沼間
 山に沿って横須賀方面に行くと、やがて横浜横須賀道路の高架が現れた。線路を越えた向こう側に逗子インターチェンジがある。私は線路は超えず、更に山と山の合間の谷に入っていく。
 谷底を走る道路は横須賀の船越、駅でいうと京急田浦駅の方面に向かう道で、結構交通量は多いが景色は山に挟まれた景色である。地形的にあまり日が当たらない場所だが、このように道路事情は悪くないので割と居人家があり、斜面を登った所に家が建ち並んでいる。
 この道は船越方面に向かって路線バスも走っており、バス停によるとこの辺りは沼間坂というらしい。谷を歩き始めて五分ほどで沼間トンネルが現れた。それほど長いトンネルではなく、すぐ向こうに横須賀市の景色が見えている。トンネルを歩くのは苦手なので引き返す。
 横須賀線の線路の所まで戻った。陸橋で線路を越える。眺めのいい場所だ。電車を入れて撮ろうと考えたが、なかなか電車はやってこない。この区間は大体20分間隔で走っている。横須賀線のローカル区間である。結局、風の寒さに負けて電車のいない写真を撮る。右が東逗子駅から歩いてきたエリアで、左が東逗子や逗子方面への県道が通っているエリアで手前奥にインターチェンジがある。
(RICOH GR)
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2016.11.12 Sat l 逗子 l コメント (0) トラックバック (0) l top
法勝寺
 東逗子駅前から横須賀線に沿って横須賀方面に歩いていく。県道は幅が狭いが交通量は多い。小さな踏切を渡って向こう側に出る。こちらは住宅地で落ち着いた空間である。
 少し歩くと、法勝寺というお寺が現れる。説明板が立っていたので読むと、かつてこの辺りは沼浜郷と呼ばれていたそうで、それだけ沼が多い湿地帯だったのだろう。現在の地名も沼間である。ここに源義朝(源頼朝の父)の邸宅である沼浜邸があったと言われていると書かれてあった。
 法勝寺は山の斜面の下に建っていた。境内には幼稚園が併設されており、そことの間には壁がなく、本堂のすぐ近くを子供たちが遊んでいる。境内に子供の声が響き渡るというのは、なかなか活気が感じられて良いものに思える。子供の声を背景に参拝。
 法勝寺から更に横須賀方面に歩いていく。沼間は小さな川が多く、歩いていると小さな橋をあちこちに見つける。谷が広がり出来ている平地に鉄道や道路、そして人家が築かれている。そんな町である。
(RICOH GR)
2016.11.10 Thu l 逗子 l コメント (0) トラックバック (0) l top
池子
 久し振りに東逗子のあたりを歩いてみようと思い、やってきたのは京急逗子線の神武寺(じんむじ)駅。ここから徒歩10分ほどで東逗子駅に出られる。
 横須賀線の東逗子はお隣の逗子に比べると随分と田舎な風景の駅で、駅前にバスターミナルもなく、小さいロータリーがあるだけであり、賑わいは今ひとつ。だが、そんな風景が好ましい。駅前の向こうにある小山の間に入っていくと、そこは二子山ハイキングコースで、二つの山頂を抜けると葉山町の長柄(ながえ)の方に出ることが出来る。このコースはさほど長くなく、今のシーズンはオススメである。
 もうすぐ東逗子という所に逗子第一運動公園がある。市民がスポーツや散歩を楽しむその公園の片隅に、京急600形が保存展示されている。近年補修されて塗装が綺麗に直されたようで、二年前に来た時より赤の鮮度が高い。カメラを構えていると、傍の横須賀線の線路をJRのE217系が駆け抜けていった。
(RICOH GR)
2016.11.09 Wed l 逗子 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小坪
 小坪漁港の横にある駐車場のところに立って今歩いてきた住吉城址の丘を眺める。先ほど見た案内板には、白い建物のあたりが本丸跡であるという風に書いてあった。白い建物に該当するのは、先ほど横を通ってきたマンションと、その近くにある別荘風の家である。
 帰宅後、改めて調べてみたが、マンションのあるあたりは近年まで草の生い茂る空き地で、その頃はまだ古城の城址としての雰囲気も少しは残っていたらしい。逗子と鎌倉の境にあり、逗子マリーナもあり、いわゆるリゾート開発に適した場所と言え、しかも高台にあるこの場所が開発の手を逃れることのほうが難しかったのかもしれない。ましてや、城址といっても江戸時代の城のような権威の象徴としての城のように石垣や屋敷などが並ぶ巨大建築物とは違い、戦国時代の、それも初期のものだから観光に転用できるような痕跡はほとんどないのである。
 伊勢宗瑞(北条早雲)が三浦一族と戦いを行なった場所で、それはのちの北条家の関東進出に大きな意味を持ったものであり、戦国時代の幕開けとなった地と言える住吉城址は、歴史的にはとても重要な意味を持つ場所であることには変わらない。それはこの地がどんなに開発されようが不変なのだからと思いながら、丘を眺めていた。
(iPhone5)
2015.10.08 Thu l 逗子 l コメント (0) トラックバック (0) l top
小坪
 細い住宅地の道を下っていくと材木座方面からの旧道のトンネルからの道に出た。ここは逗子と鎌倉を結んで走っているバスも通る道である。
 その道と平行するようにして、新道も通っていて、当然の事ながらこちらのほうが道幅も広くて交通量も多い。住吉城址はこの道の向こう側である。
 新道の脇の坂を上がり、新道のトンネルの上の山に上がり新道の向こう側に出ると、住吉城址に関する小さな案内板があり、右に向かう道は私有地なので左にある小さな人道トンネルを抜けるようにと指示されてあった。山をくりぬいて造られた小さなトンネルに一人で入っていくのは怖い。トンネルは階段状になっていて、その先に向こう側が見えるから短いトンネルではある。
 一旦坂を下りて別なルートを思案していると、新道を越える細い陸橋を見つけた。この陸橋を渡って新道を越えると、そこには大きなマンションがあった。このあたりは住吉城址のあった丘陵の一角であるから、じっくり見たいけれど敷地の中に入る訳にはいかない。逗子マリーナ側に下りていく道を探りながら周囲を散策していると山道のようなところに出た。
 木々が生い茂り薄暗い山道を下っていく。すぐ下に集落があるのはわかっているので早足になりながら下りていくと、空堀のような山道が横切った。城址に関するサイトを見ても紹介されていないので、ここが空堀かどうかは定かではないし、違うのかもしれないけれど、古城の城址に来ているのだという実感が湧いてくる。
 やがて寺社もある小さな坂の集落に出る。予備知識としても城の跡を偲ばせるものはほとんどないと知ってはいたけれど、あっけなく集落に出てしまった。一旦坂の下まで下りて、逗子マリーナの入口、つまり小坪の漁港のほうに戻った。
(iPhone5)
2015.10.07 Wed l 逗子 l コメント (0) トラックバック (0) l top