は幻の路線となった。
祖武電気鉄道 -Wikipedia-
路線は田名からこの田代に至る計画で、最終的には恵比寿から溝口を経由してこの地を結ぶ予定だったから、もし実現していたら田代の町も今とは違う景色になっていたのだろうなと思うけれど、これで良かったのかもしれない。
 相武電気鉄道のルートを辿る旅も面白そうだけど、それは次回以降という事で、今回は相模原方面には向かわず厚木方面に向かう。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.09 Mon l 厚木・丹沢・大山 l コメント (2) トラックバック (0) l top
田代
 少しずつ夕方の風景になっていく田代の町並み。私は山間の町や村の夕暮れ時の眺めが大好きだ。山に太陽が隠れて日差しは弱まり、柔らかな光線が町を包む。そんなひとときは黄昏という言葉がとてもよく似合う。
 田代の町を歩いていると中津神社という神社を見つけた。神社の方向に親子が歩いていく。先ほどから下校中の小学生の姿もよく見かけるから、幼稚園から帰る途中なのだろう(この日は平日)。
 中津神社の境内に向かう。入口でお年寄りが雑談していたりして、町の中に溶け込んだ風景の神社だ。800年以上の歴史があるようで、田代の町はこの神社に守られて中津川の大きな水害にあわず今日に至っているという説明書きがある。田代を初めて訪問したという事で挨拶を兼ねて手を合わせた。
中津神社について説明しているサイト(写真つき)
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.08 Sun l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
田代
 坂道を下りきり田代の町に入る。田代は中津川に沿って集落が出来ている。中津川を更に北上していくと半原という町があって、こちらも以前から行ってみたい町なのだけれど、今回は田代をじっくり堪能したい。
 半原というと糸の町であるけれど、田代も繊維工場があったりする。地図で見た感じで想像していたよりも家の多い町で、道は古く細いので車を避けながら歩かねばならず歩きにくいけれど、言い換えれば昔の町並みの雰囲気が残る町という事だ。
 その狭い道を往くバスは本厚木方面行きは40分間隔くらいで運転されている。まだ三時台なので時間は気にせずのんびり歩いてみようという気分になった。既に田代に来て良かったという気持ちである。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.07 Sat l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
田代
 右に左にカーブする坂道を下っていくと谷が見えた。山肌の下には集落が見える。次の目的地である田代だ。
 どんどん道を下っていくと学校が現れた。愛川中学校で、学校の横にはバス停がある。道より一段高くなっているのは、昔このあたりに田代城があったからなようで、説明板があった。集落を見下ろせる位置に建っていた事を偲ばせる場所である。
 田代は地図で想像していたよりも谷が深いところで、中津川が作り出す谷の間のわずかな平地に家が密集している。旅愁を誘われる雰囲気に満ちた田代の町の眺めに気分も盛り上がり、学校前の自販機で缶コーヒーを買って飲んだ。さて、これから田代を散策する。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.06 Fri l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
三増
 上三増から歩き始め、三増のバス停にやってきた。このあたりから民家も増えていくだろうし、もう少しのどかな眺めに触れていたい気分もあって、交差点を右に曲がってみた。この方向にある町などは、予め調べておいた知識の中に入っているので道に迷う事はない。
 道は切通しのような所を抜けると広々とした台地に出た。左手には養鶏場がたくさん並び、バス停の名前にもなっている。こういう大規模な養鶏場が神奈川県にもあるというのは今回初めて知った。
 養鶏場の先に中原というバス停があり、民家の数が減り畑の広がる景色になる。このバス停の先に「三増合戦場」の跡があり、そこに三増合戦場碑が立っている。碑のまわりは整備され、合戦のあらましを書いた解説板や慰霊碑が建っている。
 三増合戦とは、1569年に小田原の北条軍と甲斐の武田軍がこの地で繰り広げた戦のこと。解説板をじっくり読み慰霊碑に手を合わせた。
 三増合戦場跡について書かれてあるサイト
 更に道を歩いていくとどんどん下りになり、やがて中津川の谷が迫ってきた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.05 Thu l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
上三増
 一本松バス停から上三増(かみみませ)行きに乗った。昼間の下り便でありながら結構いい乗車率で、お年寄り、高校生がバス停ごとに降りていく。
 沿道は愛川町役場があり、民家の建ち並ぶ眺めだけれど、三増峠が近づいてくると鄙びた長めに変わってきた。私は終点の上三増で降りた。
 上三増は民家の少ない所で、バスの折り返し用の空き地の上はテニスコートになっていた。道路沿いには使われていないバスの待合室が朽ちかけた状態で建っている。そんな風景がとても昭和な感じに思えて、シャッターを切ると昭和40年代な世界が広がった。
 空き地の上に上がっていき、テニスコートの横を過ぎると陸上競技場があった。割と新しいメインスタンドを備えた奇麗な競技場で、周辺にベンチもあったので、そこで小休止をすることにした。
 時々、テニスコートを借りに来る人がメインスタンド下にある事務室で手続きをするためにやってくる以外は、人の気配も物音もしない静かな山の麓。まどろみそうになるので、13時を回った頃に腰を上げた。さて、ここからはあまり細かいプランを立てていない。厚木方面に戻りつつ、景色を見てルートを決めたい。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.04 Wed l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
中津
 広い内陸工業団地の敷地が過ぎ、向こう側に見える丹沢の山々が少しだけ近づいてきた頃、中津の町に出る。倉庫群の風景から突然のどかな郊外の家並みになるので、その変化は面白い。店もある。スーパーや銀行もある。予備校もあった。小さいながらも町の眺めになってきた。
 まっすぐ歩くと交差点に出る。左に行くと厚木市の市街地で、右に行くと愛川町役場。そのまままっすぐだと中津川に出る。このあたりは愛川町の中心と言っていい町で、川の名前と同じく中津という町名になっている。
 交差点を右に曲がるとすぐ一本松というバス停がある。本厚木方面のバス停の所に長いベンチがあったので、まだバスは来ない事を時刻表で確認してから腰掛けてコンビニで買っておいたパンを食べた。
 昼食後に道路を渡って、愛川町役場方面のバス停に行く。バス停にはおばあさんが立っていて「こっち側の道は日陰だから寒いな」と言いながら小さなベンチに腰掛けた。どうやらバスが遅れているようだ。
 やがて、おばさんもやってきて時刻表を見て首をかしげているので、バスが遅れている事を教える。市街地の渋滞が原因だろうけれど、これほど遅れているのは珍しいそうだ。結局、バスは10分ほど遅れて到着した。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.03 Tue l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
愛川
 依知の集落から山の方角、つまり愛川町の方に向かって歩く。道はやがて登り坂になり、その坂を上りきり愛川町に入る。
 今回の目的地のひとつ、内陸工業団地が見えてきた。以前から神奈川県の地図を見ていて、山の麓になぜ臨海部の工業地帯の如く工場や倉庫が集まっている区画があるのか不思議に思っていた。そして、そこはどんな風景なのだろうかと気になっていた。
 出発前に少しだけ予備知識を仕入れようとネットで調べてわかったのだけれど、ここはかつて戦中は陸軍の中津飛行場というものがあった場所なのだそうだ。広大な敷地に縦横きれいに道が整備されているのは、それが理由だったのだ。横須賀の長井飛行場の跡地は今はソレイユの丘という公園になっているように、中津飛行場の跡地は工業団地として生まれ変わったのだ。
内陸工業団地について
 上記のリンクを見てみると、多くの企業の倉庫や工場がある事がわかる。それまでののどかな風景から一変して、巨大な倉庫が次々と現れる。道は並木道となっていて、まっすぐに東西南北に延びているが、歩いている人はほとんどいない。
 そろそろ昼時なので公園で休憩と思っていたけれど、人工的な風景に圧倒されながらひたすら歩いた。どこかからチャイムが聞こえてきた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.02 Mon l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top
依知神社前
 当麻から相模川を目指し昭和橋に着く。ここを渡ると厚木市である。結構交通量の多い橋で、歩道と車道とで橋が分かれている。
 橋を渡ると依知神社がある。依知(えち)はこのあたりの地名で、本日の小さな旅の安全を祈願して手を合わせる。古代からこの地に存在している神社だそうで、それだけ厚木が昔から栄えていたという事でもある。
依知神社について解説してあるサイト
(SONY NEX-6 LENS:SONY E 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2015.03.01 Sun l 厚木・丹沢・大山 l コメント (0) トラックバック (0) l top