横須賀
 若松マーケットに帰ってきた。建ち並ぶスナックのネオンを撮るつもりだったのに、来てみたら定休日の店が多かった。今日は日曜日だ。
 人通りの寂しい夜のスナック街。あえて粒子の粗い昔のデジカメで撮る(ISO1600)。向こうに人がいて、ちょっとだけホッとしながら、駅の方向に帰る事にした。
(RICOH GR DIGITAL)
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2013.11.30 Sat l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
横須賀
 日が暮れてきたので私の心は躍り始めた。今回の目的は夜の横須賀の酒場を撮りたいという気持ちが一番大きなモチベーションなのであった。
 汐入駅方面に戻りながら、夜に入り始めたドブ板通りを歩く。米軍の人達が集うバーは入口が開け放たれていて中からは笑い声も聞こえてくる。日本人のお客さんも一緒に酒と雰囲気を楽しんでいるのが見える。
 更に歩いていくと、店先に座っている日本人親子がいる。通りがかった近くの店のおばさんと会話をしている雰囲気から察するに地元の人なのだろう。その親子の涼しげな視線と佇まいは確かにこの異国な香りに満ちた通りとマッチしていた。
(RICOH GR DIGITAL)
2013.11.27 Wed l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
横須賀
 ペースを掴んできた私は更に路地を歩き、何か面白そうな風景はないかとレーダーはフル回転。すると、とても細い道に建つ美容院風な白い瀟洒な建物からウェイトレスが出てくるのに遭遇した。
 これから出勤という事なのかどうか、細かい事情はよくわからないが、ウェイトレスは「いらっしゃいませ」と軽く会釈をして、飲食店などが入っている雑居ビルに消えていった。もう空はだいぶ暗くなり始めている。
(RICOH GR DIGITAL)
2013.11.26 Tue l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
横須賀
 横須賀は海の近くでも坂道のあるような坂の街。汐入駅まで歩いてきた私は、ふと気になった細い路地みたいな坂道を登ってみた。そこには幼稚園があった。町の通りを見下ろす位置に建っている。意外な場所に意外なものが見つかる面白さ。これぞ散歩の醍醐味。
 勢いづいた私は、今まで歩いた事のない道、それも小さな坂を見つけたら歩いてみようと、この日の新たな目標を立てるのだった。そうして、再び横須賀中央駅の方向に向かって歩く。
 今までこの横須賀の中心部の辺りは何十回と歩いている筈だが、まだまだ歩いた事のない道はあるのもで、たちまち良さげな路地を見つけて迷い込んでみる、そこは古びたスナックなどがあるエリアだった。店の人?が道で何やら作業している。何をしているのか気になったけれど、なんとなく長居をしてはいけない予感がして足早にそこを立ち去ってきた。
(PENTAX *ist D LENS:smc PENTAX DA40mm XS)
2013.11.25 Mon l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
横須賀
 若松マーケットにやってきた。ここはスナックが林立しているエリア。夜にまた撮影に訪れようと思っているけれど、まずは試し撮り的に陽の出ている時間帯にやってきたという流れ。
 ところが、この時間は通る人も少なく寂しい眺め。人を入れて写真にしたかったけれど上手くいかず、店名看板を撮ったりしてお茶を濁す結果になった。
 通りの入口にあった店の所在図の案内看板にあった「横須賀ブラジャー」という若松マーケットの名物カクテル(ブランデーとジンジャーエールを割ったもの)が気になりつつ、若松マーケットを後にした。
(RICOH GR DIGITAL)
2013.11.23 Sat l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
横須賀
 若松町を歩いていると、前回気になっていた看板の店を思い出した。シネマ酒場。どんな店なのだろうか?私は誘われるように路地に吸い込まれていった。
 すると店先から笑い声が聞こえてきた。ちょうどお客さんが帰るところだった。どの人も笑顔だ。お客さんも店の人も元気な笑顔。誰もが笑顔に溢れているという事は、この店はきっといい店に違いない。そんな確信を持って店を見つめていた私は、同時に手前の店も気になっていた。何とも横須賀らしさ溢れる店ではないですか。「信濃」は海軍空母だな。それも戦艦大和クラスの大型空母。それは知識の中にある私は、手前の店も気になっていた。
(RICOH GR DIGITAL)
2013.11.21 Thu l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (2) トラックバック (0) l top
横須賀
 さて、先に今回の撮影紀行の終わりの写真からアップしてしまったのだけれど、ここからスタートであります。
 横須賀中央駅を降りた私は、まずは夏に訪れた金星劇場の跡に行ってみた。しかし、そこはすでに更地になっていた。仕方がない事とはいえ、なんだか悲しい気持ちになりながらも現実というものを噛み締める。昭和な風景は平成ニッポンでは消えつつあるのは理解している。ここ横須賀はまだそんな風景がたくさん残っているほうだ。
 今回はそんな昭和な酒場風景。路地裏風景を撮る紀行である。いつまでも残っていてほしい風景だけれど、いつまで残っているかわからないのだから撮るのだ。
 そんなわけで、フラフラと歩いてシャッターを切ってみる。
(PENTAX *ist D LENS:smc PENTAX DA 40mm XS)
2013.11.20 Wed l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
横須賀中央
 横須賀中央駅から汐入駅の間を徒歩で二往復して飲み屋街を中心にスナップしてきました。今後の更新で掲載していく予定です。
 横須賀は平成日本に於いて、他の街ほどはショッピングセンター系に侵食されていないほうなので、駅前が昭和的な活気がある。肖像画、時計修理、氷、ミシン、などの専門店を見かけながら歩く。そして、港町だから、軍港だから、飲み屋が多い。
 たくさん歩き写真を撮った。すっかり日の落ちた横須賀中央駅前で、「まだ馴染めない異国の町横須賀よ」と歌うシンガーの歌声が響いていた。
(RICOH GR DIGITAL)
2013.11.18 Mon l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
横浜港駅
 横浜の赤レンガ倉庫の裏に「横浜港(よこはまみなと)駅」の跡がある。ホーム跡には後から作られた屋根が架かっている。
 ここはかつて海外航路を利用する人のために都内から「ボートトレイン」という列車が運行されていた時代の、その列車のための終着駅だ。戦後、海外旅行が一般化するにつれて船よりも飛行機による渡航が一般的になったために、やがて任務を終えて廃駅となったそうだ。
 現地は今は港とベイブリッジを眺められる公園になっているので、廃駅らしい光景とはほど遠い賑やかな雰囲気になっているが、それゆえに観光客からは素通りされている姿はかえって寂しさを感じる佇まいでもある。
 そんな横浜港駅の跡地に立って、ここが世界へと繋がっていた時代を偲びながら、ミナトヨコハマを感じる風に吹かれてみた。
(OLYMPUS E-PL1 LENS:OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm)
2013.11.16 Sat l 横浜港周辺 l コメント (0) トラックバック (0) l top
20131113PA300074.jpg
 久し振りに大桟橋に来てみた。ここは景色が広くて好きだ。ここからだと、ランドマークタワーもマリンタワーもひとまとめに視界に入ってくるパノラマ感がある。
 ちょうど夕暮れ時だったので港を眺めに来た人が多かった。平日だったので若い人は少なかったけれど、夕陽を浴びる港と、それを見下ろす大桟橋はロマンティックな空間でありました。
(OLYMPUS E-PL1 LENS:OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm)
2013.11.13 Wed l 横浜港周辺 l コメント (0) トラックバック (0) l top
江差
 私がよく拝見させていただいているブログで、ブロガーさんが「旅カメラ」をテーマに記事を書いていた。これはなかなか興味深いテーマなので、自分もその事について色々と考えてみた。

 私は旅が好きで、あちこちに出かけているうちに先日JR線の全線に乗り終えるというアホな事を達成した(厳密に言うと、休止中の三重県にある名松線の家城~伊勢奥津間が復旧する事になったので、復旧後にその区間を乗って完全記録となる)。私の旅は鉄道や路線バスに乗っていろんな町や村、そこに付随する観光地を歩いたり、スポーツ観戦をしたり、美味しい食べ物や酒を味わうという旅なので、常に自分の荷物と一緒に移動している。「その日はこの町で長時間滞在」というパターンならコインロッカーに荷物を預けたりもするが、基本は荷物が一緒なので出来るかぎり持ち物は少なくしたい。なのでカメラも軽いものを使う事が多い。
 フィルムカメラの時代は、以前このブログでも取り上げたミノルタマックテレを旅カメラとして愛用していた。ある時期からカメラが趣味になり一眼レフも所有するようになったが、一眼レフを旅に持っていったのは、出発前にマックテレが見つからなくてやむを得ずキヤノンEOS630を持ち出した時と、ミノルタα-SweetⅡを南東北の旅と四国の旅に持っていった事がある程度。あとは「写真を撮る目的」で北海道の函館、小樽、空知、室蘭を回る旅をした時にα-507siを持っていったくらいだ。

 デジタルカメラの時代になってからは専らコンデジが旅カメラで、スナップ用と車窓などを気軽に撮る用の二台体制を基本としている。私は先日、JRの「三連休乗車券」という切符を使って北海道の江差と北東北を旅したが、その旅でメインカメラに選んだのはリコーのキャプリオGX100だった。

 写真家丹野清志さんの著書「レンジファインダーカメラのすすめ」に、「旅に出るライツミノルタCL」というエッセイが載っている。ライツミノルタCLやミノルタCLEはコンパクトなライカマウントのカメラだから、その軽快さが旅で町を撮るリズムに繋がるという話は大いに惹かれた。
 デジタルの時代に当てはめるのなら、CLやCLEのようなカメラはマイクロフォーサーズやNEXという事になるのだろう。EVFが付いているモデルが特に良い。撮影をする瞬間、その風景は自分だけのものになったような気分になれる気がする。或いはレンズ交換をしない前提で行くならフジのX100も良さげだ。城下町、北前船の港町、宿場町などのような古い町に合いそうなカメラは、アナログ感を操作性に残すデジカメは相応しい。

 今回の私の旅は、北前船の港町北海道の江差に泊まり、昭和の町並みの面影の残る漁港町青森県八戸に泊まった。ローカル線での移動になるので、その気分に合っているカメラを所有の中から選んだ結果、GX100になった。外付けとはいえEVFがあり、広角が使えて、高感度はノイズが乗る(これは弱点だけれど、あえてそういう写真をこの町で撮ってみたかった)。
 実際にGX100を使ってみて、このカメラは旅カメラとして楽しく使え、実用度もそれなりにある事もわかった。それと同時に、旅カメラには決定版はない、その場所に合ったカメラを選んで使っていく楽しみが旅カメラの面白さだとも思った。結論は出ていないように思えて、これがデジタル時代の旅カメラスタイルだと思う。それだけ選択の幅が広い時代だとも言えるのだ。

(写真は北海道江差の港。カメラはRICOH Caplio GX100)
2013.11.10 Sun l カメラエッセイ l コメント (0) トラックバック (0) l top
アイレス
 ニコンがDfというクラシカルデザインのデジタル一眼レフを発表した。その賛否はともかく、大昔のレンズを使う事を考慮した設計になっている点は良いコンセプトだと思った。メーカーとしては常に最新のものを買わせたいのが本音だろうけれど、昔のものを大事に使っていける土壌もないと味気ないジャンルになっていきそうだとは思う。

 私は一時期レンジファインダーカメラを立て続けに買っていた時期があった。昭和二十年代から四十年代にかけて日本には今の何倍ものカメラメーカーがあって、その時代にのみ存在していたメーカーに興味が湧いた私は、いくつかのカメラを購入候補にしていた。その中から実際に手に入れたカメラのひとつが今回紹介する「アイレスバイカウント」というカメラである。

 アイレスは東京の高田馬場に工場を持ち、昭和二十年代から三十年代に活動していたメーカーだ。新宿のカメラのきむら(現カメラのキタムラ)でその名の付いたカメラをよく見かけていたのでブランド名は以前から知っていた。クラシックカメラに興味を持つようになり、調べていくうちにファンになったという経緯である。興味を引いた理由のひとつがその名前の響きの良さだが、アイレスはスペイン語で「空気」を意味する。自社製であるレンズにはコーラル(珊瑚)という名前を付けているから、そのネーミングセンスには関係者の美学のような拘りを感じる。そういうメーカーだから、カメラのデザインも同時代の他社のものと比べて洗練されているように感じたりもする。

 今は廃刊になっている雑誌「クラシックカメラ専科」にはアイレスを特集した号があって、この時代の「今はなき日本メーカー」の中でも特別な存在のひとつである事が伺える訳だけれど、実際アイレスのカメラは非常に作りが良く、レンズの良さにも定評があったそうだ。二眼レフの「アイレスフレックス」はアイレスの代表作だが、このカメラには自社製レンズの他に日本光学(ニコン)のニッコールレンズを搭載したモデルが存在する。ニッコールレンズはブランド品であるから、頼めばどのメーカーでも使えた訳ではなく、日本光学が信頼を置いたメーカーでなくてはならない。アイレスのカメラ作りのクオリティの高さゆえに実現したのであり、ニコンは二眼レフはやっていなかったので結果的に「ニッコールレンズの付いた二眼レフ」という稀有な存在に成り得た。このエピソードはまさにアイレスのカメラの品質を物語るエピソードである。

 そんな予備知識を持って、ネットオークションで手に入れたこのアイレスバイカウント。出品者の方はリアルタイムでアイレスの時代を知っているかもしれない超ベテランの方だったが、そのため手入れの行き届いたとても綺麗な状態でやってきた。ファインダーもとてもクリアで、何より巻き上げレバーのしっかりとした感触は昭和三十年代製という古さはまったく感じられず、アイレスというメーカーがいかに優秀な設計者と優れたカメラ作り職人を持っていたかがわかる素晴らしさであった。

 カメラの作りの良さに感激した私は、コーラルという美しい名前のレンズの写りも知りたくなり、早速アイレスを持って浅草に出かけた。現像から帰ってきたプリントを見て驚いた。キメ細かい描写、逆光耐性も高い。アイレスフレックスに於いてコーラルはニッコールにも負けず劣らずの実力だったという話も聞いていたが、それは確かであったと言えそうだ。

 アイレスは活動していた期間が二十年に満たないメーカーなので、コレクション出来そうなほど種類も程よい数だ。そして、集めたくなるようなクオリティを持ったメーカーである。作りのしっかりしたカメラだけに、フィルムを入れずに操作しているだけでも楽しくなってくる。今も存在していたらどんなカメラを作っていたのだろうか?なんて思ったりもするが、今の時代性とは対極にある存在感が妄想を止めてしまい、今はないからこそ輝きがあるようにも思う。
(撮影はOLYMPIS E-PL1 撮影地横浜)
 
2013.11.09 Sat l カメラエッセイ l コメント (0) トラックバック (0) l top
横浜
 横浜をミラーレスでスナップというベタな行為をするにあたって、何かテーマを決めようと思い、この日は白黒メインで撮った。建物の名前に色の名前が付いているからこそ、あえての白黒。
(OLYMPUS E-PL1 LENS:OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm)
2013.11.07 Thu l 横浜港周辺 l コメント (0) トラックバック (0) l top