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上町
 県道を左折して、脇道に入る。並行する衣笠方面の道より脇道は一段低い。その一段低い脇道を歩いていくと路地のような風景となり、自治会館と稲荷神社がある。
 自治会の名前は旧町名の柏木田のままである。柏木田はかつて遊郭のあった町だ。横須賀にあった遊郭のうち唯一の公娼地だった遊郭(つまり、赤線)でもある。
 作家山口瞳さんの私小説「血族」にこの柏木田が出てくる。山口さんの母が生前けっして語ることのなかった自分の生い立ち。それを調べていく物語だ。母の育った故郷を山口さんは訪れる。
 母の実家は柏木田にある妓楼だった。いろんな人に聞き込みをしていくと、当時の柏木田の風景が山口さんに浮かんできた。
 柏木田の妓楼の多くは娼妓を人並みに扱わなかったと人から聞く。そんな中でも、山口さんの母の実家の妓楼は娼妓が病気になれば医者に見せたりした。つまり、人として雇っていたという。
 柏木田は主に海軍関係者などに需要があったそうだが、やがて湘南電鉄(京急)湘南安浦駅(現、県立大学駅)の海寄りに安浦遊郭が出来ると、公娼地な柏木田よりも料金の安いそちらに客足が移って廃れていった。
 偶然なのか、因果応報なのか、柏木田の妓楼の多くは悲惨な末路を辿ったが、山口さんの母の実家の妓楼はそういうこともなかったと、山口さんは聞かされるのだった。
 今の柏木田は普通の住宅地である。写真のとおり、住宅路にしては道幅が広いのは往時の名残りで、この写真の先に大門があって、その手前の道は遊郭を隠すように曲がっている。今は道だけに面影を残すのみだ。
 山口さんの母の実家は普通の商店を一階に持つマンションとなっている。
 2012年に解体されてしまったが、この通りに福助ホテルという転業ホテルがあった。かつての名は「福助楼」といった。「血族」にもその名が登場する。
 今はほとんど遊郭の遺構はなく、以前と比べて古い住宅もだいぶ壊されてしまった印象だ。歩く人も少ない平日の昼だった。
(RICOH GR)
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2021.07.31 Sat l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
上町
 上町の通りから裏道を歩くと、こちらも古い家並みが味がある。トタンの壁の家の奥に石段が延びている。横須賀は坂の町だ。
 池之端商店街はかつての面影はなく、歩く人もまばらだ。雨上がりの町角は静かな時間が流れている。
 もうすぐ不入斗(いりやまず)の交差点。ここを左に曲がり、かつての遊郭柏木田の道に行く。ここも今は住所は上町だ。横須賀に限った話ではないが、古い町名が消えていくのも残念ではある。もっとも、遊里だった町などは積極的に消したいところなのだろう。京急の京急安浦が県立大学に駅名が変わったのもそれである。
(RICOH GR)
2021.07.28 Wed l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
上町
 上町の商店街から道を逸れて、池之端商店街を歩く。商店街といっても今は店がかなり減り、もう住宅路といった佇まりだ。
 15年ほど前まではアーケードが架かっていた。住宅街の中に古びたアーケードが現れるのは風情があったが、今はそれも昔話となった。
 店の姿は点在するが、現役なのかどうか判別しにくい店も少なくない。時代の流れ、そうなのかもしれない。
 2014年にこのブログで池之端商店街について投稿しているので、よかったら見てください。
http://seasonz.blog18.fc2.com/blog-entry-840.html
(RICOH GR)
2021.07.27 Tue l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
上町
 カメラ屋さんがあった。店の歴史の長さを示すように、写真見本はかなり古い肖像写真が飾られている。
 ここで記念写真や婚礼写真を撮影した人達の数はどれほどなのだろうか。横須賀市は人口減少が著しく、市外への流出が止まらないという。成人式の写真を撮影した人は今も横須賀市民だろうか。そんなことをふと思った。
(RICOH GR)
2021.07.25 Sun l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top
上町
 商店街を歩いていると、あちこちに昭和の薫りが残っている。看板建築だけでなく、店の看板や店先にも。
 そういう店が現存できるのが横須賀の奥の深さだが、東京では緩やかに消えつつある風景で、大阪はまだ残っている印象がある。
 歩く人の速度も横浜あたりと比べて、どこかゆったりとしている。
(RICOH GR)
2021.07.24 Sat l 横須賀(横須賀中央田浦周辺) l コメント (0) トラックバック (0) l top