長竹
 青山を抜けて関というバス停で津久井湖方面からの道が合流したあたりから、道が広くなり沿道には民家と商店が現れはじめた。まだ山が景色を覆っている眺めだけれど、何だか急に開けたように思えてしまう。
 ちょうど学校の下校時間なようで、小学生が次々とすれ違っていく。この先に串川小学校と中学校がある。太陽は傾いたり雲間から現れたりな天気で、それにつれて気温が下がってきた。出来れば根小屋まで歩いてみたいと思っていたが、寒さと軽い疲労で寝小屋地区の手前にある串川橋バス停から橋本駅北口行きのバスに乗って帰ることにした。
 時刻はもうすぐ16時。バスは根小屋地区から乗り降りが多少あり、そののどかな眺めに、やっぱりここまで歩いてくれば良かったと思いうつ、小倉橋を渡り、旧城山町に入って道路が混み始めると、いつしか眠ってしまい、16持30分過ぎにバスは橋本駅に着いていた。
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2016.03.22 Tue l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
青山
 馬石橋を渡ると谷が深くなってきて県境ならぬ町境な雰囲気が溢れてくる。にわかに民家が減り、山中という景色になってきた頃、道の脇に広がった空き地に車が大量に廃棄されているのを見つけた。解体業者か何かの廃車置場なのだろうか?しかも、そのほとんどがフォルクスワーゲンゴルフである。不思議な風景に思わず足を止めたが、入口には鎖が掛けてあり私有地であることは間違いないのですぐに立ち去る。
 鳥屋から青山へ町名が変わり、やがて谷が開けてきた。右手は川とともに平地が少し広がり眺望も良くなる。左手に光明禅寺というお寺があったので手を合わせる。境内には鐘楼があった。
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2016.03.21 Mon l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
馬石
 道の左右にそびえる山肌がだんだんと迫ってきて平地が少なくなってきた。相変わらず道路と並走するかのように流れている串川の川幅が少しずつ広くなってくる。馬石橋という橋で串川は道路の左から右に変わり、道路から少し離れていく。
 それでも人家は少なくなりつつも絶えず道なりに存在している。字名が馬石という所に出た。このあたりは鳥屋と隣町の青山との境になる。さらに山肌が狭まってきた。
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2016.03.20 Sun l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
仙洞寺山
 再び串川に沿っての旅に戻る。橋本駅および長竹方面に向かい歩いていく。
 郵便局を過ぎると少しずつ沿道の建物は少なくなってきて、いかにも山の麓といった眺めに変化してきた。それにしても、美容院が多い。鳥屋のバス停からこの道を歩いてきて何軒見てきてだろう。五軒くらいあったような気がする。
 やがて左前方に仙洞寺山が迫ってきた。ここは仙洞寺山烽火台という北条家の砦があったと言われる。山頂が尖った形になっていないので櫓などを造りやすかったのだろう。北条家は支城ネットワークというものを形成していて、小田原を本拠として関東の諸城を砦で繋いでいた。この手の砦は連絡網としての機能を重視されたようなので、何かの合図を送る際の狼煙を上げるために使用されたようである。
この山の北には津久井城の城址がある。つまり、往時は津久井城との連絡伝達に活用された山なのだ。今は登山用に整備されたハイキングの山である。
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2016.03.19 Sat l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top
谷戸
 道を更に奥に行くと看板が増えていった。付近は農家とおぼしき家が点在する感じだが、食堂や町工場のような建物もある。
 静かな山村だけど、ここにも人々の生活がある。その生活が、人とのつながりが、やがて分断されてしまうのだろうか。自分にはどうしようも出来ないゆえに、やりきれない想いを抱きつつ、少し落ち着こうと、民家の脇にあった自販機でコーヒーを買った。向こうから大きな犬を連れたおばあさんが歩いてきた。犬は立ち止って私に尻尾を振ってくれる。その可愛らしさに「可愛いですね」と会釈した。何気ない日常。その日常がとても大切は風景である場所がここにある。
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2016.03.18 Fri l 旧津久井郡・相模原 l コメント (0) トラックバック (0) l top