西寒川
 西寒川駅跡に石碑があった。ホーム跡などはないので、駅があったことを示すものはこれくらいだろうか。
 西寒川支線は廃止時で、朝一往復、夕方三往復というダイヤだったそうだ。元々、貨物列車用の支線だったので、旅客輸送は二の次という事だったのだろう。
 駅の先は土手が近い。貨物用の線路はこの土手沿いに、もう少し先まで延びていたようだ。こちらは旅客営業廃止より早くに廃線となっているので、もはや痕跡はほとんどない。
 人影もない寂しい相模川支流の土手に立ち、夕方の空を眺めた。土手に至る道は草の中の小道だったが、すぐに帰ろうとその道に戻ると、土手に向かう女性とすれ違った。散歩だろうか?
 帰りは八角広場バス停から寒川駅行きのバスで帰ってもよかったが、まだ余力があったので一之宮緑道を引き返した。夕方だからか、緑道は犬の散歩をする人をちらほら見かけた。
 鉄道廃止から三十年以上が経過し、線路跡は人を運ぶためのものから、人を歩かせるためのものに変わり、住民の憩いの場になっているのだとしたら、一日四往復しかなかった現役時代よりも地域貢献している事になるのだなと、複雑な思いを抱きながら、寒川駅を目指して歩いた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
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2017.10.03 Tue l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
西寒川
 緑道を更に歩いて行くと、公園の敷地は尽きて、ふたたび住宅地の中の道となる。そして、すぐに小さな広場に出た。
 広場の脇に路線バスが停まっている。バス停の名前は「八角広場」と書いてある。この広場の名前らしい。そこが、相模線西寒川支線の終点である西寒川駅の跡だった。
 広場の中には再びレールが現れた。ここに駅があったとは信じがたい景色だが、西寒川駅は駅舎もない小さな無人駅だったようなので、これくらいの敷地で収まるのだろう。
 西寒川駅が廃止されたのは、昭和54(1984)年の3月31日。年月の経過が、景色を変化させている。

 西寒川駅について
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.10.01 Sun l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
一之宮
 一之宮公園の辺りからは明確に線路跡がわかるようになっている。やがてレールの下の枕木も姿を現した。
 ここまで残っていると、現役当時の雰囲気も少し感じられる。もっとも、廃止当時の映像を見ると、今のように公園整備されていないのか、草むらの中にレールが延びている。
 線路跡は尽き、西寒川支線の終点である西寒川の駅跡が近づいてきた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.29 Fri l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
一之宮
 一之宮緑道という名になっている相模線の西寒川支線跡をひたすら歩く。支線は途中駅はなく、寒川駅から徒歩三十分はかからないだろうと予測して歩いている。
 中間地点ほどの場所に一之宮公園というものがあった。入口近くには駅名標を模した案内板が建っていて、そこに駅名の如く「いちのみやこうえん」と書かれてある。
 そして、公園の敷地に入ると、廃線跡にレールが現れた。当時の線路を残してあるらしい。
 公園の周囲は住宅街。西寒川支線は元々、川で採れた砂利を運ぶための路線だったそうで、旅客運行は片手間のようなものだったが、今も残っていれば、それなりに需要はあったのではないだろうか。そんな事を想った。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.28 Thu l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top
一之宮
 相模線の線路から離れた廃線跡は、左にカーブしていく。細い道路を越えると、そこから先は遊歩道になった。
 相模線西寒川支線の廃線跡は、こうして散策のできる道に変貌を遂げていた。線路は単線だったので道幅も狭い。「一之宮緑道」という名前が付いている。
 やがて遊歩道の左に公園が現れた。
(SONY NEX-6 LENS:SONY SEL 16-50mm f3.5-5.6 OSS)
2017.09.27 Wed l 高座 l コメント (0) トラックバック (0) l top