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長井
 長井の漁港から公営住宅を抜けて、小田和湾に沿って歩き始める。このまま国道に出て、長井バス停から横須賀中央駅までのバスに乗ろうと決めた。
 荒崎公園から長井バス停までも結構ある。一時間くらい歩くつもりでいたが、さすがに疲れてきた。
 この辺りは長井でもっとも家の多いエリアで、細い道路には車の通行も多い。富浦公園にさしかかったので、公園の中を歩くことにした。ここは小田和湾がよく見える。
 浜には小学生の女の子たちが水遊びをしている。サッカーの練習をしている男の子もいる。女子高生が岸壁に上り、浜にある廃墟のような建物の上を目指している。
 少し浜で海を眺めたあと、国道を目指した。バスはすぐにやってきた。乗車率は結構いい。林や武山や衣笠の集落を抜けて、上町の商店街を抜けると横須賀中央駅だ。
 駅に着くと、だいぶ陽は傾き、夜が近づいていた。ここからは京急の電車に乗って帰るだけである。
(SIGMA DP2)
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2019.04.17 Wed l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
長井
 荒崎公園を出て、荒崎バス停の方に向かい歩く。途中、住吉神社に立ち寄り参拝。児童公園のような小さな公園の奥にある。静かな神社だった。
 荒崎バス停に着いたが、まだ時間はあるので歩く事にした。バスが走る細い海岸線に沿って行く。
 このあたりは小さな漁港がいくつかあり、集落も漁村の風景だ。わかめを干す台が浜にある。のどかで黄昏の風景がよく似合う海岸だ。
 長井の集落の中心に近いところまで来た。風景はのどかだが、家はそれなりに多い。
 (SIGMA DP2)
2019.04.16 Tue l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
荒崎
 今回の訪問で知った事だが、ここ荒崎にはかつて城があったという。案内板によると、三浦一族の三浦荒次郎義澄の居城と伝わるそうだ。
 城の名ははっきりとしていないようだが、便宜的に長井城と呼ばれているようだ。
 どんどん引きの脇にそびえる「潮騒の丘」という隆起した丘は城山と呼ばれており、ここが城址らしい。丘の下は岩が切り立った崖で、海側から攻められる事はない地形だ。
 三浦一族である長井氏の居館があったとも言われ、築城は三浦義明の五男である長井五郎義季と言われる。また、宝治合戦で三浦一族が滅亡したのち、佐原盛時の弟である佐原光盛の子孫がここに在城したという話もあるなど、この長井城に関しては様々な説が唱えられている。
 いずれにしても、鎌倉時代前後に何らかの形でここに城が築かれ、歴史を刻んできたのだ。三浦半島の中世史が語られる機会は少ないが、三浦一族の歴史を始め、鎌倉幕府や、のちの室町幕府の関東管領(かんとうかんれい)の与えた影響など、三浦半島にも語るべき歴史は少なくない。
 今は風光明媚な公園となっている荒崎も、かつては城址だったなんて、歴史浪漫を感じる話である。
(SIGMA DP2)
2019.04.13 Sat l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
荒崎
 荒崎には色々と見所があるが、そのひとつが「どんどん引き」だ。細い入り江のように岩がえぐられているのが、その場所である。
 この不思議な名前は、引き潮の時に「どーん、どーん」と潮の音がこだました事に因むそうだ。岩の壁に当たる波は、私が訪れた時間には見られず、ただただ静かな景色だった。
(SIGMA DP2)
2019.04.11 Thu l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top
荒崎
 荒崎公園にやってきた。夕方という事で、夕陽を撮りに来た人がちらほら居る。駐車場の前のベンチで少し休み、海岸に出る。
 荒崎とはいい名前だ。その名のとおり、海岸の隆起が荒々しい。三浦半島の海岸は概して岩が転がっている印象だが、ここは格別だ。
 私の前で海岸を撮影していた女性が、ふらりと海岸を歩き始めた。非常に歩きにくい海岸線だが、歩き慣れているのか、あっという間に遠ざかっていく。
(SIGMA DP2)
2019.04.10 Wed l 横須賀西部(相模湾側) l コメント (0) トラックバック (0) l top