津久井湖
 国道を西に歩いていくうちにだんだんと山が迫ってきた。そして、津久井湖が現れる。津久井湖は相模川を堰きとめて作られたダム湖で、相模川と津久井湖の付け根にあたる部分に城山ダムがある。私はその城山ダムのところにやってきたのだ。
 ダムの近くに公園があり、そこで湖を一望出来る。ちょうど昼時なので、ここで休憩をすることにした。風が心地よく、園内に咲くツツジなどの花が彩りを添えている。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
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2014.06.30 Mon l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
城山町
 小倉橋から国道まで歩いて戻り、城山ダム方面に向かうことにした。割と今回は予定はアバウトなので、この先どんなコースになるかは全て未定な感じである。
 国道沿いはあまり店はなく、民家が点在しているだけだが車の通行は割と多い。そういう場所にポツンと鄙びた雰囲気の店もあったりする。
(SONY NEX-6 LENS SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.29 Sun l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小倉橋
 神奈川県の東部に住んでいると相模原市の方に行く機会が少ないので知らなかったのだけれど、ネットを巡回していたら小倉(おぐら)橋という所がなかなかいい景色なので行ってみたくなってきた。そんな感じで横浜線に乗ってやってきたのは橋本駅。相模原市緑区の中心となる町で、ここからは津久井方面や愛川町方面など多くのバス路線が出ている。
 橋本駅北口にあるイオン(元サティ)の前にあるバス乗り場から神奈川中央交通の橋07系統「鳥居原ふれあいの館」行きに乗った。
 バスはしばらくは町中、と言っても店や民家の並ぶ郊外の眺めの中を走る。原宿なんていう地名もあって新鮮な風景。もうこのあたりからは、以前は津久井郡城山町だったエリアだ。平成の大合併で今は相模原市になっている。
 平地を走っていたバスが突然細い脇道に入り、景色も緑の中を走るような眺めになった頃、小倉橋のバス停に到着した。バスは低い位置にある旧小倉橋を渡っていく。その古いほうの橋を見下ろすように新小倉橋がそびえている。私は川のほうに移動して写真を撮った。後ろを振り向くと、丹沢山地の北側の山々を望む景色のいい場所である。
(SONY NEX-6 LENS SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.28 Sat l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
舟倉
 吉井のバス停を過ぎ、京急の久里浜の車庫の横を通り過ぎると久里浜方面と北久里浜方面に道は分かれる。私は北久里浜に向かった。
 道の右側は横須賀では珍しく郊外型大型店舗が並んでいる21世紀の日本の地方的な風景。そちら側には興味はないけれど、左側は川が平行していて、その向こうに山が見える。横須賀は海の町なイメージであるけれど、山の町でもある。
 太陽は静かに山の向こうに沈んでいく。私はやるせない思いを抱きながら、コンビニで買ったビールを飲み、そんな風景を眺めた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.26 Thu l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
吉井
 安房口神社を参拝したあと、バスの走る道路を久里浜方面に向かって下りていく。丘から下ると大きなマンションが何棟か建っていて、そのまわりには大型スーパーまであった。それだけ湘南山手に多くの人が住んでいるという事だろう。
 十年前とのあまりの風景の違いに驚きながら、山というものをここまで切り開けるのがニュータウン開発というものなのかと、記憶を辿りながら過去と現在の風景を並べて思い浮かべた。
 坂道が終わったあたりは昔ながらの一戸建てが点在する風景になった。もうこのあたりは湘南山手ではなく吉井なのだろう。民家の塀のところに市が建てた吉井の町の歴史と由来が書かれた観光案内版があった。三浦半島で良い井戸のあった所には地名に「井」が付いていて、吉井もそういう所だったそうだ。しかし、この案内板を目にする機会があるのはここに住む昔からの住民と、私のような散策にやってきた人物であって、湘南山手の住民がこの案内板を見る機会はおそらくないだろう。そんな風に思えるほど、案内板は道の途中にひっそりと建っていた。
 案内板の近くに吉井バス停があった。十年前はバスが走っていなかったので、記憶の中の風景にはない光景だけれど、このバス停から見る風景は、かつての里山な吉井の名残りが残っているような気がして、ここのバス停の名前を吉井にした事はささやかな歴史の継承に思えた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.25 Wed l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
安房口神社
 公園のそばの森は、どうやら私の探している森ではないようなので軽く休憩したあと退散した。近くにバスが折り返している空き地があった。三浦半島はかなり人口の少ない地域にもバスが走っているけれど、吉井にやってくる路線バスはなかった筈である。その折り返し所は「湘南山手」バス停だった。
 湘南山手というニュータウンが現在の吉井の姿なのだ。見渡すと、あたり一帯は分譲住宅だらけで、以前は山の中の一本道といった風景だったものが、今では縦横に細かく道が出来ている。バスは京急久里浜駅から10分くらいから15分くらいおきにやってくる。どのバスも結構乗っている。
 私はなんだか寂しい気持ちになり、もう帰ろうと一旦思ったが、気を取り直して歩き始めた。今の吉井(町名は湘南山手にはならず吉井のままで、番地だけだったものが○丁目が新たに付いている)をじっくり見てみようと思った。トトロの森の今の風景も見なくてはいけない。
 バスの走っている道、つまり湘南山手のメイン道路を下っていくと安房口神社前というバス停に着いた。ここだ!自分の記憶が甦ってきた。森の中の神社である。
 安房口神社はその名が示すように千葉県の安房(房総半島)から運んできた石を祀っている神社だ。鳥居をくぐり、森の中の参道を歩き始めると参拝帰りの男性から挨拶を受けた。犬の散歩をしている人もいる。いずれもラフな格好なので、きっと湘南山手の住人なのだろう。人が増えたので参拝する人が増えたという事なのだ。
 記憶の中の風景からは大きく変わってしまったけれど、トトロの森は健在だった。そして、そこだけはずっと「吉井」なんだなと思った。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
安房口神社 公式ホームページ
http://kanoujinja.p1.bindsite.jp/pg1003.html
2014.06.22 Sun l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
吉井
 北久里浜駅から坂を登って吉井に向かう。吉井は十年前に訪れた事がある町。北久里浜から浦賀の間にある山の町。町というよりは山村といったほうが実態にあっている。そのくらい山な景色だった。
 私が訪れた頃でもまだ家が少なくて、冬の休日の朝、人通りも車の通りも少ない道を歩いた。目指す先は、道の途中にああるという「トトロの森」である。これは勿論正式な名前ではなくて、山の道の途中にポツンと突然現れる小さな森に、誰かが人気アニメにあやかって名付けたものだ。
 吉井のトトロの森には神社があった。その記憶を頼りに歩く。それらしき風景が現れた。でも、何だか違う。近づいてみると神社はなく、近くに公園が出来ていた。しかも、森のまわりは開発されて真新しい住宅が増えている。公園には子供たちが何人も居て遊んでいる。
 私の知っている吉井は人家の少ない「横須賀の秘境」と言いたくなる場所だった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.21 Sat l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
北久里浜
 平作川の手前で脇道に入り、細い道を歩きながら京急の北久里浜駅方面を目指す。どこにでもあるような静かな住宅街の道に突然ふしぎな看板が現れる。その名も「瓦斯温泉」。
 看板にあるように旅館のようなのだけれど、その建物は普通の小さな鉄筋で会社のものっぽい。およそ旅館という雰囲気はなく、謎は解けないままに北久里浜駅に向かう。久し振りにやってきた北久里浜は以前よりも店が増えたような感じがした。駅のそばにある小山の上には大きなマンションが出来ていて、斜面を洞窟の如く削って入口が設けられている。セキュリティは万全で、その中には入っていけないから推測だけれど、この入口は山の上のマンションに上がるためのエレベーターホールに続いているのだと思われる。のどかな町もこうやって開発されているのだなと感心していた私は、このあと更に開発という名の現実を思い知らされる事になるとは、まだこの時には予想もしていなかった。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.18 Wed l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
公郷
 ビールを飲んで気力が蘇った私は、足取りも軽くなって衣笠に着いた。衣笠と言えば商店街なので、商店街でスナップをしてみたいところだけれど、目的地までまだ距離があるので先を急ぐ。
 衣笠十字路を久里浜方面に曲がり、日陰となる南側の歩道を歩く。すぐ近くを横須賀線が併走している道で車の通行量も割と多め。
 歩道に沿ってそれなりに商店もあって歩いていて飽きない道だ。このあたりは公郷(くごう)という町で、全体的に古びた風景の町である。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.17 Tue l 横須賀東部(浦賀久里浜方面) l コメント (0) トラックバック (0) l top
佐野町
 不入斗(いりやまず)橋の交差点から県道に沿って衣笠方面に歩き始めた。次の目的地までは結構距離があるのでバスに乗るのが良い行程だけれど、このあたりは歩いた事がないので歩く事にする。予想では衣笠まで30分。衣笠から目的地まで1時間といったところ。
 汐入や上町から衣笠にかけては古い建物が多く、築何十年ものの銭湯も何軒もあったりする。夕方からゆっくり散策するのが楽しそうな町なのである。今は13時を回り一番暑い時間帯。喉が渇いてきた。
 そんな時、コンビニが現れ足取りも軽くなって信号待ちとなった。信号の前の商店の横には随分と年季の入った看板がある。サッポロビールはよく知っているけれど、ニッポンビールってなんだ?などと首をひねっているうちに青になる。私はコンビニでビールを買った。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.16 Mon l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
池之端
 柏木田の撮影を済ませたあとは、上町商店街の方に出て昼食を食べる店を探すことにした。あてもなく歩いているうちに、池之端に着いた。
 ここは柏木田のように県道に平行して通りがあり、その道は商店街になっている。と言っても、商店街というほど店の数は多くなく、それを示すのは電柱の所に付いている飾り付けの「池之端商和会」という文字だけである。
 池之端商和会は以前は屋根の架かったアーケードであった。10年前に来た時はまだそれがあり、写真も撮ったのだけれど、その頃は既にシャッター通りの風景になっていて、そんな眺めであるのにアーケードが架かっている事がより一層寂しい眺めにさせていた。
 今はここにかつてアーケードが架かっていた事が信じられないような、ごく普通の裏道になっていた。通りがかる人も多くないようで、車が次々と走っていく県道の賑わいから十数m隔てて別世界を作っている。
 池之端というのは昔の地名で現在の地名はここも上町になる。その名の通りかつて池があった場所だそうで、商店街の入口には弁天様も祀られている。
池之端の弁天様について書かれたサイト
http://blog.goo.ne.jp/koredeiinona/e/2056aa950390db980009b9059a1045dc
(iPhone4 アプリ「クロスプロセス」にて加工)
2014.06.15 Sun l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
柏木田
 通りを何回か往復してみる。路地も歩いてみた。通りの出口はこの写真のようになっていて、駐車場で道が終わる。駐車場から一段低くなって抜こう側の道に抜けるようになっている。
 この写真の右の方向にある細い道に入っていくと穴守稲荷というお稲荷さんがある。鳥居には寄付者の名前が書かれてあり、そこには福助ホテルの名もあった。
 お稲荷さんの隣に「柏木田町内会」の建物がある。今、「柏木田」という名を残す唯一の存在なのかもしれない。
(iPhone4 アプリ「クロスプロセス」で加工)
2014.06.14 Sat l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
柏木田
 柏木田はもう遊郭の面影のない通りになっていた。以前は木造の建物もあって、それとなく往時を偲ばせてくれる風景はあったようだし、山口さんが訪れた昭和50年代でも、まだ夜の店が少し残っている描写が作品中にある。福助楼の生まれ変わった姿と言える福助ホテルが数年前に無くなり、古い遊郭の面影は消えたという事なのかもしれない。
 福助ホテルは古びた喫茶もあったようだし、裏口に回るとタイル張りのカフェー建築の床もあったりと、味わいのある建物だったようで、それを見る事が出来なかったのはとても残念だ。
 通りに面して建っているマンションやアパートは真新しいものが多く、開発は割と最近行なわれたようにも思える。古い歴史を敢えて消していくため、そんなコンセプトが浮かんだ。
 それでも路地に回ると少し古い建物も残っていた。かつて質屋であったらしき建物を見つける。数少ない遊郭の面影である。
(iphone4)
2014.06.13 Fri l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
柏木田
 柏木田の通りの入口にやってきた、東京の葭原を模して作られたという柏木田はここに大門があり、中には見返り柳もあったという。
 道は建物数軒を隔てて平行する県道と変わらないか、あるいはそれよりも広い道幅だが、桜の木が道に植えられていたためだそうだ。山口さんの「血族」には、その桜を植えたという職人のおじいさんも登場する。
 入口右にあるバイク屋の入っているマンションと隣数軒分の敷地が山口さんの母親の生まれ育った場所であり、藤松楼があった場所である。本を読んで山口さんの母親の人柄に惹かれていた私は、「ああ、ここが藤松の場所なのか」と感慨に浸った。
 柏木田の店は主に軍人を相手にしていたようだけれど、経営者による女郎の扱いはかなり酷かったらしい。そのあたりは「血族」でも触れられていて、それは町の悲しい歴史でもある。そして、その行ないが原因か、関係者の血筋がやがて絶えてしまうのだとも書かれてある。
 そのあたりの話について解説されているサイト
http://yuukakubu.com/?p=135
 その中で山口さんの家系が残ったのは、藤松は女郎を家の者と同等に接していたからだとも取材によってわかっていく。そういう情のある経営者だからか、藤松は割と早くに潰れている。柏木田そのものも全盛期は昭和初期までであったようだ。
 「血族」で描かれてある往時の柏木田の光景を思い浮かべ、藤松楼の姿を想像して、私は道幅の広いこの道に立ちつくしていた。
(SONY NEX-6 LENS SONY E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.12 Thu l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
柏木田
 富士見町というか、東佐野を抜けていくと、いつの間にか今回の最初の目的地である柏木田に着いた。柏木田はかつて遊郭のあった所で、以前から撮影に行ってみたいと思っていたのだが、なかなか足を運ばないでいるうちに、数年前遊郭時代の屋号の残る「福助ホテル」が取り壊されてしまった。
 今回訪れるにあたって、作家山口瞳さんの私小説「血族」を読んだ。この作品は柏木田の「旅館」を経営する家の出身者だった母親が、決して生前語らなかった自らの生い立ちと親類の秘密について、山口さんが現地に住むお年寄りなどに話を聞いて事実を調べ知っていくという物語で、前半は両親や兄弟や親類についての説明、後半が横須賀に出向く話によって構成されている。この本で柏木田という町についての事を色々知る事が出来た。
 実際に現地にやってきてみると、予備知識がなければそういう町だとは気づかない風景だ。強いて言えば古びた建物が多く感じるけれど、建物が古びた感じのものが多いのはこの界隈の特徴でもある。ちなみに、柏木田という町名はもうなく、今は上町(いわまち)三丁目となる。
 さて、これから柏木田を歩いてみるかという前に、通りの手前の店の風景がなんとなく良かったので一枚。
(iPhone4)
2014.06.11 Wed l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
富士見町
 県立大学駅から山側の坂道を上がっていくと富士見町という所に出る。地形に沿って緩やかに南西から北西の方角にカーブする道になった。町名から察するに、昔はこの坂道から富士山が見えたのだろう。
 道は広くないのでバスは通ってないけれど人家は建ち並んでいて、商店街というほどには多くないが店が点在する。その中にはハムの店もあったりする。ハムと言っても肉のほうではなく無線のほうの店である。そういう風だから、全体的に古びた風景な町だ。
 歩いていくと古い旅館みたいな三角屋根の二階建ての建物が現れた。近づくと、東佐野町内会の建物だとわかった。東佐野はこの辺りの昔の町名で、横須賀は町名が整理されて古い町の名は消えて○○町△丁目となった今も、こうして昔の町名が町内会の名前に残っている事が多く、そういう昔の町の名に触れられるのも町歩きの面白さである。これから私が向かう場所も昔の町名は既にない。今は横須賀市上町三丁目である。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.09 Mon l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
田戸台
 真夏を思わせる暑い休日の午前、京急の県立大学駅に降りた。横須賀中央駅の隣にあるこの駅は各駅停車の電車が停まるだけの小さな駅だが、町撮りスナップをする者にとってはなかなか興味深い町である。
 この駅は2004年までは「京急安浦」という駅名だった。安浦はこの辺りの町名だから駅名としては適切な命名だったのだけれど、15年ほど前から始まった海側の埋め立て及び開発で、新しい住民が増えたのを機に改称された。「安浦」は赤線の町として知られていたので、それを負のイメージとしたのかもしれない。埋立地の町名は「平成町」という味気ないものであるから駅名に付けるのは躊躇われたのか、その埋立地に大学が出来た事を受けた駅名になったのだろう。
 15年前から比較すると乗降客数が倍になっているから、駅としては発展著しく、駅舎も2005年に改築されるなど様変わりしてきているけれど、安浦の町の風景はこの10年であまり変わっておらず、県立大学駅は昭和と平成の二つの町の最寄駅といった風情がある。
 今回は、そんな二つの町が並ぶ海側のほうではなく、山側に向かう。改札口は一箇所しかないので、一旦は海側に出たあとガードをくぐる。そこは既に坂道になっていて、小さな切通しのような風景だった。この先に安浦とは別の昭和がある。
(SONY NEX-6 LENS:SONY E PZ16-50mm F3.5-5.6 OSS)
2014.06.08 Sun l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
長谷
 由比ヶ浜通りから長谷駅に出た。長谷駅は大仏の最寄駅でもあり、長谷寺も人気あるため、休日は駅のまわりがとても混雑している。そんな喧騒は踏み切りを渡ると薄れ、すぐに海が見えてきて忘却の彼方になる。
 海岸の入口で海を見ながら佇んでいると、海の眺めに歓声をあげて走り出す高校生男女グループが現れたり、癒される眺めだなあと静かに海を眺める大人のカップルが現れたり、それぞれの反応が面白い。みんな海が大好きだなとこちらも笑顔になっている。
(SONY α200 LENS:MINOLTA AF 24mm F2.8)
2014.06.05 Thu l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
由比ヶ浜通り
 鎌倉駅を降りて海の方向に向かって歩き、横須賀線のガードをくぐって次の交差点を右折すると、由比ヶ浜通りという通りになる。路線バスが通る割には細い道だけれど、ここはいろんな店が並んでいて楽しいエリア。駅前の小町通りみたく混んでいて歩くのに難儀するほどではないので、のんびりと買い物したり、お茶をしたりするのに良い道。
 売られているものも、いかにもな観光土産というより鎌倉のイメージでセンスよく作られたものが多く、大人の鎌倉という言葉が浮かぶ通りであります。
 そんな大人の鎌倉は、歩いている人の歩行速度もどこか落ち着きのあるもので、急ぎ足で名所巡りしている人々の速度に疲れた人を、優しく受け入れてくれる空気を持っている。
(SONY α200 LENS:MINOLTA AF 24mm F2.8)
2014.06.04 Wed l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大町
 江ノ電って結構民家の近くをかすめながら走っている。踏み切りにやってくると、それがよくわかります。由比ヶ浜通りにて。
(SONY α200 LENS:MINOLTA AF 24mm F2.8)
2014.06.03 Tue l 鎌倉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
日吉
 センター南駅から再び地下鉄グリーンラインに乗る。高架上を走る電車はセンター北駅を出ると地下に潜り、やがて終点の日吉に着いた。
 Jリーグの横浜F・マリノスのポスターなどが並ぶ構内に港北区である事を感じつつ(スタジアムのある場所が港北区)、東急東横線のフロアに出る。
 日吉駅前からは慶應義塾大学のキャンパスに向かう道が見える。ちょっとした賑わいを感じつつ、緑の道を眺める。
(uPhone4 アプリ「クロスプロセス」で撮影)
2014.06.01 Sun l 川崎北部・横浜港北 l コメント (0) トラックバック (0) l top