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福岡城
 田川後藤寺から後藤寺線に乗って新飯塚に向かう。沿線風景は山並みである事は変わらないが、セメント工場があったらり削られた山肌があったりして、どこか殺風景でもある。
 新飯塚からは篠栗線の博多行きに乗る。旧炭鉱地帯のはずれの農村から、トンネルを超えて都市近郊へ景色が変わっていく。ローカル線気分は消え去った。
 地下鉄博多駅のコインロッカーに荷物をしまい、地下鉄で天神に向かう。天神に行くのは久しぶりだ。福岡市随一の繁華街。照明を落とした洒落た佇まいの地下街を10分程歩いて、地下鉄七隈線の天神南駅に着いた。
 七隈線は郊外に向かって延びている路線で、夕方のこの時間の下り列車は空いている。私はぼんやりと走り去る駅名たちを眺めながら終点の橋本に運ばれた。九州の鉄道全線を遂に乗り終わった瞬間である。
 橋本駅は小さなバスターミナルがあり、その向こうに大きなショッピングモールがあった。町の先に山々が見える。
 橋本から折り返し、天神南より少し手前の六本松で降りる。帰りの上り電車は大学生で混み始めた。福岡県だけでなく、九州一円から集まっている若者なのだろう。福岡市の活力が感じられる。ふと、別府の高校生たちを思い起こした。
 六本松駅から徒歩20分で福岡城に着く。この辺りは都市だから車の往来も多く、歩いているだけでも疲れたが、公園となっている福岡城は静寂に包まれていて、都会の中のオアシスのような空間となっている。
 石垣が大きい。そして、いくつもある。何か建物が築かれていた場所には石垣が施されていたようだ。点在する石垣群がどこか遺跡めいて見えるのは、福岡県の古代からの歴史がこの地にも息づいているからだろう。
 公園を縦断する感じで抜け、地下鉄大濠公園駅に着いた。時間はまだあるのだが暑さで疲れて電車に乗る。
 博多駅で一旦降りてコインロッカーにしまった荷物を回収して、地下鉄の終点福岡空港駅に向かう。博多駅からすぐである。
 飛行機のフライト時刻まで二時間ほどあるので、空港内を見学する。初めて来た訳ではないが、じっくり歩くのは初めてだ。博多ラーメン横丁なる一角もある。なかなか楽しい空港だ。美味しそうなうどん屋を見つけたので、そこで夕食とした。
 こうして三泊四日の九州旅は終了を迎えた。缶ビールを買ってベンチに佇みながら、旅を振り返る。東園駅と大村湾。女性客が多かった(Jリーグの調査でも長崎は女性比率が一番高いと後で知る)諫早のスタジアム。雨の島原城。引退間近のトーレスのゴールが観られた鳥栖。北九州の街を一望できた皿倉山。昭和の遊園地別府ラクテンチ。山間の集落中山香。おばあさんが一人で店に出ていた中津と中津城。繁栄の残像が侘しい田川。そして、先ほど歩いた福岡城。
 九州は様々な文化と歴史の詰まった地域である。各県ごとに個性が色濃く違い、訪れる者を驚かせ、楽しませてくれる。もっと旅をしていたいと思いながら、私は出発ロビーに向かった。
(iPhone5 FUJIFILM X100)
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2019.07.31 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
田川
 旅の四日目は中津城の見学から始まった。ホテルに帰ってから支度をして、中津駅から小倉方面に向かう。最初に降りた駅は行橋。ここはもう福岡県である。
 行橋からは第三セクターの平成筑豊鉄道に乗る。車内はロングシートだが、クリーム色の車体にはゆるキャラが色々と描かれていて明るい車両である。沿線は農村地帯で、炭鉱の多かった地方の印象とは異なり、緑の山々を見ながら走る。
 途中の無人駅から乗ってきたおばさんが「十何年ぶりに乗ったから乗り方がわからない」と運転士に告げる。ワンマン運転なので乗車時に整理券を取る必要があるのだ。普段乗らない人にはわかりにくいことだろう。
 行橋から一時間ほどで田川伊田に着いた。ここで下車する。田川市の散歩が今日の午前中の予定である。
 田川伊田駅は改築されて三階建ての洋館のような大きな駅となっていた。ホームは国鉄時代の面影を残す古びた屋根と柱の、決して大きな駅ではないのだが、駅舎はせめて明るく大きくといったところだろう。
 駅前の脇からアーケードが延びている。歩いている人は少ない。開いている店も少ない。それでも少しでも明るい通りにしようという事で、休憩ベンチや地元の解説など、飾り付けは随所に行なわれている。
 アーケードの端まで行って、駅まで折り返す。帰りは並行する外の道を歩いた。次の列車まで少し時間があるので、伊田の町を訪問した事の挨拶をするため、駅前にある風治八幡宮を参拝して御朱印をいただいた。
 田川伊田からJRの日田彦山線に乗って一駅の田川後藤寺で降りる。ここも駅前にアーケードがある。
 駅舎は白い小さなもの。小さな駅前広場は傾斜がついていて、駅から町に向かって下り勾配となっている。
 アーケードは伊田と同じような現況だった。違いがあるとすれば、後藤寺は道の先に高校があるためか、女子高生と何人もすれ違ったことだ。その分だけ華やかさは増すが、彼女たちが遊んで過ごせるような場所はない。
 アーケードの端まで行ってから駅前に引き返し、食堂に入って焼きそばを食べた。元気のいい店のおばさんと客。店内の使い込まれた佇まいはまさに昭和だった。それを求めて入店する私のような者がいる。
(iPhone5・FUJIFILM X100)
2019.07.29 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
中津
 夜の中津は雨だった。予約したホテルは駅のすぐそばだったので支障はない。チェックイン後、傘を持って食事に行く。
 駅前に古びたアーケードがあり、そこに飲み屋が集まっている。ここで選ぶことに決めた。一軒の寿司屋が気になった。中津は海の町である。入ってみるとおばあさんが一人だった。板前が休みなのだろう。今日は月曜日だ。
 はも天丼を頼むと、おばあさんが奥の厨房に入り自ら作ってくれた。天ぷらも漬物も味噌汁も何もかもが素朴な田舎の味。そんな気がした。
 壁に城の写真が飾ってある。おばあさんと中津城の話をした。「小さな城」と謙遜する。城下町に住んでいない者にとっては、城、それも城好きには知られた城が地元にあるという事は素晴らしく羨ましい事である。
 翌日、簡単に身支度だけして散歩に出た。中津駅から中津城までは徒歩20分くらいと見越して歩き始めた。
 中津駅は降りたことがあるが、町を歩くのは今回が初めてだ。道はやがて細くなり、城に向かって左折すると、古い家並みが並ぶ通りが現れた。
 中津城は川のすぐそばに天守が立っている。川が天然の水堀の役目を果たしているのだ。石垣は戦国時代のものと江戸時代のものが混在しているらしい。確かにこじんまりとした天守だが、いい風貌だ。周囲を囲む水堀が情緒ある。
 天守の近くに中津神社がある。参拝して、更に奥に向かう。そこが私の目的地だ。城井神社。城井(きい)宇都宮家という鎌倉時代から豊前国を所領としてきた武家を祀る神社である。
 宇都宮家とは、現在の栃木県の宇都宮あたりを所領としてきた名門武家宇都宮家のことである。実は九州にも親戚がいたという訳だ。
 その城井宇都宮家は、豊臣秀吉の九州征伐によって、四国の今治に転封されることとなった。だが、それを拒み、新たに豊前の主家となった黒田家と戦を起こした。
 戦に勝利した城井宇都宮家だったが、黒田家の謀略によって滅ぼされてしまう。和睦を呼びかけ、中津城に呼び出された城井家の人々と家臣が騙し討ちにあったのだ。
 その後、たたりを恐れた人々によって城井神社が造られたという。善政を行ない、庶民に慕われたという名門武家に敬意を表して祀ったのだ。そういう理由もあると思いたい。私はこの一連の話を高橋直樹さんの短編小説で知ったので、その旨を挨拶に沿えて手を合わせた。
 城井神社を出ると雨が降ってきた。傘を持ってこなかった。足早にホテルに向かう。行きとは違う道を選び、ひたすら駅に向かっているうちに、昨夜歩いたアーケードに着いた。朝なのでひっそりとして歩く人も居ない。そこに猫が佇んでいる。猫はじゃれてきて、遊んでいるうちに、遂には一緒に歩き始めた。名残惜しく声を掛けて駅前に向かう。昨夜入った寿司屋はもうシャッターが開いて今日の準備を始めていた。
(FUJIFILM X100・iPhone5)
2019.07.28 Sun l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
豊後豊岡・中山香
 別府から中津に戻る。ただし、豊後国から豊前国の境を越えて走る普通列車は少なく、一時間半ほど待たなくてはならない。その時間を利用して温泉にでもと思うが、過去に別府の共同浴場にはいくつか入っているので、未訪の地を選択した。
 ホームは帰宅の高校生で賑わっている。電車の中で飲みますと宣言した地酒はしまったままだ。やってきた亀川行きに乗り込んだ。
 亀川は二つめの駅で、海沿いにある駅だが、真新しい橋上駅舎に改築されており旅情に乏しい。しかし、構内通路に展示された往時の亀川の写真を見ると、ここは古くから温泉地であったことがわかる。海岸沿いの温泉とは旅情を感じ始めたが、目的地があるので今回は諦めた。
 次にやってきた電車は日出行きだ。私は手前の豊後豊岡駅で降りた。別府に向かう途中、駅舎を目にして降りてみたくなったのだ。古い木造駅舎である。
 一応、駅の裏は海岸なようだが、そこに出る道が大回りなので途中で引き返す。亀川は別府の郊外の町という感じだったが、この辺りまで来ると農村の風情が漂ってくる。降りた高校生も少ない。
 駅に戻った私は駅舎を眺めたあと、ホームのベンチで地酒を取り出した。夕方の潮風が心地いい。誰もいないホームで酒を飲んだ。やがて次の電車がやってくる頃、一人女子高生がやってきて私の傍で電車を待つ。地酒をしまい、中山香行きの電車に乗り込んだ。
 中山香は低い山間に小さく開けた集落だった。人の名前みたいな駅名は、山香(やまが)という町の中ほどにあるので、そういう駅名が付いたようだ。その中山香で高校生たちを降ろし、僅かな乗客を乗せ、電車は別府大分方面に折り返していく。
 駅前に小さな駅前通りが横切っている。随分と古めかしい商店が並んでいるが、多くは廃墟だった。駅前旅館の跡まである。そんな昭和の残像みたいな道を高校生たちが歩いていく。
 所在なげに散歩していたおじさんに声を掛けられ、少しばかり中山香の話を聞いた。昔、火事があって町が焼けたことなどを教えてくれた。
 駅に戻ると、黒と白の猫が佇んでいた。猫はこちらの存在を認識すると近づいてきて戯れ始めた。日はだいぶ傾き始めた。中山香は県境のような静かな空気を漂わせながら、低い山並みに太陽を隠していく。
 名残りを惜しみながら猫と別れ、待合室で地酒の残りを飲みながら電車を待つ。ここから中津に向かう人は少ないのだろう。物音のしない駅で酒を空けた。
 やってきた中津行きは想像とは違い混んでいた。別府から長い距離をかけて帰路に就く高校生や大学生を乗せて、電車は日の沈んだ農村を快走した。
(FUJIFILM X100)
2019.07.24 Wed l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top
ラクテンチ
 八幡から小倉に向かい、小倉駅の構内で昼食のパンを買う。乗換時間はあまりなく、急いで日豊本線のホームに向かう。これから大分県に行くのだ。
 私の乗った電車は中津行き。今夜の宿も中津なので、一旦中津駅のコインロッカーに荷物を預けて、大分行きの電車に乗った。
 中津からはローカル線の雰囲気である。電車も二両。旧国名で言うと、豊前国から豊後国へ行くことになる。県境ではないが、この国境はそれほど往来がないのだろう。乗客は少ない。さして高くない山の麓に広がる農村を抜け、電車は海沿いの町別府に着いた。
 別府に来るのは久しぶりである。前回来た時は泊まっていったが、今日は数時間の滞在で帰ることになる。温泉で知られる町を慌ただしく去るのは勿体ないが、限られた時間の中で目的を果たすためには仕方がない。せめて行動くらいはゆっくり気ままに行こうと思う。
 別府駅から山の方に向かって歩く。タクシーを考えていたが、ゆっくり町を歩きたくなったのだ。目的地までは歩いても20分程度だ。町並みが遠ざかり、細い道の両側に並ぶ家や店の先に山が見える。その手前に不思議な建物が見えてくると到着だ。
 ここは「ラクテンチ」という遊園地である。なぜ一人でこのような場所に来たのかというと、ケーブルカーに乗るためだ。ケーブルカーは遊園地に行くための足となっている。遊園地は山の上にあるのだ。
 知ってはいたのだが、「ケーブルカーに乗りに来たのですが」と前置きして切符を購入する。ケーブルカーに乗るためだけであろうと、切符は入園料込みの1300円となっている。
 次の便は15時ちょうどだという。20分間隔で走っているが、遊園地の営業時間と合わせているため、17時で終電となる。
 車両は意外に古いもので、飾り気のないものであるが、それが好ましい。ただし、まもなく新しいかわいい車両と置き換えになるという案内放送があった。
 こんな時間に遊園地に向かう人が居る筈もなく、乗客は一人。案内のために女性係員が一人乗務し、私のために放送をする。
 駅を出たすぐの所に稲荷神社の社があった。この地の守り神と説明書きがある。遊園地訪問の挨拶をするために参拝した。
 一人で遊園地を歩いても仕方がないので、一本見送り、その次の便で帰るつもりだったが、案内図を見ると温泉と足湯があることがわかり、そこに向かう。
 温泉は16時まで、最終入場15時だったので入れなかったが、足湯に浸かることができた。山の上の遊園地だから自然に溢れていて気分はいい。のんびりくつろいでいると、温泉上がりの中年夫婦の奥さまからキャンデーを頂いた。
 それにしても、園内は昭和レトロである。アトラクションも売店も、すべてが古い。これは実は面白い遊園地なのではないか。今日はもう帰るが、もう少し早い時間に来て、温泉に入り、もう少し遊園地を堪能してもよかったと悔やんだ。名残り惜しく、駅のそばにある展望スペースから別府の町と海を眺める。いい眺めだ。
 いい眺めの手前に輪を立てた棒がある。その輪を狙って小さな陶器を投げる趣旨のものだ。棒の下に円が書いてあり、その中に落ちると「二人の愛は最高」なのだそうだ。眺めてみると、ほとんどが円の外に落ちている。これが現実というものであろう。
 16時ちょうどの便で帰る。車内は遊園地帰りの人が若干名。子供連れも居たので、案内係の女性が子供向けのクイズを出題した。もちろん貸切状態だった行きの便ではなかったものである。
 帰りは建物の前からバスに乗るつもりだったが、さほど暑くもないので駅まで歩くことにした。行きと少し違うルートにしたら、日報本線のガード下に小さな市場があることを発見した。こういう発見も徒歩ならではである。
 駅の売店で大分の地酒を買った。「よく冷えてますよ」と言う店のお姉さんの言葉に「では、このあと電車の中で味わいます」と答えた。別府、いい町である。
(iPhone5)
2019.07.22 Mon l 神奈川県以外 l コメント (0) トラックバック (0) l top